ふわふわ8 新しいスキル
『レベルアップおめでとう、サーシャ。すごいじゃないか、いきなりヴァンパイアを倒してしまうなんて』
「ヘルメスくん!? な、なによ、今更! 今までほったらかしだったくせに!」
懐かしい声を聞いて、ぶわっと涙と鼻水が体の奥から溢れ出してくる。うぅ、ハンカチ今持ってないのにぃ。
『言ったじゃないか、サポートは緊急事態を除いて終了だって。ただ、レベルアップのファンファーレだけはやってあげたくてね。レベルアップのときだけ、こうして声をかけさせてもらうことにしたよ。嬉しいだろう?』
「何一つ嬉しくないよ! 鬱陶しいよ!」
『手厳しいね。まあ、言われなくても他の神がうるさいから消えるけどね。でもね、最後にひとつだけ』
「なぁに?」
『ヴァンパイアを倒せた理由だけどね。ケット・シーには不死無効化のスキルがあるからなんだ。それと、余裕があるときに自分のステータスを確認してみるといいよ』
「……ひとつじゃないじゃん」
『手厳しいね本当に。それじゃあ、次のレベルアップのときにね』
それだけ言って、ヘルメスくんはそれきり声をかけて来なくなった。ほ、本当にファンファーレを言いに来ただけだったんだね。
「あ、あの、勇者様? さっきから誰と話を……」
「えあっ!? な、何でもないです!」
みんなから不思議そうな目で見つめられて、私は慌てて手をばたつかせながらごまかす。そ、そうだった。ヘルメスくんの声は私にしか聞こえないんだ。
すると、カーミラを食べ終えたココアが足元に擦り寄ってきて、
「ナァーオ」
「ココア……また助けてもらっちゃったね。でも、もうちょっと早く助けてくれたら嬉しかったかなぁ」
ひょいっとココアを抱き上げて、そのまんまるな目をじっと見つめる。ココアは「ンナァー」と小さく鳴くだけだった。
この子はどこまでわかってるんだろう。私のこと、どういうふうに思ってるんだろう。お腹が空いた時にもぐらをとってきてくれたりしたから、好かれてはいるような気がするけど。
ココアのこともちゃんと調べなきゃいけないなぁ。
「回復魔法が使える人は他にいませんか! 傷が深くて、一人では追いつきません! 手伝ってください!」
そんな女性の声を聞いて、私ははっと振り返る。見ると、シスターの格好をした女性が、倒れているジェシカさんの傷口に、淡い光をまとった手をかざしていた。
そ、そうだ、ジェシカさん! ぼーっとしてる場合じゃない!
「ジェシカさん! 大丈夫!? ねぇ、ジェシカさん!」
ジェシカさんのそばに駆け寄って、私はその顔を覗き込みながら叫ぶように声をかける。
同時に、周りに居た人たちが近づいてきて、シスターさんと同じように、淡く光る手をジェシカさんの傷口に掲げた。
みるみるうちに、大きな傷口が塞がっていく。これが、これが魔法の力なんだ。
「ジェシカさん!」
「……大丈夫だってば、サーシャ」
顔をあげて、ジェシカさんが目を開き、弱々しく微笑みながら呟いた。
じわっと、目から涙が溢れそうになる。よかった、生きてる。ジェシカさんが生きてるよ。
するとジェシカさんはころんと寝返りをうつと、仰向けに寝転がった。
「うっ……ほら、見てよサーシャ。あいつに刺されたとき、とっさにこれをあてといたんだ」
ジェシカさんは自慢げに、右手に握って傷口に押し当てていたらしい、大きな葉っぱの束を見せつけてきた。
「薬草だよ。これがなかったら危なかったかも。咄嗟の機転ってやつだね……えへへ、本当なら隙をついてあいつに反撃できてたら、格好よかったんだけどなぁ」
「ま、まだ喋ったらダメだよ、ジェシカさん! 傷だって痛いでしょ!?」
「だから、大丈夫だってばぁ……でも、そうだ……サーシャにお願いしたいことあるんだ……」
「あとで聞くから! 私にできることだったら何でもするから! だから、今は安静にして!」
「体がベタベタして気持ち悪くてさぁ……お風呂入りたいな……サーシャ、体洗ってよ……」
「わかったから! それくらい、いくらでもするから!」
「本当? 約束だよ……? あ……でもやっぱり……今は……」
すっと、ジェシカさんは目を閉じて、
「眠い……なぁ……」
「ジェシカさん……? ジェシカさん!!」
耳元で叫びながら、私はジェシカさんの首筋に中指と薬指を押し当てる。脈と……それに、呼吸!
