第116話 第二次特別講座その肆 わくわく臨死体験
「殆どの者があのデコピンは危ないと判断して拒否しました」
「……なんですって?」
そういえばそうだった。ロイとニンフィア以外の学生陣はゆっくり広げるやり方を教えられたのだった。デコピンを食らったのは兵士のほうの一人だけ、ここにはいない。
「え? 霊針による霊輪拡張処理やらなかったんですか? それじゃ霊操でゆっくり広げるほうでやったと? ……何考えてるのあいつ、それじゃ余計に時間かかるでしょうが! そっちのやり方だとその後の成長速度もゆっくりですよ!?」
「い、いえ拒否したのは我々であって……」
「はー、リュースも甘すぎる! 霊気の何たるかを魂に悟らせるには、まず死の何たるかを教えねば! 有無を言わさず選択の余地など与えず向こう側を直視させて臨死させるべきで」
「ちょっ、待って……」
やっぱりあれ臨死体験なんじゃねえか!
「ただでさえ人間の人生の時間は魔人より貴重なのに有り得ません! 多少あれとかそれとか漏れたり垂れ流そうと一時の恥でしかない!!」
何を漏らしたり垂れ流すとおっしゃる!?
「いいでしょう、ついでにそっちもやりましょう。皆そこに直りなさい、私はリュースほど甘くない」
幼女からの謎の威圧感にゾッとして、皆反射的に動こうとしたが、遅かった。周辺の草木が檻となって、逃げ場を封じ…………。
「「「ぎゃああああああーー!!!」」」
蔓草から奇妙な玉虫色の糸が出て、各人を縛り、さらに繭のように包み込んだ。
「だせっ、だしてっ…………あれ?」
皆が繭の中に取り込まれたと思いきや、ロイとニンフィアだけは、繭から、ぺっ、と吐き出されるかのように外に出された。そして……
「うわあああ!?」「何も見えなっ」「動けないっくそっ!」「助けてっ…何だっ!?」「ネヴァーモア」「何者!?」「何かっ、刺さっぎゃああああ」「てけり・り?」「何だこのネバネバっ」「!? お前達はどうにかされる!? 抵抗は無意み゛!?」「うそっ、臍からっ、入ってくりゅうっ!」「背骨っ のぼって 心臓っ ひぃっ!」「耳がっ」「脳っ脳がっなのにっ痛くなひっ!?」「あ゛ーっ! ああ゛ーっ!!」「助けて媽媽、まーまーっ!」「ねこです」「種ぇ」
そしてひとしきり悲鳴があがったのち、繭はうにょんうにょんと膨張収縮しはじめ……。
「俺っ壊れっひぬっ」「テケリ・リ!」「あっあっ、はい確かにこの方法があっ、あっ最も速くあっあっ、効果的なあっ」「ではカエサルのものは返さずに神のものも俺のもひっ」「はい思い出しましたあっ偉大なる《シ》よ天なる父よあっあっ」「し……死ぬのか!? 僕は死ぬのか!?」「ネヴァーモア」「ああ、死んでゐる」「大きな星が点いたり消えたりしているハハハ」「なるほど……六掛ける九。四十二。それが宇宙の全て……」「ねこはいます」「ほわちゃあ! ほわちゃああ!」「らめぇっ!!」
意味不明な言葉の羅列が続いたかと思うと、だんだん単なる絶叫に変わっていき、それぞれの繭が色とりどりの光を発する。
「あはっ、あはははははっ」「かみさまああっ」「かみはバラバラになった」「あかしけ やなげ」「えんだあああああああ」「うわーっ、死にたくない! 逝きたくないー」「もっとひかりを」「ひっひっふーっ!」「はいだらー」「きてはぁっ!」「ぬわーっ!」「グエーッ!」「ぬふぅ」「ウボァー」「たすけ………」
こうしてそれぞれの繭の中からしばらくの間、悲鳴や変な何かを受信したかのような奇声、さらには嬌声、断末魔の呻きのような何かが漏れ……やがて沈黙が訪れるのを、吐き出された二人は呆然と見ているしかなかった。
「ふああ……うちの騎士団の霊威持ち新人の風物詩だけど、なんかこっちのほうが反応が多様で初々しくて面白いね。予備知識の違い?」
「国許では属性の強制引き出しまでは滅多にやりませんからね、あとリュースのバカが手心を加えたぶんも加わっていますから少々刺激が強いかもしれません」
「なるへそー」
「まったく余計な手間をかけさせてくれますわ」
異形の少女が欠伸をしながら呟き、一方長耳幼女は酷く疲れた感じで呟いた。
「……あれ、ほんとに大丈夫、なんですか?」
「別にほんとに死んだり狂ったりはしませんよ、『向こう側』を覗いた事で軽度の精神汚染はあるでしょうが一時的なもの、体が実際に傷つくこともないですし、殆どの人は起きたら何があったか忘れてます」
向こう側ってなに!? 精神汚染ってなんぞ!
