十話
「さて、それじゃあ一刻も早く脱出しよう」
「そうでありますな」
レンカと合流した今長居は無用だ。早くこの迷路から脱出して冒険者ギルドにブラッドアントの存在を報告しなければならない。
しかしふと通路を進もうとして、どこに進めばいいのか分からなくなっている事に気付いた。レンカを助けるのに夢中になっている間に来た道を忘れてしまっていたのだ。
「レンカ、つかぬ事を聞くけど、道、覚えてる?」
「すいません……覚えてないであります」
分かってはいたが改めてその事実がはっきりすると暗澹たる思いが込み上げてくる。落ち込んでいる様子を見てレンカが申し訳なさそうに謝ってくる。
「申し訳ない……蟻共の相手をするので精一杯で」
「気にしないで。僕だって同じだ。とにかく出口を探して移動しよう」
蟻の群れに遭遇する前に早くここから脱出しないとならない。僕達は当てもなく進み始めた。蟻達が掘り進んだ洞窟はもはや迷宮と呼んで差し支えないものになっており、僕達は完全に迷ってしまった。
蟻の群れに遭遇する訳にはいかないのでそれらの気配を交わして移動していたのもより迷う一因となった。
それから数時間ほどさ迷ったが出口に辿りつく事は出来なかった。さすがに疲れが溜まってきた僕達は手頃なセーフティポイントを探して休む事にした。
手持ちの魔石は全て使い尽くしてしまっていたのだが、レンカが持っていたものを使わせて貰い結界を張る事が出来た。精霊石よりも更に高価な結界石というものがあり、これは使用者が魔法を使えなくても結界を張る事が出来るのだ。周囲に敵の気配もない。
レンカは魔力の切れた僕の為に魔力回復薬を少し飲ませてくれた。彼女が既に口をつけたもので残りは少なかったが、失われた魔力が少し回復したのを感じる。
レンカが口を付けたものに僕が口を付けるという事は間接キスになるのだが、彼女はそれに気付いた様子はなかった。わざわざ自分からそれを言うのもセクハラになりそうなので黙っている事にした。
レンカの炎魔法で起こした火を明かりに僕達は軽く食事を取る。携帯食を齧りながら水を飲み込む。乾いた喉と空いた腹に染み渡る。ピピはここに来るまでに多くの蟻を捕食してきたのでお腹が空いている様子はない。そんなピピの姿を見てレンカが今気付いたように言う。
「ピピ殿、なんか前より大きくなってませんか?」
「そうなんだよ。どうやら虫系の魔物を捕食すると成長するらしいんだ」
「『らしいんだ』って。鑑定スキルで調べなかったのでありますか?」
僕はピピに鑑定スキルが効かない事を説明した。すると彼女は顎に手を当てて唸る。
「ふ~むなるほど。鑑定スキルを無効化する程魔法抵抗値が高いならピピ殿がSランクモンスターの幼体である可能性は高そうでありますな」
「レンカもそう思う?」
「ええ、しかし残念ですな。鑑定スキルが通じていればもっと早くピピ殿の成長方法にも気付けたでありましょうに」
「そうだね」
そう、そういう事があるから鑑定スキルは重要で冒険者に必須スキルと呼ばれているのだ。情報のあるなしは冒険の成功率を大きく左右する。
「テイル様の鑑定スキルLvは3でしたな。物見の片眼鏡があればピピ殿のステータスも恐らく見れたのでありますが……」
「物見の片眼鏡?」
「使用者の鑑定スキルを底上げしてくれる魔道具であります。高くて貴重な品ですがその分性能は素晴らしいでありますよ。鑑定スキルLVを5も上乗せしてくれるであります」
「へえ、そんな便利な道具があったんだ。レンカはそれ持ってるの?」
「実家に一つありましたがあれは滅多に手に入らない貴重品なので。持ち出し厳禁なのでありますよ」
「そっか……そうだよね」
どんな形をしているのか気になったのでレンカに説明して貰うと、何故か何処かで見かけたような特徴をしていた。
「あっ!」
とある事実に気がついて僕は道具袋から一つのアイテムを取り出す。それは用途不明のあのモノクルだった。
「それは! テイル様、それが物見の片眼鏡でありますよ!」
「やっぱり……!」
まさか使用方法の分からない魔道具が目的の品だったとは。正に渡りに船だった。早速僕は魔導書を広げ物見の片眼鏡を手に添えて鑑定スキルを発動させた。
「見える、見えるよ!!」
