九十四話
アノンside
俺がSランクパーティー臥龍鳳雛の元から逃亡して1週間程が経過しようとしていた。戦闘奴隷には逃亡防止の為に魔術的な信号が首輪に組み込まれている。有効射程範囲内に入ればたちまち電流が流れ自由を奪われる仕組みだ。そしてその信号を辿れば逃げた奴隷の居場所も簡単に追跡出来る。
俺はその対策として行先が分かっていても簡単には入れない場所に逃げ込む事にした。それは、王都ネフタルの南に位置する広大なジャングルを根城とする辺境の国ハムニキリ国だ。
ハムニキリ国は聖光国の女神信仰が広まると共にかつての住処を追われた先住民族達が打ち立てた国家だ。俺の故郷フランベルクが滅ぼされてからは亜人種や獣人種もそこに加わり、多数の民族が集う国家となった。
彼等は、自分達を迫害し住処を奪った大陸人(別の大陸から渡って来た侵略者の意味で使われている)を、つまりそれは聖皇国を中心とした白人種の事なのだが
、強く恨んでいる。
度重なる聖光国の侵略も密林を戦場にしたゲリラ戦法で何度も退け、遂に侵攻を諦めさせ今は小康状態を保っているが、いつ何が火種となって再び戦争が起こっても不思議じゃない程に彼等はその身に憤怒の感情を宿しているのだ。
力とその機会さえあれば、彼等は躊躇無く大陸人達を皆殺しにするだろう。女子供老人に至るまで全てをだ。
それがかつての彼等が味わった屈辱なのだから当然の事だ。
フランベルク王家の血を継ぐ俺には魔族の血が流れている。褐色の肌と銀色の髪は分かりやすい通行証となって俺をハムニキリ国へ通してくれるだろう。ハムニキリ国の人々は自分達がかつて酷い迫害を受けていた事もあり大陸人に対しては排他的な一方同族には優しい。
俺が戦闘奴隷な事は一目瞭然なのだから、手厚い庇護を受けられる筈だ。
聖光国の連中による亜人種達への迫害は奴隷という分かりやすい形で今も堂々と国公認の事業として運営されている。ハムニキリ国はその対抗策として見つけた奴隷は(大陸人以外は)国絡みで例外無く保護している。
ハムニキリ国には呪術師と呼ばれる特殊な魔術を専門にする者達がいる。彼等の技術なら秘匿化されている隷属の首輪のロックを外す事も可能かも知れない。
……本当は外すつもり等無かったのだが。
そもそも戦闘奴隷にまで身を落としたのも、わざとやった事なのだ。自暴自棄になって、死に場所を求めて、戦場へ出る為に奴隷の身分でありながら多くの問題を起こした。
本来は、王子がまさか戦闘奴隷にまで身を落とすなど有り得ないだろうという思い込みを利用した追っ手の追跡を振り切る為の大臣の策だったのだが……俺は全く逆の用途で利用していた。
皮肉な事に、戦場で死にそうになるとその度にあの時の、妹が自分を庇って死んだシーンが繰り返され、発作的に生き残る為に動いてしまう。
そんな生き残れる強さがあるのなら、あの時何故妹を救えなかった?
死を恐れる臆病さがあるのなら、何故あの時もっと周りを警戒していなかったのだ?
今更強くなった所で、何の意味もない。もう俺は、死んだも同然の男なのだから。
──それなら、どうして逃げようとする?
死んだも同然なら、捕まっても別に構わないじゃないか。臥龍鳳雛の連中が俺を王として担ぎあげようとしてようと何だろうと、流れに身を任せてしまえばいい。その途中で例え殺されようと、それは俺が元々求めていた事ではないか。
だが、そう思う心に反して、確かに俺はどこかで抵抗している。明確に、担ぎ上げられるのは御免だという強い拒絶の意志がある。
分かっている。俺は、今更王子としてフランベルク王家の血を継ぐ者としての責務を果たさせられるなんて真っ平御免なのだ。
妹を失った時の、あの何も出来ない無力感に向き合わされるのが堪らなく嫌で、怖いのだ。
結局何もかも中途半端なのだ、俺は。生き残れない程に弱ければ、或いは、今の自分に胸を張れる程に強くあれれば、こんな惨めな状態にはならなかっただろう。
王都を出てから五日間ほどはぶっ通しで歩き続け、途中の荒地地帯で運良くキャラバンに遭遇する事が出来た。俺が自分から詳しく説明をしなくても、首元に掛けられた隷属の首輪を見て同情してくれた商人達が幾らかの食料と水を恵んでくれた。
彼等が言うにはたまに俺のように奴隷商人から逃げ出して南に向かう奴が出てくるらしい。王都内では奴隷を勝手に逃がすのは重罪だが、ここはスピルネルとハムニキリの丁度半分くらいの位置で、法も国境線も曖昧だ。
有難く頂いた水と食料を手にして、休む事無く俺は歩き続けた。それは王都から出されているであろう捜索隊から逃げる為なのかはたまた背負わされるのが嫌な王族の責務から逃げる為なのか、俺には分からなかった。
先のような幸運は二度もは起こらなかったらしく、やがて水も食料も底を尽き体力も無くなりそして最後は意識を手放したのだった──




