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第101話 たすけて

 ニンフィアは怒りに震えていた。


 黒鱗の巨大な竜人(ドラゴニュート)は、奇妙な力で皆の感覚を狂わせたようだった。さらに撃ち出された凄そうな魔術もあっさり無効化された。


 ロイはどこだろうか。皆がもがいたり飛び跳ねたり、転がりまわっていて、ニンフィアには彼がいたはずの辺りがどこか分からなくなっていた。


 ニンフィアの護衛だという黒衣の女性が近くに倒れているのが見えた。最初に挨拶したときには冷静で大人の女性だな、と思ったものだし、リェンファが言うには体術は達人級、魔術も魔術師としてやっていけるくらいらしい。


 だが、今はその顔は恐怖に歪んで意味不明な言葉をつぶやき、もがいている。普段使っているという気配消失や認識阻害の魔術も消え失せているようだ。

 

 もちろん使っているのは秘密なのだろうが、リェンファの霊眼は誤魔化せないらしい。彼女もこの異様な力には対抗できなかったと見える。


 何故かニンフィアにはこの奇妙な力は効いていない。幻覚の類だろうか? でもただの幻覚でもなさそうだ。仙力使いにも効いている。あの幻霞竜とも違う、より強大な力。


 恐ろしい力だ。だがそれだけなら、感じるのは怒りでなく恐怖だっただろう。


「どうして」


 竜人の後ろに立つ魔物たちの最前列に並ぶ人間たち。


 その中の一人、白衣の男。

 忘れられるはずもない。チャールズ・ユーウイッターヤ……ニンフィアの父。


「どうして」


 家の地下にあったコールドスリープ装置は一つだけ。ニンフィアの「病」の治療が長引くことを想定して、父がどこからか入手してきたものだ。


 あの街に他のコールドスリーブ装置があったかどうかも知らないが……あの装置は遺伝情報に合わせた個体調整が必要で、他人は原則使えない。つまり父が使える装置は無かったはず。


 どう考えても父はあの時代で死んだはずだ。それがあの業魔の襲撃直後か、そこを生き延びた後なのかはわからないが、ニンフィアの装置が放置されていた事からしても、おそらく直後に死んだと見るのが自然。


 姿を騙るだけの偽物の可能性は殆どないだろう、そんなことをする意味がどこにある。


 であれば、あそこにいる父は。業魔に殺され、そして幻妖になり果てた存在と考えざるをえない。


 その時、竜人の声が聞こえた。


『効かない者がいたか……その力は……なんとまあ、そのような事がありえるのか?』


「みんなに何を、シタノ!?」


『人間種は個よりも衆であるゆえに手強いとかつて学んだ。ゆえに衆になるべき手段を奪い、素の力を見たいと思ってな』


「こんなのじゃ、話すらできナイ!」


『手加減したのだがな。これを使うは六千年前以来ゆえ、いささかやり過ぎたかもしれぬ。やはり、あの時手加減無しのこれに耐え、余を制したあの者達は、貴様らの中でも別格であったのだな』


「六千年……」


 六千年前。ならばあの者達とは、アーサー・ナイトフォール率いる汎太陽系連合軍特務部隊。異能のジーディアンを集めた人類の最強部隊だった者たちの事だろう。


 僅か数十人ながら、十を超える航宙艦でも、百を超える移動要塞でも、千を超える戦車でも、十万を超えるドローン機動部隊でも、百万を超えるミサイル群でも歯が立たなかった龍と竜人の軍勢を打ち破り、人類に勝利をもたらした戦士たち。


 それがどれほどの偉業だったのか、ニンフィアはようやく少しだけ分かる気がした。


 あの幻霞竜ですら、いってしまえば一介の中ボスその一に過ぎなかっただろう。だが真竜(エルダードレイク)より上の敵については報道規制がかかっていたのか、全くニュースには流れなかったように思う。


 しかし実際には、真竜以上の脅威、この目の前の竜人のような存在が何体もいたはずなのだ。あの業魔暴走の日の前、対ジーディアンの研究を強いられていた父がぽろっと、こぼしたことがある。


「まだ龍は健在で、八の竜王も、六の鬼王も全部倒せたわけでもないのに、どうして人類同士でこんな馬鹿なことを……」

 

 まだ終わっていないの? もしかして、竜人との戦いは休戦しているだけ? と問うたが、「一旦は終わったさ。でもいつ再燃してもおかしくはないんだよ……それを上は分かってない。いや、分かっていて目を背けているだけか……」と。


 ……父は知っていたのだろうか、ジーディアン達の戦いの有り様を。そして戦いが終わって……いや正確には終わったとも言えないのに、狡兔(こうと)死して走狗(そうく)()らるるとばかりに仲間が殺された時、彼らがどれほど激怒したのかを。


 幻妖であっても父であるのなら、教えてくれないだろうか。そして何より……もう一度だけでもいい、私を……。


 気持ちが抑えられない。


「どうシテ」


「どうシテ、お父さん(ダディ)がソコにいるの!? 返事をして、どうシテ!?」


『これがそなたの父? ……ならばその身に残る力は、あの魔女の【怠惰(スロウス)】か。そなた、啓示の王の係累であったか』


 魔女? 係累? 何のこと? ああでも、そんなことより……。お父さん!


