二十四話
卵に走ったヒビは全体に広がり、そして真ん中からパカッと二つに割れた。その中から出てきたのは──
体長20cm程の女王の幼体と思われる芋虫だった。茶色い身体に黒い斑点がまだらに入っている。芋虫は、まっすぐ僕の方へ向かって身体をくねらせ進んでくると、えいやっと上半身を起こしてそのつぶらな瞳で僕を覗き込んでいる。
「チィィ~」
鳴き声だろうか、甲高い音を出してスリスリと身体を寄せてくる。
「ピピピピィ」
『お母さん』だって、とピピが翻訳してくれる。生まれたばかりの女王の幼体はどうやら僕を親だと認知しているようだった。
お母さんじゃなくてお父さんだよ、芋虫君。
ともあれ、懐いてくれているならこれは絶好のチャンスだ。僕は右手を芋虫に向かって伸ばすと契約の呪文を唱える。
「我と汝、魂と心、二つの命を絆の鎖で繋がん──契約」
パアアア、と僕と女王の幼体の身体が光り輝き、魂の絆で結ばれる。無事契約は成功したようだ。
「おめでとうございます! 無事契約出来ましたな!」
「うん、ありがとう」
レンカが我が事のように喜んでいる。ヘルメスはよく状況が掴めていないようで目を瞬かせている。
「これはブラットアントが進化した次世代の蟻の女王だよ」
「ブラットアント……絶滅指定種ですね」
「テイル殿と契約出来たという事は、次世代の蟻はSランク確定でありますな」
そう、鳳凰に続いて記念すべき僕の二匹目の契約モンスターという事だ。
僕は早速道具袋から物見の片眼鏡を取り出し鑑定スキルを発動させた。
???(名前未指定)
アントクイーンlv1
ブラットアントの次世代として誕生した新たな世代の蟻の女王。
「うーん……どんな能力を持ってるのかは分からないな」
ステータスは生まれたばかりという事もあり大した事は無かった。所持スキルは統率スキル(兵隊蟻を指揮する能力)しか見られなかった。
Sランクモンスターの能力としては正直ちょっと期待外れ感が否めなかった。
「その女王の幼体は次世代の蟻なのでしょう? つまり全くの新種。まだ誰にも確認されていない情報は魔導書には記載されないのです」
「そうなんだ……」
ヘルメスの口から興味深い事実が語られる。鑑定スキルによって現れる魔導書は人類全体の集合無意識、アカシックレコードに繋がっておりそこから情報が各端末に引き落とされているらしい。
誰も意識していない情報は記載されないという事だ。
「でも腹に宝玉があるという事は体内に巣を持っているという特徴は変わってないという事ですな」
そう、女王の幼体の腹にはブラットアントの女王の時と同じように宝玉が埋め込まれていた。芋虫の身体と同じくまだ小さいが、女王の成長と共に大きくなるのだろう。
「体内に巣を持つ……」
「うん、ブラットアントの女王を討伐した時、中から兵隊蟻がわらわらと出てきて大変だったんだよ」
「テイルさん……研究室の件、解決するかもしれません」
「え?」
唐突に言われた事実に耳を疑う。ヘルメスは何かに気付いたようで、興奮で頬が紅潮していた。
「成長した女王蟻の体内に研究室を作る事が出来れば、移動しながら研究開発が出来ます」
「……そうか! そんな手が!」
体内に兵隊蟻を多数収納出来るのだから、それだけの広さの空間があの宝玉の中には広がっているのだろう。そこにヘルメスの研究室を作れれば、女王蟻の体内でハイエリクサーを超える薬の研究が出来る。
僕は試しに女王蟻の宝玉に触れてみた。だが、女王が小さすぎるせいかまだ何も出来ていないようだった。特別変化は無かった。
「女王が成長するまでは無理みたいだね」
「当分は女王の子育てという事になりそうですね」
これで当面の目標が決まった。女王が大きくなるまではこの街に留まって子育てだ。
「お二方、とりあえずそれより先にまずやるべき事があるでありますよ」
「「?」」
「名前を付けてあげないと不便だし可哀想でありましょう」
確かにその通りだ。契約を交わした以上は彼女も僕のパートナー。契約を交わした主人として立派な名前を付けてあげたい。
「うーん……名前か」
チィ、チィ、と鳴く女王蟻の幼体を前にして僕が決めた名前は……。
「よし! 君の名前はチィだ」
「ピイ~~」
安直、というピピのツッコミを僕は無視した。
君の名前もその安直な方法でつけられたんだよ、ピピ君




