百ニ話
セラフside
気が付くと、何もない砂漠の荒野で私はただ立ち尽くしていました。自分が何者なのか、何をしていたのか、今までの記憶全てを忘れていました。
定期的に襲ってくるとてつもない痛み。これが来るともう何も考えられなくなってしまう。恐らくは、この痛みが全てを吹き飛ばしてしまったのでしょう。
全身を覆う黒い痣と痛みによりロクに動けない筈の私は、気が付くととある都市の道端に倒れ込んでいました。
私を介抱した医者は、私を蝕む毒にも驚愕しましたが砂漠からやってきた事を告げるともっと驚いていました。
私が倒れていた所は聖光国スピルネルという国のネフタルという名の首都だったらしいのです。そこから砂漠までは最短でも数百キロ、下手すればもっと遠い距離離れているのだと医者は私に言います。
運良く生き延びられた私ですが、この身体を蝕む呪毒を一刻も早く何とかしなければなりませんでした。しかしその時の私には当てもツテもなく当然金も何もない……文無しの浮浪者です。
正直そのまま死んでもおかしくありませんでした。ですが、お嬢様との出会いが私を救いました。
レンカ・ゼンランド。
スピルネルでも有数の大貴族、ゼンランド家のお嬢様を偶然私は助ける事になったのです。
その頃のお嬢様はまだ頬にそばかすの残る可愛らしい幼子でした。たまたま街に出掛けていた時にご両親の目を盗み裏路地に入ってしまい、怖そうな人達(人さらい)に拐われそうになり慌てて逃げようとしてたまたま前にいた私の背中にぶつかってしまいました。
その時私が自分でも自覚出来ていなかった空間魔法(磨き極めた今は転移魔法と呼んでいますが)を無意識に発動し表通りまでワープしてしまったのです。丁度居なくなったお嬢様を探していたご両親の目の前に降りる形で。
レンカお嬢様のお父上であるゼンランド公爵は私を大層お気にめし下さり、術士による呪いの緩和、怪我の治療、そして働き口まで世話して下さいました。
大貴族であるゼンランド家と深い繋がり後ろ盾を得た私は、自らの空間魔法という特技を活かす職として冒険者ギルドへ入る事にしました。
冒険者ギルドは世界中をテリトリーにする巨大な組織です。そこに勤めれば失われた記憶の手かがりも得られるかと考えたのです。
そう、私は……失った『何か』を常に求めていました。常に私の中には失われたものの大きさと深い喪失感が去来し満たされない虚しさが充満していました。
世界中を飛び回り、あらゆる地を巡っても、芳しい成果は得られません。あと、行っていない場所といえば険しい山脈を跨いだ先にある氷の大陸にあるザガンドラ帝国と南の不可侵領域と俗に呼ばれるハムニキリ国くらいのものです。
ですがこの二つの場所は例え一級監査官という立場を持ってしても立ち入れられない領域でした。けれど私は諦めきれずに虎視眈々とそこに向かう機会を狙っていたのです。
ですから正直風の勇者殿から話を伺った時は渡りに船だと思いました。
さすがに神聖魔共和国の構想は現実のものとして受け止めるには少々厳しいものはありましたが例えそういう事態になっても、要するに冒険者ギルドを裏切る事になっても私の欲するものが得られるならそれでいいと最終的には納得しました。
あくまでも冒険者ギルドは目的を達する為の手段の一つであり、最優先するべきなのは記憶の奪還。それに関する情報を得る事です。
そうして私は遂に念願のハムニキリ国内へと足を踏み入れる事になりました。
◆
そこからややあって私達はハムニキリ国の首都エムラムダに滑り落ちました。詳しい説明は省きますが、クムヤカムニ山での戦闘で一部の方がはしゃぎ過ぎたせいです。地盤が緩んでいた所が地滑りを起こしたようです。
土砂に巻き込まれながらもワープを繰り返し何とか埋もれる事は避けられたのですが自分の身を守るのが精一杯で他の方々を助ける余裕はありませんでした。とはいえ臥龍鳳雛はスピルネルでも稀に見る強パーティー。逸れる事はあっても脱落者は出ないだろうと考え私はまず一番分かりやすい目印を探す事にしました。
すなわち、地滑りを起こし場所をエムラムダに移しても尚戦いを繰り広げている不死王の御二方の所へです。土砂災害の被害の少なそうな所を選び降り立つと、何やら険しい叫び声が聞こえてきました。
それは魂からの絶叫。耐え難い苦痛に苛まれる者の出す苦しみの叫びです。同じくらいの苦しみを味わった亊のある私にはすぐにそれが分かりました。
近付いていくとそこには傷付いて倒れ伏す青年とそれを介抱する勇ましそうな女戦士。そしてそれと対峙する胡散臭そうな仮面のローブの男でした。
「「………………誰だ?」」
私と青年の声が重なりました。いえ、顔は知ってはいるんです。それどころか彼を探しに来たのもここに来た目的の一つ。戦闘奴隷のアノンという青年です。スピルネルから出奔してここまで辿り着いたのでしょう。
だけど、そう、何か……違和感がありました。目の前にいる青年が知っている筈なのに知らない人になったような………。
いや、そうじゃない。この青年は戦闘奴隷アノンであってそうではない。もっと別の何者か……。
何かを掴めそうで掴めない、そんなもどかしい状態に頭を悩ませていた時にそれは来ました。
十数年ぶりかに味わう、あの狂おしい痛みが再び襲ってきたのです。私とアノン青年が同時に苦痛に顔を歪ませ倒れたのでした。
「「「………………!?」」」
アノン青年も、私も、そして恐らくはあの呪いを発した張本人である黒いローブの仮面の男も、一瞬何が起きたのか分からず、沈黙がその場を支配しました。
その時に、私は気付いたのです。失われていた記憶の回路と回路が、痛みという刺激によって繋がるのを感じました。
私は倒れ伏す青年にゆっくりと手を差し伸べ、そして引き上げ言いました。
「大丈夫ですか、アノン坊ちゃま」
アノン坊ちゃまは目を見開くと、まさか、とうわ言のように口を動かし、そして尋ねられました。
「まさか…………。まさか、ブリューナク……なのか?」
私はこくり、と静かに頷いたのでした。
セラフの語尾が間延びしてないのは心中の台詞だからです。蛇毒の影響で一部神経麻痺になっており上手く喋れない為に間延びしたゆっくりとした喋り方をしているのです。




