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第12話 素数を数えて落ち着くんだ

 ニンフィアが現れてから一週間ほどが過ぎたが、今のところ襲撃などはなかった。ただ、元々浮いた存在であった仙霊科の二期生が、さらに周囲から浮いていた。


 身のこなしが明らかに訓練されていない、言葉も片言の少女を時折護衛しているかのように動いていれば、それは目立つに決まっている。そんな、かなり浮いている集団にちょっとだけ浮いている集団が近づいていた。


「あ、先輩方、お疲れ様です」

「おう」


 仙霊甲科の一期生の五人組だった。なお仙霊科一期生は甲乙含めて女性はゼロだ。大事でもないがもう一度いっておこう。ゼロだ。


「この間の演習は色々あったみたいだな」

「ずるいぞお前ら。なぜお前らばかり女の子を、しかもそんな美」

「やめろ情けない」

「詳しくは教えて貰っていないが、訳ありなんだろう?」

「はい」

「今更訳ありの一つや二つ増えたって構わんさ。仙霊科(うち)には訳ありしかいない。いずれ一緒に演習することもあるだろう。僕はハオシュン・ガオだ、新人さん。よろしくな」

「エート、ニンフィア、デス、ヨロシク、デス」


 真新しい制服のボタンがキラッと光を反射する。


「キラッキラッですね」

「この前燃えて新調したばかりでね」


 ハオシュンの仙力は【爆破】と呼ばれている。睨んだ無生物が一拍おいて爆発するという単純で強力な力だ。可燃物であれば一緒に燃えて飛び散る。その能力の都合上、彼はしょっちゅう服をダメにしていた。これはシーチェイも同様だ。それで彼らの制服はいつも新しい。


「仕方ないですよー、俺のもこの間燃えましたしー」


 シーチェイがやはりキラキラのボタンを見せる。


「ここの制服は普通の布より燃えにくくしてくれているが、防火の魔術でも焦げ痕くらいは残ってしまうからね」

「他人に分からん苦労多いっすよね俺らー」

「でも使わない選択はない、そうだろう?」

「そっすねー」

「いくぞハオシュン、もう時間だ。シュイ教官が呼んでる」

「ああ。それじゃな」

「はい、それではまた」


「……ヒトラ、アノ、センパイ?」

「そう」

「センリキツカイ?」

「そう」

「ソウ……」


 そうしてニンフィアはぽつりと言った。


「……ワタシノ、ムカシ、センリキ、ビョーキ」

「病気?」

「ウン。イマ、チガウ?」

「違う……かな、今は」


 そう、数年前からは少し風向きが変わってきてはいる。……正確には地域差もあり、今でも仙力が病や呪いのごとき扱いをされる例はそれなりにある。だが今それを彼女に言ってもどうにもならない。


「ソウ……」


 それっきりニンフィアは黙った。ロイはその横顔を見ながら考える。……もしかしたら、彼女があれに入っていたのは、「病気」を治すため、だったのかもしれない。もう少し彼女が言葉を話せるようになったら、分かるだろうか。


 ニンフィアがいた遺跡についてはその後兵部省と文部省の官吏が調べていたようだが、何もロイたちのほうには連絡が来ていない。竜については、とりあえず残っていた遺骸は兵部省が接収したようだ。


 竜の骨や鱗、さらには血は、魔導具や呪符の部材としてなかなか貴重らしく、少しばかりくすねておけば良かったなあ、と思わないでもないが、速攻で足がつきそうなので、今後を思えば放置しておいて正解だったろう。


 どこから竜が現れたのか、というのもロイたちには伝わってこない。機密になっているだけか、それともまだ不明なのか……ただ、周辺を捜索している部隊にて行方不明者が発生したとの出所不明の噂は、まことしやかに語られるようになっていた。


