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第110話 幕間 凍てつく地の精霊たち

 この世界には、大陸と呼ばれるような巨大な陸地が五つある。人類は、そのうちで最も巨大で、北半球の半分ほどをも占める北方大陸と呼ばれる大陸と、その周りにある島々のみに住んでいた。


 殆どの人間は他大陸をろくに知らない。海の向こうにはそういう陸地があるらしい、という程度。


 大陸の技術では空を飛ぶ機械はまだなく、航海、造船技術も未熟だ。何より、陸地から遠く離れるとどこからか巨大な魔物が多数襲ってきて船が沈められてしまうため、遠洋向けの船は作るだけ無駄とすら考えられている。


 そのため人類は西の島の一部の者達を除いて、他大陸に行ったことがない。だから世界地図もろくになく、各国が知るのも極めて不正確な輪郭くらいだ。


 いずれ航海技術が上がるか、西の島が鎖国と情報封鎖を解けば大航海時代が来るのかもしれないが、当分先の話になるだろう。



 大昔、竜人たちは他の四つの大陸をそれぞれ北極大陸、南極大陸、南洋大陸、南方大陸という通称で呼んでいた。


 なお面積では四つ全部を合わせても北方大陸一つに及ばない。そして北極、南極大陸はそれぞれ極地にある凍りついた大地であり、知的生命は殆ど住んでいない。


 南洋大陸は半分砂漠、半分熱帯雨林という奇怪で極端な自然環境の、魔物だらけの大陸だ。ここにいる知的生命は災厄の魔物とも言われる鬼種だけ。


 なお知的といっても鬼種には文明というほどのものはない。代表的な鬼種としては、小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)大鬼(オウガ)巨妖鬼(トロール)などだが……。


 彼らの殆どは成体でも人間の幼児以下の知能しかなく、ほぼ食う寝る犯すの本能で生きている。人間と会話が成り立つほどの知能と理性があるのは、ごく一部の上位種支配層だけ。そんな彼らが跋扈する南洋大陸は、弱肉強食の理が統べる修羅の地だ。


 最後の南方大陸には魔術に長けた竜人(ドラゴニュート)らが住んでいる。ンガァ・ルディラ帝国というのが現在の彼らの国だ。彼らは元々は北方大陸の支配者でもあったが、人類に破れ六千年前に南方大陸に押し込められたのだった。


 以来、時折北方大陸奪還の兵をあげたりするものの、ことごとく失敗している。これは八大竜王とその加護を失った彼らに以前の戦闘力が無いほか、六千年前に人類が勝利したのち、世界環境が大きく変わったせいだ。


 竜人は熱帯気候を好む。かつては北方大陸も大半は熱帯から亜熱帯の気候で、季節らしい季節もなかったが、今は北方大陸は殆どが冷帯、温帯の気候であり、明確な四季が生じるようになった。かつて人類がいた星の気候に近くなったのだ。


 竜人にとって現代の世界は寒すぎる。そして南方大陸は北方大陸の大半より寒い。普通なら夏場でも防寒着が望ましく、特に冬場だと着ぐるみ状態になるのは避けられない(なおどこぞの邪神は防寒着の代わりに防御結界の一つを暖房用にしていた。普通はそんなもの常時維持できない)


 ただでさえ重厚な鱗を持つ竜人は敏捷さに欠けるのに、そのうえ着ぐるみになっていては弓や魔術のいい的でしかない。そして魔術主体の文化であったために、魔術衰退で大打撃を受けた。


 魔術無しにこの寒さには耐えられぬと、数年前、起死回生を狙って北方大陸への侵攻も行われたが、大陸に届く前に人類側としては比較的小国でしかない島国一つに撃退されてしまう始末。


 さらに竜人の皇帝がその戦いによって重傷を負いそのまま昏睡状態に陥ってしまう。かくて向こうの帝国では仁義無き跡継ぎ争いが勃発。その状態で南方大陸にもある冥穴も開きつつあるため、収拾がつかない大混乱の中にあった。




 さて。そんな竜人にとっては今や地獄のような場所、人類の棲む北方大陸のさらに北部、北極大陸に近い寒帯地域を支配しているのが、ラベンドラ王国だ。大陸において煌星帝国に次ぐ版図を持ち、精霊術を魔術として公認する中では最大の国である。


