二十三話
追い詰められたゲオルクが最後に取った行動は、賢者の石が壊れ空洞となった心臓に別の賢者の石を埋め込むというものだった。
崩壊した賢者の石のヒビは全身にも広がっており、あともう少しで身体全体が崩れ落ちる所まで来ていたのだが、ギリギリの所で食い止めていた。
それは正に九死に一生を得たといっていい状態であり、ゲオルクは息を切らせながら妄執の念が篭った瞳で僕らを睨みつけていた。
「おのれえぇぇ……! 許さん、絶対に許さんぞ……! この痛み、この苦しみ、必ずや万倍にして返してやる!」
怨嗟の声を上げながらゲオルクは転移魔法によって消えていった。
「傷が癒えたら必ずや復讐してやるぞ……! 覚えていろ」
と最後に不吉な言葉を残して。
「逃げられた……」
「申し訳ありません。まさか代わりの心臓を用意していたとは……予想外でした」
呆然とする僕にヘルメスが謝罪する。僕は首を横に振った。誰もゲオルクの奥の手に気付かなかった。あれを予め予想して作戦を立てるのは無理だ。誰が悪い訳でもない。
今回はゲオルクの悪運が強かったという事だろう。ほんの少しでも二個目の賢者の石を嵌め込むのが遅れていたらそのままゲオルクは滅びていた筈だからだ。
「流石はSランクモンスターでありますな。そう簡単には倒せないであります」
「そうだね……」
そうして僕達は、初めてのSランクモンスターとの激突を終えたのだった。
◆
ゲオルクには逃げられたが、不死王が操っていた死人達は全て倒した。住む人間の居ない無人の街で、僕達は宿屋の一室を借りて向かい合っていた。
「テイルさん達はこれからどうするのですか?」
「僕達はまた別のSランクモンスターを探しに旅に出ますよ」
「Sランクモンスターに何かあるのですか?」
この時になって初めて僕は強存強栄のスキルの効果について説明した。
「なるほど……それでSランクに拘っていたのですね。大変に興味深い……」
ヘルメスはしばらくそうやってうんうんと唸っていたが、やがて意を決したように切り出した。
「テイルさん、もし良ければ私もその旅に同行させて貰えませんか?」
「「え?」」
「ゲオルクは執念深い男です。自分を滅ぼしかけた貴方達に必ず復讐しに来るでしょう。その時に私がいれば奴に今度こそトドメを刺せます」
確かにヘルメスの言う通り彼女の作成したハイエリクサーでしかゲオルクを倒す事は出来ないのだ。彼女はどうしてもゲオルクとの決着をつけたいのだろう。
「昨日も言った事ですが、私と骸骨犬だけではゲオルクを倒す事は難しい。どのみち貴方達もゲオルクのターゲットにされている。ならば協力体制を築くのがお互いにとって最善ではないでしょうか」
「確かに……」
「それに、貴方達にとっては二体目のSランクモンスターを仲間にする絶好のチャンスですよ?」
「え?」
「お忘れですか? ゲオルクと同じように私もSランクモンスター、不死王リッチーです」
「「あっ」」
そうだ。言われてみればSランクモンスターはここにも居たのだ。凶悪な黒いリッチーにばかり意識が行っていて目の前の白いリッチーの事は意識の外だった。
「つまり……ヘルメス、貴方は僕と契約を交わしてくれると?」
「ええ、貴方のスキル強存強栄は契約関係にあるテイマーとモンスター両方が強化される稀有なスキル。ゲオルクを迎え撃つのにはその方が都合がいいでしょう?」
そうしてゲオルクが僕との契約を交わす話が纏まりかけていた時、不意にレンカがボソリと呟いた。
「でも……私達と一緒に旅に出たらハイエリクサーが作れないのでは? 研究室を引っ張っていく訳にもいかないでありましょう?」
「「あ」」
僕とヘルメスの声がハモった。
「は、ハイエリクサーをここで作ってから旅立つというのは……」
「いいえ、それは難しいでしょう」
苦し紛れの提案もヘルメスに却下される。
「どうしてですか?」
「賢者の石を二つ用意していた事からも分かるように、ゲオルクは用心深い性格です。次に私達の前に姿を表す時には万全の体制を整えてくるでしょう」
「ハイエリクサーへの対抗策を用意していると……?」
「そうです。そうなるとこちらもハイエリクサーを上回る新たな秘薬を開発せねばなりません。それは一朝一夕で出来るものではない」
何ていう事だろう。せっかくヘルメスが仲間になってくれそうだったのに暗礁に乗り上げてしまった。
「かといってここにずっと滞在するのもオススメはしません。ここはゲオルクの本拠地だった場所。どんな仕掛けが用意されているか分かりませんし、ここには死者達の念が渦巻いている」
ヘルメスが言うには死霊術は死人を操るだけのものではなく悪霊を率いて対象を呪い殺したり様々な秘術が存在するのだという。
「ノエルがいればこの街ごと浄化する事も出来たんだけど……」
「街ごとですか? それはただ事ではないと思うのですが」
「世界に三人しかいない『聖女』ですからね。彼女なら恐らくハイエリクサーなしでもゲオルクを消滅させられますよ」
「なんと……! その方は今どこに?」
「分かりません……訳あって今はもう離れてしまっているので……」
「そうですか……」
僕の表情を見て訳ありなのだという事を読み取ってくれたのか、ヘルメスはそれ以上追及してくる事は無かった。
それは良いのだが、話が完全に止まってしまった。気まずい沈黙が流れる中、ぴき、ぴきぴき、と不可思議な音が響いてくる。
「「「?」」」
お互いに顔を見合わせる僕達。音の出所を探ってみると、それは僕の道具袋の中から聞こえてくる。
袋の入り口を開いて中身を覗いてみると、あのブラットアントの女王の身体に内蔵されていた宝玉があった。その宝玉には僅かにヒビが入っていた。
そしてまたぴきぴき、という音と共にヒビが広がっていく。
『しばらく経てば次世代の女王が卵から孵るでしょう』
セラフの言葉が思い起こされる。
正に今、次世代の女王が卵の殻を破って誕生しようとしていたのだった。
おしい、あともうちょっとだったのに……




