二十五話
チィと名付けられた新世代の女王はすくすくと育っていった。主にヘルメスの手によって。
「チィちゃーん、ご飯ですよ~」
今日もヘルメスが嬉しそうにチィに食事を与えている。ああ見えて面倒見が良く小動物や幼児の世話をするのが好きらしい。
チィが食べるのはチィの為にヘルメスが用意した木の実であったり、薬草であったり。たまに自力で小さな虫を捕まえて食べてたりもする。
一週間くらいするとチィの身体は20センチから1メートルくらいの蛹まで成長し、やがてチィは口から糸を吐くと自分の身体の周りをグルグルと囲い始めた。
「これは……あの時の繭そっくりでありますな」
レンカの言う通りそれは僕達がブラットアントの巣の奥で見た女王が出てきた繭に酷似していた。
「という事は、この繭から出てきた時に……」
「うん、成体になってるだろうね」
そうして僕達は繭が孵るまで様子を見る事になった。その間にレンカの通信魔導具を用いて実家のゼンランド経由でスピルネル国王にSランクモンスターリッチーの出現とそれに伴う被害、つまりノーストラダムの住人が全滅した現状を包み隠さず報告して貰った。
流石に一つの街の住人が全滅したとなると冒険者ギルドを通り越して国にまず報告しなければならない。
今後住人がいなくなったノーストラダムの街がどうなるのかは、国の決定次第という事になる。そのまま廃棄されるのか、新たに人を呼んで再興するのか、現時点では何とも言えない。
通信魔導具での連絡をした翌日にセラフが転移魔法でやってきた。
「事が事ですからね~まず事実確認を、という事で私が派遣される事になりました」
本来それは一級監査官であるセラフの管轄外の仕事なのだが、転移魔法ですぐに現地に飛べるセラフに王命が下ったという事だった。
「国王様の勅命となれば動かない訳には行きませんからね~」
そうしてセラフは住人が居なくなったノーストラダムの街をあちこち見て回ると、興味深そうに繭になったチィとSランクモンスターリッチーのヘルメスを観察していたが、仕事が押しているのかすぐに転移魔法で帰っていった。
「転移魔法の使い手ですか……興味深いですね。機会があればぜひ彼と語り合いたかったのですが」
「多分セラフも同じように感じていたでありましょうな。彼はあれで好奇心旺盛な男でありますので」
レンカが言うにはセラフが転移魔法を覚えたのは、世界中の色んな場所を巡ってみたい、という目的を叶える為らしい。
一級監査官という仕事も世界中のギルド支部を飛び回る事になるのでセラフにはぴったりだったという。
そうして1週間ほど経過すると王都ネフタルのギルド支部から十数人規模の人員が送られてきた。
Sランクモンスターリッチーの出現は一大事という事でリッチーは全国のギルドに指名手配される事になり、また、不死王の本拠地だったノーストラダムの街にはリッチーが再び現れた時の為の討伐要員とリッチーの生態や弱点を探る為の研究者グループが来ることになった訳だ。
「よう、久しぶりだなテイル。元気にしてたか」
「アズガルドさん! 貴方がここに来ているという事は、不撓不屈のメンバーも?」
「いや、俺だけだ。とりあえずリッチーとやらの闘気の残滓を見てどれくらいの人員が必要か判断するつもりだ」
アズガルド・バーンギルス。ニメートルを超す巨体に全身に走る古傷は彼が歴戦の強者である事を如実に物語っている。
世界に四人しかいないと言われる勇者の一人であり、Sランクパーティー不撓不屈のリーダーでもある。たまたま王都ネフタルに立ち寄った所に今回の話を聞いてならば自分が、と役目を買って出てきてくれたらしい。
彼は闘気を使いこなす事で有名で、生物(時に無機質の魔物まで)が共通して持つ闘気のエネルギーを感知し居場所を突き止めたりおおよその強さを見極めたりする事が出来るのだ。
更に彼はパーティー名不撓不屈が示す通り極めて高い防御力と耐久性を誇っている。背中に背負う神器アースガルズはあらゆる攻撃を遮断する至高の大盾だ。
神器とは火水土風の四大精霊に認められた勇者だけにそれぞれ与えられる武器や防具の事を言う。
氷の勇者マグナスもコキュートスと呼ばれる神器を手にしている。(氷は水の上位互換とされているのでマグナスは水枠となる)
「ん? ていうか、リッチーここにいるじゃねえか」
ヘルメスを目にしたアズガルドさんはそんな事を言って闘気を解放し始めた。
ちょっ! 地の勇者がここで本気出したら宿屋が吹っ飛んじゃうよ!
