三十三話
ワイバーン以上の上級の竜を確実に呼び出すには、人間の供物が必要だというアイルの発言に重い空気が広がる。
「あ、いや、人間を捧げるといっても、犠牲者を出す必要はありません。家畜を捧げる時も生きたまま泉に沈めますから。その方が食い付きが良いんです」
食い付きって、まるで釣りのような言い方だなあ。
思った事をそのまま言うと、アイルは実際そうなんです、と前置きを置いて更に説明した。
「どうも竜神の泉は、竜の精神に何らかの形で干渉しているようなんです。供物を捧げると、つまり泉の中に生き物を沈めると周辺の竜がそれを感知して餌にしようとやってくる」
「つまり、泉に入ったとしてもすぐに上がってくれば問題ないという事かな?」
「ええ、少なくとも竜がやってくるまでは泉の中に居る必要はありますが……海の鮫と同じようなもので、血を垂らせば匂いに吊られてすぐにやって来ますよ」
なるほど、海の鮫という例えは分かりやすい。つまり、誰かが泉の中に潜り少量でも血を流せば竜がそれに引かれてやってくる訳だ。
問題は誰がいくかだが……。
視線を周囲に巡らすと覚悟を決めた表情のレンカと目が合った。
「私が行くであります。どうせ私は結界は張れないしこのままここに閉じこもっていても役に立てないでありますし」
「いや、申し出は有難いけど、僕が行くよ」
そう言うとレンカの表情が厳しいものに変わる。彼女はまた僕が臥竜鳳雛パーティー時代のように率先して自分を犠牲にしようとしているのだと勘違いしているのだろう。
誤解を解くためにゆっくりと落ち着いた口調で説明する。
「単純に、僕が行くのが一番上手くいく可能性が高いから言ってるんだよ。ピピやヘルメスは強いけど魔物に対してまで竜が食い付いてくるかは未知数だし、レンカと僕なら強存強栄のスキルで肉体が強化されている僕の方が大物が釣れるだろうし、もしもの時も生き延びられる可能性は高いから」
言外にレンカでは力不足だと言っているようで申し訳ないが、数十匹ものワイバーンが集結しているこの状況で泉に単身飛び込んで無事に帰ってこれる方がおかしいのだ。
でも、今の僕なら何とかなるかもしれない。それ程に強存強栄の力で僕の身体は強化されているのだ。
「レンカは自分に出来る事がないと言ったけどそんな事は無い。むしろ術者は結界を張るのに意識を集中しなければならないからどうしても無防備になる。もしもの時の為に護衛につく人間が必要なんだよ」
「なるほど……」
「レンカはアイルと二人で控えていて欲しい。結界が破れた時に皆を守る為にね」
「分かりました」
「了解であります」
レンカはどうやら納得してくれたようだ。アイルもこちらの指示に従ってくれるみたいで有難い。ここで余所者の命令には従わない、などと駄々を捏ねられると面倒な事になるからだ。
「術者の皆は結界が破られないように交代で結界を補強し続けて欲しい。魔力回復薬が切れるまでそれを続けるんだ」
ヘルメスを初めとした術者達はコクリと頷いた。
「クエエエ~?」
僕は~? とピピが尋ねてくる。僕はピピの頭を撫でるとこう言った。
「もちろん、僕と一緒に行くんだよ相棒。僕を泉まで送り届けたら、出来る限り動き回って竜達の動きを牽制してくれ」
「クエエエッ!」
了解! とピピが小気味よい返事をすると立ち上がり身体を広げた。
「アイル、ナイフか何か手頃な刃物はないかな?」
泉に潜った後に血を流さなくてはならないのでアイルに刃物を借りる。アイルが手渡してきたのは切れ味の鋭そうな短刀だった。
後は、どうやって外に出るかだ。
結界自体は敵意のない者は通すように出来ている。が、そのまま無策で外に出ればすぐさま竜の餌食だ。ピピの背に乗っていくにしても、通り抜けるだけの隙間を作らなければならない。
ピピの広範囲攻撃よりも一点集中の魔法攻撃が最適だろう。
だが、結界の中から攻撃をしてしまえば結界に弾かれる。外に出て攻撃を食らう前に魔法を放つというのも危険すぎる。ならば取る手は……。
「皆。今から突破口を開く為に魔法を放つ。タイミングを合わせて結界を解除してくれ。そして、僕達が出ていったらすぐ様結界を張り直してくれ」
皆が無言で頷いてくれた。即席のパーティーだと言うのに文句も言わずに従ってくれる彼らに感謝しつつ、僕は魔法の詠唱を始める。
「炎の赤、風の緑、水の青、土の茶、光の黄
闇の黒、無の透明、混じりて虹の光と成れ
七色の大光」
ヘルメスと契約を果たした事によって大幅に強化された魔力と各種属性魔法を組み直して新たに作り出した虹の魔力はかつてのそれよりも遥かに大きな光の大砲となって空へと放たれた。
そしてそれに合わせて絶妙なタイミングと呼吸で皆が結界を解除する。
攻撃の直線上に飛んでいた一匹の竜は悲鳴を上げる暇もなく消滅した。その様を目の当たりにした竜達に緊張と怯えが走りその一帯が空白になる。
「今だっ! 行くよピピ!」
「クエエエッ!」
掛け声と共に僕を背に乗せたピピは勢いよく羽ばたき外に飛び出していく。空から後ろを振り返るとヘルメス達は無事に結界を再展開していた。
「そのまま泉の真上まで行くんだ!」
「クエッ!」
全力を出した鳳凰の速度は凄まじく僕達はあっという間に竜神の泉の真上まで到達した。僕はピピに後は頼んだぞ、と声を掛けた後ピピの背から宙に身を投げ出した。
泉の水面がどんどん迫り、そして僕は泉の中へと勢いよく突っ込んでいったのだった。
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