六十二話
ヤマトノクニ。
大陸の中央に位置する聖光国スピルネルから海を挟んで東に位置する、幾つもの島からなる海運国家である。
国土そのものは広くないものの、海底火山が隆起して出来たと言われる険しい山脈や、周囲を覆う浅瀬や複雑な海流に守られ外敵から阻まれた環境で独自の文化を築いてきた。
太陽の登る国、黄金の国とも呼ばれており世界有数の金の埋蔵量を誇っているとも言われる。
水の勇者が潜伏する先としては最適と思われる環境だ。プリメインさんが言うには水の勇者はヤマトノクニ出身らしく、年に一度地元で行われている祭りに顔を出す為に毎年密かに帰省しているという。
ちょうどその祭りの時期が重なるらしく、今からヤマトノクニに向かえば恐らく水の勇者に会えるだろう、との事だった。
「まずは大陸最東端にある港町イーストサイドに向かおう。ここからだと三週間くらいかかるかな。そこから船で一週間、つまり大体1ヶ月くらいでヤマトノクニに到着できるよ」
「1ヶ月……かなりの長旅になりそうですね」
プリメインさんが言うにはおよそ1ヶ月くらいかかると言う事で僕達はひとまず王都へ戻り長旅の準備を整える事にした。
食料や水を買い込んで、ついでに馬と荷馬車も自分達用のものを手に入れた。目立つ空の移動を極力控えながら世界中を回ってSランクモンスターを探すには、移動用の馬車が必要不可欠だった。
辻馬車や各地を繋いでいる定期便等を利用すると調べられたら一発で足取りが掴まれてしまう。今後の行動如何によっては冒険者ギルドや国を敵に回す可能性もある事を考えるとやはり隠密行動を心掛けた方がいいと僕達は考えた。
王都の宿に連日泊まりながら必要な物資の買い出しに行ったり旅の計画を練り詰める毎日だった。
そんなある日の事である。
コンコン、と僕が寝泊まりしている個室のドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」と返事を返すと、開いたドアからノエルが顔を出した。
「テイル君……ちょっと話したい事があるんだけど、いいかな?」
「うん、大丈夫」
ノエルはぎこちない笑みを浮かべながらこちらの様子を伺っている。彼女が何の用事で来たのかは大体予想がついている。
結局僕達はあれから腰を落ち着けて話をする機会を持てなかった。ルフレ砂漠で再会してからあれよあれよとプリメインさん主導で話がどんどん進んでしまい、なし崩し的に僕達は行動を共にしていたのだが、きちんと話し合っておかなければならないだろう。
これまでの事とこれからの事を。
しかし、ノエルが告げたのは僕の予想を越える言葉だった。
「久しぶりに……手合わせしない?」
宿の中では、という事で冒険者ギルドの施設内にある訓錬場を使わせて貰う事にした。どこの冒険者ギルドにも大体街に一つはこういう訓練用の施設が建てられている。
例えば初めてパーティーを組んだクランが顔合わせも兼ねてお互いの実力を見せ合ったり、クラン同士で揉め事が起きた時に決着をつける為に代表者を決めて決闘をしたりする時に使う。
今の僕達のように純粋に鍛錬の場として使う者も当然いる。その日も数人の冒険者達が思い思いに武器を手に取りトレーニングに励んでいた。
僕達はどちらも武器を持たない徒手空拳の使い手なのでただ広い空間に並んで構える。
「それじゃあ……いくわよ」
「どこからでもどうぞ」
開始の宣言が告げられると同時にノエルは勢いよく地を蹴り牽制のジャブを数発放つ。彼女が得意なのは接近戦、相手の懐に潜り込んでからの強打なのだが何しろ僕は彼女より背が低い上にカウンター主体の戦い方なので、いかに彼女と言えども迂闊に飛び込んでは来れないのだ。
まあ、僕が受け主体の戦い方になったのはノエルに対抗する為だったので当然と言えば当然だ。僕は冷静に拳の軌道を見極め直撃しそうなものだけを最小限の動きで避ける。
ノエルにとってそれは想定済みの事なので、牽制の拳は本命を叩き込む為の誘導も兼ねている。いくつかのジャブでこちらの脚を止めた後勢いよくストレートを放ってくる。
ノエルの拳の威力は迂闊に受け止められるものでは無いので、僕は拳をくぐり抜けると共にそのままカウンター気味に蹴りを浴びせる。反撃を予想していたのか分厚い筋肉の壁が衝撃の殆どを受け殺し、そのまま身体ごと突っ込んでくる。
