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第100話 初めての

 初めに神は天地を創造された。

 地に形はなく、空虚であった。闇が深淵の上にあり、神の御霊が水の上を覆っていた。


 神は言われた。


 『光あれ(イェヒ・オール)


 そして光があった。

 神は光を見て良しとされた。神は光を闇から分け、光を昼と呼び、闇を夜と名付けた。夕が来て、朝が訪れた。これが最初の一日である。


 そして神は言葉を以て水をわけて天を創り、水を集めて海となし、地を乾かせて陸を創られた……。


 ──かつて母なる星で語られた神話には、創世をそのように伝えるものがあったという。




 だが、その言葉がもしも地に響かなかったならば。

 光はなく、地は形なき空虚のまま、天も海も陸もなく、全ては闇黒のままであったろう。


 その神が、神に届かんとする人の傲慢を戒めるために用いたのも、言葉を乱すこと。すなわち「伝える」手段の剥奪。


 

 世界とは伝えることで紡がれる。言葉とはその象徴だ。存在を、力を、心を伝える術なくば、全ては形になり得ない。



 誰かを知ることもできず、誰にも知られない孤独とは、即ち闇黒に等しい。ゆえに、その力を持つ『彼』は、かつてこう呼ばれた


 ──闇黒竜、と。



『──一つ貴様等に似合いの試練をくれてやろう』



 『彼』こそは竜人たちが神と崇めた八大竜王が一、黒の王。闇黒竜アガートランゼウス。


 だが今の『彼』は、往年の姿とは少し異なる。

 その身を覆う、微かに緋色を帯びた黒の鱗は闇黒竜のものではない。『彼』本来の鱗はもっと昏く蒼い夜空の色だ。


 この黒の鱗の持ち主は、八大竜王が一、(うろ)の王。奈落竜バールフェルルガンドゥス。己の色を持たぬ虚ろゆえに、他の七色全ての力を扱える最強の竜王であった者。


 今は南方大陸にて目覚めるあてのない眠りに沈む虚の王は、かつて人類との戦いにて猛威をふるい、人類側に凄まじい被害をもたらした。その力に目をつけた当時の人類首脳陣は、入手した奈落竜の体組織を元に、科学者らに竜王を元にした生物兵器の創造を命じた。


 そうして生まれたのが業魔(カルマ)……他者の力を己の物とする特性を持つ奈落竜の複製体(クローン)に、赤龍シュラクフリューダスの血肉が混ざることで産まれ落ちた魔性である。


 同じ竜王という縁によって、神の末席にあった竜王の記録と、神に届かんとする人の業が産んだ魔性が結びつき、『彼』は竜と龍の力を宿し魂を刈り取る幻魔としてここに顕現した。その『彼』が命じる。



 傲慢なる人間達よ。孤独の何たるかを知るがいい。



「【壊伝(バベル)】」




「!!?」


 破幻槍と名付けられた破壊の力。

 

 魔導師達が全力をもって紡いだ幻を破るはずの槍は、その言葉と共に呆気なく爆散。衝撃波もあらぬ方向に拡散し、それこそ幻のように消え去った。


 しかしその顛末を認識できた者がどれほどいただろう。


「!? !! ○△■!?」

「■■!! &G@!!?」


 皆が混乱していた。周りで何かを叫ぶ、喋っている音がする。しかし……わからない、ただの音の連なり。言葉として理解できない。


「#$!? ……@/%!?」(なんだ!? ……一体これは!?)


 それどころか、自分の放つ声でさえ、意味をなさない不協和音のような何かに変わっていた。


 そして周辺が『見えない』 視界が闇黒に塗りつぶされている。いや、正確には目を閉じた時のように何か取り留めもない光があるようにも感じるが、形あるものは全く見えない。つまり目を閉じても開いても何も変わらない。


(なんなんだ、これは!!)


 心の中で叫んだロイに、応える声があった。


『【壊伝】の仙力でしょう』

(ヴァリス!?)


 見えないが、手に握っていることは分かる如意棒から念話が届く。


『これは「伝達」を乱す力です。私を離さないで下さいね、多分ですが一度離したら私の念話も通じなくなりますよ!』

(ええ!?)


『この力の対象となった個体や範囲では、あらゆる光や言葉などの、情報の意味が狂います。自身の外部や道具への情報伝達が必要な力は無効化されます』

(マジか)


『さらに移動して動く物体も狂います。霊気を持たない器物は停止するか、運動向量(ベクトル)無秩序(ランダム)になって爆散します。ことに単純に空間指定した場合が最悪ですね。その部分の大気や土壌に宿る、自転公転による運動向量が無秩序化することでよって大爆発が起こります。範囲内の空気が突如超音速で吹き荒れ、山や湖なんかが面白いくらい簡単に吹っ飛んで消え失せますよ」

(爆散? 大爆発!?)