筋骨隆々とした彼の身体から凄まじい闘気が放出され僕達は吹き飛ばされないように留まるので精一杯だった。
ヘルメスは自身にそれだけの闘気を叩きつけられてもどこ吹く風といった所で静観していた。
そんなヘルメスの姿を見て思う所があったのかアズガルドさんの闘気はどんどん抑えられていきやがて収まった。一緒に来ていた冒険者の一人が堪らないといった様子で地の勇者に食ってかかる。
「ちょっと! そこのリッチーは標的の不死王とは別個体だって説明を受けてたでしょ! 何やってんすか!」
「いやぁわりぃわりぃ。そういえばそうだったなぁガッハッハッ」
「ガッハッハッじゃありませんよ!」
神経質そうなその冒険者はプンプンと怒りを露わにしていたが、多分アズガルドさんはわざとやったんだと思う。
勿論、ヘルメスが黒いリッチーことゲオルクとは違う個体だというのは百も承知で。
闘気を叩きつけられたヘルメスがほんの僅かでも敵意を露わにしていたら今頃彼女はバラバラにされていた筈だ。
ヘルメスもそれが分かっていたから反応しなかったし、ヘルメスのその対応を見てアズガルドさんは闘気を収めたのだろう。
アズガルドさんはヘルメスに向かって頭を下げると右手を差し出した。
「いやぁ、無作法を働いてすまんな。アンタが悪いモンスターじゃないというのは良く分かった。これに懲りずに仲良くしてくれると嬉しい」
「いえいえ、一流冒険者として見事な対応だったと思いますよ。表向き善良を装って影で悪さをする輩はいるものですからね、人も魔物も」
「違えねえや、ガッハッハッ!」
一流の冒険者とモンスター同士何か通じ合うものがあったのか、二人はがっしりと握手を交わしていた。
「おい、テイル。彼女はめっけもんだぞ。契約して貰えよ。Sランクモンスターなら契約出来るんだろ?」
「情報が早いですね……どこからそれを」
「セラフの奴に根掘り葉掘り聞いてきた。何しろ臥竜鳳雛を抜けたお前がSランク復帰っていうからよ、気になっちまって」
彼は臥竜鳳雛時代からの数少ない僕を差別しないで接してくれた人の一人だった。ただそれは彼が僕の実力を認めてくれているからではなくて、彼自身の人柄の良さからそう扱ってくれるものだと思っていた。
それを言ったら心外な、という顔をされた。
「おいおい、それは心外だな~別にお前が弱っちくてもそれで態度を変えたりはしねえけどよぉ。俺はちゃんと昔からお前の才能を評価してたんだぞ?」
「そんな事言われても信じられませんよ」
「俺のパーティーに来ないか? って聞いたろ」
「誰にでも言ってるじゃないですか」
「違えねえや、ガッハッハッ!!」
彼はその快男児ぶりが幸いして、(というか災いしてというか)気に入った人間は実力関係なくすぐにパーティーに勧誘しようとするので有名だった。
まあ冒険者の頂点に立つSランクパーティーに余計な人員は入れられないと、ギルド側も他のパーティーメンバーも拒否しているらしいが。
ひとしきり話すとそれで満足したのか、彼はゲオルクの闘気の残滓を調べるといって宿屋を出ていったのだった。
地の勇者登場




