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八十話

シズクの説得によって(さと)されたミコトは再び寝床へと帰っていった。僕達はシズクの手引きによってすぐに帰ったミコトの後を追いミコトが寝泊まりをしている本殿へと(ひそ)かに侵入した。


まだ早朝であり人目にあまりつかない間に本殿に移動してやっておかなければならない事があったからだ。


僕達が目指したのはミコトの部屋である。先程別れたばかりのミコトに用があるのだ。



「よし、思った通り父はまだこの時間は自室に(こも)ってますね。今がチャンスです」

「うら若き乙女の部屋に忍び込むなんぞ気が引けるぜや」

「まあ、事情が事情なので仕方ないという事で」


シズクが周囲に人気がないのを確認し、溜息(ためいき)をつくクアンゼに僕がそう言ってとりなす。僕達は音を立てないようにスっと(ふすま)を明け中に全員入り込むと、襖を静かに閉める。


中では、布団に入ったミコトが寝息を立てている。その息はぜいぜいと荒く、額には汗が(にじ)んでいる。



「妹の魂は今、山の神(ヤマタノオロチ)と繋がってしまっています。元々長年の因縁により縁が深くなっていた所に荒ぶる心が同調してしまったが為に起こった事です。そしてそれは刻一刻とミコトの命を削っています」


繋がりあった両者の魂は引っ張り合い力の強い方に力の弱い方が引っ張られており、つまり、ヤマタノオロチにミコトの生命力が吸い込まれてしまいそれが禍神を復活させミコトを弱らせているのだという。


「両者の魂が繋がっているからこそ、ミコトはヤマタノオロチの居場所が分かる気がすると言っていたんです。でも、これ以上繋げたままにしておいたらミコトの命が危ない。だから早急に繋がりを断たないと」


しかし繋がりを断つにはまずミコト本来の強い意志を取り戻させる必要があった。ヤマタノオロチに引っ張られた状態の荒い心のままでは駄目なのだ。だからシズクは彼女を説得し心の迷いを取り除いたのだ。


ミコトは寝ているミコトの(かたわ)らに座り込むと印を組み指先を額の先に当てた。そして深呼吸を繰り返すと自分の魂を妹のそれと繋いだ。


「妹の魂を辿(たど)ればオロチの魂の場所も読み取れます。それが出来たら後はオロチの居場所を強くイメージして妹の魂に刻み込むだけです」



シズクが自分の正体を隠している以上、ヤマタノオロチの居場所はあくまでミコト自身に見つけて(もら)わなければならない。しかしミコトが地力で山の神の居場所を突き止めるまで魂を繋げていたらミコトの命が持たない。


なのでこうしてシズクが(ひそ)かに介入する形を取る事になった訳だ。


(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)


真言を唱えながらシズクが九字を切ると、静電気のようなものが発生しバチッと音を立てた。どうやらこれで禍神との繋がりは断てたようだった。


「ふう……これでよし」


シズクがそう言って印を崩し息を吐くと、ミコトの息が整い汗も引いていくのが分かった。


後はミコトが自然回復するのを待てば、起きた時に彼女がオロチの居場所を教えてくれるといった寸法だ。


そうして用事を無事に済ませた僕達はミコトの部屋から脱出し本殿を後にするのだった。











「さあ、準備万端! さっそく出発しましょう!」


そう言って鼻息荒く声を上げたのは何を隠そうつい先日まで寝込んでいたミコトその人だった。山の神(ヤマタノオロチ)との繋がりを断った後みるみるうちに回復した彼女は僕達の目論見(もくろみ)通りヤマタノオロチの居場所を突き止め、今こうして諸々の出発の準備が整ったという訳だ。


「不思議ですね。ついこの間まで満足に動く事も叶わなかったのに、今は元気いっぱいです! なんだかもりもり力が湧いてきてる気がします」


そうして別人のように元気になったミコトを先導にして僕達は再びツクヨミの里を後にした。ヤマタノオロチの居場所はこの間の海神の洞穴から更に北に数十キロ離れた所で、恐らく十日程で到着すると思われた。