「……西の島では属性を引き出すのはやらないんですか?」
「魔人の寿命は人間より長いですし、自力修行で目覚めるのが一番いいのはその通りですから。ただ皆さんは人間なうえ、今回は時間がない。多少のリスクは致し方ありません」
「あーあれだようん、例えるなら親知らずをひっこ抜いたり、慣らさずに後ろを尊厳破壊したり、ずっとかぶってたのを強引に剥いたりしたりみたいな? 痛いのは最初だけで、天井のシミ……いや繭のほつれでも数えながらしばらくしたら慣れるはずよ。たぶんきっとくっどびー!」
なんか言い回しが……大丈夫なのかなほんとに……。どのみち、今のロイ達では、抵抗しようにもできないのだが。
「彼らはしばらくあの中で臨死してもらいます」
「臨死」
「私としてはあなたにもあの場で臨死してもらいたかったのですが、うちのアホが余計なことを」
「はあ?」
「何でもありません。彼らは出すときには色々掃除もしてあげますから安心ですよ」
掃除って……。
「……リュースさんの時も、私達ダケ、別コース、でシタ」
「でしょうね。霊輪を広げるだけでもあなた達は難しい。今回に関していえば、あなたにこれをやると何が起こるか分からない。あなたにこれをやっても何も起こらないから意味がない」
「何が起こるか分からナイ?」
「あなたの霊気というのはとても繊細な危険物なのです。こんな設備もないところで下手な刺激はできない。そもそも、前衛でなく遠距離の固有仙力が主体のあなたに属性は不要でしょう」
危険物ってどういうことなんだ?
「こっちは何も起こらない?」
「一般的な霊力属性というのはつまるところ、霊気がとある方向に『偏って漲る』ことです。普通の魂なら偏るだけの隙間があり、再配置できます。しかしあなたの魂にはその余地がない。全てが未熟で足りないが故の無属性ではなく、全てが漲っている故の、言わば全属性です。陰陽と木火土金水の相生相剋相侮相乗の関係性と循環、全てがあなたという小宇宙の中にある」
全く意味がわからん!
「よってあなたは全ての属性仙術を身につけうる。霊撃に関しても苦手もない全てに中立。最初からそれっていうのは普通ありえないことですわ。普通なら全属性というものは、全てが不完全な無属性から始まり、各属性を経て、永き修練の果てに至るものですの」
「でも中立ってことはつまり、一般的な幻妖に対する三割増し効果ってのもないって事ですか?」
「いいえ。それはあります。ありますし、使いこなせばいかなる属性相手にも攻撃を倍に、被害を半分にできるはず。しかし今のあなたは意識的に属性を使うことができず、全てに対しておおよそ攻撃三割増し固定、被害三割減固定のような状態なのですわ」
「何故?」
「おそらくですが、理由は二つ。まず、本来長期の修行で至るべきところに最初からいるために、その過程で悟るはずの能動的な使い方が体得できていない。そして最初から全属性というのは逆に困った状態なのです。周りから刺激するにも霊気に隙間がなく『重すぎる』」
どういうこと?
