第106話 星を蝕むもの
黒精霊の軍勢を見た桃色の髪の騎士がぼやく。
「うぞーん、あれ夜鬼だけで千はいるっぽいけど? あれだけで下手な国なら滅ぶじゃん。さっきの一発だけでそこまでやる?」
「身体半分ぶっ飛ばしておいて何を言ってるんです」
「身体半壊くらいボクらだって普通にあるじゃん、その程度じゃ死なないよ」
「私達をそうできる相手がどういう存在か考えてみなさい、相手からしても同じです」
「そっかなー?」
「そうです」
「幻妖が死を惜しむものかなー?」
「ただの幻妖ではありませんもの。幻魔王や幻聖神は他とは重要性が桁違いです。私やあなたではほぼ無駄ですが、普通に生ける者が打倒すれば、それだけで大殺界の期間は大幅に縮む」
「つーか、普通に生ける人間にアレ倒せる?」
「倒せた例はありますわ」
「円卓の人らは例外っしょ」
「それでもそれを再現、いや凌駕しなくてはなりません。そのためにも彼らの回収が必要です。しかし、あれだけの存在が油断しない、力を惜しまないとなりますと……」
「回収も難しいか。でも神咒まで降ろす必要がある? 本国ならともかく、こっちで使ったらグリューネもやばいでしょ」
かつてフェイロンやスンウェン達が最期に見せた技、令咒術。神咒とはそれの護法騎士版のようなもので、令咒術のさらに先にある技術だ。己の名に懸けて誓約し、世界を書き換える仙術奥義。人の身を超える巨大な力を与える代物ゆえに、代償も大きい。
「背に腹は代えられません。プランEを始めます。ルミナス、あなたの鏡像魔素も励起しなさい」
「えー? ボクの? そっちのぶんは変換しないと使えないでしょ、効率めっちゃ悪いじゃん」
「そこは使い方次第です」
「何やらせる気なのさー。プランEってなに? まさかイージー? エロス? エンゲージ? やだなーもーグリューネもしかしてあんなのが趣味? 異種がお好みで」
「い・い・か・ら黙って言う通りにしなさい。このままだと任務失敗ですよ」
「仕方ないなー」
緑髪の騎士……護法騎士グリューネの腕に浮かんでいた文字列が空中に飛び上がり、それが次々に集まって奇妙な茶色の本として現れる。その本が勝手に開き、そこから複数の、絵と呪文が描かれたカードが飛び出してきた。
『地王器・渡界咒法断章・励起駆動・構成『原初之章』』
「伝説の祭器・冥蓮/Nether Lotus」
「魔源・再生せし理想郷/Made Over Xanadu」
「瞬技・始原の回想/Progenitor Recall」
「使獣・上天の鳥/Birds of AEther」
「付与・孤独の版図/Territory of Solitude」
カードの絵がそれぞれ三次元の幻像ないし実体として顕現。漆黒の蓮が、煌めく宝石が粉々に砕け、突如凄まじい魔力が吹き上がる。そして本のページが勝手にめくれ、次のカードが飛び出す。
『地王器・渡界咒法断章・励起駆動・構成『黒緑之章』』
「使獣・不帰の国の彼岸花/Lycoris in Netherland」
「使獣・死翔する大顎/Grim Jaws」
「伝説の使獣・ヴォウルカシャの樹神兵/Vourukashan Elder Godwarrior」
「伝説の使獣・腐海の軍勢/Kingworm's Legion」
術の構成は召喚魔術。本来、この世界の召喚術では命なき物質のみしか呼べない。兵や獣を呼ぶことはできず、せいぜい小さなゴーレムや替えの武器程度だ。
だが。この騎士の手にする神秘の書は、召換物に仮初めの命を与えることを可能にする。
そして騎士の前に現れたのは無数の黒い異形の花。蜻蛉のような羽根と、鮫のような巨大な顎の頭と百足の胴体を持つ怪異の群れ。巨大な人型のような動く大樹。無数の赤い目を持つ巨大な団子蟲の軍勢……。
人間が扱うにしては有り得ないほどの魔力をもって、異形の軍勢が顕現した。
邪神の後ろにいる魔物たちがざわつく。濃密な生の魔力は彼らにとって魅惑的だ。待機せよとの命令なくば、競って戦いにいったかもしれない。
七……いや六英傑となった者たちも疑問の声をあげる。
「……魔物の群れ、か? 突然現れたぞ?」
「馬鹿な。これは魔術なのか? こんなもの、かつてでも見たことが……」
『偽魂による軍勢召喚術か。面白い』
「……ご存知なので?」
