ふわふわ4 ふわふわ幼女、美少女剣士に出会う
見上げるほどに高い城壁。
人が二人並んだより分厚い巨大な赤い城門。
そこかしこにはためく、真っ赤な鷹をあしらった国旗と思われる無数の大きな旗。
そして、城門を守る屈強そうな鎧姿の兵士たち。
「すごいねぇ、ココア」
「ナァーオ」
想像とは大きくかけ離れていた、荘厳すぎる街の外観に私が圧倒される中、ココアはのんきな声で鳴いていた。
おじさんたちの言っていたことは本当だったらしく、だいたいあそこから三十分くらい歩いて、街にたどり着くことができた。
ちなみに、寝るとHPとMPは回復するようで、今は万全の状態だ。幸い、モンスターに出会うこともなかったし。
そんな、心に余裕がある状態ではあったのだが、この光景を目の当たりにすると尻込みをしてしまう。
おじさんたちのこともあったし……この世界の人が怖い。
「んー? 君、中に入らないの?」
「ぴゃー!?」
突然背後から声をかけられて、私の口からはとんでもない音が出た。ついでに心臓も飛び出すかと思った。
振り返ると、今の私と同じ、金髪碧眼の女性が笑っていた。
「あはは、びっくりさせちゃった? ごめんね? 子どもが一人で街の外にいるから、心配でさ」
その女性は、透き通るようなプラチナブロンドの長い髪を、頭の後ろで無造作に束ねていた。私を覗き込む勝気な目つきは、彼女のサバサバした印象にピッタリだ。
高校生くらいの歳だろうか。スレンダーな体付きに、身につけている革製の鎧がよく映えていた。腰には西洋風の剣を刺していて、両手には皮のグローブをはめている。
秋葉原にこの人が立っていたら、きっと取り囲まれるだろうな。女の私から見ても、かっこいいし。美少女女剣士って感じだ。
「君、名前はなんていうの? あたしはジェシカ・ハイルブロント。ローズクレスタで冒険者をやってるよ」
ポニーテールをふわりと揺らしながら、その女性は笑った。
ジェシカさんか。ローズクレスタっていうのは、たぶん、この街の名前かな。
それから、冒険者――このメディオクリスには、そんな職業が存在しているんだ。
「私は愛川――じゃなかった。えと、サーシャ・アルフヘイム」
前世の名前を口走りかけて、私は慌てて訂正する。
別に、愛川美優を名乗ってもよかったんだけど、ジェシカさんが私と同じように鑑定のスキルを持っていたら、名前を偽ったと思われてしまう。
余計な疑いを生まないためにも、ここはこの世界での本名を名乗っておいた方がいいだろう。
「へぇ、君もサーシャ・アルフヘイムなんだ?」
「君もって、どういうこと?」
「もしかして、知らなかった? サーシャっていう名前も、アルフヘイムっていう苗字も、メディオクリスで一番多いんだよ?」
そういえば、この世界に合った名前を私につけたって、ヘルメスくん言ってたっけ? 日本でいうところの、佐藤太郎みたいなものなのかな。
いや、今時太郎は珍しいか。
「あたしにとっては、十人目のサーシャ・アルフヘイムなんだよ、君は」
「ちょっと多すぎじゃない!?」
そんなにサーシャ・アルフヘイムだらけなの、この世界!? 佐藤太郎とは、そんな頻度では出会えないよ!? 少なくとも私は佐藤太郎に出会ったことはないよ!
「そうなんだよね。ローズクレスタの人口は三万人くらいなんだけど、サーシャ・アルフヘイムって名前の人は三百人以上住んでるみたいだから」
「そんなにも!?」
この世界の人たちは何を考えているんだろうか。そんなに名前を被らせたら、子どもが苦労するとは思わないんだろうか。
あんたのことだよ、聞いているのかな、ヘルメスくん!
