二十六話
アズガルドさんの(闘気の残滓を調べる事による)調査の結果は、『よく分からねーが多分戻って来ないんじゃねーか? ガッハッハッ!』という何とも頼りないものだった。
「お前らがこの街を立てば多分この街に戻ってくる事は無えよ。随分執念深い奴みたいだからな」
アズガルドさん曰く黒いリッチーことゲオルクの闘気は『ねちょねちょしてる』らしい。そのねちょねちょした闘気が僕らに向かって流れていたのを見てそういう結論になったそうだが、よく分かったような分からんような。
一応僕達がノーストラダムの街を離れるまでは引き続きアズガルドさんも滞在してくれるそうなので、その間は襲撃に怯える必要は無くなった。
僕達がこの街を発った後はこの辺りの地域を中心に活動しているAランクパーティーが二組ほど常駐してくれる事になった。それだけではなく通信魔導具も設置してくれるようなので、もし彼らの手に負えない事態になった時は速やかに本国とギルド本部に連絡が行く。
ノーストラダムの街は北の龍の山脈やザカンドラ帝国に繋がる経路の中継地点になるので簡単には放棄は出来ないという結論に至ったようで、リッチーの再襲撃の危険性が無くなった後で再興に向けたプロジェクトが計画されているんだとか。
とりあえずそんな訳で僕達が去った後のアフターケアについては十分為されるみたいなのでこれで安心してチィの子育てに専念出来る。
子育てといっても殆どヘルメスが面倒を見てくれていたので僕達はほぼ見ているだけだったのだが。
チィが繭になってからきっかり一週間後に成体となって孵った。真っ二つに割れた繭から出てきたその姿は、大きさは人間の子供より一回り大きいくらいで、銀色の鈍い輝きを放つ身体だった。
背中には二本の羽根が生え、空も飛ぶ事が出来そうだ。
まあ、総じて言えば身体の色以外は以前のブラットアントの女王の時とさほど変化は無かった。
とはいえ、一つ上の位階に上がっているのだからそれだけで終わる筈もない。ブラットアントを超える恐るべき力をその身に宿している筈だった。
どんな能力を持っているのか繭から孵ったチィを観察し続けていたのだが、全く分からなかった。
変化が現れ始めたのは、チィが卵を産み初めてからだ。ヘルメスから毎日愛情の篭った餌をたっぷりと食べて栄養を蓄えていたチィはどんどん兵隊蟻の卵を産んでいった。
繭から孵った時点で腹の宝玉の中にはある程度の空間が広がっていたらしく、そして尚且つ腹の宝玉は切り離し可能であるらしくチィは宝玉の中に時折入っていった。
宝玉の中の空間に卵を産みに行っていたのだろう。卵は二~三日ほどすると孵り、宝玉の中から兵隊蟻達がゾロゾロと外に現れ始めたのだった。
兵隊蟻は大体1メートル弱程度の大きさで、三対で六本ある足のうちの一番前に位置する二本、前足の部分が人間の手のように五本指となっていた。
この指は形状も人間の指そっくりで、持つ、掴む、挟む、握る、おおよそ人間が行える動作とほぼ同じように動かせるようだった。
人間より遥かに強い強度を誇る魔物が人間と同じように細やかな動きを再現出来るという事がどれだけの可能性を持つのか、僕達は早速それを目の当たりにする事になった。
兵隊蟻達は大体総数が数十体といった所で、チィの命令を受けて街中に散らばっていった。そして帰ってきた彼らが口に咥えているのは、綺麗に解体された街の住居のパーツだった。
(勝手に街の住居を解体しちゃっていいのか、と思ったがアズガルドさんが細けー事は気にすんな! 俺がケツ持ちしてやる! と言ってくれたのでお任せする事にした)
ブロックであったり、床であったり、壁の一部であったり、様々な『巣の材料』がチィの元に集められた。
そうして彼らは資材をチィの腹の宝玉の中へどんどん運んでいった。唖然としながらただただそれを見守る他は無かった僕達だったが、彼等の工事が始まってから二週間ほど経った頃、チィが僕達を腹の宝玉の中へ誘った。
「うわぁ……!」
「これは、凄いですね」
「蟻達がこれを建てたのでありますか……!?」
三者三様の驚きと共に僕達は目の前の光景に固唾を飲んだ。
小さな村の敷地程度の面積の空間に、立派な屋敷が建てられていたのだ。ブラットアント達が作っていたような穴ぼこでは無い。立派な、人間が住める住居が完成していたのだ。
どうも蟻達はチィの住居というよりかはチィの主人の僕が住む為の住居を作ってくれたようだった。
彼らの認識では、頂点に立つ(女)王は僕で、その下に指揮官としてチィが君臨して兵隊蟻達に指示を飛ばすシステムが出来ているようだった。
それを皆に話したら皆して僕を女王女王と呼び始めたのでしばらく口を聞かないでいてやったら反省したようでそれ以降は言わなくなった。
何度も言うけど僕はれっきとした男だ。
「素晴らしいですね……! 夜になったら宝玉の中のこの住居に寝泊まりすればいいからテント要らずですよ」
ヘルメスが興奮を抑えきれないように言う。
「でも、宝玉そのものが盗まれたりとかしたら安全とは言えないよね」
「ふむ。では、地中深くにでも埋めて貰えばいいのでは?」
つまり、寝泊まりする時になったらチィに深い穴を掘って貰いその穴の中に宝玉を埋める訳だ。
これなら余程の事が無ければ宝玉が発見される事は無いし外敵の脅威に晒される事は無い。それでも不安なら何匹か兵隊蟻に見張りに立って貰うという手段もある。
つまり、僕達は旅の間移動しながらいつでも宿に泊まれるようなものなのだ。それだけでは無い。宝玉の空間に収納出来る量なら幾らでも荷物を持って行ける。使う時になったら宝玉から取り出せばいいのだから。
「うわあ、ワクワクしてきたであります! 早く旅立ちたくなってきました!」
「そうだね。この住居の中にヘルメスの研究室を作って必要な道具を運び込んだら出発しようか」
こうして、蟻達の意外な活躍により無事にヘルメスの研究室の問題が解決したのだった。
チィの腹の宝玉がどれだけ凄いかというと、
(実質ほぼ)無限収納鞄+持ち運びできる宿+ヘルメスの研究室だと思って頂ければ。