「返事をしてよ……!」


『こやつは色々なものの混ざり物でようでな。余にもよく分からぬ。この度ついてくると言うたため連れてきたが……なるほど、姿がそなたの父だというなら、残滓があるのかもしれんな。どうだ?』


「…… I don't know……失礼。思い出せませんな。ただどこかざわつくものはございます。私の一部はそうであるのかもしれません」


「嘘……嘘……」


『我らは所詮は影、ことに強い魂でなかった者は余り残らぬことも多い。それでも姿だけでも混ざったのであれば、あるいはそなたのせいか』 


「私のせい?」


『血。あるいは愛。あるいは憎悪。あるいは未練。想念、見えざるつながり、すなわち縁というべき何か。我らの再臨はそういったものにも影響される。例えばこの七人などは、余に引きずられた類であろう。……だがどちらにしても、星霊掃体なれば、やることは変わらぬ』


「……それは」


『魂を捧げること。それが使命なり』


 どうして。


 なんであの優しい人が、そんな事をしなくてはならない。


 それが罪の罰だとでもいうのか。この目の前の竜人を覆う鱗は、父が携わっていた、あの業魔のものに違いない。


 ああ、そうか。そこの七人が、この邪神に引きずられた幻妖ならば。父は。私と業魔に引きずられて現れたということか。


「……許さナイ。それが、影だとしても、幽霊だとしても、残滓だとしても……そんな使命から、放シテ。そして話をさセテ。お父さんを、眠らせてあゲテ!」

 

 私の力が、破壊を産む病だというなら。

 せめてこんな時に、使えなくてどうするのか。


 ── チガウヨ?

  ── ソレハ アナタノモノジャ ナイ


 この目の前の邪神であったというモノくらい、壊せずしてどうする!


 力を汲み上げる。

 心の奥底の昏い深淵で、凍りついた   が言う。


 ── タリナイヨ?

  ── ワカラナイ?


「……っ……」


 囁く何かの声を振り切って、力を目の前の竜人に向ける。


「壊れなサイ!!」


 空間をえぐり、破壊する力が発動し、ゴリィと音が。


 音が。


 音がしない、そして。


「……くっ……あっ……」


 ギリッ、ギリギリギリッ……。


 抵抗されている。いつもなら、一瞬だけで石臼のような音と共に消滅するのに、


 霊力が激突する渦のようなものが竜人の前に生じ、拮抗。そして破壊という現象が発生しない。


『よもやと思ったが、やはり『聖槍』をも使うか』


 発動するだけでニンフィアの霊力をごそっと持っていく破壊の力が、さらにゴリゴリと追加の霊力を要求してくる。


「はぁ、はあっ!」


『我が君の聖槍、直接この身に受けたことはなかったが、見たことはある。……少なくともそなたでは、我が君のそれには到底届かぬな。紛い物に過ぎぬ』


「くっ……」


 我が君? 誰?


 昏い深淵で、凍りついた   が笑う。


 ── ドウシテ ソンナ

  ── 借リ物ニ 頼ルノ

   ──   ナラ アンナ影ナンテ

    ── 飲ミ込ンデ アゲルノニ


 この声を聞いてはならない。なぜなら。

 みんながみんなで(・・・・・・・・)なくなる(・・・・)


「……Shut up!!(黙れ)


 もっと、もっと絞り込んだらあるいは。


『足りぬ』


 絞り込んでなお、力のせめぎ合いの場は、徐々にこちらに押し戻されてくる。霊力規模は圧倒的に向こうのほうが上。


 仙力の質的な優位を、圧倒的な量が覆していく。いや、本来の「聖槍」であれば量で上回ろうと覆しえない。単に神の力を使いこなす力量と演算能力がニンフィアの心身には無いのだ。


「……はあっ、はああっ!!」


 霊力が尽きかけ、脱力感と、吐き気がしてくる。


 それでも何とか手段はないかと必死で考えるニンフィアの目に……己に向かって突き出される槍が映った。


「!!!」


 先程、蒼貌鬼と呼ばれた男の、巨槍。


 忘れていた、敵は目の前の竜人だけではない。側に控えている武将のようなやつらも、その後ろの魔物たちも、そして何より。


 槍を持つ鬼の後ろ

  父の姿の幻妖が

   拳銃のような何かを持って

    ニンフィアに向かって

     引き金を


「あっ……」


 気がつくのが遅すぎた。自分は達人でも超人でもない。見てから避けるなんてできるわけもなくて。


 今のニンフィアはただ一人。他に誰もいない。


 戦闘訓練もろくにできていない自分が、仙力と怒りに任せて一人だけで戦おうとしたところで、うまくいくはずもなかった。まだ逃げるほうがきっと正しかった。


 今まで自分が力を使うときは、いつも彼が側にいてくれた。だから、忘れていた。


 自分が本当はとても弱いことを。一人では大したこともできない、小娘なことを。


 破壊の力

 切り替え

 間に合わない


  誰か


 槍の穂先が腹に、弾丸が胸に


  たすけて


   ロイ……



 ゴッ

  カンッカカカンッ!



「むっ!?」


 蒼貌鬼がよろめいて槍が逸れ、連発された弾丸も、乾いた音を立てて弾かれる。


 そして。


「悪い。遅れた」


「あ……」


 大好きな少年の背中が、目の前にあって。


「大丈夫か、フィア」

「……うん」


 そして安心感と霊力の枯渇により、少年に倒れかかりながら、ニンフィアの意識は途切れた。


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