九十八話
アノンside
ミング族の集落を経ってからおよそ二週間、俺達は無事に首都エムラムダへ到着した。
あれから追っ手の影は無い。エルダとの二人旅は不気味な程に味気なく順調に進んだ。順調に過ぎる程だ。本来ならもう聖光国から追っ手が来ていなければおかしい。いやそれどころか、逃げてきたパーティーの程度を考えればとっくに捕まっていなければおかしいくらいなのだ。
「どうした? 難しい顔をして」
「いや、ここに果たして探している術士がいるのかと思ってな」
誤魔化す為に開いた口だが、満更嘘と言う訳でもない。ここに来た一番の目的は、隷属の首輪を外す事なのだから。
隷属の首輪を外して、それから……
それから、どうする?
「──────」
事ここに至って、後の事を何も考えてなかった事に気付かされる。
……いや、違う。分かっていた。分かっていながら考えないようにしていた。
怖いからだ。自分と向き合うのが。置いてきた過去と向き合うのが怖いから、『とりあえず』と何か目的を作っては追いかけて、また作っては追いかけて……。
俺の逃亡劇はいつまで続くんだ?
死ぬまでか? 死ぬことからすら逃げているのに?
俺は結局、何がしたいんだ?
「おい、見つかったぞ! どうやら王宮お抱えの一流の術士が常に城に滞在しているらしい」
エルダの声に我に返る。どうやら無事目的の術士が見つかったようだ。しかし……。
「どうやって診て貰うか、だな……
相手は国に雇われる程の腕だ。当然無料でという訳には行くまい」
俺がそう言うとエルダは首を横に振った。
「いや、隷属の首輪の解呪はハムニキリ国あげての国家事業のひとつ。無料で引き受けてくれる筈だ。だが、身元を明かさない訳にはいかない」
そう。いかに国が奴隷を解放する事業を促進しているとはいえ、解呪して自由になった後に牙を向かれては堪らない。必ず解呪の前に綿密な身元調査が入る。
だから俺は国には内密に術士個人に頼む事を前提に考え、『無料では行くまい』と言ったのだ。もちろん、その事を知らないエルダは真面目に答えてくれた訳だが。
さて、どうするか。前にも後にも進めなくなってしまった。
正体を明かして王子という立場と向き合うのか、捕まってやはり王子として担ぎ上げられるのか。
どちらにしても、逃げられない。
「? どうしたんだ? 解呪しな「おやぁ?」
エルダの当然の疑問を遮る形で素っ頓狂とも思える甲高い声が通りに響いた。声の方を見ると、豪奢な衣装と装飾に身を包んだやせ細った男が城から出てきたではないか。
「貴方、戦闘奴隷ですね? 隷属の首輪を付けているのがその証。最下級の身分の者がわざわざここまで来たという事は、受けに来たんでしょう? 解呪を」
「いや、それは……」
全くもってその通りなのだが、情けない事に直前になって躊躇う気持ちが出てきてしまった等と言うわけにもいかず、立ち尽くす事しか出来ない。
そんな状態の俺を見て男は何かを感じ取ったのか、さも訳知り顔のような表情をして肩を叩き耳元に小声で囁いた。
「ああ、分かりますよ、分かります。貴方、ワケありですね? 大丈夫だいじょ~ぶ、私は頭の硬いお役人の方々とは違いますから、貰えるものさえ貰えればきちんと解呪して差し上げますよ?」
「いや、しかしだな……その、代金の持ち合わせが……」
「持ってるでしょう?」
断定する言い方にゾク、と背中を撫でられたような気分になった。
実は男の言う通りだった。持っている。解呪の代金へとなり得そうなモノを。
「な………に、を……」
「持ってるでしょう? 指輪を。分かるんですよ、私には」
何故知っている。そんな当然の疑問も浮かばぬ程に、俺は男の発した言葉に衝撃を受けていた。
指輪。王家の指輪。由緒正しきエメラルドが嵌め込まれた指輪。王位継承者が身に付ける指輪。妹の身体を貫いた狂剣をその身で受け止め、俺の命をギリギリで救った指輪。
サイズが大きすぎて嵌められなかったので小さい頃は鎖に通して首から掛けていた。ちょうどそれは心臓に当たる位置にぶら下がっていた。
今もまだ、それは心臓の位置に括り付けられている。幾重にも身体に巻いた鎖によって無理やり止めたのだ。服の外には絶対に出したくなかった。見られる位置には置いて起きたくなかった。心臓の位置にしたのは、忘れぬ為に。
妹の生命を犠牲にした卑しい命を忘れぬ為に。
王子の証を捨てて、自由を手に入れる?
その王子を救う為に散った妹の生命の重みは無視して?
何もかも忘れて、生きる?
そうまでして、何の為に──?
気付くと俺は、男に連れられ城の内部へと足を踏み入れていた。追ってこようとしたエルダは男の命により衛兵によって遮られた。
男の個室なのだろう、様々な呪具や魔道具が所狭しと立ち並ぶ薬品臭い部屋に通され、胸元に手を入れられた。
「──おお、やはり! 王家の至宝、紺碧のエメラルド!」
それは、通常のエメラルドとは違い、青みがかったエメラルド。内陸部にあり海の存在しないハムニキリ国において、まるでジャングルに空から海が降り注いだかのような青緑色。
喜色満面といった感じでニタニタと笑う男は、最後に確認の為に呼びかけた。
「良いですね──?」
それは最後通告だった。最後のチャンスだった。誇りを取り戻し、王位継承者として、亡き父や母、自分を庇って倒れた妹の意志に応える為の──
だがしかし、伸ばした手は……途中で弱々しく力を失い、止まった。
術士は指輪を懐に仕舞い込むと、早速解呪を始める為に呪文を唱え始めた。
そうしてしばらくして、解呪が終わろうかという所で、
「曲者、曲者だ──! であえ、であえ──!!」
城の衛兵のものと思われる大音響が響き渡った。
指輪、渡しちゃったね……、(⚲□⚲)