精神を集中して、ジェシカさんの状態を確認する。
「……よかった……眠ってるだけだ」
ぺたん、と尻餅をついて、私は安堵のため息を漏らす。
少し遅れて、ジェシカさんを取り囲んでいた人たちが、すっと立ち上がった。見ると、あれだけ深かった傷口が、もう完全に塞がっている。
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名前:ジェシカ・ハイルブロント
種族:人間
年齢:18歳
職業:王女/冒険者/戦士
Lv:24
HP:381/381
MP:0/0
攻撃力:242
防御力:178
素早さ:309
かしこさ:68
【スキル】
剣術(Lv2)
打撃術(Lv1)
騎乗(Lv1)
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鑑定スキルで確認しても、HPが完全回復してる。もう大丈夫だ。ジェシカさんは助かったんだ。
「勇者様!」
「……へ?」
突然、手をぎゅっと誰かに掴まれた。
「ありがとうございます! あなたのおかげでヴァンパイアを――ふわぁ……」
「わ、私もぜひお礼を! あなたこそ本物の勇者様ですふわぁぁぁ……」
「お、俺も俺も! あなたのおかげでふわぁ……」
「勇者様、万歳――ふわぁ」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
何これ!? みんなが次々に握手を求めて来ては、ふわふわに陥落していく!?
「「「勇者様! 勇者様ー!!」」」
「せ、せめてジェシカさんとココアは巻き込まないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
……それからしばらく、私はギルドにいた人たちみんなにもみくちゃにされ、ようやく解放された時には全身ボロボロになっていたのだった。
***
ギルドでの戦いの後、私は大幅に遅れてかけつけた兵士たちに連れられて王宮に戻った。
移動中に目を覚ましたジェシカさんは、大怪我をしていたことが信じられないくらい元気になっていた。ただ、血まみれの体がよっぽど不愉快だったみたいで、道中ずっと早くお風呂に入りたいと漏らしていた。
私もみんなにもみくちゃにされてボロボロにされていたので、帰ったらまず一緒にお風呂に入ろうというジェシカさんの提案には反対しなかった。ジェシカさんが眠っちゃう前に約束もしてたしね。
そして、今。お風呂から上がり、ぽかぽかの体をバスローブに包んで、ジェシカさんの部屋に戻った私は、
「と、とっても良かったよ……サーシャ……」
「あぁ……あうあ……」
頬を赤らめているジェシカさんに背を向けて、自分の両手を見つめながら激しい自己嫌悪に陥っていた。
「また、洗ってね……? 今度は、もっと大胆でもいいから……」
「ちがっ! ちがぁぁぁっ! ダメ! 無理!」
手を戦慄かせながら、私は絶叫する。
普通に、ただジェシカさんの体を洗っただけなのだ。看護師だったとき、患者さんにするように、ごく普通に。ただ、タオルがなかったから手洗いにはなっちゃったけど、肌の弱い患者さんは元々そうやって洗ってたし。
なのに、私が触るたびにジェシカさん、すごい声出すんだもん! そんなつもり全然ないのに、私まですごく変な気分になっちゃったよ!
「えぇー……そんなこと言わないでよ、サーシャ。あたし、もうサーシャじゃないとダメなの」
唇を尖らせて甘えた声を出しながら、ぎゅっと私の体を後ろから抱きしめてくるジェシカさん。
ふにゅっと、柔らかい感覚が背中に……。
「ん……ふわふわ……」
「ひぃーっ!? ジェシカさん、それよりも! これからどうするの!? カーミラはやっつけたけど、他にも潜り込んでる魔族がいるかもしれないよ!」
いけないことになってしまう前に、私は全力で話題を変えようとする。
お願いします、普段の気さくでかっこいい、頼りになるお姉さんに戻ってください!