『太古の魔術だ。人間には殆ど伝わっておらんかもしれんな。よく見ておくがいい』
黒い精霊達と、緑と黒からなる植物と巨蟲達。
持てる者同士による軍勢は、やがてそれぞれが黒と緑の魔力と共に大地を埋め尽くしながら激突する。
夜鬼の投げる闇の槍が樹木と虫を穿ち、しかして花が闇の槍を散らして吸収し、闇の穴が蟲の吐く糸を吸い込み、闇の礫が樹木を溶かし、鮫頭の百足が礫を貪り喰らい、樹神兵が口の如き樹洞から奇怪な光線を出して礫を薙ぎ払う。しばしの間の拮抗。
人外の戦い。しかし長くは続かない。徐々に闇側の侵食速度が上回っていく。
「喰われてやがる遅すぎたんだ!」
「アホ言ってないで早く魔素つぎ込みなさいアホ」
「ぐはっ……ボクが死んだら自宅の罪荷を燃やして……がくっ」
「大丈夫、全部燃やしてあげますわ! ……アホな演技やってないでMGIS(魔力地理情報演算システム)に入力。パルス放った後の誘電電流にあなたの鏡像魔素を添加。それで攻撃が通ります。上天の鳥からの魔力感知データを回しますからね、タイミングが大事ですよ!」
「人使いあらーい!」
ついに黒い精霊達のほうが押し勝つかと見えたとき……。
『何だ?』
萎れた花群、崩れ落ちた樹兵、羽と顎の千切れた百足、穴の開いた団子蟲の群れ……それぞれの屍の果てた位置は、余りにも規則正しかった。これに邪神が違和感を覚えた瞬間……それらを起点に大地に陣が紡がれる。
『地王器・渡界咒法断章・励起駆動・構成『屍花之章』』
「付与・資源の濫費/Waste of Resources」
「魔技・野生の均衡/Wild Balance」
「魔技・空虚な繁栄/Fake Prosperity」
「付与・終に咲く花/Cadaverous Blossom」
『………そちらが本命か!』
騎士の手に持つ本から、数多のカードが消えていく。そして陣から吹き上がる莫大な魔力。
そうして蟲に、枯れ木に、地に伏したる全てのものに。
花。花が咲く。
赤く、青く、最後に白く。
生の全てを表すように。
屍に咲く花群が放つ香りと魔力は凄まじく香しく、濃密にして甘美。只人ならばそれを嗅いだだけで、快楽の果てに発狂し、脳の神経が灼き切れて花の養分になり果てよう。
幾千の屍花が集める魔力は、竜王たる彼からしても無視できぬ、明らかに人の枠など遥かに超えたもの、亜神の域に届く力。
『只者ではない、な。だが……』
魔力によるものなら【壊伝】の力をもって止め……。
……? ……!?
……止まらない!?
『まさか』
可能性としては2つ……いや3つか。
1つ。魔術は、人の間では第七段階までとされている。
第七段階の魔術とは『神焦炎』などの大規模儀式魔術や、『不滅』のような致命傷をも癒やす、最高位とされる術式。攻城級、戦術級の、城塞や都市を破壊しうる大魔術も多くはここに含まれる。
だが本当はその上に、人間たちの知らない第八段階の術がある。それらは魔術の素質だけでは扱えない星の名を背負う神代の術だ。
魔力だけでなく霊力も莫大になくば扱えず、神代言語である霊子彙編式を必要とする力。その域にある魔術は、例え魔力の伝達を断ち切ろうともそれだけでは止まらない。
2つ。霊威干渉に耐性を持つ能力を持っている。王器や神器にもそのようなものがある。
3つ。もしくは……その両方!
「魔技・深淵の契約/Abysal Contract」
「魔技・理力転換/Force Channel」
緑の騎士の右腕が振るわれ……突如肩口から千切れる。
「……瞬技・鮮血の教示者/Bloody Tutor」
生命力を魔力に替え、肩から鮮血を迸らせながら、騎士の表情に変化はない。千切れた腕が、地に落ち……そこに鮮血が降りかかる。
その腕は、世界を支える【神樹】の名を刻んだ神咒宿る魔人の骨肉。その血潮は、人の枠を超えた霊力の溶液にして神の美酒。
血に染まった腕が紅光の粒となって分解され、球状の重層立体魔法陣に変化。球体は周辺の死せる花々を吸い込んで、一瞬ののち、凄まじい勢いで回転しながら爆発的に増殖。
無数の花弁と共に転輪する数百の球状魔法陣が飛翔し、さらに巨大な別の魔法陣を空間に描きだす。それが呼び起こすは、忘れられた太古の怪物。
──神の咒に 言祝がれ、
死に咲く花を 母として、
産まれ落ちるは 何者ぞ?