「当然魔術も無効ですね、例え無詠唱であっても、自己以外への意志による働きかけができなければ現象は発生しないのですから』

(……そりゃそうか)


『仙力も一部を除いて無効でしょう。周りの世界自体を己で塗りつぶせるような高位の力を持つ者でないと耐えられない、恐ろしい力の一つです。この力に捉えられると、自分以外のものは正確に認識できず、自分の言葉さえ、口から発せられた時点で己の聴覚では認識できなくなるでしょう』 

(なんで俺とお前は話せる?)

『私達が話せるのは、ご主人様の【掌握】による共有能力のおかげです。今の私はご主人様の一部扱いということです。それでさえ、一度離したら再接続できなくて乱されるおそれがあります』


 ロイは顔をしかめた。そういう力なら【救世】にとっては相性が悪いのではあるまいか。周辺の味方からの想いを受け止められないなら、彼の霊力はかなり限定される。


(俺自身だけに関していえば、基本的には五感を奪うような、凶悪な幻術の類と思えばいいか?)

『ご主人様の主観的にはそれでいいかと。さっき言ったように客観的にも発生する現象があるのが、ただの幻術ではありえないところですね。導師さんらの使った魔術の巨槍は爆散したでしょうし』


(……どうすればいい?)

『……そうですね。霊力を通しつつ、私を離さないようにして、振り回してみてください』


 言われた通りにやってみる。すると、如意棒が通り抜けた近傍だけが、姿と色を取り戻した。

『やはりご主人様の仙力なら、規模こそ僅かながら塗りつぶせますね。そうやって領域を増やしてください』

(なるほど)


 相変わらず遠くは暗く見えないままだ、だがロイの周辺だけは少し見えるようになった。


「!! ■△XX○!!」

「◇◇!! @$&&&!!」


 意味をなさない何かを喚きながら、周りの味方が倒れてバタバタと手足を動かし、あるいは転がり回っているのが分かった。皆の表情は疑問と恐怖に歪んでいる。


(これは)

『うずくまったり、止まっていることすらできない……なるほど。おそらく混乱して走ったり跳んだりして大地から一瞬両足が離れて、その瞬間から地面を認識できなくなって、地上にいながら空間識失調(バーディゴ)に襲われたかな?』

(はあ?)


『自分が倒れていることも分からないんですよ、ずっと落下し続けているような感覚かと思います。肉体は大地の上にあっても、精神がそれを認識できない』

(……触り続けないと地面すら分からなくなるのか)

『言葉だけ、光だけ、電波だけを乱す事もできるはず。かの竜人は人間を試すために、認識伝達阻害についてはかなりきつめに能力を起動したのでしょう。殺すだけならさっき言った通り一部の空間を能力の対象にすれば大爆発してこっちの騎士団は壊滅したでしょうから』


 つまりこれで手加減されている、と……。連中は幻妖だし、大半は黒い鱗の業魔だ。仮に無差別爆発が起ころうと人間側とは被害が全く違うわけで。いざとなればやってもおかしくない。


『ご主人様が立っていられるのは、【救世】に由来する強固な霊鎧あればこそでしょうね、触覚や重力の感覚までは侵食されていないようですから。普通の人ならその辺も狂って、立つのも難しいのだと思います。放っておくと発狂しかねません。……ああ、それがあの竜人の狙いでしょうか。この程度で狂うなら、ここで死ねと』

(ちくしょうめ、どうにか解除できないのか)


 その時。意味を成さない呻きや悲鳴の中で、ただ一人の意味ある『声』が聞こえた。


「みんなに何を、シタノ!?」


(ニンフィア!?)

『霊気術も【境界】も使いこなせてもいないのに【壊伝】が効いてない。となると……うわー、やっぱりこれ、中身アレじゃないですか!』

(なんだ?)

『……いえ、彼女にはまだ秘められた力があるようで、それが【壊伝】に対して相性がいいようですね』


『%G(#@=』

「こんなのじゃ、話すらできナイ!」

『/+?)%▼◆%*;』

「六千年……」


 ニンフィアの声に対する回答らしきものは、ロイにはやはり意味をなさない音としてしか聞こえない。でもニンフィアには言葉として聞こえているようだ。


 ニンフィアと邪神の姿も見えない。だが、方角は何となく分かった。とりあえずニンフィアがいるらしきほうに向かう。


「どうシテ」


「どうシテ、お父さん(ダディ)がソコにいるの!? 返事をしてよ!」

(!!)


