九十五話
2023 8/7
フランベルグ帝国→フランベルグ帝魔国に名称を変更しました。
アノンside
目が覚めると、床の上に寝転がされていた。木造の簡素な造りの家。王都ネフタルの石造りの建物とは比べようもない貧相さだ。
だが代わりに、聖光国にいた頃には感じようも無かった温かみがある。たき火に照らされた僅かな明かりは、先住民族達の牧歌的な暮らしを映し出していた。
「──目が覚めたか」
老境に差し掛かった男の低い声が響いた。顔を声の方に向けると、果たして民族衣装に身を包んだ老人の瞳がこちらを見据えていた。
その目に宿るのは憐憫でも同情でもなく、警戒と少しの疲れだった。
「本来なら、奴隷は手厚く保護する所なのだが……戦闘奴隷ともなるとそうはいかん」
男はこの集落の族長なのだと言う。彼等ミング族はハムニキリ国内に混在する幾多の部族の中でも最下級に属するらしい。
「何処で戦ってきたか、誰と戦ってきたか、が重要だ。同胞らをその手にかけた者なら助ける訳にはいかぬ──」
突如として反対側から別の声が響いた。女の声だ。振り返ると、若いミング族の娘が厳しい目をしてこちらを睨んでいた。
「娘が倒れているそなたを見つけここまで運んできた。とりあえず意識が覚めるまでは預かる、と言ってな」
命の恩人だと言うその娘をじっと見る。赤銅色の肌に刻まれた刺青。軽装鎧に身を包み、羽飾り等の装飾品や意匠で彩られたその姿は、戦乙女のようだ。その瞳には強い意志が浮かんでみえる。
「私が運んで来た以上は、私自身で確かめよう。お前が、助けるに値する者なのかどうか」
「俺は、先住民族を手にかけた事は無い」
「本当か? 命惜しさに虚言を吐いているのではないだろうな?」
「命など惜しくは無い。死に場所を探して戦闘奴隷へと身を落とした。戦闘でも、積極的に命を刈り取りに行った事は無い」
これは本当の事だ。戦場ではいつも盾役として味方を守る壁となってきた。攻めに転じた事は無い。まあ、おかげで役たたず扱いされて直ぐに払い下げになり奴隷商人の元へ出戻ってくる事に毎度なっていたのだが。
「なんだ、遠回りな自殺志願者か? 死にたいならさっさと自ら命を断てば良かろう。それが出来ないのは結局命が惜しいからだ。腰抜けめ──」
初対面の人間に随分な口を聞く。とはいえ戦闘奴隷の身ではさして珍しい事でなかったが。
「──だが、まあ少なくとも他者に危害を加えるような人間では無いらしい。そんな気力もない、と言うのが本当の所なのだろうが」
そう言うと興味を失ったかのように身を翻して部屋を出ていった。とりあえずこの場で排除される事は無いようだ。
それが運が良いのか悪いのか、判断に困る事ではあったのだが。
「済まんな。あの通り、無骨で無愛想な女だ」
「あんたの娘か? 族長の娘なら、もっと飾り立てていても良さそうなものだが」
どちらかと言うとあの娘は権力者の娘と言うより武人と言った方がしっくり来る。目に宿る剣呑な光が、女を感じさせない。見た目は美しいし、歳も若いように思えるのだが。
「己を飾り持て囃されるよりも戦場を駆け獲物を追いかける方が性に合っているらしい。猛りいきがった所で、誰も認めはしないというのに……」
まただ。族長の表情からは確かに疲れが見える。じゃじゃ馬な娘に手を焼いている父親といった所か。
「聖光国では男も女も平等に──という建前の元に皆過ごしていたが、先住民族のような古い慣例を大事にする部族では男尊女卑が当たり前か」
故郷──フランベルク帝魔国では民は等しく魔族として白人に虐げられ見下される存在だった為にあまり目立ってはいなかったが、やはり男中心の政治が引かれていたように思う。ただ、その逆もあって種によっては雌が雄のような役割を果たす者達も存在していた。
「フン、男尊女卑など、白人共が勝手に作り出した概念に過ぎぬ。我等は古来から変わらず同じ在り方で生きてきたのだ」
「そう言ってあの娘は納得しているのか?」
「……………………」
苦味走った顔をする。どうやら大いに反発心を抱いているようだ。
「元々の気性もあるが……あれが男勝りになったのは状況のせいでもある」
族長がミング族の過去を語り始めた。今でこそ最下級まで落ちに落ちた部族ではあるが、かつてはハムニキリ国の頂点に立ち政治を取り仕切っていた時代があったのだと言う。
「我らミング族の黄金時代……あれはそれを取り戻すという妄執に取り憑かれておるのだ」
「妄執と言い切るからには、その可能性は無いと?」
「かつての黄金時代……覇王ゼリックが統治していた時代ですら女が重職に徴用される事は無かった。男と女では役割が違う。誰も女に男の代わりなど求めてはおらんのだ」
「ふむ……だが少なくとも族長、あんたが長としてミング族を導き最下級部族から脱すれば、娘も多少は態度を軟化させるのではないのか?」
若さから来る万能感、自分は何でも出来るという傲慢さ、それだけではなく、不甲斐ない父親への反発という側面も多分に含まれているのではないだろうか。
どうやら痛い所を突かれたらしく、ギロリ、と睨まれる。
「──余所者に何が分かる。助けて貰った分際で随分な口の利きようだな」
「俺をここに運んできたのはあの娘なのだろう? あんたではない。あんたはただ、何を言った所で聞く耳を持たない娘を放置していただけじゃないのか?」
「……出ていけ。ここは儂の家だ。お前の家では無い。お前にものを言う権利は無い」
「そうだな。出ていくとしよう」
確かに、故郷を捨てて逃げた俺に他人をどうこう言う資格は無い。ここに留まっていても仕方ないし、隷属の首輪を外せる呪術師を探しに行くべきだな。
そう考えた俺は、族長の家を出ていくのだった。




