七十六話
ヤマタノオロチが去ったあと、ただ呆然と立ち尽くす僕達。考えてみれば、初めてだった。目の前で仲間がやられるのを目にするのは。
旧臥龍鳳雛パーティー時代はもちろんの事、追放され一人になりレンカと出会ってからも、様々な出会いを経て今の新生臥龍鳳雛パーティーへと至っても、最大の危機であった天文学的な数のスライム達との戦いの時ですら、誰一人として犠牲を出さずに勝ち続けて来れたのだ。
考えてみれば、当たり前の事なのだ。戦闘で犠牲者が出るのは。むしろ今まで犠牲者を出してこなかった事の方こそ異常で奇跡的な事だったのだ。
でもそれは呆気なく崩れ去った。ヤマタノオロチというかつてない強敵の前に。
生き残った蟻&スライム達は全体の六割程度。つまり四割もやられたのだ。それだけの犠牲を出して得たのはヤマタノオロチの首ひとつ。逃げたオロチの行方も知れない。
暗澹たる思いを引きずりながら、僕達はヒヒイロカネの探索を始めた。だが、いくら調べても黄金を見つける事は出来なかった。
「おかしいだや……ご先祖さまの残したこの巻物によれば、ここに確実にある筈なのにぜや」
困惑を隠せないクアンゼにレンカが顎に手を当てて言う。
「ここにある筈のものがいくら探してもここに無いというなら……別の場所に持ち去られたとか?」
「誰かがワシらより先に採掘して持ち去ったというかぜや? 一体誰が……!」
クアンゼが何かに気付いたかのように身体をびくん、と跳ねさせた。顔色は真っ青に染まっている。
「まさか、ヤマタノオロチが去り際に飲み込んだあの岩の中に……?」
「「「…………!?」」」
「やられた! どうしてヤツが不倶戴天の敵である海神の元住処にいるのかと思ってたが、ヒヒイロカネを誰にも渡さないようにする為だったんぜや」
ヤマタノオロチはヒヒイロカネとヒヒイロカネによって創り出された三種の神器が自身のアキレス腱であるという事を理解していたのだろう、とクアンゼは言った。
三種の神器が劣化していたお陰で復活出来た、と分かっていた訳では無いのかもしれないが、本能的にヒヒイロカネは危険だと察知していたのかもしれない。
どちらにしてもヤマタノオロチに見事にしてやられてしまった訳だ。
◆
「……一旦里に戻ろうぜや。ここでワシらに出来る事はもう何も無い」
落ち込んだ声でクアンゼが言った。皆がその言葉に従い踵を返そうとした時に僕は声を掛けた。
「待って、まだやり残した事がある」
そう発言した僕に皆の視線が集まる。僕は、焼け焦げて周囲に散らばっている蟻やバラバラに砕け散ったストーンスライムの死骸に近寄って行った。
「……せめて、死骸を埋めて弔ってやりたい」
「……そうだぜやな」
穴を掘ってやろうと思ったのだが、硬い岩肌に囲まれた洞穴では地面を掘る事が出来そうにない。だからといって彼等を野ざらしにして立ち去ろうとも思えない。それならせめて、清らかな水が貯まっている泉に沈めてやろうと死骸を運ぼうとした時、ライムが僕の腕を掴んで止めた。
「マッテ、オカアサン」
「ライム……?」
チィの腹の宝玉の中でたっぷりと餌を補充したのか元の質量に戻っていたライムが人型の姿になり僕に何かを訴えかけてきた。
「カレラハ、マダタタカイタガッテイル。マダヤクニタチタイッテ」
「彼等……?」
「死んでしまった蟻達やスライム達の霊魂がまだこの場に残っています。ライムの言う通り彼等には役に立ちきれなかったという未練が残っているのかも」
見えない何かを見透かすようにどこか遠くを見るような目でシズクが突然そんな事を言い出した。水の勇者には霊魂を見る力が備わっているのだろうか?
しかし、未練が残っていると言われてもどうしようもない。死んでしまった彼等を生き返らす手段がないのだから。
「それが、そうでもないかもしれませんよ。とにかく、ライムのやりたいようにやらせてあげてみて下さい」
そう言われてライムの方へ視線を向けるとライムは許可を求めるかのように僕をじっと見つめている。分かった、と僕が了承すると、ライムはなんと蟻とスライムの死骸をその身に取り込み始めたではないか。
「ライム、いったい何を……!?」
「おいおい、まさか……取り込んで、産み直す気ぜや?」
取り込んで、産み直す。クアンゼの台詞でライムが何をしようとしているかが分かった。
だが、そんな事が出来るのか? 死者の魂と肉体を取り込んで生者として復活させる等という事が……?
僕の疑問をよそに、ライムの体内に取り込まれた蟻とスライムの死骸は分解され再構築されていく。
そうしてライムの身体から産み出されたのは、見たことも無いような、けれども見たことがあるような魔物だった。
外見上は硬い岩のような甲殻に包まれた蟻、いや、甲冑を着込んだ蟻と言うべきか。硬い甲殻の鎧をゲルが繋ぎ結んでいる。多分鎧の下には本体であるスライムが入っているのだと思う。
その特徴は見事にビルトアントとストーンスライムのそれを受け継いでいる。異なる二種の魔物の身体が融合した、いわば混合種の誕生だった。
「ひい、ふう、みぃ……全部で五体ですね。どうやら、肉体だけではなく魂も混ざりあっているみたいです」
「魂まで……」
「恐らくはどちらも個よりも群れを重きとする種だからこそ混じりあえたのでしょう。強い自我を持っていたら魂がバラバラになって生命体としては誕生出来なかったかもしれません」
「生命体としては誕生出来ない……?」
「ようするに、卵の無精卵みたいになってたって事です」
なるほど。普通の卵と構成している成分は同じでも確かに無精卵は生命体とは言えない。生命の核とも言うべき魂がなければ玉子はヒヨコにはなり得ないのだ。シズクの例えは分かりやすく妙にストンと胸に落ちた。
一時はどうなる事かと思ったが、ライムの能力によって僕達は失った仲間を取り戻す事が出来たのだった。
マザースライムのチートっぷりがヤバい(; ゜゜)




