五十三話
ノエルside
私が踵を返して戻ってきた事に気が付いたプリメインさんは非難の声を上げた。
「何故戻ってきたんだ!? 逃げろと言っただろう!」
「逃げない。私が逃げれば貴女が斬られる」
私の決意を感じ取ったのか、プリメインさんは押し黙る。その隙に私は更に言い募る。
「貴女が斬られればマグナスの力は更に増大する。そうなったら助けを呼んだとしても誰も敵わない。皆の犠牲も全くの無駄になる」
「それは……」
はっきり言って後付けもいい所の理屈なのだが、あながち間違ってはいないだろう。ライザとシルヴィ二人の強者の力を吸ったマグナスは絶対的とも言えた差を覆しプリメインさんを追い詰める程に強化されたのだ。
その上で世界最強のプリメインさんが敗れその力を吸われたら、もう地上の誰にもマグナスは止められない。
助けを求めても、その前に彼女がやられてしまっては意味が無いのだ。
「しかし…………」
それでもプリメインさんが当惑するのが分かる。
分かっている。
私一人が手助けした所で状況は覆らないと言いたいのだろう。
私自身にもはっきりとした勝算がある訳では無い。
だけど……何事もやってみなければ分からない。
「ふ……自分から戻って来るとはな。だが、お前に何が出来るというのだ?」
私が戻ってきた事にもちろんマグナスも気付いており、プリメインさんとマグナスは一旦戦闘の手を止めていた。
私はその隙にプリメインさんの手を取り後ろに下がらせると治癒魔法で怪我を治した。
「おお……怪我が治っている」
治癒魔法を使えるのは聖女だけという訳では無い。修行を詰んだ魔法使いや神官などが稀にその力を行使する事もある。ただし、傷や怪我の治癒を早める程度の威力でしかない。
いかに風の勇者と言えどもみるみるうちに自分の負った傷が治っていくのは初体験だろう。その強力な治癒能力は世界に三人、聖女にだけ与えられない奇跡なのだ。
「なるほど、確かにお前の治癒魔法は強力だ。だからこそ私も今までは見捨てずにここまで生かしておいたんだからな。だが、最早今の私は風の勇者の力をも上回っている。怪我を治した所で実力差は埋められんぞ」
「力の差は私が埋める」
「何……?」
私の発言にマグナスは怪訝な声を上げる。お前如きが何を、という声が聞こえてきそうだった。マグナスは私が戦力に加わった所で何の力にもなれない、と決めつけているのだ。
今までの私なら同じ事を考えていただろう。そして諦め自らの殻に篭もり、ただ悲嘆に暮れるだけだっただらう。
だけど、今の私は……いや、本来の私は違う。
大地を強く蹴って一足飛びにマグナスの懐まで潜り込むと私は全身に光を纏った。
目の前にいきなり踏み込んできた私にマグナスは反射的に紅剣を振り下ろす。私はそれを左手でいなし軌道を逸らすと同時に右足を踏み込み右の掌をマグナスの鳩尾に叩き込む。
「はァァァッ!!」
「ごふっ!」
マグナスの身体がくの字に折れ曲がり無防備な顔がさらけ出される。私は掌底を撃ち込んだ勢いそのままに身体を回転させ回し蹴りを顔面に叩き込んだ。
今度は衝撃を殺しきれず後方へ吹っ飛んでいった。
ずさあああ……とたっぷり砂上を転がり回った後にふらつきながらマグナスは立ち上がった。大したダメージは受けてなさそうだったが格下と侮っていた相手のまさかの猛攻に動揺を隠しきれていない。
「貴様……調子に乗るなよ!」
鼻血をボタボタと垂らしながら怒り心頭で二刀を繰り出してくる。が、未だに私への侮りが消えておらず更に怒りで単調になった動きを読むのは難しい事ではない。
両手で軽く攻撃を捌きながら空いた脚を叩き込む。プリメインさんが息を呑む音が後ろから聞こえてくる。私がここまで戦えるなどとは全く考えていなかったのだろう。
無理もない。私は自分が聖女だという事が判明してからは人前で自分の武術を見せなくなった。そうなった理由は単純明快だ。聖女のイメージには泥臭い武術などそぐわないから。
「攻撃が当たらん……何故だ、何故そこまで戦える!?」
「貴方にも話してた筈なんだけれどね……私は元々山奥の武術の村の出身なのよ。かつて世界を救った勇者と共に戦った武神、その人が立てたと言われる村のね」
王都へ来てマグナス達と会うまでは、同郷の村の出身であった私とテイル君は戦闘では主に徒手空拳を武器に戦ってきた。
それで旅の道中襲い来る魔物達を倒し追い払ってきたのだ。テイル君だって魔獣使いとなってピピ君と契約を交わした後も時折その腕を戦闘で奮っていた。