 そのラベンドラ王国のはずれ。凍れる還らずの森と言われる、広大な、魔物の跳梁する森に隣接しているある開拓村にて。


 氷点下の冷気にさらされ凍りついた固い雪の上を、手のひら大の黒い亀がのそのそと歩いていた。


『全ク、人族ハヨクモ斯様(カヨウ)ナ寒冷ノ地ニ巣ヲ作ルモノヨ』


 ぶつぶつと何かを呟きながら。そも、普通の亀なら冬眠どころか凍死もありえる気温の中、雪上を平然と歩いているだけでも尋常の存在ではない。

 

 亀が目指しているのは森にもっとも近い民家だった。森と人里を区切る、大人の身長を超える柵が設けられているすぐそばにその民家はあった。


 そして扉の前にたどり着いた亀は、念話を発する。


『頼モウ』

「はいはーい? どなたー?」


 子供の声がした。


『儂ハ、ガンダルヴァース、ナリ。ハカンクラルニ会イニキタ』

「ほえー。ハクー! かめさんがきたって!」

『はぁ? 爺さんが? ……開けてくれ』


 扉の鍵が、誰も触っていないのに勝手に外れ、開く。


『ウム。邪魔ヲスル』


 そこにのそのそとと黒亀が入り込んでいった。中はこの地域では一般的な住宅だった。木と煉瓦を組み合わせて作られ、獣の皮を敷き詰めて寒さを和らげる工夫が施されている。


 家屋の壁の一つに巨大な煉瓦の暖炉があった。暖炉の縁から奇妙なパイプのようなものが壁と床下を通り、それを通った温水が建物全体を温めるようになっている。


 これはラベンドラとその近郊で使われる特殊な放射熱型の暖房システムだった。ラベンドラの都市部になれば、複数住宅を温めるセントラルヒーティングシステムもある。この辺りの厳しい冬を過ごすには欠かせない代物だ。


 その暖炉の近くのソファに、白いもふもふの子猫を湯たんぽ代わりにした幼女と、その母親がいた。

 

 母親のほうが入ってきた亀に問いかける。


「黒の御方様、いかがなされました?」

『ソコノ白ニ用ガアッテノ……ヤハリ戻ッテオッタカ、白ノ』

『黒の爺さん、こっちに来るのは珍しいな』


 もふもふこと白の精霊王が呟く。本体でない化身同士であっても、精霊王達の交流は滅多にない。


 化身であっても精霊王がいると、その側では他色の精霊魔術は絶望的に使いにくくなるので、迂闊に動くと大惨事になりかねないというのもある。……まあ、所詮騒ぐのは人間であって、精霊王ら自身は気にしない。


 色としても、白と黒はあまり相性は良くない。エネルギーと時空を司る白と、消去や非物質を司る黒は、相反するとはいかずとも、お互いの区分を邪魔することが多い。


 だいたい、黒の精霊王、玄神亀ガンダルヴァースは人間を好んでいない。本亀(ほんにん)は竜人のいる南方大陸に行きたがっているが、精霊王は原則北方大陸から動けないし、常に誰かしら定命の者と契約する決まりになっている。


 仕方なく、今はラベンドラの王族の一人と契約しているが、割とドライな関係のはずだ。彼の本体は温泉の湧く暖かい本拠地から動かない。化身ですら好き好んで人間の村(しかも寒い)に来ようとは思うまい。


『我ガ王ガ一時現界サレタヨウデノ。貴様西デ何カ聞イタカ?』

『おう? じゃあ今回の東の星霊主って、先の闇黒竜様なのか? なんか、西で言うには幻魔……つまり、複霊らしいけど』

『ソノヨウジャノ。シカシ複霊ナノカ、ソレデ歪ンデオルノカ。混ザリモノトハ、陛下ガ不憫ナリ』

『駆けつけたりするなよ?』

『分カッテオル。モハヤ儂ハ戦エヌ』

『いや戦えてもいくなよ?』

 

