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八十三話

混合蟻達の奇襲、シェイラン&プリメインさんの援護、レンカ&ピピの連携、そして満を持して放った七色の光(レイズ・ボウ)の攻撃によってヤマタノオロチに多大なダメージを与え、隠されていた真の姿を顕わにさせた。


(たこ)……?」



そう、それは(まぎ)れもなく蛸の姿をしていた。オロチの首だと思っていたのは脚であり、八本の龍の首は八本の蛸の脚だった。


「これは一体……ヤマタノオロチではなかったの?」

「これは恐らく……ダゴンの眷属(こども)です。不滅の魂を持つヤマタノオロチに肉体を与える為に依り代としたんでしょう」

「つまり蛸の身体にヤマタノオロチの魂を憑依させて龍に見えるように魔法をかけて偽装してたと?」

「そうです。だから山の神である筈のヤマタノオロチが自ら放った炎に弱く、水気のある場所を本拠地に据えるような事をしたんです」


なるほど、実際は火龍ではなく蛸だったというならそれも納得だ。しかしなぜ依り代にわざわざ蛸を選んだのか、という疑問は残る。


「それは簡単です。ダゴンはあくまでも深海の王。浅瀬や陸には上がって来れません。だから奴は地上を侵略する時は自分の子供を使うんです。地上の環境に適応させる為に品種改良して生み出したヤツらをね」


そう語るシズクの表情は険しい。何故そんな顔をしているのかと思っていると彼が説明してくれた。


「人間に置き換えて考えてみてください。自分が水中に入れないからといって、半魚人の子供を作って送り出そうと考えますか? 生贄同然の依り代にしようと考えますか?」

「な、なるほど……」


どうやらダゴンというのは目的の為なら手段を選ばない相当悪辣(あくらつ)な奴らしい。そんな事を話していると、おずおずとミコトが会話に割り込んできた。


「ダゴンって……海の神と対立しているっていう……あの深海の王ですよね? でも何故ダゴンがわざわざヤマタノオロチを復活させる必要があるんでしょうか」

「ダゴンは狡猾(こうかつ)な奴だから。絡め手を使ってクラーケンに嫌がらせをしたかったんだろうね」


心底忌々(いまいま)しそうにシズクが言うのだが、ダゴンの事をよく知らない僕らにしてみれば正直ちんぷんかんぷんだ。


「ええとつまり……どういう事ですか?」

「ダゴンはクラーケンのアキレス腱(じゃくてん)は海神の巫女だと考えたんだ。海神の巫女とて人間だから、出身地であるツクヨミの里を壊滅させられれば心理的動揺を誘える」


確かに自分の出身地を潰されれば大抵の人間は酷いショックを受け悲しむだろう。同時に強い(いきどお)りを覚えるに違いない。


戦闘において精神状態は戦況を大きく左右する。クラーケンは海の帝王と呼ばれるだけあって精神的にも肉体的にも強靭で(すき)がない。ならばそのクラーケンと魂で繋がっている海神の巫女の心を乱せば、総じてクラーケンにも隙が出来るかもしれない。


