五十一話
ノエルside
常闇の世界をマグナスを先頭にただ進んでいく。地上の夜とは違い太陽も月もない星も見えない。そんな世界で視界を失わずに歩いて行けるのは地面から流れ出る赤いマグマが光源となっているからだ。
地上では見たことも無い植物、生物、そして風景。
そしてそれらとは一線を画する存在、魔物。魔素に身体を侵され知性と理性を失ったもの。魔界とも言うべきこの世界にも彼等は当然存在している。
地上で出会ってきたものとは明らかにレベルの違う異形の魔物達。彼等からしてみれば地上から突如現れた清浄な空気を纏う私達は異分子として認知するには十分なものであり、排除するべき敵であった。
しかし、襲い来る魔物達は尽くマグナスの奮う紅い魔剣に両断され露と消えていった。気のせいか、血のように紅い剣は獲物を切り裂きその体液を浴びる度にその輝きを増しているように見えた。
明らかにマグナスは以前よりもその力と存在感を増している。その威圧ともいうべき無言のプレッシャーを浴びながら私達はただ黙って進んでいく。
そして、視界に自分達以外の新たな人影が現れた。
黒いボロボロのフードを被った紅い仮面の女。女だと分かったのはフード越しでも分かるその身体の曲線のラインが如実に性別を表していたからだ。
マグナスはどうやらこの奇怪な人物と既知の仲らしく、視線を合わせると会話を始めた。
「時間がかかったわね。初めての魔界は散歩するには難しかったかな」
仮面のせいか声が篭もっているが、やはり甲高い女性の声だった。
「急がないと、オケアノスに先を越される。さっさと扉を開いてよね」
「分かっているよ、ウラヌス」
マグナスは紅剣を振るうと空間を切り裂いた。すると地上に繋がるトンネルが開かれる。マグナスが目で私達を促す。私達は逆らえず足を先に進める。
魔法で空を飛ぶのとはまた違った独特の浮遊感。地上に足を着けるとじゃり、と砂を噛む音が聞こえた。
「…………!!?」
突如現れた私達の存在に目を見張る男が居た。見知っている顔だ。彼は、いや訂正しよう、彼女は、風の勇者プリメイン・セザルーサ。男のような格好をしているが立派な女性だ。彼女の纏うマフラーが風に靡いてパタパタと揺れていた。
「あら、着いた早々運が悪いわね。何とかしてよ、氷の勇者」
「………………」
ウラヌスがとぼけた口調でマグナスに助けを求める。マグナスは黙って腰に差していたコキュートスを引き抜いて二刀流になった。
「誰かと思えば氷の勇者君じゃないか、久しぶりだね。最近はあまりいい噂を聞かないけど、一体どうしてしまったのかな?」
「………………」
プリメインさんがマグナスに語りかける。ウラヌスと同じような飄々とした口調ではあるが、深い警戒感が滲み出ている。当然だろう。見る者が見ればウラヌスと名乗ったあの女が人間ではない事は一目瞭然なのだ。
正確に言えば彼女が持つ人外の気配をプリメインさんは察知している筈。
「君が新たに手にしているその剣も、連れの奴も、真っ当な勇者が連れ手にするものではないよね。……闇に堕ちたか、マグナス・レイン」
「……だとしたらどうする?」
マグナスがその台詞を言うや否や凄まじい爆風が私達を襲った。周囲の砂塵を巻き込んで砂嵐となり、そしてその嵐の勢いに周囲に群がっていた大量のスライム達が引き寄せられ巻き込まれ散り散りに引き裂かれていく。
「闇に堕ちた存在は消滅させ浄化する。それが光の側に立つ者の責務だ」
「やれるものならやってみろ」
シルヴィが張った結界の中から二人の様子を伺うが砂嵐に阻まれ殆ど視界は閉ざされている。ただ二人の声と、遅れて鳴る剣戟の音だけが砂漠に響いていた。
やがて間もなく両手に剣を手にしたマグナスが砂嵐の外へ吹っ飛ばされるのが見えた。水面を渡る小石のように何度も跳ねて視界の外へ消える。
目の前の出来事は当然の結果だと言える。何故なら彼女は風の勇者。純粋な戦闘力だけなら現存する四勇者の中でも一番だと言われている。
それはつまり個人では世界最強と言って差し支えない程なのだ。
彼女の所属する『雲竜風虎』は数あるSランクパーティーの中で唯一の個人パーティーだ。彼女はたった一人でSランクへと辿り着いた最強の存在。いかに力を増したとはいえ真っ向から彼女に勝負を挑んだマグナスの行動は愚行としか言い様がない。
巨大な砂嵐を内部から更なる力の奔流により吹き飛ばした彼女は弾丸のような速度で地平の向こうへと飛んでいく。再び凄まじい砂塵の爆発が巻き起こりマグナスの身体が宙に投げ出される。
地上数十メートルもの高さまで投げ出され地面に叩き落とされたマグナスの身体は両足が逆方向にねじ曲がっていた。口から血反吐を吐き散らしているのを見ると内臓にも多大なダメージがあったのが分かる。
「ガハッ!!……ゲホッ、ゴボッ……」
「あらあら、手酷くやられちゃったわね」
瀕死状態の彼を目にしてもウラヌスはどこか他人事のように言う。マグナスが倒されれば次は自分の番だと言うのにあの余裕は一体どこから来るのだろうか?
マグナスはゆっくりと地面を這いずり回りながらこちらへと近付いてきている。彼が落とされたのは私達のいる場所からさほど離れてはいなかった。風の勇者はまだこちらには姿を現していない。
聖女の治癒魔法で傷を治そうというのだろうか? しかし私は……
私が答えを出す前にライザとシルヴィがマグナスに死刑宣告を告げた。
「悪ぃがマグナス、ノエルの治療は受けさせねえぞ」
「これ以上あんたと行動を共にしたら私達まで処刑される。年貢の納め時だと思って諦めるのね」
それは、かつてのテイルが仲間達から宣告されたものと同じ。絶縁の宣言。
それが今はそっくりそのままマグナスへとすげ替えられた。
胸が痛むが、二人の行動と発言はマグナスが起こしてきた事を思えば当然の事だった。
かつてパーティーから追いやったテイルと今度は自分が同じ末路を辿る事を、マグナスはどう捉えるのだろうか。
しかし、次にマグナスが発した言葉は私の予想を全く裏切るものだった。
「…………そうか、それは良かった」
「「は?」」
「いかに私でも、かつての仲間を手にかけるのは気が引けていたんだが……お陰で遠慮なく啜れるよ」
そうして倒れ伏した状態から背伸びをするように伸びたマグナスの右手に握られた紅い剣が、ライザの胴を貫いていた。
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