三十九話
レンカSide
気が付くと私は黒竜の鋭い鍵爪のついた両足に掴まれ、宙を舞っていた。そのままどんどん高度が上昇していき、速度もそれに比例して早くなっていく。
抵抗しようにも私は両足を捕まれ宙吊りになる形で拉致されたので頭に血が登ってそれどころでは無かった。
黒竜が羽ばたく度に振動が全身を襲い、酷い耳鳴りが頭の中に響き渡る。ほどなくして、私は意識を失った。
◆
本当の事を言えば、シェイランが初めて目の前に現れた時私は心底恐怖した。
圧倒的な力。圧倒的な威圧感。その場の全員でかかっていったとしても到底勝てる気がしなかった。しかも、その恐ろしい竜はテイル殿を食らう為にやってきたのだ。
戦わなければならない。勝てなくても、黙ってテイル殿が食われるのを見ている訳にはいかない。
一歩足を踏み出し、前に進まなければ。
けれど私の足は一歩も前に進まなかった。命の恩人の危機に、私は恐怖から何も出来なかったのだ。
そう、私は弱い。
心も身体も、パーティーの中で一番弱い。ピピ殿なら相棒のテイル殿を見捨てるなど死んでもしないし、ヘルメス殿なら死を超越したその身体と魔法で何度でも立ち向かっていけるだろう。
だが、私は弱い。
ソロでBランクまで登り詰めた私はパーティーを組んでいればSランク相当だなどと随分持て囃されたものだ。
だが、実際はどうだ? 強存強栄のスキルによって人間離れした力を持つ事になったSランクパーティー臥竜鳳雛のテイマー、テイル殿を初めとして、彼が契約を交わした魔物達はどれもSランク相当、生まれたばかりのビルドアントや女王ですら素晴らしい貢献をしているというのに。
私が役に立てたのは、初めの頃のほんの僅かな間だけだ。その時だって、ブラッドアントの女王を倒したのは鳳凰に進化したピピ殿だ。
あの強くて恐ろしい竜は敵ではなかった。少なくとも私達を傷付ける意志を感じられなかった。それどころかワイバーン達を追い払ってくれた。
テイル殿を婿殿と呼び慕うあの竜はきっと、これからの旅にもついてくるのだろう。
私はいよいよパーティーの中に自分の居場所が無くなるのを感じていた。あの強大な竜がパーティーに加わればそれこそ私なんて何の役にも立たない。
優しいテイル殿はワイバーン襲撃の時何も出来ずに落ち込む私に役割があると励まし応援してくれたが、結局その時も私は何の役にも立てなかった。
ああ、こんなにも恐ろしいものなのか。自分が必要とされないかもしれないという恐怖を抱えるのは。テイル殿は本当に凄い。長い間こんな恐怖に耐え戦ってきたのだから。
それに比べて私は、仲間たちから何を言われた訳でもないのに不安を覚え、シェイランの強さに嫉妬し、彼女に食ってかかる事で不安を紛らわせていたのだ。
なんて矮小な、ちっぽけな存在なのだろう。
『いだせ……』
その時、暗闇の中から何者かの声が響いた。その声は、一度だけではなく、二度三度と何度も何度も語りかけてくる。私がそれに応えるまで。
『思い出せ……』
「思い出せって、何を……」
私が返事を返すとようやく声は別の言葉を発した。
『思い出せ……お前の過去を』
「私の、過去……?」
謎の声の導きに従って、私は自らの半生を振り返ってみた。
私が生まれた時、私は未熟児として生まれた。母上のお腹から外に生まれ落ちた時から身体に障害を抱え、心臓が度々止まった。
父上と母上はあらゆる魔術士や医者を頼りに治療法を探し続け、やがてはその努力が実り私は健常者と代わりないレベルにまで回復した。
それどころか身体をよくする為に尽くしてきたあらゆる手が必要以上に効いたのか、どんどん私の身体は強く元気になっていき、同年代の者では並ぶ者のない程に優秀な成果を出せる人間となっていた。
ゼンランド家の跡取りとして将来を期待されるようになった頃、唐突にまた身体に変化が起きる。
ゼンランド家に敵対する公爵家の者が呼び出した悪魔に呪いを受けたのだ。再び私の身体は衰弱していき、病人に逆戻りした。
しかしそれも父上と母上が死力を尽くして原因を特定しギルドに依頼を出してくれて、その依頼を受けたパーティーによって悪魔は退治され、私の身体は再び元気になった。
私は私の命を救ってくれたパーティー臥竜鳳雛に強い憧れを持ち、彼等のような冒険者となりたいと身体を鍛え修行を始めた。
だがそれはゼンランド家の跡取りを願う父上母上にとっては到底許せるものでは無かった。散々反対され説得を受けたが、私がその訴えに耳を貸す事はなかった。選定の儀も受けさせて貰えず自分の適性も分からない状態で私はそれでも諦めずに努力を続けた。
ゼンランド家に深い縁のある一級監査官のセラフが密かに私に協力してくれたお陰で何とか私は冒険に出ても問題ないレベルにまで強くなる事が出来た。
そうして私は準備を整えると、実家から冒険に役立つアイテムやお金を持ち出して家出同然に飛び出してきたのだ。
その時に出会ったのだ。
焔の剣イフリートに。
それは私が実家の宝物庫から色んな道具を持ち出そうとあれこれ漁っていた時に起こった。
『私の声が聞こえるのか──?』
反射的に私はこくりと頷いた。その時だ。宝物庫に埋もれていた数々の品の中から一振りの剣が輝き目の前に現れたのは。
私はこの剣の事を何も知らない。どうしてゼンランド家に渡り、どのような経緯で宝物庫に埋もれていたのかも分からない。
けれど、手にした瞬間その剣の名がイフリートだという事だけは分かった。
声が聞こえたのはその時だけだ。それ以降一度も声は聞こえなかった。
けれど、それで充分だった。あの時、私は確かにイフリートに選ばれた。そういう実感があった。
そうだ。
あの時私は初めて、自分を誇らしいと思えたのだ。
自分は選ばれし者なのだと、根拠のない自信を持つようになったのだ。
その無根拠の自信が私をこれまでずっと支えてきてくれた事を、今更ながらに思い出した。
『そうだ。お前は私に選ばれたのだ。レンカ』
「もしかして……イフリート……?」
返事は帰ってこなかったが、肯定する意志が伝わってきた。暗闇の中に、一振りの片刃剣が浮かび上がってくる。
『何故お前が選ばれたのか。お前は生まれてから今まで何度も生命の危機に見舞われ、災難に襲われ、様々な障害に阻まれてきた』
「うん……」
そうだ。私の行く手には、いつも壁があった。それでも私は、いつも諦めなかった。一つ一つその壁を乗り越えてきたのだ。
『そうだ。お前はどんな障害にも負けない、心の内に強い情熱の炎を持っていた。その灯火が私を呼んだ』
『灯火……?』
暗闇に浮かぶイフリートに、紅い焔が灯る。その焔はイフリートの刃を紅く染めあげていく。
『どんな困難にも負けぬ、情熱の炎。それは、暗闇に閉ざされた人々の心には希望という灯火となる』
紅く生まれ変わったイフリートは、暗闇の中をゆっくりと進んで近付いてくる。私は、長年使い続けたその相棒を再び手に握る。
『立て──レンカ。
火の勇者、レンカ──その情熱の焔で、人々の心の暗闇を照らせ』
「火の勇者──」
そう、その時こそが世界に火の勇者レンカ・ゼンランドが誕生した瞬間だった。
レンカさんは火の勇者だったようです