 大殺界の試練に精霊王は直接参加してはならない、そういうしきたりのはずだ。……まあ、現代となってかつてのしきたりにどれほど意味があるかは、正直わからないが。


『まあいいや、取りあえず西で聞いてきた話をあんたにもしておかなきゃならん』


 原則精霊王は北方大陸から離れられない。離れた場合、時間経過で生命力が低下する。そのままでは十日も保たず本貫地(ほんがんち)(=その精霊発祥の地)に強制送還されてしまう。


 例外は契約者が同行する場合だ。今回の場合、ナターリアがついて行くと強硬に主張したので、期間に余裕があったし、結果的に長旅にもなった。


 ナターリア以外の精霊騎士は成人しており、ラベンドラで公的役職についていて国境を越えた移動はしづらい。


 黒に限らず人間に対して隔意のある精霊王も多い。人間と契約するのも、仕方なくそうしているだけで望んでいない王もいる。もちろん友好的な王もいる。その辺は十人十色、いや七霊七色というべきか。


 精霊王と精霊騎士は、一組で百の魔導師を凌駕する、と称されている。実態としてはそんなものではない、桁が少なくとも二つ違う。煌星帝国三垣師団の魔導師達全てを束ねても、一組の王と騎士を相手どれるかどうか。


 それほどの戦力がラベンドラに七王全て集まっているにも関わらず、この国が大陸の覇者たりえていないのは、精霊王が人々同士の戦いには原則参戦しないからだ。

  

 彼らが人間と戦うとすれば、それは己の契約者と本貫地を防衛するためのみ。契約者を守る義務はあるが、そのために他者を攻撃する事はない。基本的に専守防衛だ。


 七精霊王の本貫地が現在七カ所ともラベンドラ王国の版図となっているために形式上ラベンドラに所属しているだけで、本来人間のために戦うことはない。


 それが、かつて初代魔人王と彼らがかわした契約でもある。


 ハクを除く他の六王はかつて竜人の契約者と共に、人類と、初代魔人王らと戦いを交えたことがあった。契約はその果てに結ばれたものだ。


 その魔人王の出身地である西の島、禍津国ファスファラスに対して、彼らは複雑な思いを持っている。


 それもあって、今回は直接魔人達と戦ったことのない若いハクだけが、向こうの招きに応じたのだった。


『まだ帰ってきたばかりで、落ち着いたらその辺も話して回るはずだったんだが……動きにくくてな』

『今年ハトミニ寒イカラノ。分カランデモナイ』

『この際ここであんたには話しておこう、向こうの意図は……』



 そうして、魔人たちの国でかわされた議論に関し、子猫と亀の会話が長々と続いたあと。




「ぐぉおお……ぐおぉお……」


 いつの間にか、もふもふを抱えていたナターリアが寝ていた。話に飽きたのだろう、幼女の癖に野太いいびきを垂れ流しているのはどうかと思う。



『フン、堪エ性ノナイ小娘ヨナ』

 

 いきなり押しかけてきて、家の主人らを無視して長話をしている身とも思えない言い草であるが、上位精霊や精霊王などというのは大体傲慢で傍若無人なものだ。


 だいたいは自分らは無条件に偉く、周りの短命のものが忖度して当然と考えている。ガンダルヴァースも例外でなく、むしろ最初に「邪魔をする」と言っただけでも王たちの中では礼儀があるほうであった。


『人間の幼子に無理いうな』

『幼子ト契約シタ貴様モ堪エ性ガナイワ。人ナド、タカガ十数年ホドデ成体デアロウ、待テバ良カッタノダ』

『人間種の時間は貴重なんだよ爺さん。まあいいさ、で、今のを聞きにきたのだけが来た理由じゃないよな?』

『ウム。……儂ノ命ハ間モナク尽キル』


 黒亀はポツリと語った。

 

 確かに彼の余命はもう殆ど残っていない。

 (といっても彼ら精霊基準での話であって、まだ年単位で先の話であろうが)

 

『ダガ今代ノ黒ノ王ハ未ダ在ラズ。今後新タニ現レラレルカモ分カラズ。先ノ王ガ星霊主トナラレタ以上、当分アリエヌノハ間違イナイ』


 黒の王がアガートランゼウスが東方幻魔王となったとなれば、それは現在どこにも黒の王を継ぐ存在がいないことを示している。


『数千万年ブリニ、黒ノ王無シノ代替ワリトナロウ。アルイハソレハ当分続ク。白ノ。ソナタノ時モ、白ノ王ガ眠リ、実質的ニ不在デノ代替ワリデアッタハズ。何ガ問題デアッタカ、聞カセテモライタイ』