「……そうだね、そのことなんだけど」
すると、ジェシカさんは真面目な口調に戻って、私の体から離れた。
私は心の底からホッとする。これからは、ジェシカさんに限らず、他人との接触は避けよう。私のふわふわは……凶器だ。
「あたし、やっぱり情けなくてさ。サーシャのこと守るつもりだったのに、むしろ助けられちゃって。サーシャが命懸けで戦ってるのに何もできなくてさ。完全に足でまといだった」
「そ、そんなことないよ! ジェシカさんは何度も私を守ってくれたよ!」
落ち込むジェシカさんの言葉を、私は思わず否定した。
でも実際、私は何回もジェシカさんに助けてもらった。ジェシカさんが刺されたのだって、私をかばって前に立っていたからだ。
それに、私がカーミラに降参してついていこうとしたときも、それを止めてくれた。
ジェシカさんがあのとき、何も言わずに黙って倒れていたら、私は今頃魔王のところに……。
「サーシャは優しいね。でも、あたしは自分で自分が許せないの」
「違うよ! ジェシカさんは本当に、私のこといっぱい助けてくれて――」
「だからね、今度こそサーシャを守れるように、しばらく修行しようと思う」
ジェシカさんは私の言葉を遮るようにしてそう言うと、優しく私の頭を撫でた。
その感触が心地よくて、さっき接触を避けようと決めたばかりなのに、私は大人しく撫でられてしまう。
そんな私に言い聞かせるように、ジェシカさんは続けた。
「その間、サーシャにはしばらくここで過ごして欲しいんだ。この宮殿が、メディオクリスで一番安全な場所だと思うから」
「ジェシカさん、修行って何をするの?」
「色々クエストを受けて、色んなモンスターと戦ったり……あとは騎士に剣術を習ったりかな。三ヶ月くらいは頑張ろうと思ってる」
「ジェシカさんが一人で外に行くってこと? でも、狙われたら危ないんじゃ……ジェシカさん、お姫様なんだし」
「大丈夫。三ヶ月したら、絶対迎えに来るから。約束だよ」
心配する私に対して、ジェシカさんはにこっと笑いかける。
行って欲しくない。ジェシカさんがいないと心細いし、危ない目にも遭って欲しくない。ただでさえ、さっき死にかけたばっかりなのに。
それに、最後に見たカーミラのステータス。いくら修行をしたって、あんな敵が相手だったらどうしようもない気がした。今回勝てたのは、結局ココアのおかげだ。
けど、何を言っても聞いてくれない。ジェシカさんは、そんな決意の目をしていた。
「……約束だよ? 絶対の約束」
だから私は、そうやって念を押すことしかできなかった。
「うん、約束ね。じゃあ、あたし、早速行くよ」
「えぇっ!? も、もうなの!?」
「時間がもったいないからね。あたしだって、サーシャと離れるの寂しいんだよ? だから、できるだけ早く行って、早く帰ってこなきゃ」
ジェシカさんは新品のレザーアーマーを身に付け、腰に剣を差し、ばさっと体にマントを羽織る。そして、腰にはポーチをまきつけ、大きな袋を背中に背負うと、
「帰ったら、また一緒にお風呂入ろうね」
「ふぇっ!? だ、ダメ!」
「えー? 約束してくれなきゃ、帰ってこないかもよ、あたし?」
「ず、ずるい! ……わかったから」
「えへへ……じゃあね、サーシャ。元気でね」
唇を尖らせる私に、からかうように笑いかけると、ジェシカさんはそのまま行ってしまった。
私は広すぎる部屋にポツンと一人、取り残される。
三ヶ月かぁ……私はその間、何をしよう。
悔しい思いをしたのは、ジェシカさんだけじゃない。むしろ、勇者のくせに何も守れなかった自分が情けない。
強くなりたい。そうだ、ジェシカさんだけじゃないんだ。私も、ううん、私こそ、修行して強くならなきゃ。
「ん、強く? そういえば、レベル上がったんだっけ」
ふとヘルメスくんの言葉を思い出して、私は自分のステータスを確認する。
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名前:サーシャ・アルフヘイム
種族:人間
年齢:10歳
職業:勇者/ビーストテイマー
Lv:32
HP:162/162
MP:380/380
攻撃力:78
防御力:62
素早さ:155
かしこさ:365
【スキル】
ふわふわ(Lv4)
魔獣使い(Lv3)
鑑定(Lv3)
子猫吸引(Lv-)
【備考】
鑑定スキルLv2以上のため、クリックでスキル詳細表示可能
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あれぇ!? 何だかものすごく強くなってる――って、また変なスキルが増えてるよ!? 何、子猫吸引って!? なんで、私が覚えるスキルって奇妙なのばっかりなの!?
あ、備考に何か書いてある。クリックってどうやるんだろ……指で触るのかな?
