九十六話
アノンside
族長の屋敷を出る。振り返ってその威容を確認する。やはり内装同様に簡素な造りだ。それでも族長の住む屋敷なだけあって他の家に比べればまだマシな方だ。
目が覚めて初めて見た時は聖光国の建物との格差を感じたものだが、改めて考えてみればこれは国のレベルの差ではなく、ミング族が最下級部族だからこその貧相さなのだろう。
上級部族の集落なら恐らくもっと豪華な家も多くある筈だ。ハムニキリ国の首都エムラムダなら西洋の造りを取り入れた石造りの家や城もあるのかも知れない。
キョロキョロとつい目新しい物を前にしてつい田舎者のように集落の様子を観察してしまう。やはり最下級という事もあり数十棟の家しか建てられていない。周囲を覆う囲いも物見櫓も小さく古くボロい。部族の人間達の瞳にも覇気が無く光を失った陰気な表情を浮かべている。
奴隷相手でも外の人間は恐ろしいのか、彼等はよそよそしく異質なモノを見る目でこちらを伺っている。声を掛けたり近寄ったりしてくる者はいない。自分一人だけが、この集落の中でハッキリと浮いている事を感じた。
ハムニキリ国の者は先祖代々受け継いできた自分達の肌の色と血を誇りに厳しい戦いを生き抜いてきた猛者達だ、と王国の授業では習ったが、今目の前に映る彼等の様相はそれとはかなり開きがある。
とてもでは無いが誇り高き部族、とは見えない。
……恐らくはあの族長のせいだろう。上に立つ者の姿勢を下にいる者はよく見ている。本来ならば、国絡みで行われている奴隷保護政策を軽んじるような真似を(例え戦闘奴隷が相手であっても)する筈がない。
族長は俺と顔を合わせた時、疲れを隠すような様子を見せなかった。つまりは、対応するのが面倒だという事を隠さなかったという事だ。
そういった覇気のない気怠げな族長の姿勢や雰囲気がそのまま村人達にも伝播しているのだ。これでは他の部族に軽んじられていても仕方が無い。真の強者なら、例え卑しい身分に身を置いても心は誇り高く清廉としているものだ。
少なくとも、俺は父親にそう教わった。……魔王へと変貌する前の、まともな頃だった父に。
それを思うと、俺の命を救いここまで運んで来てくれたあの強気な娘は、実に堂々たる振る舞いをしていた。少々、気負い過ぎている面は否めなかったが。だが、父親である族長を初めとして集落の皆が誇りを忘れ怠惰な様を晒しているのを見ていればああもなろう。
彼女は恐らくはたった一人で情けない同胞達の中で気を張って己だけでも誇り高く在ろうと努力しているのだろう。
そう考えると彼女の無骨で素っ気ない対応も好感が持ててくる。
……まあ、俺に誰かを非難する資格など有りはしないのだが。
そんな事を考えていると丁度心に思い描いていた人物が姿を現した。彼女は一人堂々とした立ち振る舞いでこちらに歩を進めてくる。気になるのは、周囲の村人達の彼女に対する対応が俺に対するそれと変わり無かった事だ。
怯えと疲れを孕んだ視線。
彼女はそんな周りの態度など意にする様子もなくこちらへ語りかけてきた。
「ここを出ていくのだな」
「ああ。命を救って貰った事には感謝する。いずれ何らかの形で返そうと思う」
俺の言葉が意外だったのか、彼女は出会って初めて笑顔を見せた。
「ふっ……。礼など期待してはおらん。だが、少なくとも礼儀は弁えているようだな」
「そうだな。あんたが礼を尽くして俺を救ってくれたようにな」
一瞬彼女の瞳孔が開いた。そんなに驚くような事を言ったつもりは無いが。
「俺を見つけたのが族長ならば恐らくは放っておかれた筈だ。しかしあんたはハムニキリ国が国絡みで積極的に行われている政策を無視したりはしなかった。国の決めた規律を守り従う。それも一つの礼であり礼を尽くす事が部族の誇りだろう。礼には礼で応えるのが俺が受けてきた教育の中での誇りだ」
「……これは驚いたな。お前は随分とハムニキリ国の事情に詳しいらしい。それだけではなく、高い水準の教育を受けてきた者の高貴さも感じる」
それはそのまま彼女自身の高い知性と知識の有り様を示してもいる。族長の娘とはいえ、最下級部族の者の持ち得るものでは無い。
「惜しいな。お前のような者が族長であれば、ミング族もここまで落ちぶれようは無かっただろうに」
今度は俺の方が目を見開く。彼女があまりに明け透けにこちらを褒め称えるような事を言ったからだ。出会った当初はとてもそんな言葉をかけて貰えるような評価はされていなかったというのに。そんな俺の思いを汲み取ったのか、釈明するように彼女はこう続けた。
「確かにお前は中途半端だ。生きたいのか死にたいのか分からない腰抜けかもしれん。それでも、堕ちる所まで堕ちてそれを何とも思わず受け入れるだけの者達に比べればずっとマシだ。中途半端とは言ったが……見方を変えれば、下まで落ちきらずに何とか留まっている、とも言える」
「…………」
「それに私とて同じようなものだ。強がって、一人滑稽にキャンキャン喚いているだけ。誰も動かせはしないし……動かせるとも思ってはいない」
「……そうか」
その言葉を聞いて全て理解した。彼女は全部理解しているのだ。己の置かれた状況も、立ち位置も。他者からどう評価されているかも。
深い孤独を感じた。予想していた通り彼女は、たった一人誰にも理解されず、それでも尚誇りを捨てず自分を保ち続けていた。
俺は、そんな彼女にかける言葉を見つけられなかった。
「……それで、お前は村を出てどうする気だ?」
「首都エムラムダに行こうと思っている。あそこならこれを外せる術者がいるかもしれんからな」
「成程。確かに隷属の首輪を外せる程の術者が居るとすれば、あそこしかないな」
ふむふむ、と納得した様子を見せた後、何やら考え込んでいる。
「よし。ならば私も付いていってやろうか? 道案内があった方が良かろう?」
「それはそうだが、あんたはそれでいいのか?」
「うむ。丁度私も用事があるのだ。エムラムダにというより霊峰クムヤカムニにだがな」
「クムヤカムニ……」
クムヤカムニ、と聞いてある一つの仮説が浮かんだ。もしかして彼女は……。
「まあ、そういう訳だからそなたに異論が無ければ共に行こう」
「なら、頼んだ。確かに道案内はあった方がいい」
「そうか、それならよろしく頼む」
そう言って彼女は右手を差し出してきた。
この時には、お互い最初に抱いたあまり宜しくないイメージは完全に払拭されていた。しっかりと差し出された手を握り挨拶を交わした。
「そうそう。言い忘れていたが、私の名はエルダ・ムーダ・ラル・アルガと言う。エルダと呼んでくれ」
「俺の名は…………アノンと呼んでくれ」
俺は、王族の名を示す自分のフルネームを彼女に名乗る事は出来なかった。
……やはり俺は、中途半端な奴だ。
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