八十六話
ウラヌスside
ボコボコ、と培養液に浸かった男の口から空気が泡となって吐き出されている。ガラスケースの中には半裸の男がコクピットに鎮座するように安置されていた。
ガラスケースとコクピットの間を埋めるように満たされた培養液に浸かり傷付いた身体を再生しているのだ。
勇者マグナス・レイン。氷の精霊に愛されし冷酷残虐な男。
私の勇者計画の根幹を成す重要な駒。
「思っていたよりも酷い目に合わされたわね、マグナス」
マグナスが魔獣使いテイル・スフレングスによって致命傷を負わされて急いでここにマグナスを放り込んでから二週間が経過しているが、未だにその傷は深く完治はしていない。
今の時点で大体全体の半分くらいだ。
私も、まさか覚醒した魔王候補があれ程までに人間離れした強さだとは思わなかった。人智を越えた怪物だと言っていい。しかも尚恐ろしい事に、それ以上の力を秘める正真正銘の化け物が隣に控えていた。
竜王シェイラン。最強種の竜族の頂点に立つ者。誰も奴を倒す事は出来ないし操る事も出来ない。魔獣使いテイル・スフレングスですら奴をコントロールする事は出来ないだろう。見限られればすぐに竜王は彼の元を去る筈だ。
だが、一番竜王に近く竜王の寵愛を受けている事もまた事実だ。テイル・スフレングスと竜王シェイランの事を放っておく事は出来ない。
しかし、竜王はおろか魔獣使いにすら今のマグナスは遠く及ばない。私が施した『改造』と魔剣の力によって辛うじて同じ土俵に立っているだけに過ぎない。本来ならば比べる事も烏滸がましい程のゴミ屑でしかないのだ、奴らにとっての勇者は。
ギリ、と奥歯を噛み締める。マグナス・レイン個人に対しての感想は奴らと同様にゴミ屑としか思わないが、私の計画の主人公である『勇者』としては別だ。
見捨てる訳にはいかないし替えも効かない。
私の強化を受けられる者は限られているのだ。ガラスケースの中で沈黙する勇者を見ながら私は物思いに耽る。
私は自分の過去を思い返していた。
◆
私は生まれつき酷い迫害を受けてきた。それは、私の生まれに起因する。私は魔獣の父と人間の母を持つ混血児、半人半獣なのだ。
魔獣は普通の魔物とは違い高い知能を持ち、人間と同じように喋る者も珍しくはない。また、強大な力を持ち魔法を駆使する者も多い。そういった観点から魔獣を忌避する人間は多い。事実、魔獣によって壊滅させられた都市や国も歴史上には多数存在する。
母は、魔獣に囚われその身を汚された。その結果として産まれたのが私だ。父は母を孕ませた後忽然と姿を消し、母は私を産んだ後産まれた私の醜い姿に絶望し自ら命を断った。
多分、父であった魔獣が母を襲ったのはほんの気まぐれだろう。基本的には魔獣はその時の気分に任せてのその日暮らしだ。別に人間という種に必ずしも敵対感情を持ち合わせている訳では無い。
ほんの気まぐれ、ただの遊びなのだ。
その遊びが母と私の命運を決めた。母は命を断ち、私は独り酷い迫害を受けながらも生き延びてきた。人間は勿論の事、魔獣達にも忌み嫌われた私に仲間など居ない。
行き着くのは、復讐だ。ごく自然な流れであろう。自分を生み出しただ地獄を味合わせ続けたこの世界が憎い。人間が、魔獣が憎い。生き物全てが憎い。
憎しみに身を焦がし悶々としながらも、尚ただ逃げ延びる日々が続いた。私は無力だった。いや、無力だと思い込んでいたのだ。
冒険者ギルドから派遣された冒険者によって追い詰められた私は、生まれて初めて反抗した。それまでは縮こまって暴力に耐えるだけで、自分が攻撃に移るなど考えた事もなかった。
だが、それまでの「虐め」レベルの迫害とは違い、そいつらのそれは狩人の狩りだ。確実に命を取りに来ていた。何もしなければ殺される。その危機感が私の閉じていた扉を開いた。
私を狩る筈だった冒険者達が血を滴らせた肉塊に変わった。私は、初めて自分が持つ力に気付いた。半分であっても魔獣の血を引いていた私は、普通の人間よりも遥かに強靭な身体を持っていたのだ。
だからこそ人間達からの迫害にも耐えてこれたのだ。ずっと疎んできた魔獣の血が私を救うとは……この世界はあまりにも皮肉が過ぎる。
とはいえ、私は力を手に入れた。復讐する力を。この世界は弱肉強食。弱い者は強い者に蹂躙される。私がそれまでの生の中で学んできた絶対のルール。
そのルールに従い、弱者を蹂躙し続けた。人間を狩り続けた。
だがそれも長くは続かなかった。冒険者ギルドは私に懸賞金を懸け指名手配した。表立って活動する事が難しくなる。裏の世界に身を潜める事になる。
しかしそれが私の活路を開いた。封印された秘術、魔道具や神器、隠された技術、私はそれらをかき集め自らの糧とした。
ずっと、考えてきた。世界へ復讐する方法を。魔獣を殲滅する手段を。人間同様魔獣も決して許しはしない。必ず滅ぼす。しかし自らの力ではそれは叶わない。半獣の身では純正の魔獣には力が及ばないのだ。
ならば、倒して貰えばいい。私以上の力を持った者に。全てを蹂躙して貰えばいい。
私の意のままに動く最強の者を創り出し、その力によって全てを滅ぼす。
それが『勇者』。
勇者は悪を滅ぼし正義を助ける。私はずっと待ち焦がれていた。何一つ悪い事などしていない可哀想な私を救ってくれる勇者が現れる事を。
だがいつまで経っても勇者は私の前には現れなかった。おとぎ話などではなく勇者が実在している事は知っていた。だが何の因果か彼らと私が出会う事は無かった。
勇者が私を助けに来てくれないなら、創ればいい。私を救ってくれる、私だけの勇者様を。
私の強化能力を受け付けられる素養のある者を探した。探し続けた。そうして見つけた、適応者。それが、氷の勇者マグナス・レインだ。
マグナスは強くなる。もっともっと強くなる。今はまだ、あの怪物達には及ばないが、いずれは必ず追い越す。全てを滅ぼす為に。
「期待しているわよ、私の勇者様」
今も尚眠り続ける勇者に私はガラス越しに口付けを交わした。
明かされるウラヌスの過去(・о・)




