七十八話
ヘルメスの発案と発明によって三種の神器復活への道筋を見出す事が出来たクアンゼは、ツクヨミの里へ戻ると共に三種の神器の補修用の槌を修正する為の槌の作成に取り掛かる事になる。
が、その前に一悶着あったのだ。
クアンゼとしてはさっさと自分の鍛冶場に籠り作業を始めたかったのだろうがその前に神主と里の人達に事情を説明しなくてはならない。
海神の洞穴にヤマタノオロチが潜んでいた事、ヒヒイロカネの原石を飲み込まれ尚且つ逃げられてしまった事を説明すると、当然の事ではあるが神主や里の人々は驚き慄いた。
それだけなら良かったのだが、次々とクアンゼを罵り責め始めたのだ。
「ふん、やはり失敗したか」
「始めから上手くいくとは思っていなかったわ」
「所詮は鬼の血の混じる物の怪には荷が重かったのだ」
これには僕達も驚いた。失敗したとはいえ里の為に尽力を尽くした人間をどうして責められるのだろうか? しかも自分達は何もせずにただ里で帰りを待っていただけだというのにだ。
更に言うならヒヒイロカネ入手失敗の責任はクアンゼだけのせいでは無い。同行した僕達にだって勿論責任はあるのだ。しかし彼等の非難はクアンゼ一人に集中している。僕達が元々外部の人間だった事もあるだろうし、それ以上に普段から仲が良いとは言えない両者の関係はこういう時に悪い結果として現れてしまう。
結果としてクアンゼ一人が責められる事になる。クアンゼは眉を潜めたが、冷静に対応した。
「まあ落ち着けだや。ヒヒイロカネの入手は失敗したが、三種の神器の修復については何とかなりそうだや」
「何……? それは本当か? それならそうと先に言え」
それを聞いて神主の顔色が変わる。現金なものだ。クアンゼの話が終わる前に罵り始めたのは自分達だというのに。
なんと言うか、変な空気だった。僕達と里の人達との間には埋められない溝のようなものが出来ているのだ。彼等が僕達やクアンゼの事を心から信用してはいないのが丸わかりだった。
島国であり長年海の外の国と外交を閉ざしていた彼等ヤマトノクニの人々が閉鎖的になり僕達外国人に心を開かないのは分からない事も無い。しかし、同じ里の仲間である筈のクアンゼにまで偏見の目は注がれている。いやむしろ僕達よりも余程軽んじられ見くびられている。
そんな彼等に対してのクアンゼはあくまで冷静に必要な事柄だけを伝え対応している。その慣れた対応が彼が長い間そういう扱いを当たり前のように受け続けてきた事を物語っていた。
クアンゼは断じてそんな待遇を受けるべき人物ではないというのに……なんだか悲しくなってきてしまう。
クアンゼは報告を終えると自分の鍛冶場に籠り作業に没頭し始めた。僕達素人が手伝える事は何もない。邪魔にならないように外で待機している他はなかった。原石からヒヒイロカネを取り出す為にライムとライムの扱いに長けているヘルメスだけが一緒に中に篭ったのだった。
その二人も一日程ですぐ外に出てきた。原石のコピーは無事に成功し原石に含まれているヒヒイロカネ部分だけを抽出し無精卵スライムとして産み出す事に成功したようだ。
ここから先は正真正銘クアンゼ一人のみ。彼の肩にツクヨミの里の未来がのしかかっていた。
やがて、原石から抽出したヒヒイロカネで槌を調整する甲高い音が鳴り響いてきた。あまりに硬くまた熱にも強いヒヒイロカネは独自の特殊な製法を用いなければ加工できない。ヒヒイロカネ同士をぶつけ研磨し形を整えるのだ。
ダイアモンドを削るのにダイアモンドの粉末を使うのと同じ理屈である。
丸二日程が経過し、クアンゼが調整した槌を持って外に出てきた。どうやら槌の調整は順調に上手くいったらしい。今度は本殿から三種の神器を鍛冶場に運び、いよいよ三種の神器本体の修復作業にかかる。
再びクアンゼが鍛冶場に籠り三日が経過する。どうにも作業が難航しているようだった。作業の間ずっと飲まず食わずだったクアンゼの頬は痩け、無精髭は伸びに伸び、目の下には濃い隈が出来ている。
そこまで自分を追い詰めても、満足出来る完成度には至らない。
張り詰めた空気が僕達の間に流れ、迂闊に様子を見に行く事も出来ない。他の皆は作業を見るのは諦めて、未だ床間から出られないミコトの看病に着いている。誰か一人くらいはクアンゼに着いていた方がいいだろうと思い僕だけは鍛冶場の外で待機していた。
それから更に日が登り、傾き、沈み、夜の闇が外を包み始めた頃に新たな人物が鍛冶場の外に現れた。
それはシズクだった。シズクは例によって少年の姿のままで正体を明かさずクアンゼにも秘密にし続けていた。
シズクは音を立てないように静かに下足を脱ぎ襖を明けて入口の和室へと入っていった。クアンゼに話しかけるつもりなのか。気になった僕は密かに障子を開き隙間から様子を盗み見た。