そのままだと足ごとひっくり返されそうな勢いだったので蹴りの勢いを利用して距離を取る。構わずノエルは追撃を放ってくる。体を捻り後退しながら一撃一撃をかわしていく。
ズドン、ズドン、と恐ろしい音を立てながら迫ってくる拳。最後の一突きに照準を合わせ、伸びた腕に瞬時に両足を絡ませ全体重を乗せて地面に引き摺りこんだ。
腕ひじぎ十字を決めて右手を封じたつもりだったのだが、ノエルは僕の身体ごと無理矢理持ち上げると思い切りぶん、と放り投げた。
空中で体制を立て直し後方宙返りで着地しようとしたらその着地の瞬間を狙って溜めに溜めた正拳が鳩尾を狙って突き出されてきた。
この一撃をまともに食らう訳にはいかず、僕は姿勢が崩れるのも構わず無理やりアッパーで拳の軌道を上に逸らす。
思い切り腰から地面に叩きつけられる代わりにノエルの必殺の一撃は回避する。肺の中の空気が吐き出され動きが一瞬止まる。それを見逃してくれる程彼女は甘くない。思い切り体重の乗せられた回し蹴りが僕の身体を吹っ飛ばした。
ゴロゴロゴロ、と地面を転がり回り停止する。ノエルはそれ以上追撃をしては来なかった。
「……普通、あの状況から反撃してくる?」
呆れたような表情で彼女は言った。蹴りを受ける瞬間に僕は肘と膝で脚を挟み込んだのだ。蹴りの勢いは殺しきれずまともに食らってしまったが、代わりに相手の脚を一本潰した。
「人間をゴムまりのように跳ね飛ばす君の蹴りも大概だと思うけどね」
ごほ、と咳き込みながらゆっくりと立ち上がる。ダメージはあるが立てない程でもない。相手の受けた怪我を考えれば五分といった所だろう。治癒魔法で回復されたらあっという間にこちらの不利となるが、実戦ではない立ち会いでは使わないのが不文律というものだ。
続きをしようと構えるが、彼女は首を横に振った。
「続き、やらないの?」
「これ以上は目立ちすぎちゃうしやめときましょ」
気が付くと瞬間の人々があんぐり、とした顔でこちらを見つめていた。
◆
「聞いたわよ。君、自分の事を『素人』だって言ったんだって? どの口が言うのかしら、全く」
一瞬何の事を言われたのかが分からなかったが、すぐに思い当たった。ああ、そういえば前にレンカに自分の武術の腕を聞かれてそう答えた気がする。
「あの時は絶賛落ち込み中で自信を無くしてた時だったからね……」
「あの時は、って事は今は違うのね?」
「そうだね。自信が無ければ魔王になるなんて言わないよ」
「そう……」
複雑な顔をして黙り込むノエル。僕は疑問に思っていた事を彼女に尋ねた。
「それで……何で手合わせしようと思ったの?」
「私が、本当の私を取り戻したって事を伝えるにはそれが一番だと思ったから」
「…………」
「口では幾らでも謝罪できるよ。でも、肝心の私自身が前と何も変わらないままなら、意味の無いものだと思ったから」
「そう……」
確かに、彼女は変わった。いや、元の姿に戻ったというべきなのか?
旧臥龍鳳雛時代の彼女は聖女という肩書きに捕らわれ、自分を見失っていた。それが僕の追放に間接的にでも繋がっていたのは間違いない。
ただ、それは昔の話であり、今の彼女は昔と違うというのは直で拳を交えてよく分かった。
でも、それであの時の屈辱や憎しみが全て帳消しになる訳でも無い。
「ごめんね」
彼女は、真っ直ぐ僕の目を見つめて言った。そこに怯えや卑屈さは感じられない。ただただ真摯に己の犯した罪を見詰めようという純粋な輝きがそこにはあった。
「私は、君を助けなかった。助けを求める君を見捨てた。……それについては、何を言われても仕方のない事だと思う」
でもね、と頭を振った。
「私は償いたい。あの時助けられなかった分まで、今度こそ貴方の力になりたい。だから……共にいさせて欲しい」
静寂が場を支配する。ゆっくりと僕は立ち上がった。そして手を差し伸べた。
何を言われても、あの時彼女に見捨てられたという事実は消えない。
それと同じように、今でも彼女は変わらず仲間だという気持ちもまた、消えはしない。
彼女は僕の手を取り立ち上がった。そして共に歩んでいく。
人生は長い。一時の過ちや失敗で全てを決める必要はない。
失敗をしたとしても、取り戻せる機会や時間は幾らでもあるのだから。
そうして、かつて裏切った者と裏切られた者は互いに手を取り、同じ道を歩む事になった。
という事で正式にノエル加入です(*・ω・*)