 いずれ落ち着いたら、何か思い出の品があるかもしれないし、ニンフィアを連れていってみたいものだが……当分先になりそうだ。


「さて、来週から夏休みなわけだが」

「この状態では帰省できねえよナ」

「ニンフィアはどうするの?」

「この夏は私も寮にとどまるから、寝泊まりはそこになるわね」

「俺らも原則は寮だな」

「レダは帰るのか?」

「今年はこっちにいろってさ」

「やっぱそうなるか」


「しゃーねえナ、この面子で校内で健全な夏休みするしかなさげ?」

「えー、せめて少しは帝都案内とかしたらー?」

「襲ってくれと言うようなもんじゃねえのか」

「お前はいつも悲観的だナ」

「お前らが楽観的すぎるんだ」

「もしやるとしても、変装とかしまくらないといけないだろうね」

「お前のとこ女物の服いっぱいあるだろ、借りてきたら」

「僕に次の秋を見ることなく死ねというのかい?」

「服くらい俺が買っ……」


 生暖かい男子達の視線と少しきつい女子のジト目がロイを包んだ。


「……えーと?」

「そんなお金あったら親元に仕送りするべきよね」

「……二人分なら?」

「……………。要らないわ、ニンフィアのぶんは私が用意できるわよ。上から少しそのための資金頂いてるし」

「……はい」


 やや鈍いロイにも不用意な発言であったことは理解できる。……えーと? もしかして本当に脈あるとか? いやまてこれは罠だ落ち着いて思い出せあのリェンファのほうからそんなことがあるわけない、こっちだってついこの間まではそんな気持ちなんて、この間まで……あ、脳裏にあの感触が、意外に柔らかくていい匂いが……いや思い出すな元気になるな頑張れ俺の理性素数を数えて落ち着くんだ心頭滅却無念無想色即是女……あれ?


 と、とりあえず、脈があるとしてもないとしても……少なくとももっと慎重に発言したほうが安全か……。 


「??」


 無表情になって横を向いたリェンファを、ニンフィアはよく分かっていない顔で見つめていた。


──────────────────


 ……帝都の外れにある宿の一室。音を封じる結界の張られた部屋で、三人が杯を片手に話しあっていた。


「……士官学校?」

「そうだ。あの遺跡の第一発見者が士官学校の生徒、しかも、帝国の仙力育成のために昨年から新設された組の者のようだ。そして例の日の数日後から、その組の者が一人増えた。外国で見つかった新人、だというが」

「外国……ね」

「学校か」 

「とりあえず既に我らの息のかかったものが入り込んでいる。言葉の連絡を取れる機会は少ないが、適宜続報を写す(・・)よう指示してはいる……例えば」


 男は目の前の虚空を「鏡」に変え、像を映し出す。そこに見えるは……。


「これが(くだん)の古代人だ」

「……女か?」

「さして、今の世の、娘たちと、変わらんな」

「たかだか数千年を経た程度では人の顔形は変わらんだろう」

「ウーダオ老師やユンイン老師なら詳しいのかもしれんがな」

「帝国は語学に詳しい学者をこの娘のために士官学校に派遣している。いくら仙力持ちでも、ここの言葉が話せなくとも、ただの外国人にそんなことはせん」

「学者でないと分からん言葉……ということか。ほぼ間違いなさそうだな」


「まあ、見かけの姿など仙力とは関係ない、あれは魂の力だからな。理論上はその辺の虫に強大な力が宿っても可笑しくない」

「虫では、知恵も、霊力も、足るまい。やはり、心ある者に、宿らねば、宝の、持ち腐れよ」

「だから姿などはどうでもよい……が」

「魔人が来ていたからには、向こうにとっても無視できない存在なのは間違いないな」

「あいつとはちゃんとした形でやりあいてえな……」

「あれはヤバいぞ。おそらく護法騎士だ」

「ほう?」


 禍津国ファスファラス。かの国の魔人は一般に人間よりも戦闘力が高いが、その魔人たちの中でもさらに一握りだけの超越者。魔人の王直属の、魔の法を護る騎士。万夫不当とされる戦士たち。


「なぜ、そう、思う」

「まずあの男の力は異常だった。全力でないとはいえお前とフェイロンの力を見抜き、即座に対応してのけた。いくら魔人といえど、それほどの力がある者はそうおるまい。そして向こうには、あの『棺』に似た機械がまだ残っているそうだ」

「ほう?」


「力ある護法騎士は、普段はそれにて事が起こるときまで寝ているという。つまり護法騎士の大半は、我々から見れば古代人ということだ」

「なるほど。……件の、古代人と、言葉が通じる、可能性が、あると、いうことか。ならば、派遣、されるのも、納得がいく」

「ますます面白い。俺の力をぶつけるのに丁度いい、あんな狭い場所でなく……」

「悪い癖だぞ」

「だが、気持ちは、分からんでも、ない。常人相手の、防衛戦には、飽き飽き、していた、ところだ」

「やり過ぎると掟に触れるぞ」


「ダーハオみたいな陰気くせえ連中は守りを固めていればそれでいいんだろうが、ただ守ってばかりで勝てることなどない。まして……将来の禍根を絶つのは、守りに他ならねえ。掟は破ってねえよ」

「ふん……まあいい、まだ時間はある。とりあえず件の娘もずっと引きこもってはおるまい。外に出たら接触するぞ」

「ああ。それまでは、帝都を楽しませてもらうさ……。場合によってはその時にあいつも現れるか」

「そういえば、ガルマは、どうなった?」

「今回は結局山から出ないそうだ、奴がいれば少し楽だったものを」

「なんだよ、はあ、増援が来ないならせめて宝貝(バオベイ)を持ってくれば良かったぜ」

「あれらこそ、許可が、おりんだろう」


 三人は目標の監視を強め、接触のための手筈を整え始める。その彼ら自身が監視されていることにはまだ気がついていなかった。


12/28 表現微修正

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