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五十七話

触れるだけの、ささやかな口付け。

生まれて初めての感触に僕はしばし陶酔(とうすい)する。ゆっくりと口を話すと、蕩けるような表情のレンカと視線が合う。


「レンカ……僕も、君の事が……」

「あ~あ~……手酷くやられちゃって……わざわざ自分から竜の逆鱗に触れるような真似をするから。馬鹿な奴だよホント」


唐突に背後から現れた声にビクッと全身を硬直させて僕は後ろに振り向いた。


「あ、私の事は気にしないでね~二人で思う存分イチャイチャラブラブしててよ」

「お前は……何者だ?」


いきなり背後に現れた謎の女が茶化すような言葉をかけてくるがそれには取り合わず、伺うように視線を送る。

黒いボロボロのフードを被った赤い仮面の女。オケアノスと対になるような格好をしているが、奴の仲間なのだろうか?



「私の事は気にしないでってば。え~と……あ、いたいた。ボロ雑巾にされちゃったねえマグナス」


謎の仮面の女は至ってマイペースに地割れの穴に飲み込まれかけていたマグナスの身体を引き上げた。全身の骨が砕かれてぐにゃりと力なくぶら下がるその姿は軟体生物を思わせる。肺が上下しているのを見ると辛うじて生きているようだった。


「どうするつもりだ? マグナスを」

「ん? ああ、もちろん助けるのよ。こんな馬鹿でも一応私の『勇者計画』には必要不可欠な存在だからね」

「……それを聞いて黙って通すとでも?

かつての臥龍鳳雛のリーダーには申し訳ないでありますが、逃がす訳にはいかないでありますよ」


レンカが鋭い視線と圧を送りながら腰から神器イフリートを抜く。

しかし気が付くと視界から仮面の女とマグナスの姿が消えており、次の瞬間にはこちらの攻撃範囲から離れた場所にワープしていた。



「お~い、生きてる? ああ良かった、ギリギリ生きてるわね。あれだけボロクソにやられてよくもまあ耐えられたものよね。ゴキブリみたい」


仮にも自分の計画の主軸として見込んだ筈の男に言いたい放題言いながらも、全く動かないマグナスの身体を背負った。落ちている二本の剣を回収するのも忘れない。


「心配しなくても、いずれまた会えるわ。今度はちゃんとトドメをさせると良いわね。オケアノスにもよろしく言っておいてね。それじゃ」


一方的に言いたい事だけを告げると二人の姿が一瞬のうちに消える。

しばし呆然として見つめ合う僕らだったが、今は遊んでいられる状況じゃない。こうしている間にもスライム達は外に向かって進軍し続けているのだ。


急いで元の所に戻ると、プリメインさんと肩を貸し合ってゆっくりと進んでくる、ノエルと目が合った。治療は終わったようで、足取りはしっかりとしたものだった。



「ノエル……」

「久しぶりね……テイル君」



およそ一ヶ月ぶりに聞くノエルの肉声。

たった一ヶ月しか経っていないというのに、同じパーティーで過ごしていたのが嘘のように今の彼女の声は遠く聞こえた。


「積もる話は色々あるけれど、今はこの事態を何とかしなくちゃ」

「……そうだね。ともかく、マザースライムの中へ入ろう。あれがスライム増殖の原因だ」


僕の使役する魔獣達が今も周囲のスライム達と戦ってくれている。今のうちに何とかしなければならない。


そうして僕達四人はマザースライムの体内へ戻って行った。



「覚醒を果たしたようですね。どうですか今の気分は。人間を越えた気分は」



僕の姿を見るなり早速オケアノスが声を掛けてくる。隣ではシェイランも何食わぬ顔で静観している。今の僕を見極めるつもりなのだろう。



「ああ、そうだね。まったくいい気分だよ。あんなに悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらいに」

「ほう。すると結論が出たと?」

「ああ、僕は魔王を目指すよ」


僕の発言に周囲が硬直するのが分かる。だけど焦らないで欲しい。僕が本当に言いたいのは、これからだ。


「……ただし、お前の思い通りにはさせない。お前の目的は魔王を誕生させて世界を滅茶苦茶にする事なんだろうけど、そんな事には絶対させない」

「ほう……?」


面白がるように相槌(あいづち)を打つオケアノスに、僕は言ってやった。


「人間の器を越えようと、魔王になろうと、僕は僕だ。僕は、人間と魔獣達が共存出来る世界を目指す。それが『強存強栄』の力が僕にもたらされた理由である筈だから」

「………………」


しばし呆然と聞き入っていたオケアノスは、腹を抱えて大笑いしだした。


「くくく……クハハハハッ! これはいい! まさか、覚醒した後にこんな台詞を吐くとは思いませんでしたよ。貴方は間違いなく力に呑み込まれていたというのに」

「ああそうさ。僕は力に溺れた。怒りに呑み込まれた。でも……」


そう言って隣に立つレンカの手を握る。レンカも握り返してくるのが分かった。


「レンカが、仲間が僕を止めてくれた。だから僕は負けない。闇には呑まれない。今代の魔王として、人と共存してみせる」

「…………大したお覚悟だ。良いでしょう。どの道貴方が更なる力を得て完全なる魔王に成るのは私としても望む所。しばらく様子を見させて頂くとしましょう」



オケアノスが去ろうとする気配を感じたのでその前に声を掛ける。



「待て。お前とそっくりな格好をした仮面の女を見た。あれは何だ? お前の仲間か?」

「仲間……いいえ、仲間ではありません。ありませんが……そうですね、彼女は私と同類の存在ですよ」

「同類の存在?」

「世界を憎み、滅ぼそうとしている。ただし私達は手を組んでいる訳では無い。お互いがお互いのやり方で目的を達成しようとしているのです。ライバル関係と言うのが一番しっくりきますかね」

「嫌なライバル関係もあったもんじゃのう。周囲を巻き込まずに二人だけでやっとればいいものを」


シェイランが横槍を入れるが、全くその通りだと思う。オケアノスはそんなシェイランの言葉には全く堪えた様子も見せず淡々と言葉を続ける。


「彼女とはここで落ち合う約束になっていたのですよ。お互いが見出した計画の主軸となる擁護者(ようごしゃ)を連れて見せ合う事になっていたのです。彼女とはまた顔を合わせる事になるでしょうね。雌雄を決するその時が来るまで」

「お前達の思惑通りになんかさせない」

「ふ……ならば止めて見せなさい。手始めに、まずはこのマザースライムをね」


オケアノスがそう言った瞬間にマザースライムに変化が起きる。爆発的に魔力が増幅され体積が増え膨張していく。そして、新たなスライムの子達がどんどん外に排出されていく。

そして、それに気を取られている間にオケアノスの姿は消失していた。



「これはまずいのう。このペースでスライム達が増え続ければ、外で戦っているピピ達は内と外とで挟み撃ちにされてしまう」

「どうすれば止められるんだ……!?」


ふ~む、と腕を組んで組んだシェイランはしばし考える素振りを見せた後にこう言った。


「マザースライムと契約を交わせば、婿殿はマザースライムと繋がりを持てる。そこから介入して膨張を止めさせるしかないじゃろうな」

「そんな事が出来るのでありますか……? 並大抵の事ではないのでは」

「確かにそれは神業のような事じゃろう。じゃが、婿殿が本気で先程の宣言を実行に移すつもりなら、これくらいの事はこなして(もら)わんとな」


シェイランが再び探るような視線を向けてくる。上等じゃないか。

やってやる。


覚悟を決めて僕は暴走するマザースライムの核となっている赤い球に手を触れた。

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