とりあえず、ふわふわのスキルを指で押してみる。
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スキル名:ふわふわ
【レベル別効果】
レベル1:全身ふわふわ化獲得。物理衝撃無効化獲得。武器軟化獲得。
レベル2:魔法攻撃拡散獲得。装甲軟化獲得。
レベル3:全身ふわふわ化強化。接触時、魅惑付与
レベル4:飛行能力獲得。
レベル5:全身ふわふわ化強化。ふわふわビーム習得。
レベル6:全身ふわふわ付与獲得。
レベル7:全身ふわふわ化強化。ふわふわビーム強化。
レベル8:飛行能力付与獲得。
レベル9:全身ふわふわ化強化。絶対ふわふわ領域獲得。
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うわぁ、何かいっぱいずらっと出てきた! というかふわふわばっかりだな! 何回強化されるの、私のふわふわ!
ツッコミを入れたい能力名がたくさんだけど……私のふわふわは今レベル4だから……え? 飛べるの? 飛べるの私!?
け、けど、グリフィーネのときみたいになるのは怖いな。一回、この部屋の中で試してみよう。ここなら、ちゃんと天井あるし、すごく広いし……。
私は目を閉じて、スキルが発動するように念じてみる。
と、とべー、私! ふわふわ発動!
直後、私の体は淡い光に包まれて、ふんわりと宙に浮き上がった。
「お……おぉっ!?」
空中で私は足をバタバタと動かしてみる。すごい、本当に飛んでる! ……っていうか、うん、浮いてる。
今、床から足が10cmほど浮いている状態だ。さらに念じて見ると、私の体はゆっくりと上昇を始めた。
「お、おーっ!」
前に進もうと思えば、前に。後ろに下がろうと思えば後ろに。下に降りようと思えば下に。私の思った通りに、体はゆっくり、ふよふよと移動を開始する。
これ、スピードは全然出ないけど、何だか楽しい。ジェシカさんが帰ってきたら、見せてあげよっと。
……って、ダメダメ! さっきお別れしたばかりなのに、もうジェシカさんのこと考えちゃうなんて。私は首をぶんぶんと振って、床にゆっくりと着地した。
それからステータスを確認してみると……わぁ、MPが20くらい減ってる。これ、消費が激しいんだなぁ。
「他のスキルも確認しておいた方がいいよね。ぽちっと」
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スキル名:魔獣使い
【レベル別効果】
レベル1:経験値分配獲得。
レベル2:指笛獲得。
レベル3:経験値分配強化。
レベル4:使い魔召喚獲得。
レベル5:経験値分配強化。
レベル6:以心伝心獲得。
レベル7:経験値分配強化。
レベル8:人魔一体獲得。
レベル9:経験値分配強化。対話獲得
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ふんふん、これが魔獣使いのスキルかぁ。対話って、ココアと話ができるようになるのかな。……うん、このスキルはレベル8で止めよう。
えっと、今のレベルだと、指笛っていうのを覚えてるんだね。あとで試してみよっと。ちなみに、私は口笛すら吹けないけども。
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スキル名:鑑定
【レベル別効果】
レベル1:ステータス看破獲得。
レベル2:スキル詳細表示獲得。
レベル3:無生物ステータス看破獲得。
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鑑定のスキルはレベル3までしかないのかぁ。スキル詳細表示っていうのは、今やってるこれだよね。でも、無生物ステータスってなんだろ? 道具の効果とかがわかるのかな?
さてと、残るは最後のスキル。……子猫吸引だ。本当に何なんだ、このスキルは。口にするのも恥ずかしいよ。
ま、まあ、猫の吸引なら、私も生前は嗜んでいましたけどね?
とりあえず、確認してみよう。ポチッとな。
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スキル名:子猫吸引
【効果】
20分間、子猫を連続して吸引することで、MPが2、かしこさが1上昇する。
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むしろ、かしこさは下がるべきなんじゃないだろうか?
け、けども! MPが増えるのはすごい! 私のふわふわは発動するのにMPを使うし、私にとってはMPが切れることは死活問題だ。これは、いいスキルをゲットしたんじゃないだろうか。
問題は、吸引する子猫だけども。
「ナァーオ」
……ココアって、子猫なのかな? 今の見た目は子猫なんだけど……ま、まあ、試してみればわかるよね?
「ココア、ちょっと協力してね」
「ナァーオ?」
私はむぎゅっとココアを掴んで抱き寄せると、その背中に顔を押し付けた。
「すぅー……」
あぁ……ふわふわ……。
「すぅー……すぅー……」
「ナァーオ」
しばらく吸引していると、ココアは逃げ出そうとしてもがき始めた。
ダメだよ、ココア! 二十分は吸わないといけないんだから! 私はココアが逃げ出さないように、しっかりと身体を押さえつける。
これはスキルのために仕方なくなんだよ、ココア! 動物虐待とかそういうのじゃないからね!