クアンゼは精も恨も着き果てた様子で、槌を握りしめたまま微動だにしなかった。その瞳には何の光も浮かんではいなかった。
シズクは、静かに鍛冶場へ足を踏み入れると、これまた静かに問いた。
「打つのが辛いですか」
進捗どうですか? ではなく、辛いですか? とシズクは聞いた。問う前から答えが分かっているかのような言い方だった。クアンゼを問い詰め追い詰めるのではなく、解きほぐし辛さを抜く為の言葉だった。
やがてその言葉に引かれるかのようにクアンゼが口を開いた。
「槌の調整までは順調だったがや。そこまでは、鍛冶師としての好奇心や高みを目指したいという挑戦する気持ちがあったぜや」
「はい」
「……でも、そこから先が駄目だった。何の為に打てばいいのか分からなくなったぜや」
自らの罪を懺悔するかのようにクアンゼに心に溜まっていたものを吐き出していく。シズクはそれを急かすでもなくただ静かにはい、はいと受け止めていた。
「坊主も見てたから分かるぜや。ワシは、この里で疎まれておる。鬼の血を引いていると差別され、碌な扱いを受けては来なかった。鍛冶師という神職についていなければとっくに追い出されていただろうだや」
クアンゼは、何の為に三種の神器を直すのかが分からなくなってしまった。自分を迫害し見下す連中を救う為に槌を振るわなければならない現状に納得出来ていなかった。その僅かな心の迷いが、槌を振るう腕を鈍らせた。
「正直な……お前さん達とパーティーを組んで、初めてツクヨミの里の外部の人間と触れ合って、楽しかったぜや。ワシの腕を素直に認めてくれたのはミコトとシズクの兄弟を除けばお前さん達だけだった」
最初は、そんな彼等の為にも頑張って槌を振るおうと思った。だが、そもそも臥龍鳳雛とて外部の人間だ。ツクヨミの里がヤマタノオロチによって滅ばされようとも痛くも痒くもない。クアンゼが三種の神器を修復するのと彼等を助けるという事はイコールでは結ばれない。
ならば、ミコトの為に頑張るというのはどうか?
ミコトもある意味でクアンゼと似た境遇である。双子の兄は海神の巫女として里を離れ、母親は無くし実の父親である神主は頼りない。彼女は幼い頃からたった一人で里の命運を背負って舞い続けてきたのだ。
ミコトが一人で頑張る姿を見てきたからこそクアンゼもまた一人で踏ん張って里での仕事を全うしてきた。助けたい気持ちは無論ある。
だが、それならミコトと一緒にツクヨミの里を見捨てて出奔してしまえば済む事だ。クアンゼが三種の神器を修復する事とミコトを助ける事はやはりイコールで結ばれないのだ。
「ワシはな……この里が嫌いだぜや。いつだって抜け出したいと思ってた。ご先祖様はなぜこんな辺境の島国に流れ着いたのか、と恨んだ」
「…………」
「だが、ワシには勇気が無かった。里の外に出て、里の外の人間達と上手くやっていける自信が無かった。一歩を踏み出す勇気が無かったんだぜや。……だから、未だにここに囚われておる」
「…………それなら、あなたはその自分を縛る鎖を断ち切る為に槌を振るえばいい」
「え……?」
クアンゼにはシズクの提案の意味が分からなかったらしくポカンと口を空けている。
「三種の神器を修復してくれれば、ヤマタノオロチは僕らが倒します。封じるのではなく、倒します」
「…………!」
「そうすればあなたもミコトも鎖から解き放たれる。使命から解放される」
「それは……確かにそうだがや、でも……」
それでも迷いが消えないクアンゼの手を優しく握ると、シズクは自分にかけていた変身を解いた。驚愕にクアンゼの瞳が開かれる。
「それでもまだ足りないなら……ボクの為に、ボクと、ボクの妹の為に、あなたの力を貸してくれませんか」
「シズク……! 来ていたのか、この里に……」
「あなたには感謝しています。ボクが里にいた頃から、里で浮いていたボクやミコトをさりげなくサポートしてくれていた。ミコトも、あなたが里にいたから守ろうと戦ってきたんだと思います」
透き通る水のように、どこまでも澄んだ瞳でシズクはクアンゼに語りかける。
「クアンゼさん。あなたの力がボク達には必要なんです。だからまたボク達を救ってください。今まであなたがしてきてくれたように」
「ワシの力が……ワシが今まで里を救ってきたと……?」
「そうです。あなたは……紛れもない最高の鍛冶師ですよ」
つ……と一筋の雫がクアンゼの頬を伝い、流れ落ちた。電流を流されたかのような衝撃がクアンゼの全身を貫いていた。
ふにゃふにゃで力の無い、クアンゼという槌に強固な心が通った瞬間だった。
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