百三話
アノンside
「まさか……ブリューナク……なのか……?」
突如として俺達の前に現れた鍔付き帽子を被った全身包帯ぐるぐる巻きの男。格好の奇天烈さではオケアノスといい勝負が出来そうな変な男だが、その声は、その瞳に宿る優しげな光は、忘れもしない。
フラガラッハと並び称される、国王の懐刀が一つ。
右大臣、ブリューナクがそこに居た。
「お久しぶりですね〜アノン坊ちゃま」
間違いない。フランブルグ王家に使用人は数あれど、俺の事を坊ちゃま呼びするのは一人しか居ない。
ブリューナクがまだ生きていた事もさる事ながら、今このタイミングで再会するとは夢にも思ってはいなかった。
「ずっと記憶を失っていたのですが……今の呪毒の痛みで全てを思い出しました」
そうか、そういえば彼とは一級監査官セラフと戦闘奴隷アノンとして以前に顔を合わせている。それなのにその時何も言わなかったのは記憶を失っていたからか。
「ブリューナク……、まさか、未だに生き延びていたとはな…………! 相変わらず忌々しい奴だ」
話を聞いて奴も眼の前の男がブリューナクであると確信したのだろう。俺と話していた時の余裕綽々の態度が嘘のように、奴は不機嫌そうに吐き捨てた。
「フラガラッハ……か。久しいですね〜。呪毒を受け身体を蝕まれながら追手の刺客を差し向けてきた姿を見たのが最後でしたか〜」
対してブリューナクの方はフラガラッハに対して思う所があるのかないのか……十数年ぶりのブランクを感じさせない、まるでつい昨日あったかのような喋り方だ。
「フン、間延びした喋り方をしやがって、ますます小洒落た態度で話すようになったな」
「お前に受けた毒で神経麻痺が顔に残っていてね。ゆっ〜くりと喋らないときちんと声が出せないんだよ」
そうか、その喋り方のせいで余裕があるかのように見えていたのか。元々ブリューナクはどんな時でも平静で穏やかに話す男だったが、その様子から包容力がある、とかで使用人の侍女達にやたら人気があったっけな……。
在りし日の風景を思い出す。
やんちゃ小僧であった俺が侍女達にイタズラを仕掛けてはフラガラッハに叱られ、ヘソを曲げた所を菓子と茶を持ったブリューナクがどこからともなくやってきて宥める。
それは平和な日々の一幕だった。だがそれは、偽りの平和だったのだな。フラガラッハは腹に黒い一物を抱え国家動乱の機会をずっと伺っていたのだ。
「何なんだ一体お前は! 急に現れて会話に加わったかと思ったらさも訳知り顔で旧知の仲のように話し出す。私には全く状況が見えんぞ!」
ずっと話から置いてきぼりにされていたエルダが遂に爆発し不満をぶち撒けた。無理も無い。俺も彼女と同じ立場と状況に置かれたら訳が分からなすぎて不満を持つだろう。
「これは申し訳ありませんね〜お嬢さん。先程まで貴女が介抱していたこちらの青年は今は無き西のフランブルグ帝魔国において第一王位継承者でおられた、アノン・グラヴィス=フランブルグ様で〜あられます」
「や、やはり王子というのは本当だったのだな……」
「そうです。そして私はかつてそのアノン王子に仕えていた右大臣ブリューナク・ウルブスと申します〜。そして、私達を裏切って亡き者にしようとした国賊がこの左大臣フラガラッハ・ベンハルなのです〜」
ブリューナクが説明によりこの場の(二体の不死王を除く)全員の視線がフラガラッハへと集まる。ウッと奴が少し気圧されるように仰け反ると、次の瞬間ブリューナクは奴の真後ろに瞬間移動していた。
「私が急にこの場に現れる事が出来たのは〜、たまたま近くに来ていたから、というのも勿論ありますが~
この転移魔法の力によるものです」
魔法を使って行われたのにも関わらずそれはまるで手品のようだった。客の視線を一点に向けさせ、気がそれた瞬間に種を巻き芸を披露する。
これだ。まるで人を煙に巻くようなこの飄々とした振る舞いをされるとやられた方は落ち着きを無くし冷静さを欠いていく。
公言こそした事はないがフラガラッハがブリューナクを苦手にし嫌っていた事は当時の誰の目にも明らかだった。
そうしてブリューナクがくるりと踵を返してこちらへ振り向いた時、その手の中には紺碧のエメラルドが握られていた。
「あっ! き、貴様ッ!!」
懐から宝石を盗られた事に気付いたフラガラッハは怒り心頭だ。咄嗟に手を伸ばしてエメラルドを奪い返そうとするが、既にブリューナクの手の中には何も無い。
「何処だ! 何処にやった!!」
焦ったフラガラッハがキョロキョロと視線を泳がせる。するといつの間にか紺碧のエメラルドはエルダの両手の平の中に収められていた。反射的にエルダの方へ向かおうと駆け出した瞬間ブリューナクが引っ掛けた足に見事に体勢を崩されすっ転ぶ。
「ぐわっ!」
ズザザ、と音を立て床に滑り落ちると背中に踵がドン、と振り下ろされる。
グフッ!と肺の空気を吐き出させられた後力を失って床に突っ伏すフラガラッハ。ブリューナクに手玉に取られ全くもっていい所を見せられない。
「はぁ〜…………すごいもんだな」
あまりの手際の良さとテンポの良さにエルダはため息しか出ない。
そうだ。これが懐刀と呼ばれた男の実力なのだ。今の一幕を見て貰えば分かる通り両者の力の差は歴然。フラガラッハは宿敵としてブリューナクを意識していたようだが、ブリューナクの方は全く意に介していなかった。
十数年経ってもその鮮やかな手際の良さは全く衰えてはいなかった。
「くっ……クックック……、全く、天敵としか呼べないような厄介なモノがこの世には存在するものですねえ……だから私は」
床に突っ伏していたフラガラッハがくつくつと笑い肩を揺らしながら右手の指を鳴らした時、
「「ぐあああああああっ!!」」
「この蛇の呪毒を造ったんですよ」
俺とブリューナクの身体にまたあの凄まじい激痛と衝撃が走ったのだった。
ブリューナクさん強すぎぃ!と思ったら……(>0<;)