「……虫は花に。
花に木に。
木は森に。
森は波に……」
──産まれよ、殖えよ、地に満ちよ。
地に生ける あらゆるものの、
地に這える あらゆるものの、
地に生ゆる あらゆるものの、
全てが汝の 糧である。
「……波濤となりて地を覆え『星蝕森』!」
──目覚めよ。
汝こそは神罰の代行者。
球体群が弾け飛び、鮮血に染まった花びらが地に降り注ぐ。
そこから無数の若芽が生え、瞬く間に成長し、絡み合って巨木となり、巨木は無数の魔法陣からなる異形の葉と花を繁らせて、世界に告げる。
『産まれよ』『殖えよ』『地に満ちよ』『かくあれかし』
巨木の枝が恐るべき速さで茂り、根が大地を穿ち、表土を覆い隠して拡大。枝から奇妙な実が落ちては発芽し、根の途中から若芽が伸び、それらも次々に成長。巨木と言える太さの木々が乱立し、森となっていく。
その枝と根に先んじて、闇に穿たれ屍体となり、花の糧となったはずの蟲達が動き出し、侵攻を再開しながら無数の胞子や綿毛のようなものを飛ばす。
それらに触れた周りの闇の精霊たちが、一瞬で魔素に還っていった。
精霊たちが「捕食」されていく。
『! ……戻れ!』
邪神が命令するも、その時には精霊達は身動きが取れなくなっていた。前線にいた精霊たちは次々に魔素に還元され、吸収され、森の一部となっていく。
向こうに食われるならば、その前に。
『……『汝ら、闇にだかれよ』!!」
精霊を暴走自爆させ、大規模破壊を……。
「……MGIS全個体マルチロック演算完了! エレクトロレーザーシャワー with ルミちゃん魔素発射! ひゃっはあ!」
突如として天空より無数の光線、そして雷撃が降り注ぐ。
『!』
自爆しようとした精霊達は精密狙撃され、殆どが雷撃に灼かれ撃破された。自爆できたのはほんの僅かのみ。
旧文明の兵器の一つ、エレクトロレーザーシャワー。対象をレーザーによってロックオンし、照射経路をイオン化、そこに大規模核融合炉が生み出した大電流を流し込む事で、人工的に直進する稲妻を作り出す。
単純なレーザーより火力に優れ、かつ同時に十万に及ぶ敵を捕捉可能。通常ならただの雷撃では精霊に効かないが、ルミナスはそこに己の魔素を添加することで破壊を可能にした。
『旧人類文明の機械兵器!? ……しかも精霊にも効くだと!?』
光線が放たれた瞬間、上方に巨大な環が一瞬浮かんでいた。しかしそれは即座に消え失せた。
『【想起】の産物か……夢幻竜の奴の秘技を使える奴がいるとは。……それに何だ、あれは』
邪神は上空を睨み、側に残していた闇の瞳に命じて『吸魔の視線』を向けさせる。そこにいた不可視の監視獣……上天の鳥は、身を構成する魔力を吸い取られ消滅した。
だがそうして邪神らが上に気を取られている僅かな間に、事態は凄まじい速さで進行する。
先の光線は単なる攻撃だけではない。稲妻は同時に大気を変質させ、大量の窒素酸化物を作りだす。即ちそれは植物にとって養分だ。
そも稲妻とは稲の妻、植物の成長を促進するがゆえの呼び名。そうして生み出されたものはまさに眼下に産まれたモノの餌である。
かくて万を数えた精霊機動師団は大半が捕食、破壊されて壊滅し、物理的にも魔力的にも莫大な養分と化した。それらは瞬く間に喰らい尽くされ、何もなかったはずの荒野に、地平線を埋め尽くす巨大な何かが顕れた。
『……やはり、これか!』
──かつて竜人たちは、ソレを様々な名で呼び、伝承の中に残した。
──最後にソレが生じたのは、千年を越えて生きる彼らにとってさえ千の代を越えた太古のこと。しかして彼らはその存在を忘れることなく子孫に伝えてきた。恐怖と、かつて犯した罪への戒めのために。
曰わく、万物を飲み込む『森津波』
曰わく、万罪を許さざる『神罰の森』
曰わく、万命を喰尽くす『不帰の樹海』
曰わく、万象を侵食する『星を蝕むもの』……
………オオォォォオ………
数百万年の時を経て、怪物の産声が響く。
冥穴なる神意の地すらも飲み込み、喰らうために。
本編中の単語
渡界咒法断章(地王器)
あえてルビをふるなら、
「プレインズウォーカーズスペルブック・フラグメンツ」
各カードの説明は活動報告のほうに。
意図としては「チャネルボール」と
「プロスブルーム」もどきでした。
あとは、少しばかりの某SF漫画風味。
増殖侵食する森のイメージといえば、私にとっては
あれですので。