「例えるなら動かすべき空白ブロックのないスライディングパズルで、そのうえスライドさせるにもランダム形状になっていて動かないといいますか……ピースを滑らかにして、どこかを擬似的に外さないといけませんが、そのやり方をあなたは体得していない。外部からやるのは難易度が高すぎる」
スライディングパズル?
「これこれ」
異形の少女がどこからか、木板でできた板細工のようなものを取り出した。一つだけの空白を利用し、数字や絵柄が描かれた板片を一つずつずらしていって、元の順に並べ直す玩具……。ああなるほど、數字推盤か。
「で、君の状態がこれ」
空白がなくなり、個々の板片が複雑な形状になって、移動できなくなり……なるほど、これでは任意の再配置ができない。
「全部混ざっているのを分離し、外し、入れ替える、その技術が必要です。その感覚は全属性持ちにしかわからないかと。この天地でそれを知る者がどれだけいるやら……もしかしたらうちの王族の方々と崑崙のウーダオくらいかもしれませんわね。できている実例がいる以上不可能ではないはずですが、私には無理です、分かりませんわ。リュースのは参考になりませんし」
「参考にならないとは?」
「あいつは、普段無属性で、瞬間ごとに属性を得ては切り替える疑似全属性という変態的なことをやっています。あれは余人の参考になりません」
「なぜです? 俺には無理なんですか?」
「無理ですね。それに霊気属性の切り替えというのは普通一瞬ではできません。本来は呼吸法から始まる技法であり、自属性と無属性のオンオフでも速くて一呼吸はかかる。属性間の切り替えを刹那の見切りでやれるあいつはおかしい。いくら法理をねじ伏せる仙力持ちとはいえ……」
「そんな切り替えができるのなら、それこそが全属性なのでは?」
「リュースの場合、属性を得ているのでその瞬間は弱点も得ています。真の全属性は弱点がなく全てに対して有利。対無属性には三割増し、他のあらゆる属性に対して攻撃時約二倍、防御時約半減のはずなのです。少なくともまだ人間の範疇だった頃の陛下はそういうものだった」
人間の範疇だった頃? じゃあ今は何なんだ……。
とりあえず意識して火とか水とかにできないかと思いつつ霊操してみたが……全然それっぽくならない、分からん。
「次にあなたの固有仙力自体の特性でしょうか。あなたの【救世】という力は、本質的に防御よりの力なのですわ。そのためか、あなたの霊気は殊更外部操作に対して『重い』のです。……ただ、あなたは防御に対しては時折勝手に属性対応している気配があります。……これも変ではありますね、どうやって意識してもいないのにそんなパスが通せているのか……リュースが何かやりました?」
なんか微かに覚えているようないないような……あれは……空の果てのどこかで……。
「まあとにかく、受動的には機能しても、能動的な最適化ができていないのです。……私としては、あなたは当分属性の能動最適化は考えなくていいと思いましてよ」
「というと?」
「既に三割は効果がありますし、そもそもあなたは他人の想いを束ねることで、基礎出力自体が人間の枠を超えうるのです。属性相性など物量で吹き飛ばすべき、それがあなたがやるべき戦い方でしてよ」
脳だけでなく霊力まで筋肉にしろとおっしゃる? 霊筋!?
「時間効率からすればそれが最適解です。あなたは属性霊撃でなく属性仙術の練習に注力し、さらに魔術と組み合わせるやり方を覚えるべきでしょう」
「仙術はともかく、魔術でまともな効果を出すのは俺は無理で……」
「いいえ。あなたの場合いささか特殊ですが、無理ではありません。補助が可能な存在もいます。……そろそろ起きたらどうですか、狸寝入りはもういいでしょう?」
「え?」
幼女のジト目の視線の先にあるのは、ロイの手元…………つまり、如意棒だった。
"てけり・り"
玉虫色の謎の粘液生物の鳴き声
今回の繭はこいつの体でできている
グリューネが使い魔にしている
“ネヴァーモア"
夜の冥府の荒磯にいそうな大鴉の鳴き声
普段は不可視な、半精霊のような存在
グリューネの使い魔その2
どうもコロナが完治してない感じで倦怠感があります。
面倒な病気ですね……。




