五十五話
プリメインside
私が風の精霊と出会ったのは、村から少し離れた森の中にある拓けた空間、草木の生い茂る場所だった。立地的な条件なのか、精霊達がそこを溜まり場にしているからなのか、気持ちいい風が吹く場所だった。
私はここに居る時だけは辛い現実を忘れて安らぐ事が出来た。優しい風が私の苦しみを浄化して吹き流してくれるようで、愛の無い両親の代わりに風に抱かれてよく眠った。
風を愛し、自由を求める気持ちが天に届いたのか、ある日いきなり私は力に目覚めた。精霊を視る事が出来るようになり、自らの意思で風を操れるようになっていた。
風の精霊達は常に私を慕うかのように周囲を飛び回っている。後に風の神器と呼ばれる聖遺物『震天風旗』(私が首に巻いているマフラーの事だ)を古代遺跡から入手してからは時折彼等の感情も伝わってくるようになった。
風の精霊達は好奇心旺盛、無邪気で天真爛漫、幼児のような存在だった。彼等が常に抱くのは、限りない慈しみの感情と尽きることの無い生きとし生けるものへの深い愛だったのだと思う。
思う、等という曖昧な言い方になってしまったのは、当時の、いや、今までの私が彼等の与えてくれる愛情を素直に受け取る事が出来ていなかったから。
覚醒し本当の自分を取り戻した今はクリアに彼等の感情を汲み取る事が出来る。
彼等は、最初から何も変わってはいなかった。出会った時から何も変わらず、ただ私を慕い愛情を注いでくれていた。私が人間不信で他人を遠ざける為に力を奮っても暴力的な使い方をしていても、彼等は変わらず力を貸し続けてくれていた。
彼らには厚い仮面の下にある本当の私の姿が見えていたのだ。どんな時でも変わらず彼らは私を信頼し愛し続けてくれていた。
精霊とは何と有難い存在なのだろうか。涙が溢れてきそうだった。
私は、風の精霊達がくれる優しい風を感じる事が出来るようになっていた。今までの荒々しい他人を拒絶する風ではなく、全てを包み込み慈しむ暖かい風。
今の私なら、今まで使ってこなかったような新しい風の操り方を生み出せる気がした。マグナスは戦闘の最中時折吹雪を繰り出し隙を作ろうと試みる。その度に私が砂塵を巻き込んだ嵐で相殺する。
仲間から吸収した力なのか、幾筋もの真空の刃を生み出して飛ばしてきたり、爆発を起こしてきたりもした。その度に私は聖女に被害が及びないように風で敵の攻撃を逸らしたり相殺したりして守った。
そうやって風で敵の攻撃を防ぐ度に視界が閉ざされる。吹雪と砂塵の衝突や、真空の刃を同じ真空の刃で相殺したり爆発の炎を散らしたりでその度に視界が悪くなる。
マグナスには視界の悪さはどうにも出来ないようだったが聖女は違った。どういう理屈なのか目が見えにくいような状況でも氷の勇者の挙動や位置を察知しているようだった。
まるで手品でも見ているかのような見事な動きで興奮を隠せなかった私は思わず彼女に尋ねてしまった。
「凄いな……どうして敵の動きが分かるんだい?」
「相手の発する生命エネルギー……『気』を読んでいるんです」
気……闘気の事だろうか。一部の高名な武術家や戦士には相手の発する闘気を感じる事が出来るという話は聞いた事があった。
彼等のような高みにいる者達でなくとも殺気なら感じ取れる者は多い。命のやり取りの中で五感が研ぎ澄まされると普段は感じ取れないようなものを感じたりするものだ。
彼女のはそれを戦闘技術にまで高めたものなのだろう。
彼女の戦い方を見ていて私にも同じような事が出来ないかとふと思った。
『気』を感じ取る、などというのは出来ないが、『風』を感じ取る事は出来る。
空気の振動、僅かな揺れ、風の流れ。
神経を研ぎ澄ましてそれらを読み取る。すると、更に精密な風のコントロールが可能になった。氷の勇者の持つ紅剣を避けて風を通す事も出来るようになった。
あの魔剣は間接的にも風の力を吸収出来ると思っていたが、どうも直接刀身に触れた風のエネルギーを吸い取っているようだった。
なので、紅剣の刀身に風を触れさせないような運用をする事でこれ以上の力の吸収を防ぐ事が出来る。
私達は完全に氷の勇者を封じ込める事に成功していた。倒す事は出来ないが、抑える事は出来ている。
自身の劣勢を感じ取ったのか焦りを隠せないマグナスは、連れの赤い仮面の女に声をかけた。
「おい、ウラヌス! 見てばかりいないで少しは力を貸せ! このままではお前の目的も達成出来ないまま終わるぞ」
「うーん……確かにね。私の計画の実現の為にはここでアンタにやられて貰う訳にはいかない。グズグズしているとオケアノスが見い出した新たな魔王候補が目覚めてしまうかもだしね」
何やら納得したらしい仮面の女は自らの纏うローブの裾をめくり、生肌を外へ晒した。
「ちょっとだけよ。取りすぎたらアンタは血に呑まれて自我を失う」
「分かっている」
マグマのような硬い岩盤のような肌。明らかに人間の身体ではなく強い魔力を発していたそれをマグナスは紅剣で斬りつけた。
途端に、これまでとは明らかに違う濃密な魔力がマグナスの身体から発せられた。
まだ強くなるのか……!
最早今のマグナスの力は人間の領域を超えていた。新たに覚醒した私達二人がかりのコンビネーションでも止められない程に強く凶悪になっていた。
光の魔力は取り込めないし私自身は距離を取って戦っていた為に力を吸われる事は無かったが、純粋な力のスペックが違いすぎる。
マグナスは剣を奮う事無く自らの周囲に無数の真空の刃を生み出し、更に爆発まで乗せて撃ち出してきた。
風の防御も及ばず、私達の全身はズタボロに裂かれてしまう。回復はしているのだがあまりに傷が多く深すぎて治療が追い付いていない。
マグナスは圧倒的な優位でも油断せずゆっくりと距離を詰めてくる。せっかくここまで来たのに……!
歯がゆい思いで動かない身体を引き摺りせめて身体を盾にしてでも聖女を守ろうと覚悟を決めた時、マグナスの歩みが止まる。
視線は私達を通り越して、後ろの何かへ向けられている。
「久しぶりだな……テイル」
そこに立っていたのは、かつてない程に険しい表情で氷の勇者を睨み付ける魔獣使い君だった。
ついに真打ち登場……!