そういう計画の元で行動に移したんだろう、とシズクは語った。


「う~ん……でもそれって仮に海神の巫女が冷淡で身内がやられても全く意に返さないような性格だったら無駄ですよね? 確実性のない計画に思えるのですけど」

「クラーケンは人間と魔物の共存を目指す平和主義者。そんな彼が選んだ巫女ならば情に厚い性格であるだろうと踏んだろうね」

「なるほど…………ところで」


シズクの説明に納得した様子を見せたミコトだったが、彼女にはまた別の疑問が浮かんだようだった。


「オオウスノミコさん、あなたは一体何者なんですか?」


ミコトの発言により場に静寂が訪れる。その静寂を切り裂くようにシズクが口を開く。


「何者……とは?」

「何故あなたはそんなにもヤマタノオロチやクラーケンの事に詳しいんです? ツクヨミの里の巫女である私ですら知らないような事を里の部外者であるあなたが」

「………………」


ミコトからしてみれば当然の疑問だろう。シズクの発言は、当事者でなければ知りえないような事ばかりだ。事態の核心とも言える部分にまで踏み込んでいる。


諸国漫遊の旅人だという説明で納得できる訳もない。もっとも、シズクからしてみてもそれは百も承知だろう。だからこそ、発言の前に彼は決意したような表情をしていたのだ。


上手く誤魔化す方策があるのか、それとも全てを語るつもりなのか……彼の動向を見守ろうとしていたその時、


ヤマタノオロチの死骸が再生を始めた。


シズクの説明に夢中になって忘れていたが、ヤマタノオロチは不滅の存在。普通に戦ってダメージを与えただけでは倒せないのだ。



「ミコト。話は後だ。今はまず何よりヤマタノオロチを完全に滅ぼさなければ。……出来るかい?」

「必ずやり遂げて見せます……!!」



シズクの問いかけにミコトは身体を震わせて応えた。(おび)えではない。武者震いだ。冷静沈着な面を見せる兄とは対照的に、妹はどこまでも熱く勇猛だった。


シズクの指示に従い、クアンゼが里から持ち込んだ三種の神器を道具袋から取り出す。

鏡を置き、勾玉を首に掛け、神剣を手に取るのはツクヨミの里の巫女。


「今からボクがヤマタノオロチと君との魂の繋がりを再度接続する。そうしたら……綱引きだ!」

「はい……!」


シズクが立てたヤマタノオロチを完全に滅ぼす為の作戦とはこうだ。


まず、シズクがミコトとヤマタノオロチの魂を再度繋ぎ直す。そうすると魂の力の強い方に弱い方の生命力が引っ張られ吸収されていく。


ほぼ瀕死の状態に追い込まれている現在のヤマタノオロチの魂は非常に弱っている。今の万全な体調のミコトが全力で舞えば残されたオロチの生命力を全て引きずり出し吸い込める、という訳だ。


(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)


真言を唱えながらシズクが九字を切る。バヂヂッ、と音を立てながら再生中の蛸の身体とミコトの身体との間に(ひも)のようなものが現れ(つな)がる。



これで両者の魂は繋がった。三種の神器も揃い、舞台の準備は整った。



草薙剣(くさなぎのつるぎ)を構え、裂帛(れっぱく)の気合と共に跳ねる。狭い壺の中に爆竹を投げ込んだかのような無茶苦茶な動き。前回の静と動が同居したような流麗な舞いとは全く別物の、檻から解き放たれた虎のような勢いだった。


肺いっぱいに吸い込まれた空気が投げ込まれた(まき)のように火を()べていく。身体中に流れる血潮、その紅、その炎の勢いを増させていく。


身体から吹き上がる蒸気が、汗が、まるで揺らめく蜃気楼(しんきろう)のように周囲の景色を変えていく。冷たい地下空間の温度が上がっていくようだった。


「全然前のと違う……」

「前の踊りは山の神、火龍と同化する火の踊りからの、その魂を(しず)める為の水の踊りという流れでした」


今回は最初から魂が繋がっている為に水の踊りだけで済む、と考えがちだが、ヤマタノオロチの正体が蛸だと分かった以上は、水を焼き付くし蒸発させる為の火の踊りなのだという。


生命を懸けたミコトの舞いを見守る最中、シズクの肩の辺りから(うっす)らと声が聞こえてきた。


「おお……この荒々しさ、猛々しさ……! 初代須佐之男(スサノオ)彷彿(ほうふつ)とさせるわ」


それはクラーケンの感嘆の声だった。在りし過去を思い描いているのか、口調が今と違う。











初代須佐之男。ヤマタノオロチを倒しその魂を封印した男。かつてシズクがクラーケンから聞いた話によれば、初代須佐之男は女人と見間違わんばかりの見目麗しい面立ちでありながら、その性質は烈火の如く苛烈(かれつ)、勇猛果敢にして天下無双の豪傑(ごうけつ)だったという。


「──あぁん? 女の格好しろだとぉ?」


背丈は150cm程。二次性徴期を迎えた童児にしか見えない()()は、己の背丈の倍以上はある巨木を根元からもぎ取り抱え武器にしていた。


怪物。鬼。物怪(もののけ)。暴れ回る事しか知らなかった時代はそう呼ばれていた男子(おのこ)が、


「─────なるほど、女に化けて酒を呑ませるのか」


山猿としか思えなかったそれが、風呂に入り汚れを落とし、服装を整え化粧をすれば、摩訶不思議。


どこぞの貴族の娘かと錯覚させんばかりの絶世の美貌。流し目を送りしなを作ればたちまち腰砕け。


「ぬははははっ! こいつあおもしれぇ! 男共がまるで盛りの付いた犬じゃねえか! 嫉妬に燃える女の顔は正に鬼よ!」


山の神を退治し封じた後も、童は美女へと度々姿を変えた。


「──そんなに気に入ったのか? 女の格好が」

「そうだな。気に入ってるよ。鬼だ悪魔だと散々言われ忌み嫌われてきた俺が、まるで真っ当な人間になったかのように思えてくるからな」


そう言って寂しげに笑ったその顔を、生まれて初めて美しい、と感じた──











「見事なり、ツクヨミの巫女」


最後まで力を振り絞り踊りきったその顔には、勝利の充実感と誇らしさが満面の笑みとなって浮かんでいた。

クラーケンが変態に目覚めた瞬間でした

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