五十九話
スライムの王、マザースライムと契約を交わした僕は、彼女と意識が接続されるのを感じていた。
ライムの感覚が魂の繋がりを通じて伝わってくる。
スライム種の王としての立場、使命。どうしようも無い孤独。共に歩んでくれる他者をずっと求め続けてきた彼女。
彼女は僕と同じだ。
心の葛藤を乗り越えた今だからこそ分かる。今の僕なら、僕と彼女ならば、身体の自由を取り戻し暴走を止められる筈だ。
ライムの核に手を触れたまま僕は仲間達に体内から脱出するように言った。まずは、ライムの身体を動かして地下水脈との結合を外さなければ。
皆が居なくなった事を確認すると、僕は意識を集中させライムのそれと同期させる。ズズズズズ……と地震を思わせる振動が鳴り響いてライムの10メートルを越える巨体が動き出した。
地下水脈に繋がるトンネルの中心から身体が外れた瞬間、間欠泉のように地下から吹き出す大量の水がライムの身体を弾き飛ばし、ボヨンボヨンと音を立てながら砂漠の斜面を転がり落ちていく。
オケアノスが居なくなり魔力の供給は断たれ、地下水脈から切り離された事により餌となるものも吸収されなくなった。
これでとりあえずスライムの増殖は止められた。
あとは、既に産み出されてしまった数億匹ものスライム達を何とかしなければならない。ライムの意識を通じて、更に末端のスライム達に呼びかけてみる。
だが、何の応答もなかった。
さすがにスライム達の意識にまで干渉するのは難しいのか。ライム自身自由を取り戻したばかりで本調子ではないし、そのライムとて天文学的な数の子供達全てにテレパシーを届けるなど未知数の事だから上手く出来なくても仕方ない事だ。
しかし、このまま子供達を放っておく訳には……。
「ありがとう、オカアサン。私の子供達の事はもう気にしないでやるべき事をやってください」
お母さん? 彼女が僕をそう呼ぶのに違和感というか不思議な気分にさせられたが今はそれどころではない。
気にするな、というのはつまりスライム達を助ける事は考えずに駆除をしろ、という事だ。
「いいのか、ライム……?」
「彼等はもうワタシの支配から外れてしまっている。このまま放置すれば多くの子共達が犠牲になってしまう。」
彼女の言う子供達とは自分の産んだ子の事を言っているのではない。全ての生きとし生けるもの、全ての母から産み落とされた子供達の事を言っているのだ。
スライム種の王、母親という立場に縛られる事に苦痛を感じていた彼女は、確かにその縛りから解き放たれた。もっと大きな愛、全ての生命を慈しむ立場に立つ事によって。
「そうか……分かった」
僕は頷くと、彼女との接続を一旦切った。ライムと繋がったままではこの場から動く事が出来ないからだ。無数のスライム達を何とかしなければならない。
僕とライムを取り囲むように待機してくれていた仲間達に声を掛ける。皆がわらわらと集まってきた。
「テイル殿。マザースライムの自由を取り戻す事が出来たのでありますな?」
「ああ。だけど、スライム達まではどうにも出来なかった。可哀想だけど駆除するしかない」
僕の決意を汲み取ったのか、皆は頷く。しかし、現実的にどうやってスライム達を倒せばいいのか……
迷っていると、シェイランが自分の出番だな、と言わんばかりに大きな胸を張って主張してきた。
「ふ……随分待たせてしもうたが、ここで真打登場じゃ」
「シェイラン?」
彼女は今回の件に関しては不干渉を決め込んでいた筈なのに。ごほん、と咳をしてシェイランは初見を述べた。
「うむ、婿殿の考えている通り儂は静観を決め込んでいたが、それはあくまでも婿殿の真価を問う為じゃ。決意を固め一歩を踏み出した今、儂も婿殿の仲間として手助けしなければな」
「て事は……契約を交わしてくれるの?」