 では、あの七英傑? の後ろにいた白衣の男、あれがニンフィアの父? ……過去の映像でどうだったか、そこまで覚えていないが、ニンフィアが言うならそうなのか?


『@&@|□$]'』

「嘘……嘘……」

『#=□▼~?』

「私のせい?」

『@p,=-+¥』

「それは」

『!,`~#?{*\』


「……許さナイ。それが、影だとしても、幽霊だとしても、残滓だとしても……そんな使命から、放シテ。そして話をさセテ。お父さんを、眠らせてあゲテ!」

 

 怒りを帯びたニンフィアの声が途切れる。

 おそらく霊力を高めて邪神を攻撃しようとしているのだろう、早くいかないと!

 

 その時。


「&%? &%!!」


 やはり意味は分からない。だがかすかに聞き覚えのある音色を感じた。振り向いてみると……。


 リェンファがいた。


 涙を流し、蒼く瞳を輝かせ、他の者と違ってよろよろながらもちゃんと歩いてロイに向かってくる。


(リェンファ? 見えてるのか!?)


「&%、@[&▼◎p$?}」


 やはり声は何を言っているのか分からない。


 ニンフィアの声が聞こえたとおぼしき方向、そちらを指差しながら、リェンファはロイに抱きついてくる……。


 動けなかった、彼女の表情が余りに真剣だったから。


(おっおい!?)


 そうしてリェンファは。涙を流しながら、とても綺麗に笑って。


 ロイの唇に、口付けた。


(!?!!?!!!)




 二人の初めての口付けは、錆びた鉄の……血の味がした。


(!!!)


 その瞬間、ロイの世界が書き換わる。


 視界が拡がる。闇が晴れ、世界が見える。いやそれだけでなく、色とりどりの何かが物体や人間たちに多数重なるような、複雑かつ奇妙な視界。


(なっ、なんだこれ!!)

『血を与えるのをトリガーに……【救恤(チャリティ)】!?』

(ちょっ、おい、リェンファ!?)


 リェンファはその場で崩れ落ちていた。瞳は涙を流したままだったが、輝きを失っている。焦点も合わなくなっていた。


「&%、@<>\^◎{}{……」


 何か喋っているが……やはり意味が聞き取れない。


『これは【救恤】です。他者の怪我や病気、状態異常を自分に移し替えたり、逆に己の知識や力、寿命を移したりする、犠牲と施しの力。彼女、あなたに自分の仙力……【啓示】の瞳を移したんですよ!』

(なんだってー!?)


 手を握るが、それも認識できていないようだ。リェンファの場合、【啓示】によって視覚だけが【壊伝】に抵抗できたのだろうか。


 その力と視覚をこちらに移した。自分が無力になるのをわかったうえで。


(これ、もしかしてずっとか?)

『普通は一時的か永続かは何を移すかと術者次第ですが、元々ご主人様の魂にはこれと相反する強欲の仙力(アワリティア)があるので、魂の鋳型が合いません。なので術者が永続のつもりであっても一時的な物にとどまるでしょう。しばらくしたら戻るとは思います』


 それならまだいいが……。


 他人の傷病を引き受け、自分の力を分け与える力など、他人に知られたら大変だろう。だから彼女はずっとそちらは隠してきたのだ。


 それを彼女は……。


 ああ。


(重いな)


 リェンファは信じた、ロイならなんとかしてくれると。力と秘密を託してくれた。裏切るわけにはいかない。


 言葉がなくとも、伝わる心がここにある。


 彼女の想いと霊力を感じる。


(ああ……)


 ここを切り抜けられたなら、ちゃんと彼女に伝えよう。


 相手は神の如き力を使う怪物だ、だが、力を示せともいった。手加減もしているらしい。一方的に殺す気はないのだ、少なくとも今のところは。


 ──よかろう。見せてやろうではないか、人の力というやつを。


ようやく100話に到達しました。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

なかなか思うように書けないもので……。


4/30 誤字修正



リェンファの力について

第5話で「もう一つある」とか第39話でほのめかしてはいましたが、ここで明らかになりました。


この力の本質が一般にバレると、彼女は血みどろの争奪戦の果て拉致監禁される立場になってしまうでしょう。傷や病を移し換えられる、寿命さえ融通できる、権力者にとっては絶対に確保したい力ですので。


今回リェンファ自身はロイにかかっている【壊伝】の効果も自分に移そうとしたのですが、そちらは彼女が【壊伝】を理解しきれておらず、かつ自分もかかっているために移せず、【啓示】の譲渡にとどまりました。


ニンフィアの力について

ニンフィアの本来の仙力は、【壊伝】からすれば同系統かつより上位の力になります。そのために彼女には【壊伝】は効きません。


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