八十二話
ヤマタノオロチが潜んでいると思われる最奥部分へと進んでいく。
道はほぼ一本道で入り組んではおらず、さほど道幅はなかったのでピピには幼体になって貰った。チィには外で待機している蟻達との通信の為にも同行して貰っている。
道中魔物達に襲われる事はなく、どうやらこの洞穴には一切魔物は棲息していないようだった。この事からもヤマタノオロチがこの洞穴に緊急避難してきたという事が分かる。
禍神の用意周到で狡猾な性質からして予め誘い込み迎え撃つ予定だったなら魔物達を洞穴内に配置していただろうからだ。
炎のブレスでの奇襲や先制攻撃に対応する為に先頭に立つのはシェイランとプリメインさんの二人だ。日が差さない暗闇の中を進む為に松明を用意して進んでいく。酸欠になった時にもこれならすぐに対応出来る。
後に続くのはピピとレンカ。その後ろに僕とチィ、続けてシズク、クアンゼ、ミコトといった並びで進んでいく。
洞穴の中はジメジメして水気が凄かった。かび臭い匂いを我慢しながら歩いていくと、侵入者の存在に驚いたのか蝙蝠達がバサバサと飛び回っている。
奥に進む事に強烈な威圧感が襲いかかってくる。この奥にヤマタノオロチが潜んでいるのは間違いない。進むペースを下げてゆっくりと先へ進んでいく。
そうして、洞穴の最奥部分へと辿り着いた。
相当の広さがあるらしく、松明の灯りでも奥まで光が届かない。軽く数キロメートルは続いていそうだ。どうやら酸欠の心配もしなくて済みそうだった。
十分な広さが確保されたのでピピには成体に戻って貰う。ピピの鳴き声が響くと共に、侵入者の存在に気が付いたのか、ヤマタノオロチの叫び声が響き渡る。
「ギャオオオオオオッ!!」
続けて炎のブレスが奥から放たれてきた。しかしその炎はピピに届く前に強烈な風の力によって跳ね返される。
シェイランとプリメインさんが風の魔力で押し返してくれたのだ。跳ね返された炎はオロチの肌を焼いていく。
「グオオオオオーンッ!!」
オロチが苦悶の声を上げのたうち回る。八本の首が縦横無尽に暴れ回る。前回の戦闘で吹き飛んだ首は完全に再生しているようだ。更に言うと前回の時よりも一回りサイズが大きくなっている。
ヤマタノオロチが怯んだ隙にピピとレンカが駆け出していく。
近付いてくる二人を追い払おうとするオロチだが、直接攻撃はかわされ、炎のブレスはシェイラン達によって跳ね返される。
攻撃が届く距離まで近付いたピピは両翼を勢いよく羽ばたかせた。
「クエエエエッ!!」
ピピの放った炎の衝撃波がオロチを薙ぐ。続けてレンカが神器イフリートを抜き真横に一太刀。
ずるり、という音を立ててオロチの首の一つが地面に落ちる。
だが、次の瞬間斬られた首の断面がボコボコと盛り上がり凄まじい速さで再生していく。
「これは……何という再生能力……!」
驚嘆の声を上げるレンカを別の首が襲うが、その攻撃を読んでいたレンカは華麗なステップでかわし着地する。
その後もピピとレンカは巧みなコンビネーションでオロチを追い立てるが、凄まじい再生能力の壁に阻まれ決定打が放てない。勝負が長引けば不利になるのは明らかだった。
「おかしい……あれは本当にヤマタノオロチなんでしょうか?」
「あれがヤマタノオロチじゃないなら何だって言うのさ?」
「分かりません……けれど、あのオロチにはおかしな点が多すぎます。自ら放った炎に焼かれる事や、異常な再生速度。従来のオロチとは全く違うモノになっているのは間違いないです」
シズクの言う通り確かにあのオロチには不審な点が多いが、だからと言ってそれがどうしたというのだろうか。オロチの正体が何であれ対峙した以上は倒すしかない。
それとも、オロチの正体にあの再生能力を突破するヒントがあるというのだろうか。そうしてしばし戦況を見ているとある事に気付いた。
「そういえば……オロチの首しか見ていないな」