『先代からの引き継ぎかー、正直、完璧にはできてないっぽいんだよなー』

『ドコガ駄目デアッタ?』

『記憶の継承がどうしても歯抜けになってるんだよ、王がおられたら適度に補足してくれるそうだけど、白の王様、神焔竜様は南で寝たまんまだしなー。つーかお会いしたことすらないぜ!』


 記憶の引き継ぎは精霊王として必要なことだ。各色の精霊術は王がいるからこそ機能する、そのようにできている。そのやり方を最低限の知識として、過去に起こった記憶を継承していく……のが本来の姿なのだが。


 個としての存在に許された記憶容量は無限ではない。精霊王という存在がこの地上で作られて既に数億年、とっくに個として記憶できる範囲を超えている。


 代替わりによる新たな存在への移植には、どうしても取捨選択や圧縮が必要になる。むしろ、適切な取捨選択と新陳代謝こそが、代替わりの目的なのだ。


 かつて龍がこの世界の安定のために作り出した、多くの亜神や神造物。特に強大な、亜神・準神と分類される存在が以下の三十三神王だ。


 支配を司る 八の竜王

 現象を司る 七の精霊王

 武威を司る 六の鬼王

 地脈を司る 五の神結晶

 守護を司る 四の聖魔獣

 環境を司る 三の巨神木


 現在いくつかは死亡ないし機能停止しているものの、残っているものもいる。例えば精霊王と神結晶、そして巨神木は全数が健在だ。


 三十三神王のうち、特に竜王と精霊王は高度な権能と裁量権が与えられていた。それを機能させるには、やはり膨大な知識も必要になる。そこで記憶継承を円滑に行うため、各色の精霊王は、対応する色の竜王と協力することになっていた。


 相互の代替わりの見届け役を、対応する色の竜王ないし精霊王が務め、記憶の圧縮や、外部分離保管(アーカイブ化)を行う。色のない虚の王は予備だ。


 だが本来相互に補完すべき各色の精霊王と竜王の関係は、人類の到来以降崩れてしまった。竜王たちの半分は討たれて未だ次代が誕生せず、残りの半分はいつ起きるかも分からぬ眠りについた。予備のはずの虚の王も含めて。


 そうして数十万年の寿命である彼ら精霊王も、代替わりにあたって竜王たちの助けを得られなくなり、記憶の整理が困難になった。その状態で千年ほど前に代替わりしたのが当代の白の精霊王たるハクだ。


『普通なら外部保管されるんだろう百万年前以前の記憶は行方不明。ここ数万年の記憶さえもところどころ無いみたいだぜ。というか、むしろ白の王様のぶんの外部記録のほうは引き継いだんだけど、これ俺じゃ見られないんだよねー』

『……困ッタモノジャ』

『まあ人族が来る前の記録なんてどれだけ必要か、わかんねーけどさあ。そもそも、俺らの必要性あるか? っていう。精霊の管理だって当代の亜神たちがいざとなったら肩代わりできるだろうし』

『人族ノ天下モ、イツマデ続クカワカラヌ。竜人ヨリ奴ラハ短命ニシテ生キ急グ』

『それもそうだけどよ……何なら魔人王に会ってみたら?』

『……儂ニハ伝手(ツテ)ガナイ』

『俺ならこのあたり担当の亜神と渡りをつけられるから、そっち経由で希望は伝えられるぜ』

『……気ガ進マヌ』

『結局そこかよ』

『所詮ハ今ノ守護者モ若造ニ過ギヌ、イツ果テルトモ……』

『いやあ、当代は羽化して昇神したんだろ、俺より長生きするって』

『サレド未ダタカダカ500歳カソコラデアロウ、貴様ヨリ幼イ小娘ヨ』

『昇神する前から俺ら歴代の魔人王に敵わなかったじゃん、それが正式に守護者になったってことは白龍様より上になったってことだろ』

『フン、セメテ万ノ時ヲ経テカラヨ』

『頑固だねえ……』


 そうして念話を交わしあっていたところで。


 ギリリリリリィッ……


『……今のは、冥穴の方向か?』


 ハクは空間が軋む異様な気配を感じとった。方向は……南東、斜め下。距離はおよそ1500デシャルク(=約1000km) 地殻の曲率を考慮すれば、煌星帝国の地表のどこか。


 この帝国方面での空間の軋みは先日から時々感じていた。時空を操る白の精霊王であるハクは他者よりそうした気配に敏感だ。


 だが今感じた軋みは、今までのものとは規模が、そして時間が違う。一瞬でなく継続している……?


