七十話
お茶菓子屋でシズクから事の経緯を聞いた僕達はしばらくそこで寛いでいたのだが、日が沈み夕闇が辺りを包む頃になると太鼓や笛の音が鳴り響き祭り囃子の音が聞こえてくるようになった。
「そろそろ鎮魂祭が始まりますね」
シズクの言葉を聞き、神社での祭りを見に行く為に僕らは揃って移動する。本殿へ向かうと人だかりが出来ており里の人達が集まって来ているのが分かる。
社の前に特設の会場として建てられた舞台の上には、巫女装束に身を包み神々しい雰囲気を放つミコトが静かに佇んでいた。首には紐に通された勾玉のネックレスが掛けられており、腰には帯剣している。
ミコトの後ろには台に収められた鏡が鎮座されておりその脇には二人の神官が神妙な表情で控えており、更にその周囲に舞台をぐるりと取り囲む形で楽団員達が立ち並ぶ。
太鼓の音から始まり、笛の音、弦の音、様々な楽器の音が重なり奏でられていく。
荒ぶる神の魂を鎮める為の、静かで美しい旋律。その音に乗ってミコトが舞いを踊る。剣を使った演舞だ。
流れる水のように、時に激しい怒涛のように、静と動、二つの流れがぶつかり合い相殺し合う。
荒ぶるヤマタノオロチの魂を動の動きで、それを抑えんとする巫女の祈りを静の動きで、巧みにミコトは舞い表現していく。
とても美しく洗練された動きだった。伊達に何年も鎮魂の舞いを踊り祈りを捧げてきた訳では無いという事なのだろう。
観衆は固唾を呑んでその舞いを見守る。目まぐるしく立ち代わる両者の争いが音と舞で表現され、やがて、怒涛の響きが静寂に支配されていく。
荒ぶる魂が少しずつ祈りによって鎮められ、抑えられているのだ。
「この鎮魂の舞いの出来がその年の封印の威力に直結します。だからこそ巫女はその踊りに全神経を注ぎ込むんです」
「それで、ミコトの舞いの出来はどうなの?」
尋ねると、シズクは静かに頷いて言った。
「素晴らしいです。過去最高の出来と言って良いでしょう……」
言葉とは裏腹にシズクの表情に暗い影が差しているのが気になる。気になるが後はもう終わるまで見届ける他はないので黙って見続けた。
踊りと音はクライマックスを迎え、最後の轟きを響かせた後にはただただ無音──抗い荒ぶる山の神の最後の断末魔のように僕には思えた。
静寂が場を支配するのは巫女の力が勝った証──そう確信しかけたその時に異変は始まった。
「おやおや、どうやら文字通り雲行きが怪しくなってきたようだ」
「え?」
言われて天を仰いで見ると、上空から水の塊がぽつ、ぽつと落下してくる。さっきまで雲一つない晴天だった筈なのに気がつけば暗雲が立ち込め雨が降り始めていた。
ミコトは舞台の上で静止したまま動かない。逆方向を向いていたので後ろ姿しか見えないが、何故か焦っているように感じられた。
ざわ、ざわ……と動揺と焦燥の波が観衆に伝わっていく。恐らくだが、いつもの舞いの結果とは様子が違うのだろう。雨はどんどん勢いを増していき本降りとなって屈んだ姿勢のまま固まっているミコトの背を叩いていく。
ピシャッ
一瞬の光と一拍遅れて鳴り響く雷の音。夕闇と雨雲により黒く塗り潰された視界が紅く変化する。雷が社の本殿に直撃し火を吹いたのだ。ああっ……! と観衆から驚きの叫びが上がる。
めらめらと炎は勢いを増し業火となってどんどん燃え広がっていく。慌てて神官や里の人間達が火の手を消し止める為に右往左往する。
それはまるでヤマタノオロチの怒りを表しているかのようだった。二発、三発と雷が降り注ぎ、社に鎮座している鳥居や石像を二つに割いていく。
「これは……!」
あまりの事態に思わず飛び出そうと身体を動かしかけた僕をシズクの腕が阻む。
「ダメです」
「シズク……! でも……」
「ボク達クラーケンの眷族がここにいる事を今はまだ知られる訳には行かない。その為の正体を隠しての隠密行動です」
『吾輩達が関わっている事を知られれば事態はもっと危険でややこしくなるでしょうな。ヤマタノオロチ復活にダゴンが絡んでいればの話ですが』
分体を生成している状態では無いのだがシズクの水の魔力を通じテレパシーでクラーケンがそう伝えてきてくれた。
ヤマタノオロチ復活。
クラーケンの口から発せられたその言葉が今起きている事を如実に物語っていた。
それを聞いたら尚更じっとしてなどいられないのだが、クラーケンの
『辛抱してくだされ。今一番辛いのは我が姫自身です』
の言葉に身を留まらせる事しか出来なかった。シズクは今どんな気持ちで耐えているのだろうか。その表情は固く引きつっているように見える。
僕らが一悶着している間にも事態は推移しており、里の人達が騒いでいる声が聞こえてきた。どうやらミコトが倒れて気を失ったらしい。
里の者達に担がれ運ばれていく中、意識を失ったミコトがうわ事のように言った
「儀式は失敗した」
という台詞がいつまでも頭に響いていた。
だいぶ時間が空いてしまいました(^ー^;)
またぼちぼち更新していけたらと思います