「あんまり多すぎるから、サーシャ・アルフヘイムって名前の子は、ローズクレスタでは番号管理されるんだよ。サーシャ・アルフヘイム001、みたいに」
「やだ、そんなシステム!!」
「やだって言ってもねぇ……そういう決まりだしさ? というか、知らないってことはやっぱり、ローズクレスタの子じゃないんだよね? どこから来たの?」
ジェシカさんはひょいっとしゃがんで、私に目線を合わせた。
透き通るように綺麗な目だ。まるで宝石のようで、私はつい、その目に見入ってしまいそうになる。。
「も、森から……迷子になって……」
「一人で? 家族は?」
「いない……」
足元で、ココアが「ナァーオ」と鳴いた。
わかってる、わかってるよ、ココア。忘れてないから。
「そっか、声をかけて正解だったかな。とりあえず、子どもが一人でこんなところにいるのは危ないから、街に入ろう。このジェシカさんが何とかしてあげるわ」
そう言って、ジェシカさんはにこっと笑いながら立ち上がった。
なんていい人なんだろう。こんな人に出会えたのは、本当にラッキーだ。一人ぼっちで、この巨大な城壁都市に入るのは、とても心細かった。でも、ジェシカさんが一緒にいてくれるなら安心だ。
そんなことを考えながら、私は足を踏み出してジェシカさんについていこうとしたが、ふと考え直す。
いや……話がうますぎるんじゃないだろうか。
脳裏によぎったのは、私を騙して奴隷として売り払おうとしていた、あのおじさんたちの顔。
あのおじさんも優しかった。けど、腹の中ではとてつもなく残酷なことを考えていて、私はそれに全然気が付けなかった。
ジェシカさんも、そうなんじゃないだろうか。優しそうに見えるのは表面上だけで、本当は私を利用しようとしているんじゃないだろうか。
「サーシャ? どうしたの? もしかして、怖いの?」
動かない私を、心配そうに見つめるジェシカさん。
とても、悪いことをする人には見えない。けど、それはあのおじさんだって……。
「大丈夫だよ、何とかするって言ったでしょ? あたしね、結構強いんだから。ちゃんと、君を守ってあげるよ」
でもジェシカさんは、眩しいほどに明るい笑顔で、私に向かって手を差し出した。
私は迷う。でも、私はその手をとりたかった。
そして抗えず、私は差し出された手に、手を伸ばす。
大丈夫。今度こそは大丈夫なはずだ。ジェシカさんみたいな人まで、私を騙そうとしているはずがない。
手と手がふれあい、私の指先にひんやりとした、それでいて柔らかな感触が伝わってくる。すっと、心が安堵に包まれていくのがわかった。
ほら、やっぱり大丈夫だ。私の心配しすぎ――
だが突如、凄まじい力で私の腕が引っ張られた。
「あぁ~♪ なに、このふわふわ♪ 超やわらかぁ~い♪」
何が起きたのか、私にはわからなかった。
気づけば、私の顔はやや湿気を含んだ硬い皮に思い切り押し付けられていた。
まったく身動きが取れない。そして、足の裏には地面を踏んでいる感触がない。
ジェシカさんに凄まじい速度で抱き上げられ、思い切り抱きしめられているのだと理解するのに数秒かかった。
「な、何するの放し――」
「ふわふわ♪ ふわふわぁ~♪ あぁ~♪ すりすりすりすりぃ♪」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 放してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
全力で頬ずりしてくるジェシカさんの顔を、私は全力で押しのけようとするが、力があまりにも違いすぎる。
顔中にほっぺをこすりつけられ、背中や脇、はてはお尻やふとももまでくまなく撫で回されながら、私はただ叫ぶことしかできない。
「ココアー! コーコーアー!!」
全身をまさぐってくるジェシカさんの手を必死に払いのけつつ、私は思い切りココアの名前を呼ぶ。
助けて、ココア! あなたのご主人様が大ピンチだよ!
「ナァーオ」
ココアはぺろぺろと自分の毛づくろいをしながら、長い声で鳴いた。
うん、確かに巨大化してジェシカさんを食べたりしたら、それはそれですごく困るんだけどさ。もうちょっとくらい心配してくれてもよくない?
「うへへへへ♪ ふわふわぁ~♪」
「誰かぁー! 誰か助けてぇー!」
「おい、何をしているお前!!」
私がジェシカさんの腕の中で暴れていると、城門を守っていた兵士たちが騒ぎに気づいて駆け寄ってきた。
なんだろう、さっきまではすごく怖かったのに、今はヒーローに見える。
「え? 何してるって……何してたんだっけ?」
ジェシカさんが兵士の言葉に首を傾げた。
何してたんだっけ、じゃないよ! あんなに私の体をまさぐっておいて! もうお嫁にいけない!
心の中で泣く私と、ポカンとしているジェシカさんを、兵士は怪しそうに睨んでいた。
「名前は?」
「ジェシカ・ハイルブロント。冒険者よ、これが身分証」
ジェシカさんは首から下げていた革製のカード入れを手に取ると、それを兵士に向かって突き出した。
すると、兵士はなぜか目を丸くして、
「あなたが……いえ、失礼しました。それで、そっちの子どもは?」
急に兵士の態度が丁寧なものに変化する。
何なの、この豹変っぷりは? もしかして、ジェシカさんって有名人?