『コノ気配、「聖槍」ジャナ』

「聖槍? これが? じゃあ赤龍様が地上にいるっていうのか?」

『違ウ。コレハ『再演』ジャ。【史記】(アカシックレコード)ニヨル、ナ』

「【史記】? ……魔人王が地上に来ているのかよ?」

『ソレモ違ウ。コレハ初代ノ仕業ジャナ。残滓ニ過ギヌガ』

「初代? アーサーとかいう奴のか?」

『オソラクナ。ダガ……サスガ我ガ王ヨ、耐エキッタ』

『じゃあ、こっちのでかい気配が黒の王。もう出てきてるのか、早すぎくね』

『我ガ君ハ王ノ中デハ気サクニシテ腰ガ軽イ方ヨ、星霊トナッテモ変ワランヨウジャ』


 ナターリアの母親が問うた。

 

「星霊掃体の王が出現されて、戦いがもう始まっていると? では帝国の冥穴とやらは完全に開いたのですか?」

『いやー、まだ完全じゃないっぽいけど。様子見にしてはちょっと今の洒落にならん威力っぽかった、たーっ!? 今度はなんだ!?』


 その時一瞬だけだが、凄まじい霊気の圧力が生じ、霧散した。


『……コレハ、ヨモヤ『救世ノ拳』カ』

『何だそれ』

『魔人王ノ側近ダッタ人間ヨ。アヤツノ放ツ霊気ノ拳ハ、儂ラヲ滅ボセシウル神威、【天罰】の霊威ジャッタ』

『マジかよ……え? 今それが炸裂したってことは、そいつも星霊に?』

『イヤ。アレハ死者ニハ使エヌ。ナレバ、信ジガタイガ……』

『その力を持ってる誰かが、黒の王様と戦ってるってことか』

『我ガ王ハ……マダ地表にオラレル、カ。ダガ、コレハ。我ガ精霊機動師団ガ呼バレ……ヌウッ!?』


『……なんだこのぞわっとする感覚……うげっ!? 精霊がすげぇ勢いで死んでくぞ!?』

『オオ、ヲヲ……『星蝕森』』

『なんだそれ』

『……太古ノ『緑』ノ禁呪ヨ。マサニ、白ノ。ソナタノ引キ継ギガ、ナサレテオレバ、分カッタハズ』

『禁呪だって? 何が起こってるんだ、いったい。『光よ(スヴェート)、繋げ(サイヂニャーチ)』 ………げっ!? 夜!? な、なんだ、こ、これ、いた、痛っ』

『イカン、マトモニ『視ル』ナ! 霊覚ヲ失ウゾ!』

『くっなんだ、あの、昏いの、は……』

『終焉ノ吐息。……我ガ王ノ切リ札ノ、一ツヨ。ナントモ、恐ロシイ……』

『じゃあ、今のが黒の王の『終わらせるもの』か。おっかねえ……』

『……戦イハ終ワッタヨウダ』

『終わった? いやもうちょっと待ってから視るわ。これ関わったらまずい奴だわ、さっさと他の五王にも伝えるわ、ヤバすぎ』


「……それとだ、シャンラン」


 ハクは隣にいる娘の母親に語りかける。


 シャンラン・アルテミエワ。幼女精霊騎士ナターリアの母親であり……。


「多分だが、さっきあんたの父親が亡くなった」


 ……かつての名をシャンラン・ジュゲアという。精霊に魅入られたがゆえにジュゲア一族から勘当された者。そしてゴンユー・ジュゲアの娘である。


「………!? そう、ですか。父が……」


 シャンランは生まれつき優れた魔力をもっていた。


 ジュゲア一族の中でも、大師父の後継になりえる才能があると見なされながら、その素質ゆえに精霊を惹きつけ、まだ少女のうちに自覚無きまま契約に至ってしまった。


 それを知った父親に勘当され、祖父からは殺されそうになり、命からがらこの北の大地ラベンドラに亡命してきて十数年。もうすぐ故郷よりこちらで暮らした時間のほうが長くなる。