「でも、なんだか変なんですよね」

「変って何が?」


僕がそう(たず)ねるとミコトは眉を寄せてう~ん、と腕を組む。


「海神の洞穴の奥から逃げ込んだんだから、地下の水脈で(つな)がってる場所、ってのは予想出来ますし理解もまあ出来るんですけど」

「『山の神』が潜む場所にしては、って話だよね」

「そう! それなんですよ!」



ミコトとシズクが言っているのはつまりこういう事だ。


前回ヤマタノオロチが仇敵である海神がかつて根城にしていた洞穴に(ひそ)んでいたのは自信の弱点と言えるヒヒイロカネを入手させないようにする、という目的があったという事で納得出来るのだが今回は既にそのヒヒイロカネの入手手段は封じた(とヤマタノオロチは思っている)のにも関わらず地下水脈の近くに変わらず陣取っている。

それが()に落ちない、という事らしい。


海の神であるクラーケンが水脈のある洞穴を根城にしている通り海の神(クラーケン)にとっては水が、対する山の神であるヤマタノオロチにとっては火が、本来は得意とするフィールドの筈なのだ。


「そうだよねえ、あの強烈な炎のブレスを吐く龍が水の中に居るなんてわざわざ威力を弱めるようなものなのに」


僕の脳裏に浮かぶのは、蟻達とスライム達の連合軍に多大な被害を出したあの炎のブレスだ。ヤマタノオロチと対峙するにはまずあの炎の対抗手段を考えなければならないだろう。


「本来なら恐らくはヤマタノオロチが根城にしていたのは山脈の地下深く、マグマが湧く洞穴の中だった筈です。そこならブレスの威力も跳ね上がっていた筈」


あの強烈なブレスが更に強化されたら……考えるだけでも恐ろしい。しかし敵は何故かその大きなアドバンテージを自ら捨てている。


「ひとつ考えられるのは、ミコトの影響を受けてオロチが変質した可能性なんですが……」

「私ですか?」


名指しされたミコトには心当たりがないらしくキョトンとしている。


「ヤマタノオロチはミコトとの魂の繋がりを得て復活した。ならば、ミコトの影響を強く受けていても不思議じゃない筈です」

「でも、私はツクヨミの里の巫女であっても海神の巫女ではありませんよ?」

「そう、そこなんだよね……」


これがミコトではなくシズクと繋がっていたなら分からなくはない。シズクは海神の巫女であり水の勇者であるのだからその影響を受ければ確かに水に適性を持ちその結果として地下水脈に居を構えるのも有り得るかもしれない。(まあ、そもそもミコトは既にヤマタノオロチの対極の存在と言えるクラーケンと繋がっているのだから万が一にも有り得ない事ではあるのだが)


しかしミコトはツクヨミの里の巫女である。ツクヨミ=クラーケンなのだからある意味海神の巫女と言っても差し支えはないように思えるが、クラーケンと盟約を交わしている訳でもなく水を操る力を持っているようにも見えない。

クラーケンとの直接の繋がりは無いのだ。


彼女が持つ力があるとすれば長い間血族の力でヤマタノオロチを封じてきた封印術の類だろう。

つまり『ツクヨミの里の巫女=水の力を持つ』では無い。



「だから私の影響を受けたからっていうのは当てはまらないと思うんですけど……」

「でもなんだか妙に引っかかるんだよね。魂の繋がり……うーん」

「アレですか? 海神の巫女の勘ってやつですか?」


その瞬間、ピタリとシズクの動きが止まる。一瞬遅れて周りの僕達も止まる。ミコトだけが違和感に気付かず(ハテナ)マークを浮かべている。


たっぷり三秒程で固まってからシズクが口を開いて、


「……何を言ってるんだい? ボクはオオウスノミコだよ。君の兄じゃない。海神の巫女なのは君の兄だろう?」

「あっ」


言われてようやくミコトも自分がおかしい事を言っていた事に気付いたらしく顔を赤らめた。


「ご、ごめんなさい! 何言ってるんだろ私……恥ずかしい///」


内心冷や汗ものの僕達の心も露知らずミコトは恥ずかしがっている。それでも、思い出したかのように言葉を告げた。


「なんだか……オオウスノミコさんと話していると兄と話しているような気分になってしまって……どうしてだろう?」


しきりに首を傾げて不思議がる妹をよそにシズクは、嬉しくて笑いたくなるような切なくて泣きたくなるような、そんな何とも言えない顔をしていた。

いつの間にか二十万文字到達してました(´ー`)

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