四十八話
ノエルside
私達は現在、暗闇の中を進んでいる。氷の勇者マグナスを先頭に荒れ果てた大地を歩いていく。本来ならば戦闘奴隷のアノンが先頭に立たされているのだが、マグナス以外に道を知らないので今は勇者が前に立って進んでいる。
そもそも、私達はどこに向かっているのかも分からない。
西のルフレ砂漠に向かうのは分かっている。のにも関わらずそういった感想が出てきてしまうのは、今現在自分達がどこをどう進んでいるのかが分からないからだ。
マグナスは西のルフレ砂漠に向かうと私達に宣言した後、唐突に手にしていた剣で何も無い筈の空間を切り裂いた。
それは神器コキュートスではない別の武器だった。いつの間に手に入れたのか、血に濡れたような真っ赤な刃に漆黒の柄を持つその剣は不気味な存在感を放っている。
神器以外の武器を彼が手にしているのも不可思議だがそれ以上に不可思議なのはその武器が放っている異様な存在感と威圧感は神器コキュートスに全くひけをとっていないという事だ。
私はその手の鑑識眼というか見極めるだけの見識や眼を持っている訳では無いのだが、それでもあの剣の薄気味悪さと恐ろしさは感じ入るものがある。
武具や魔導具に詳しいスペシャリストのライザやシルヴィが太鼓判を押している程なので、私一人の勘違いという訳でもない筈だ。
唯一戦闘奴隷のアノンだけは何の興味も示さず黙って彼の後を着いて行くのみだ。彼が人間らしい反応を返した所を見た覚えがない。死ねと言われれば躊躇なく舌を噛み切ってしまいそうな危うさが彼にはあった。
ともかく、マグナスが手にした紅い刀身の剣によって何もない空間が切り裂かれたかと思うと、突如としてその断面から別の世界が顔を覗かせた。
一歩足を踏み入れると、濃密な魔素が私達を包み込んだ。地上とは比べ物にならない程の濃度。かつて感じた事のない程の濃さだった。
魔力適正のない者が浴びたら魔素中毒に陥ってしまうだろう。
この魔素中毒に全身を侵され精神まで汚染されると動物は魔物となる。
同様に人間が全身を魔素に侵されると魔人と呼ばれる人外の生物に変質してしまう。
知能まで侵され暴力や破壊衝動に全てを支配されるとそれはもう魔物と大差なくなるが、高い知性を宿したまま心が闇に堕ちた時尋常ではない魔力と魔力により強化された強靭な肉体を持つ種が誕生する。
一説によれば魔王とは魔人の中から生まれ出でる魔人の王なのだという。
マグナスがより冷酷になり仲間にも手をかける事を厭わなくなってから、彼の力は飛躍的に増大した。神器の力をより引き出せるようになり、より強力な魔力を操るようになった。
私は、それが彼が魔人へ落ち始めた証なのではないかと疑っている。
今の彼が纏う空気は、手にした恐ろしい紅剣と同調しているように見えるからだ。
紅剣を手にしたから堕ちたのか、堕ちたから紅剣に認められ手にする事になったのか、鶏が先か卵か先か、それは分からないがどちらにしてもろくな事にならなさそうな事だけは確かだった。
そして今私達が入り込み進んでいるこの異空間とも呼ぶべき場所は、伝説の中で「魔界」と呼ばれるそれなのではないか。
どこまでも険しい山々と枯れ果てた大地。太陽の光差さぬ暗闇の空。私達の住んでいる世界と魔界は表裏一体と言われている。光の世界が地上なのだとすると魔界は影の世界、裏側の面なのではないだろうか。
つまり、位相がズレているだけで私達は真っ直ぐルフレ砂漠に向かっているのだろう。
そうして目的地に辿り着いたらおそらくマグナスは再び紅剣を振るい空間を切り裂いて元の世界に戻るつもりなのだ。
そうすれば他の冒険者達に邪魔されず、ルフレ砂漠の魔物大発生の原因を突き止め解決出来るという腹積もりなのだろう。
だとすると目的地に辿り着くまでは逃げ出す事は不可能だ。マグナスから逃げ出すことが出来たとしても彼の持つ紅き黒剣の力無くしては元の世界に戻れないのだから。
勝負は地上に再び戻ってからだ。
地上に戻ってからの行動が私達の命運を分ける事になる。
その時は刻刻と近付いて来ていた。
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