「星霊との戦いで没した、と?」

『そうかもしれない』

「……戦いで果てるような人とは思いませんでした、いえ、祖父や伯父よりは前線に出る頻度は多いのでしょうが……」

『巻き込まれただけかもしれん、状況がよく分からん』

「……正直、実感もありませんし、一族とは縁を切られていますから……今更ですね」


 無表情に語りながら、しかし、一筋の雫が流れる。


「……ただ……。ああ。今更、今更のはずなのに。今、改めてわかりました。私、まだ割り切れていなかった。まだ、いつかこの子を、一目見せるくらいはできる、と。そんなことを漠然と思っていたんですね、私……」


 目を伏せて、眠ったナターリアを抱きしめる。幼女はのんきに「もう食べられないよえへへ……」と寝言を垂れ流していた。 


 まあ、この娘には関係ないことだ。


『きゅう』


 シャンランの肩にいた何かが半実体化し、一声鳴く。


「……リーユー、あなたが気にすることではないですよ」


 白い半透明の小鳥。かたわらにいる精霊王たちほど高度ではないものの、実体化が可能であり、知性と意志を備える精霊、リーユー。


 リーユーは白の大精霊、『雷精鳥(サンダーバード)』だ。本来の巨大な鷲の姿になれば千の軍勢を打ち破れる雷鳴の支配者であり、精霊王であるハクに次ぐ白の上位精霊の一角である。


 かつて、ジュゲア一族においてもその才能から神童と期待されていたシャンラン。


 だが彼女がリーユーと出会い、契約してしまつった事で様々な騒動と悲劇が発生した。


 仕えていたお嬢様を『下賤な』精霊から守れなかったと責任を感じた侍女の自殺。家庭教師役だった魔導師は行方不明となり、幼なじみの貴族との婚約は破棄された。


 それどころかシャンラン自身の記録も抹消された。一族の名簿から消され、彼女の功績や記録だったものは消されるか、あるいは他の誰かの仕業に塗り替えられた。


 そのまま魔封じの牢に投獄され、後ろ暗い対魔術師用魔術の実験台として殺されるのを待つばかりになった彼女は隙を見て脱走し、精霊使いの多いこの国への亡命を目指した。


 だが、普通なら高位魔導師の祖父たちが、殺すと決めた相手に脱走など許すはずもない。


 それがかなったのは、リーユーの力と………謎かけとともに、牢を逃げ出せる手かがりを残した何者かがいたため。


 それが何者かは分からない。父か、兄弟達の誰かか。使用人には高度な封魔の印をいじることなど無理であろうから、親族の誰かであろうが、確かめる余裕など無かった。


 そうして遥か極寒の地へのたった一人と一匹の逃避行が始まった。自然の脅威と、盗賊山賊の跋扈する道を抜け、伯父と祖父の放った追っ手達を退け、国境を破り……そして還らずの森に迷い、やがて夫となる人との出会いを経て、極寒のこの地に至り……。


 ……今にして思えば、あの頃のシャンラン自身は才はあっても世間知らず過ぎた。自分がやったことが一族にとってどれだけの裏切りだったかを真には分かっておらず、自分と精霊を認めない周囲を恨んだ。


