八十四話
ヤマタノオロチの魂は全ての生命力を吸収され消滅した。
今、ミコトの全身からは溢れんばかりの生命力が迸りその瞳はらんらんと光り輝いている。その目で、強くシズクを見つめている。
「ヤマタノオロチは消滅しました。さあ、教えてください。あなたの正体を」
ミコトの視線を受け止めてシズクはこう返した。
「その前に、こちらの質問に答えて欲しい」
「質問……?」
「うん」
質問に質問を返されるとは思わなかったのか、きょとんとするミコトにシズクは尋ねた。
「仮に、ボクの正体が君の予想していた通りのものだったのなら、君はどうするつもりなんだい?」
「どうするって……そりゃあ」
ミコトが言葉を詰まらせる。恐らくミコトはシズクの正体に薄々勘づいている。生き別れた兄が目の前にいるのなら再会を果たしたいと思うのは当然だが、シズクはその後にどうするのかと聞いているのだ。
「質問を変えようか。君は、兄に再会出来たとして、それからどうするつもりなんだ?」
「それは……」
ミコトはそれ以上答える事が出来なかった。兄を求める事ばかりでそれ以降の事など考えもしていなかったのだ。
「君はかつてこう言ったな。兄が帰ってくる場所を守りたいと。しかし、君の兄が使命を達成し里へ戻ってくるのには今しばらく時間が必要だろう」
「………………」
「君はどうする? 当初の予定通りツクヨミの里を守りつつ兄の帰りを待つのか。それとも、兄と行動を共にするのか」
「それ……は……」
普通に考えれば、せっかく再会できた兄とまた離れ離れになるのは嫌だと考え兄の旅に同行したいとなるだろう。だが、彼女は戦闘がこなせる訳では無い。間違いなく足手纏いにしかならない。兄の使命を達成する為の障害にしかならないのだ。
それ以上に、ミコトの身に危険が及ぶ事になる。シズクはそれを危惧しているのだろう。
それがミコト自身にも容易に理解出来るから、言葉を続けられない。言えば、シズクは拒絶するだろう。でも、目の前に長年再会を待ち望んでいた兄がいるのに諦めるなんて出来ない。と、いった所だろう。
ミコトは固まったまま何も出来ずにいた。
「答えられないようだね。それでは、君の質問にも答える事は出来ない」
「……………………」
冷たいと言われても仕方の無い程に、シズクは感情を言葉に乗せずにそう告げた。ミコトはただ、黙って受け入れ難い現実の前に打ちひしがれていた。
それからツクヨミの里へ戻り、別れの時が来るまで両者が会話を交わす事はなかった。
◆
「本当にいいんだかや? ワシが旅に同行しても」
「むしろ、願ってもない事ですよ」
ツクヨミの里に帰還した後、クアンゼは僕達と行動を共にしたいと申し出てきた。ヤマタノオロチの脅威は去った。ならばもうクアンゼが先祖代々受け継いできた使命も終わる事になる。
クアンゼは自身の新たな旅立ちを僕達と共に歩む事を望んだのだ。クアンゼと意気投合していたヘルメスは嬉しそうだ。仲間達も歓迎ムードで和やかな雰囲気を醸し出していた。
ただ二人、シズクとミコトだけは相変わらず硬直した硬い空気を纏わせていたが。
クアンゼが荷物を纏め終え、いよいよツクヨミの里を立とうとしたその時に、ミコトが声を掛けてきた。
「オオウスノミコさん」
「なんだい」
「私知っちゃったんです。里にある図書館で調べたら出てきました」
「何がだい」
「大碓命という人は既に遥か昔に存在していました。古代ヤマトノクニの皇族、日本武尊の双子の兄です」
「………………」
「日本武尊の正式な名称はヤマトタケルノミコト。オオウスノミコは、ミコトの双子の兄なんです」
「………………」
何故ミコトはそんな偽名を名乗ったのか。それは、自分がミコトの兄なのだという密かな自己主張だったのだろうか。
正体を隠しあくまでも冷淡に妹に接しながら、その実、気付いて欲しいと願っていたのではないだろうか。
そしてそれにミコトは気付いた。
自らの本音を覆い隠す兄に、妹は訴えたのだ。
私は知っている。あなたが兄なのだと気付いていると。
ミコトは着物の裾をぎゅっと握り締めると、決意を込めて言った。
「私、兄に会いたいです。抱きしめてぎゅっとして、頭を撫でて貰いたい。思い切り甘えたい」
「………………」
「だから、私、頑張ってこの里を守ります。兄がこの里へ帰ってきた時に、自分の妹が立派に使命を果たしたんだって誇って貰えるように。思い切り甘やかして貰えるように」
「………………」
「だから…………だから」
ミコトの言葉に少しずつ嗚咽が混じっていく。肩を震わせ、ポロポロと涙を流しながら、最後の別れの言葉を告げた。
「さようなら、お兄ちゃん。またね」
シズクは、それでも反応を見せなかった。何も反応を見せないので僕達も見切りを付けて歩を進め始めたその時、
シズクは変身を解いて元の姿を妹に見せた。
「さようなら、ミコト。必ず、ボクはここに帰って来るよ」
ミコトは、いつまでも名残り惜しそうにこちらを見続けていた。
シズクは、ミコトに背を向けて歩き出した。
「ねえ、シズク」
「……なんですか」
「もう、我慢しなくてもいいと思うよ」
その言葉がきっかけになったのか、シズクの瞳から水滴が流れ地面に落ちた。
流した当人の名と同じ、美しく透き通った雫が。
シズクという子は、僕が思っていたよりもずっと男の子らしく、そして、愛情表現の下手な不器用な少年だった。
( ;∀;)( ;∀;)( ;∀;)