「すぅー……」
「ナァーオ!!」
ジタバタとココアは手足を動かしたけど、私は決してココアを逃がさない。二十分だけ、二十分だけだからね、ココア!
しばらく吸い続けていると、ココアも諦めたのか「ナァー……」と不満げな声を漏らしながら、大人しくなった。
うんうん、良い子だよ、ココア。あぁ……すごくいいよ、ココア。これならずっと吸ってられるよ。うへへへへ……。
――十五分後――
「ふー! ふー!」
「ナァーオ……」
私は顔を真っ赤にしながら、ココアの背中を吸い続けていた。
く、苦しい! 一回、顔を離して息を吸いたい! 20分連続で吸い続けるとかバカなんじゃないかな!
ココアの迷惑そうな声も「もうやめてくれないかな……」と呆れているように感じる。違うんだよ、ココア。これはスキルのせいで仕方ないんだよ。
っていうか、これで効果出なかったらどうしよう。そうだったら、もう二度と使うもんか、こんなスキル。
とりあえず、あと5分だ。あと5分だけ頑張ろう。私も頑張るから、ココアも頑張るんだよ。だから、イライラしながらジェシカさんのベッドで爪とぎするのやめようね! 弁償とか言われたら、私お金払えないよ!!
「ふすー! ふすー!」
コンコン、ガチャ。
「失礼します、勇者様」
「ふすーっ!?」
私が子猫吸引に勤しんでいると、ラスト三分ということろで、メイドさんが部屋に入ってきた。
な、なんて最悪なタイミング! というか、返事を待って欲しかった! 返事できる状態じゃないけど!
「勇者様、夕食のご用意ができたので、下の大広間までお越し下さい。……勇者様? おやすみでいらっしゃるのですか?」
メイドさんが、こっちに向かって歩いてくるのが気配でわかる。私は心を無にしながら、子猫吸引を続けた。あと三分だから。これまでの頑張りを無駄にしたくないから。
だけど、お願い。恥ずかしいからこっち来ないで!
「勇者様? ……コ、ココア様と、随分仲がおよろしいのですね」
「すはー! すはー!」
「ナァーオ……」
これが仲良しに見えるの? とでも言いたげに、ココアが不満げな声を漏らした。メイドさんの声も、若干上ずっているように感じる。
ああ、そうだよね。ドン引きだよね。でもね、これやめられないんだよ! ああいや違う、そういう意味ではなくやめられないの!
「むふー! むふー!」
「あとでもう一度伺った方がよろしいでしょうか?」
そうして! と返事をすることもできず、私はやけくそになってココアを吸い続ける。
すると、メイドさんは行ってくれればいいのに、私の傍らに佇み続けていた。じっと、私を見下ろしているのが気配でわかる。
や、やめてよ! こんな私の姿を見ないで!
「ふすぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
ああ、ちょっと涙が出てきた。
ココアを吸いすぎて、気が遠くなりかけたとき、不意に頭の奥で「ピコン!」という電子音のようなものが響く。
これ、もしかして! す、ステータス!!
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名前:サーシャ・アルフヘイム
種族:人間
年齢:10歳
職業:勇者/ビーストテイマー
Lv:32
HP:162/162
MP:382/382
攻撃力:78
防御力:62
素早さ:155
かしこさ:366
【スキル】
ふわふわ(Lv4)
魔獣使い(Lv3)
鑑定(Lv3)
子猫吸引(Lv-)
【備考】
鑑定スキルLv2以上のため、クリックでスキル詳細表示可能
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や、やったー! 能力値が本当に上がってるよ! バンザーイ!!
歓喜とともに、私はココアから顔を離す。
「ぷはぁっ!」
「……随分、お楽しみでしたね」
「ナァーオ……」
代償に大事な何かを失った気がする。
「ち、ちがぁっ! こ、これはスキルが、その!」
「勇者様、顔にココア様の毛が」
「わぷっ!」
私は何とか言い訳しようとしたが、タオルを顔にあてられて、それも中断させられた。
隣で、ココアが私のよだれでべちゃべちゃになった背中を毛づくろいしている。猫って本当に体がやわらかいなぁ……。
「それでは、下でお待ちしています。お邪魔いたしました」
メイドさんはぺこりと頭を下げると、先に部屋を出ていった。
うぅっ! もう、子猫吸引のスキルなんて絶対に使わないんだからー!