百一話
アノンside
エルダは躊躇なく争う二体の不死王の元へ向かって走り出した。俺も今度は躊躇なく走って後を追う。無論、無謀な突撃を止めさせる為に。
「なんだ、また邪魔をするのか?」
じろり、と睨み付けてくるエルダに俺はゆっくりと首を横に振った。
「よく考えてみろ。あれだけの魔物が本気で殺し合ってるのにそこまで周囲に被害は広がってはいないんだ。どちらかは味方で人間を守ってくれている可能性がある」
「だが、味方じゃない可能性だってあるんだぞ」
「だからこそ冷静になってよく観察しろと言ってるんだ。お前が無謀な突撃をした結果、周囲に被害が広がる可能性だってあるんだ」
周囲に被害が広がる、という俺の言葉を聞いてまたしてもエルダは視線を鋭くする。
「先程の問答を繰り返すつもりか? 私は私の主張を曲げるつもりはないぞ」
「最初から被害を無視して犠牲を出すのと配慮して行動した結果犠牲が出てしまうのは全然違うだろう! 墓荒らしにキレるなと言ってるんじゃない、怒っていてもいいから冷静に勝算の高い行動を取れと言ってるんだ!」
息を切らしながら言い切ると、ふん、とエルダが息を漏らすのが聞こえた。
「ようやくまともな思考に戻れたようだな」
「お前……まさかワザとか!?」
「私とてそこまで馬鹿ではない。勇気と無謀を履き違えたりはしないさ。……だが、問答して頭はスッキリしたろう?」
言われてみれば、狼狽し動揺しまくっていた先程までとは違い、感情論ではなくきちんと論理で説得出来るようになっていた。エルダの対応も二回目は一回目と比べると随分と落ち着いたものだった。
エルダ自身考えを落ち着ける為にワザと問答に話を持っていったのだろう。
パチパチパチパチ、と唐突にこの場に似つかわしくない拍手の音が部屋の中に響いた。
「いやあ、若人達の青臭い青春劇。楽しませて頂きましたよ」
術師だった。いつの間に現れたのかと一瞬考えたが、よくよく考えてみたら奴は最初から同じ部屋にずっと居たのだ。二体の不死王とエルダへの説得に気を取られていてその存在をすっかり忘れていた。
「ですが、私が今興味があるのは二体目の不死王。わざわざ向こうから飛び込んで来てくれたのですから、我が王に献上出来ないか試しに捕獲してみるのも面白い」
「おい、アノン? こいつは一体何を言ってるんだ?」
「我が王に……? ハムニキリ国王の事か?」
術師の言っている事がまるで理解出来ないエルダは訳が分からない、といった感じだ。
俺が奴に疑問を挟むと、堪えきれないと言った風にクスクスと笑いが漏れた。
「ハムニキリ国王が我が王……クククッ、笑わせないで下さい。芋臭い人間族の王など私の上に立つ資格はありませんよ。私が仕え心酔するのは、王の中の王。この地上で最強の力を持つ魔の王です」
王の中の王。魔の王。そのフレーズを聞いて俺は瞬時にこいつの正体を悟った。
「オケアノス……! 貴様だったのか!」
いつの間にか手に取っていた仮面を顔に嵌めると、前に見た記憶の通りの姿となっていた。黒いボロボロのフードに身を包んだ青い仮面の男。
現臥龍鳳雛のリーダー的存在であるテイル・スフレンクスを次期魔王候補として擁立しようと暗躍していた男だ。
「正解〜 でもまだそれじゃあ50点ですね」
「何?」
「私と貴方はもっと前から浅からぬ因縁で結ばれているのですよ 王子」
今 こいつは何と言った?
何故こいつが俺の正体を知っている……?
「王子? おい、アノンお前まさか王族の血を引いているのか?」
エルダの質問には答えず、警戒の視線を向けると奴はさぞ哀しそうに芝居がかった動きで泣くような真似をする。
「酷いなあ~ 忘れてしまったんですかぁ? 貴方が鼻タレ坊主の頃から散々面倒を見てあげてたじゃないですか」
「この声……!!」
そうだ、この声は確かに昔聞いた覚えがある。加えて、術師だった奴は何故か俺が紺碧のエメラルドを所持している事を知っていた……。
瞬間、一人の男のイメージが鮮明に脳裏に浮かび上がってきた。かつてのフランブルグ王家に仕え、国王の懐刀と呼ばれた二振りの刀のうちの一つ。
「左大臣、フラガラッハ……! 生きていたのか……!!」
奴はその名を呼ばれると、昔を懐かしむかのような声色で語り出す。
「それはこちらの台詞なんですがねぇ、アノン王子。差し向けた刺客は何とか退けたようですけど、無人の荒野に独り放り出された甘ったれ王子が生き残れる筈はないと踏んでいたんですが……誤算でした」
「やはり、反乱を手引きしたのは貴様だったんだな……! 何故だ! 反戦派だった父上を傀儡にし無理矢理諸外国と戦乱状態に持っていったのは貴様だろうが!?」
そう俺が言うと、奴はまたしても芝居がかった動きで大げさに肩を竦め息を吐き残念そうに言った。
「彼はねえ……器では無かったんですよ。真の王の器ではね。フランブルグという国の王には相応しくても、世界を統治する魔の王としては力量不足だった。だから、捨てたんですよ。必要無くなった塵は要らないのでね」
「貴様ァ…………!」
「それもこれも全てあの忌まわしい右大臣の所為。王子の殺害も最後まで邪魔してくれたみたいですし……クククッ……だが奴はあの時貴方以上の重症を負って消えた。生死は分からないが、仮にまだしぶとく生きていたとしてももうロクに動ける状態にはないでしょう……こんな風にね!」
パチン、と奴が指を鳴らすと途端に全身に凄まじい衝撃が走る。
「うがあああああっ!!!!」
「おっ、おいっ、アノン! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
地面に倒れ伏す俺をエルダが介抱してくれるが、俺はロクに反応も出来なかった。凄まじい衝撃……これはまさか隷属の首輪が発動したのか? 奴は解呪などしてくれてはいなかったという事なのか……。
「解呪はきちんとしてあげましたよ。代わりにもっと素晴らしい呪いをプレゼントしてあげたのです」
再び奴が指を鳴らす。先程以上の凄まじい激痛と全身を何かに這い回られるかのような不快感。身体が、黒い荒縄で締め上げられたかのように太い痣に染められていった。
「それはねえ、呪いによってゆっくりと相手の身体と精神を蝕んでいく魔の蛇毒です。この呪いを受けたものは身体の自由が効かなくなり、常に激痛に苛まれやがて発狂して死ぬ……。そういう素晴らしい死を与える術なのです」
魔の蛇毒。それは、これまで戦闘奴隷としてあらゆる戦場に出て様々な傷を負ってきた俺でさえも到底耐えられそうにない程のとてつもない苦痛を与えた。
意識を保つので精一杯な俺を、酷薄な笑みを浮かべ蔑んだ目で見下ろすオケアノス。
「しかしまあ……運命とは分からないものですねぇ。たまたま私が潜伏場所として利用していたエルダムダの王宮にたまたま貴方がやってきて……そして死ぬ」
このまま俺は死ぬのか……逃げようとして逃げ切れず、立ち向かおうとして立ち向かえず、何もかも中途半端なままで……
そう思い絶望しかけた時、俺とオケアノスとの間に何者かの影が差すのが見えた。エルダではない。ずっと激闘を繰り広げている不死王達でもない。
「「誰だ…………?」」
謎の人物が発した言葉と俺が零した言葉が綺麗に重なったのだった。
誰だ……?(・o・)