「首、ですか?」
ミコトが不思議そうな声を上げる。彼女は前回の戦闘には参加してないから分からないのだろう。僕は彼女にも分かるように噛み砕いて説明する。
「前回の戦闘の時にはオロチは泉に浸かって首だけ伸ばして襲ってきたんだ。今回も、まだ首部分しか見せてない」
「という事は今回もまた胴体部分は泉に浸かっているのでしょうか?」
「それが変なんだよね。オロチは火龍で水はむしろ苦手な筈なのに、なんで水にずっと浸かっているんだろう」
シズクが顎に手を当てて不可解そうにそう言った。
「胴体を、何とかして引き摺り出してみるか……?」
そうすれば何かしら分かる事もあるかもしれない。
「けれど、あの中に割って入るのは難しいのでは……」
シズクが不安そうに言う。確かに、ヤマタノオロチは八つの首を振り回して暴れ回っているし、炎のブレスも絶えず吐き散らしている。ピピとレンカはその間を縫うように飛び回っているし、シェイランとプリメインさんは彼等に炎のブレスが直撃しないように最新の注意を払って風をコントロールしている。
簡単には割って入れそうにない。ピピやレンカに頼んだとしても、あのヤマタノオロチの巨体を力ずくで泉から引き摺り出すというのは難しいだろう。
「僕がやるよ。ただ、それにしても上手く隙を作らないと……」
何とか割って入る隙を伺おうと戦況を見守っていると、唐突に天井から変な音が響いてきた。
ビキッ、ビキビキッ
見ると、天井の壁にヒビが入り、小石や砂が落下しているようだ。ヒビ割れはどんどん大きくなり、やがて割れた穴から何かの前脚部分が飛び出してきた。
「あれは……?」
ヒビ割れが蜘蛛の巣のように広がり限界までいった時、遂に崩壊した。大きな岩の塊と共に落ちてきたのは、外で待機していた筈の混合蟻だった。
何故彼等がここに来たのか。チィには指令は出させていない。つまり、彼等自身の判断でやってきたという事だ。どことなく、混合蟻達五匹の瞳はオロチへの敵意と戦意で煌めいているように思えた。
前回のリベンジマッチという事なのだろうか?
五匹の混合蟻は巧みにオロチの首に取り付き動きを封じる。ピピとレンカは瞬時に連携しそれぞれ一本ずつ首を抑える。
八本中七本の首を抑え、残るは一本。
気が付くと走り出していた。
「うおらあああっ!!」
接近した僕を迎え撃とうと残った首が襲いかかってきたのを右手で殴り飛ばし、両足で思い切り叩き潰す。その反動で跳び、壁を蹴り三角飛びの要領でオロチの胴体部分に向かって一直線に進む。
凄まじい勢いと速さで泉の水を二つに割り、露出した地面に着地すると全力でオロチを蹴り飛ばす。
オロチの身体は蟻達が開けた天井の穴に突き刺さり、首から上部分は全て穴の上に飛び出してしまう。残ったのは、穴から垂れ下がった胴体だけだ。
「チャンスだ!! 全力で攻撃!」
ピピが、レンカが、全力で炎を放つ。シェイランが、プリメインさんが、炎を竜巻にしてオロチの胴体を包み込む。
そして、トドメに僕が七色の光を放つ。
「炎の赤、風の緑、水の青、土の茶、光の黄、闇の黒、無の透明、混じりて虹の源泉と為せ
七色の光」
かつては魔石による増幅が無ければ撃てなかったそれも、今の僕には触媒無しで簡単に撃てる。強大な魔力が光の束となり、矢というよりも大砲のような光の帯がオロチの胴体の中心を貫いた。
体内に取り込んでいたヒヒイロカネもろともヤマタノオロチの胴体は消滅しぽっかりと大穴を開ける。やがて重力の重みに負けて穴からこぼれ落ちるように八本の首が落下した。
ぐちゃっ、と水気をたっぷりと含んだそれは、周囲を覆っていた幻影の魔法ごと光の矢に貫かれ今まで隠してきた真の正体を顕わにした。
八本の脚。吸盤。ヌメヌメした水気を含んだ皮膚。丸く膨張した胴体。
それは、紛れもなく蛸の姿をしていた。
オロチの正体とは一体……?