私は最初は、聖女の力を手に入れてからも今までと同じように武術を使う気でいた。それを、聖女が行うには相応しくない行為だと非難し辞めさせたのは他ならぬマグナスだ。
それ以来人前で武術を披露する事はなかった。聖女としての立ち振る舞いを要求されそれに応えようと戦闘では後方で回復役に留まり続けてきたけれど、隠れて鍛錬は続けてきたのだ。
武術まで捨ててしまったら、テイル君との繋がりが完全に無くなってしまうような気がして、どうしても止められなかった。
「貴方にとっての私は聖女以外の利用価値などないから忘れちゃったんでしょうけど。元々の私はこういう戦い方をする野蛮な女の子だったのよ」
「ぬううっ!」
私の戦闘技術が本物だと理解したマグナスは一旦距離を置いて冷静さを取り戻した。
ここからだ。私の攻撃が今まで通用したのはあくまでも相手がこちらをみくびって油断していたからだ。
「プリメインさん!」
「はっ ハイ」
私が声をかけるとプリメインさんが何だか変な反応を返してくるが、私は気にせずに彼女に助力を頼む。
「私が前に出てマグナスとやり合いますから、プリメインさんは後ろから援護してください」
「ぼ、僕が援護……? 逆ではなくて?」
戸惑ったような声。気持ちは分かる。だが、プリメインさんが接近して戦えば常にあの魔剣で力を吸われる危険性があるのだ。風で攻撃しても間接的に力を吸われてしまうが、直接吸われるよりはマシだ。それに……
「大丈夫。あの魔剣に関しては、対策があります。私が接近戦を挑む方が適切です」
「わ、分かった……」
「それに……風の力は援護に最適だと思いますよ」
ニコッと微笑んで伝えると、彼女は何だか気の抜けたような、何とも言えない表情をしていた。
仕切り直しをして、再びマグナスと対峙する。流石に真剣になればそこは氷の勇者。その戦闘技術は決して侮れるものでは無い。鋭い斬撃をいなしきれずに身体に傷を負っていく。
しかし、そこは腐っても聖女。一呼吸の間に傷は癒されていく。
「ふっ……確かに普通の相手ならば傷が見る間に治ってしまうお前を相手にするのは骨が折れるだろうが、お前も見ていただろう。この『ブラッドイーター』は刻んだ敵の力を吸収するのだ。お前の治癒の力も私が頂く」
「それはどうかしらね」
私の返事に訝しげな顔をしたマグナスは次の瞬間、自らが自慢していたその紅剣に起こっている異変に気が付いた。
私の血を吸ったブラッドイーターはまるで悲鳴を上げるかのように不協和音を響かせ、刀身から煙を出していた。
「なっ、なんだと!?」
「思った通り……いかに魔剣と言えども相反する光の魔力は吸収出来ないみたいね」
そう、これが私の考えた対策だった。
全身に光の魔力を漲らせわざと紅剣に血を吸わせる。あの魔剣の放つおぞましい存在感からして吸収の力は闇の力に属するものである事は間違いない。
ほかのものならいざ知らず、対極の力と言える光の魔力は取り込んだら逆に魔力を弱体化させてしまうのだろう。私の血を取り込んだ紅剣は明らかに輝きが鈍っている。
「貴方の頼みの綱の紅剣は私には効かないわ」
「ぐうぅ……ならば! こちらの出番だ!」
マグナスは紅剣が効かない事を悟ると今度はコキュートスを握りしめた。
「吸収が出来ないなら凍らせてやるまでだ!」
マグナスの持つコキュートスから放たれる冷気が吹雪を呼び襲いかかってくる。
「プリメインさん!」
「任せろ!」
後方に控えていたプリメインさんがやっと出番だとばかりに砂塵を混ぜた風を吹雪にぶつける。砂嵐と吹雪はぶつかり合い相殺しあいお互いにまで届かない。
「ぬぐ……なら、直接切り付けて凍らせてやるわ!」
「望む所よ!」
吸収も吹雪も封じられたマグナスはもう接近戦でコキ-ュトスで斬りつけるしか私を倒す手段がない。私としては願ったり叶ったりの展開だ。
多少の手傷なら問題ない。傷は回復出来るし、血を流しすぎなければ体力も持つ。このままテイル君がこちらに気付いてくれるまで持久戦に持ち込む。
これが私の作戦だ。
「楽しいなあ……こんなに楽しい事があるなんて」
風に流れて後ろから聞こえてくるプリメインさんの呟きがやけに耳に響いた。
七話で僧侶も治癒魔法が使えると書いていたのに、
「聖女以外は治癒魔法が使えない」と書いてあり
設定がぶれていたので読者様からのご指摘を受けて修正しました。
2021 5/21