物見の片眼鏡の効果によりピピのステータスがはっきりと映っている。僕は食い入るようにピピのステータスを確認する。
ピピ
鳳凰の雛
Sランク幼体(実ランクB)
Sランクモンスター鳳凰の幼体。虫系の魔物を捕食する事により成長し、成体になると虹色の美しい羽根を生やすようになる。この羽根は極めて高い魔法防御力と物理防御力を誇り並の魔法や武器では傷一つ付けられない。鳳凰の羽根は龍の鱗と同じく高レベルの武器防具の素材などに使われる。
LV19(レベル20で成体に進化)
HP564(+40)
MP200(+82)
攻撃力230(+25)
防御力475(+53)
素早さ180(+18)
魔法攻撃力215(+37)
魔法防御力420(+41)
所持スキル
契約(魔獣使いとの魂の繋がり)
虫系特攻(虫系の魔物に対する攻撃力が2倍)
捕食(虫系の魔物を食べる事により成長、体力回復)
魔獣使いの加護LV3
(契約した魔獣使いのステータスの三割分自ステータスに上乗せされる)
鳳凰の守護LV2
(ブレス系攻撃、魔法攻撃、物理攻撃の威力を2割減)
炎耐性LV6(+2)
氷耐性LV3(+2)
魔法耐性LV4(+2)
物理耐性LV4(+2)
「すごい……なんてステータスなんだ」
現在のピピのステータスは主人である僕よりも遥かに高い。今のピピなら臥竜鳳雛のパーティーメンバーにも決して見劣りはしないだろう。
いや、そんな事よりも、もっと大切で重要な事実がある。ピピの種族名は鳳凰の雛。つまり成長すればピピは鳳凰になる。ピピはやはり鳳凰の幼体だったのだ。
「良かったなピピ……お前は間違いなく鳳凰の雛だよ。文句なしのSランクモンスターになれるんだ」
「ピピッ ピピッピ!!」
当然だ! 信じていた!! とピピは誇らしげに言う。
「せっかくですからテイル様、ご自分のステータスも確認されてみては?」
「そっか。ピピが成長したなら僕にも何か影響が出てるかもしれないもんね」
僕は引き続き自分のステータスも確認した。
ルイン・スフレンクス
人族・男
魔獣使い LV30
HP135
MP274
攻撃力84
防御力178
素早さ61
魔法攻撃力125
魔法防御力137
蟻達との戦闘により3つレベルが上がっていた。レベル30でこのステータスはかなり低い。これは魔獣使いの特性とも言えるので仕方ない事だが。
続けて所持スキル欄を確認してみる。
契約(魔獣との魂の繋がり)
│
魔物使役LV6
気配感知LV10
気配遮断LV6
鑑定LV3
調理LV2
罠感知LV2
精霊魔法
│
炎LV2
水LV2
風LV2
土LV2
光LV2
闇LV2
無属性LV2
(虹魔法LV2)
氷耐性LV4(+2)
魔法耐性LV4(+2)
物理耐性LV4(+2)
「レベルが上がった事以外は基本的に変化なしか」
だが鑑定レベルの上昇によって今までは見れなかった括弧付きの補佐情報が見れるようになったのは有難い。虹魔法は今まで表示されなかったので特別な隠しスキル扱いなのだろう。
「ん……?」
よく見ると耐性スキルの下にうっすらと灰色の文字が浮かんでいた。
「強存強栄……? なんだこのスキル」
見た事も聞いた事も無いそれはスキル名しか載っていなかった。上昇補正がかかった状態でも分からないのか……もっと鑑定LVが高い人が見れば分かるのだろうか、と考えていたその時だった。
唐突に、おぞましい程の怖気が全身を襲った。見ると、ピピとレンカも同じように異変を感じて立ち竦んでいる。
そして次の瞬間、辺りを包んでいた結界にヒビが入り破壊された。
「テイル様、これは一体……」
「恐らく強力な魔物が近くに現れたんだ」
「そんな……でもさっきまでは何も変哲もなかったのに」
彼女の言う通りだ。けれど僕にはこの事態に心当たりがあった。
「レンカ、悪いんだけど向こうに向かって炎の球を投げてくれるかな?」
「了解でありますよ」
レンカは指示通り大きめの炎の球を生み出すと通路の先へと投げこんだ。
炎の明かりで照らされたのは、通路の先にあった大部屋の奥に鎮座する大きな繭と、その繭から出たばかりだと思われる羽根付きの大きなブラッドアントだった。
「ブラッドアントの……女王」
レンカの戦慄する声が洞窟に響き渡った。