 そして祖父らは頑迷に過ぎた。自分達が拠り所とする力と知識を盲信し、下賤の術に未来などないとする在り方は、技能者や学究の徒よりも信仰者に近い。


 それでも、いつかは心の傷も時が癒やす、あるいは朽ち果てるはず。いつか、あの祖父が亡くなったなら、あるいはと……どこかでそう思っていたのだと、今更ながらに気付く。


「すいません……」

『いや、仕方ねえよ。親も子もない俺らと違ってあんたたちにとっての親や子ってやつは重みが違うさ、簡単に割り切れるもんじゃない』


 ハクは比較的人間の常識というものが分かる精霊であった。しかしそうした機微を理解せず空気も読まない精霊もいる。


『所詮人間ナド、イツ死ンデモオカシクアルマイ、サレバ朝ニ紅顔アリテモ(ユウベ)ニハ白骨ヨ、ソレヲ嘆クモナカナカ愚カナリ』

『身も蓋もなさすぎだから黙ってろ爺さん』


『シカシコンナ初期カラコレホドノ戦イガアルトハ。マコト此度ハ違ウラシイノ』

『むしろ俺には以前どうだったのかが曖昧だわ、所詮先代以前のは記憶じゃなくて記録でしかない』

『……気ハ進マンガ、ヤハリ、会ワネバナランカ』

『会ったほうがいいぜ……ん?』


  

『どうやら、俺がつなぎをつけるまでもなくなったぞ、黒の爺さん』

『……外ノハ誰ジャ?』

『それはな……』


 ハクがふっと放った息が、結露した窓の曇りを取り除く。その向こうに見えるのは、白い巨大な狼の姿。


 いや、見えるというのは正確ではないか。ソレは精霊同様に、常人の視覚には映らない存在であるから。


 その狼が窓越しにハク達に眼差しを向け、念話を飛ばしてくる。


『シャンラン殿、ナターリア殿、そして白の君。悪いが、今こちらに黒の君が来ているはずだな? こちらからも少し話したいことがあり……』



『あれは『節制』チャトルダシャ。当代の守護者の亜神の一柱だよ。……ホウミン国のほうに行ってると聞いたんだが、向こうの用事が済んだのかな?』



 帝国だけでなく周辺国の者達、そして本来地上の事に関わらぬはずのモノ達も動き始める。


 幻妖という過去からの呼び声にどう対するか、「その時」が来たときにいかにするか。


 未だ何も知らぬ者もいれば、情報集め段階の者もいる。内容を知って態度を決めている者、決めかねている者もいる。立場によって様々であった。


 そうしてその中心にいる者こそ、かの少年少女たち。


 彼らがどこに消えたか? 次の物語はそこから始まる。

今回の中華風コーナー

 シャンラン・ジュゲア = 諸葛 香蘭



大陸と海について


 北方大陸がユーラシア大陸+北アメリカ程度、他の大陸がオーストラリア大陸より少し大きい程度です。


 海にはエラ呼吸もできる半海棲型の亜種竜人(マーマン)もいます。実は作中年代では、陸地の竜人よりも海の彼らのほうが勢力が大きくなっています。多数の海の魔物を操る術を持ち、霧の嵐に隠された漂流する島っぽい何かを首都とした国を作っています。


 陸地の竜人との仲はあまりよくありませんが、人間を嫌っているのは同じ。人類の船を見つけると襲ってきます。人類の船が外洋に出ると魔物に沈められてしまうのは彼らのせいです。


 あと実はこの世界の魔術の効果は、大地から離れるにつれ低下します。大陸棚から離れ水深がある遠洋に出ると、精霊術以外の各種魔術の効力が顕著に低下するので、船が脆弱になるというのも理由の一つです。


 そのため、建造時や運用に魔術を使いまくった高価な船であればあるほど、外洋では魔術効果が低下し荒天に耐えられなくなったり航行不能になったりします。防御魔術などの効果も落ちるので、魔物や亜種竜人の攻撃も防御しにくくなります。そして亜種竜人は殆どが優れた青の精霊使いのため、人間の劣化した通常魔術はほぼ通じません。


 そのため遠洋航海のためには優れた精霊使いを揃えるのが事実上必須です。この遠洋における魔術の劣化や、精霊使いの有用性などの事実に気がついているのは、西の島や、ラベンドラ王国、南洋の島ヴァンドール(本話で竜人らを撃退したと語られた国)などの一部の国だけです。


 帝国でも南方方面の海軍は気づいていますが、政治的に公言できない状況にあります。海軍より陸軍や魔術師団のほうが圧倒的に立場が上なのです。


 そして精霊使いを多数揃える強みを生かそうと、海に出るために不凍港を求めてラベンドラは周辺国と戦い続けていますが、侵攻戦においては精霊王の協力が得られず、うまくいっていません。



 そろそろ本編第七章の予定……。その前に現状の各人の能力整理やるかも。

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