二十八話
ノエルSide
「もう限界だっ! 俺は抜けさせて貰うぞ!!」
耐えかねた様子でパーティー脱退を申し出たのは、テイル君の抜けた穴を埋める為に新たに呼んだ四人目の新人だ。
「何がSランクパーティーだ、何が臥竜鳳雛だよ! 単なる狂人共の集まりじゃないか! このままお前らに付き合ってたらいつ背後からの同士討ちで殺されるか分からねえ!」
溜めに溜めていたのだろう。積もりに積もった鬱憤が堰を切ったように溢れ出す。
だが、それ以上は悪手だ。
例によってリーダーの勇者マグナスはただじっと新人君の話を聞いていたが、後ろの二人はそうではない。
新人君が鬱憤をぶちまければぶちまける程に二人の表情は険しく空気が冷え込んでいく。
しばらく感情に任せて言いたい放題言っていた彼も異変に気付いたのかだんだん勢いが落ちていき口数も減っていく。
「君の言いたい事は分かった。好きにすればいい」
マグナスの無表情の言葉にあ、ああ……と気まずそうに返事を返した新人君は部屋から出ていった。
静寂が部屋中に広がっていく。その静寂を破って口を開いたのは、ライザだった。
「おい、マグナス。これでもう四人目だぞ。いい加減何か別の手を考えるべきじゃねえのか」
「そうだな……これ以上脱落者を出せば悪い噂になる。方針を転換しなければならないな」
テイル君が去った後、私達はしばらく四人で活動していたのだが、やはり彼の抜けた穴は大きく五人でいた時のような戦い方を続ける事は出来なかった。
同士討ちの頻度が高まり手傷を多く負うようになり、それを癒す為に私は常時治癒魔法の施術に追われていた。
今にして思えばテイル君が居た時は傷を負うのは彼と相棒のピピ君だけ。それもそこまで深手を負う事も無かったので私の仕事は殆どないと言っても良いレベルだった。
それが今度は治癒魔法の使いすぎにより常に倦怠感に覆われ、酷い頭痛と吐き気に襲われる毎日だった。
私の消耗があまりに激しいのでマグナスはテイル君が背負っていた役割を負う新たな新人を募集にかけた。
私達はギルド本部の決定を無視して今だに臥竜鳳雛の名を使っている。王都ネフタルから離れたここでは臥竜鳳雛の名が剥奪された事を知る者も居らず、そのネームバリューを最大限に利用していた。
Sランクパーティー臥竜鳳雛の名は伊達じゃない。募集をかけてすぐに新たな盾&囮役のメンバーが入った。
彼は重装備が自慢の全身鎧の騎士だったのだが、初戦闘であわや彼の鎧がそのまま彼自身の棺桶となる所だった。
最初の戦闘が終わってすぐに彼はパーティーを離脱した。
二人目からはさすがにマグナス達も少しは考えたようで、かつてテイル君がそうしていたように最高級の防具やアクセサリーで装備を固めて耐久力を最大限に高める方法に出た。
そうして生き残りさえすれば私の治癒魔法で傷は回復出来る。
しかしそれも長くは続かなかった。
身体がいくら持ったとしても精神が持たなかったのだ。無理もない。まともな神経で取れるような戦法では無いのだ。
そうしてまた今日も新たな脱落者を生んだという訳だ。
今まではSランクパーティーの強さに誰もついていけなかったという事で皆納得しているが、マグナス達が言う通りこれ以上脱落者を出せばさすがに臥竜鳳雛のパーティーがおかしいという論調も出てくるだろう。
その前に新たな手を打たなければならなかった。
「クソ……アイツがいなければこんな目に会わずに済んだのによ」
「ホントよね~! 抜けた後まで足を引っ張るなんてクソ最悪~」
彼等は自分達の論理が破綻している事に気付いていないのだろうか? テイル君がいなければそもそも私達の壁&囮役を盾にした後方からの広範囲攻撃による殲滅戦法は誕生すらしなかったのに。
テイル君がいなければ私達はただの烏合の衆だ。単体一人一人の火力は確かに高いがそれだけでなれるほどSランクは甘くない。
彼の存在が私達の力を最大限に活かしSランクパーティー臥竜鳳雛を成り立たせていたのだ。だがプライドの高い彼等は自ら追い出したテイル君にそんな価値があるなどと認められる訳もない。かといってかつての状態よりも遥かに弱くなった現状を無視できる訳でも無い。
「チッ……そもそもノエル! てめえが治癒魔法の後遺症程度でへろつくからこんな事になるんだよ! 全く情けねえ!」
「ホント、聖女ってご大層な二つ名を持つ癖に大した事ないわよね~大好きなテイル君と一緒に抜けてれば良かったんじゃない?」
近頃は矛先が私に向く事も増えてきた。私自身はその事に対して特にどうこうする気は無い。かつてのテイル君のパーティーでの立ち位置に私が立てるならそれはむしろ贖罪になり喜ばしい事ですらある。
「お前達、いい加減にしろ」
しかし、マグナスがそれを許さない。勇者にとって聖女とは魔王討伐に絶対に欠かせない重要なパーツ。無為にそれを傷つけようとする行為を認める筈も無いのだ。
だが、この所の不調続きや新人君に一方的に罵声を浴びせかけられた怒りが二人を駆り立てる。普段の彼等だったらまずやらない、勇者マグナスに楯突くという愚行に走ってしまったのだ。
「へっ、またノエル贔屓かよ。テイルの時は無視してやがった癖によ」
「そんだけ庇ってあげても当のノエルはテイル一筋だし~? アンタの出る幕じゃないわよね~」
私は全身に冷や汗が走るのを自覚する。何という事を……。
マグナスは何も言い返さない。だが彼を取り巻く空気はどんどん冷えていく。
物理的に。
彼の操る氷雪魔法により部屋の気温がどんどん下がっているのだ。口から吐く息が白くなってから彼らもようやく自分達の犯した失態に気付く。
「お、おい……マグナス」
「や、や~ねぇ本気になっちゃって。冗談よ~」
マグナスは彼らの言には全く取り合わずどんどん空気を凍えさせていく。やがてピキピキ、と空気中の水分が凍結し彼等の足元から氷漬けになっていく。
焦って逃げようとするが既に凍り付いた身体は動かせずどんどん上へと氷が広がっていく。その凍結が顔まで飲み込もうとした時二人は堪らず謝罪を口にする。
「わ、悪かった! 俺達が悪かった! 言い過ぎた!!」
「ごめんなさい! ゆ、許して……!」
そこでようやく凍結は止まる。顔以外全て氷漬けにされたライザとシルヴィに対してマグナスは冷たくこう告げた。
「ハッキリ言っておこうか。聖女と君達を比べるなら、優先順位は聖女の方が上だ。何故なら聖女の代わりはいないからな。
ノエルに無体を働くならいつでも氷の彫像にしてやるぞ? 聖女と違って君達の代わりなら幾らでも探せるからな」
ガクガクと、物理的な冷たさではない部分で身体を震わせながら改めて彼等はマグナスの恐ろしさを思い知る事になったのだった。