正直言って最強のシェイランが契約を交わしてくれるならこれ以上嬉しい事は無いのだが。シェイランはチッチッチッと指を横に振る。
「それとこれとは話が別じゃな。あくまでも儂個人として手助けしようという事じゃ。儂と契約を交わすのはもっと先、完全に魔王として成ったその後じゃ」
「そう……まあ、それはいいとして、どうするつもり?」
「そうじゃのう……」
しばらく腕を組んで考えていたシェイランだったが、やがて妙案を思い付いたようで、唐突にプリメインさんの手を取った。
「今回はそなたに手伝って貰うとするかの。風の勇者よ」
「ぼ……私が!?」
「うむ。風の名を関する通りそなたは風を操るのが得意なのじゃろう? 儂も風竜の王、風の力には長けておる。儂のサポートに回るにはうってつけじゃ」
「風竜……?」
突然指名されたプリメインさんは顔に疑問符を浮かべているが、それも当然だろう。シェイランは今人型の姿を取っているし、彼女の事は僕の連れ以上の情報は持っていない筈だからだ。
「ふむ、説明するよりも見た方が早かろう。それ」
そう言ってシェイランは変身を解くと元の姿に戻った。元のシェイランの姿はマザースライムとほぼ同等のサイズ、全長10メートル程もある巨大な体躯だ。
突如真の姿を現したシェイランに驚くばかりのプリメインさんだったが、シェイランは意に介さず彼女の手を取って遥か彼方まで飛び去っていってしまった。
遥か上空の彼方、豆粒程の大きさにまで離れていったシェイランは、凄まじい魔力を集中させ始める。魔法をまだ行使していないのにも関わらず、僕が暴走し魔王の力を解放させた時以上の圧迫感を感じる。
やはり彼女は桁違いだ。シェイランの背に乗せられて間近でそれを見させられているプリメインさんの心境やいかに、といった所だ。
やがて、周囲に暴風が吹き荒れ始める。僕は慌てて外でスライム達と戦ってくれていた仲間の魔獣達に退避させる。僕達自身も避難しなければ危ない。
虹の魔法を真下に打ち込み長いトンネルを地下に作り出すと、チィの腹の宝玉の中に皆入り込んだ。あとはそれをチィに穴の奥深くまで運んで貰えば退避完了だ。
僕らが地下に入った瞬間を見計らったかのように凄まじい轟音と地響きが鳴り響いた。たぶん、シェイランが生み出した竜巻が地上で猛威を奮っているのだろう。
しばらくそうやって地下で待ち続けた。
何も音がしなくなった時を見計らって地上に出てみると、地平線を埋め尽くす程に覆っていたスライム達の群れが綺麗さっぱり消失していた。
「とりあえず、見える範囲にあるスライムは全て片付けておいたのじゃ。後の処理はギルドの連中に任せるが良かろう」
シェイランの正体を晒す訳にはいかない以上、全てのスライムを片付けてしまえばどうやって倒したのかの説明が出来なくなってしまう。僕が魔王として目覚めかけた事も黙っておかなければならないのだから、ギルドに怪しまれる行動は取れない。
「そうだね。すぐに戻っていっても怪しまれるから、ここでしばらく時間を潰してから戻ろう」
ギルドにはマザースライムと契約を交わしてスライム達の増資を止めてその後全戦力を投入して何とか見える範囲のスライム達は全て討伐したと報告する事にした。
戻ってきたシェイランの背から降りたプリメインさんは気の毒な程に青ざめた表情をしており、ぼやいていた。
「な、何が『サポート』だよ……私の力なんか全く必要としてなかったじゃないか……あんな化け物がこの世に存在するなんて。全く青天の霹靂だよ」
けれどもその台詞の後に、
「でも……風の力の深淵を見せて貰ったよ。おかげで、
まだまだ強くなれそうだ。高揚が抑えきれないね」
こう付け加え笑った。その何にでも好奇心を持ち楽しもうとする姿勢が彼女が風の勇者と言われる由縁なのかもしれない。
ポジティブシンキングプリメイン(・∀・)