「聖域のある森から来たみたいなんだ。身寄りもないみたい。あたしが身元保証人になるから、街に入れてあげて。いいでしょ?」
「それなら、関所で手続きをしてもらうことになります。入国料もかかりますが、大丈夫ですか? それに、身元保証人になると、その子どもついての責任が――」
「わかった、ありがとう。関所で手続きすればいいんだね。サーシャ、行こう」
兵士の説明を遮るようにして、ジェシカさんは城門に向かって歩きだした。
いいのかな、結構大事な説明を言いかけてた気がするけど。と、思いつつも、私はジェシカさんについていくことにした。
全身をまさぐられたのにはびっくりしたけど、悪意は何も感じなかった。それに、今はジェシカさんに頼らないと、街に入ることもできない。
この出会いは幸運だと信じよう。私が歩き出すと、ココアもてくてくと足元をついてくる。
しかし、そんな私たちを兵士が呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってください。一つだけ確認を。さっきは何をしてたんですか? その子ども、随分大きな声で叫んでいたようですが」
「それは、この子と握手をすればわかるよ」
「は?」
「いいからやってみれば? サーシャ、いいよね?」
「え?」
あんまり良くないけど……この人までジェシカさんみたいになったら、ものすごく困るけど……。
いや、そうなったら、ジェシカさんが助けてくれるかな? 私は恐る恐る、兵士に手を差し出す。
「握手? 何のために……」
兵士は困惑しながら、私の手を取った。
直後、兵士は弾かれるように飛び退いた。
「う、うぉぉぉ!? なんだ、この手触りは!? 綿よりも柔らかく、シルクよりも繊細で! まるでそう、天使の羽に包み込まれたかのような!」
「でしょ! この子、最高にふわふわでもふもふなんだ! だから、ちょっと我慢できなくて……ついむちゃくちゃに……」
「そういうことでしたか……い、いや、気持ちはわからなくもないですが、やりすぎです。その子の悲鳴、城門までばっちり響いていましたから」
「わ、わかってる。ちゃんとこれからは我慢するから。ごめんね、サーシャ」
拝むようにして、ジェシカさんは私に謝った。
うん、あれは本気で怖かった。貞操の危機を感じた。
というか、兵士さんも気持ちはわかるって……わかっちゃダメでしょ。私の肌触りって、どんな感じなんだろう。
もふもふに包まれたいって願ったのに、それを自分自身では味わえないなんて。
いや、そんなことよりもむしろ、今後さっきと同じような目に遭ったらどうしよう。ジェシカさんが守ってくれるだろうか。いや、むしろジェシカさん自身がまだ十分に危険な気も……。
「ねえ、その猫、ずーっとついてくるけど……それ、やっぱりサーシャのペットなの?」
私が考え事を続けながら城門をくぐろうとしたところで、ジェシカさんがこちらを振り向いた。
「うん、ココアっていうの。森からずっと一緒に来たんだ」
私が足元のココアを抱き上げると、ココアは「ナァーオ」と鳴いた。
そういえば、この国ってペットOKなのかな? ココアはダメとか言われたらどうしよう。
「そうなのね。よろしく、ココア」
けど、そんな私の心配をよそに、ジェシカさんはココアに向かって笑いかけた。この様子だと離れ離れにはならずに済みそうだ。よかった。
ジェシカさんに向かって「ナァーオ」と返事をするココアに私は胸を撫で下ろす。
「サーシャ、関所はこっちだよ。手続きは少し時間がかかるけど、あたしに任せていればいいから、大丈夫だよ」
ジェシカさんは城門をくぐってすぐそばにあった建物に私を連れて行った。
石造りの立派な建物だ。あちこちにあしらわれている鷹の彫像は、国旗らしき旗に描かれていたものと同じものに見える。
建物の中に入ると、そこは旅人らしき人たちでごった返していた。
「あちゃー、やっぱり混んでるなぁ。サーシャ、はぐれないようにね」
「うん」
私はジェシカさんと一緒に、受付の列に並んだ。ココアがはぐれないよう、両手でしっかり抱え上げて抱きしめておく。
それにしても、すごい人だ。この体だと、列の前の方がまったく見えない。いや、前の体でもたぶん見えなかっただろう。
かなり大きな建物なのに、人が多すぎて、建物を出ていこうとする人たちと肩がぶつかりそうになる。ここは関所らしいけど、毎日こんなに大勢の人が出入りしているんだろうか。
「ジェシカさん、ここに入る人はみんな、ここで手続きしないといけないの?」
「そうだよ、この街に住んでいる人以外はみんなね。ローズクレスタはハイルブロント王国の首都だから、人の出入りの管理が厳しいんだ」
「ハイルブロント王国っていうのが、この国の名前なんだ?」
「え? そこからなんだね、サーシャ……あのさ、君、今までどこでどういうふうに暮らしてきたの?」
「そ、それは……」
思わず言葉を詰まらせてしまった。異世界で看護師をしていました、なんて言えるわけもないし、言ったところで信じてもらえるわけもない。
「あっ、ハイルブロントって、ジェシカさんも同じ名前だったよね? 国と同じ名前なんてすごい」
私が話題を変えようとすると、ジェシカさんは困ったような顔をして、
「あのね、サーシャ。言いにくいことなのかもしれないけど、できれば話して欲しいな。あたし、サーシャの身元保証人にならなきゃいけないから、できるだけサーシャのことは知っておきたいんだ」
「あの……その……覚えてなくて……」
結局、うまい言い訳も見つからず、私はそう答えることしかできなかった。
まるっきり嘘っていうわけじゃないから大丈夫だよね? 泉で目を覚まして、気づいたらこの体になっていたんだから、それまでのことは覚えてないわけだし。
「記憶がないってこと?」
「うん。気づいたら泉にいて、ココアともそこで出会って、そこから一人でここまで」
「そうだったんだ……大変だったね?」
ジェシカさんは、心配そうに私のことを見下ろした。
実際、熊に殺されかけたり、おじさんたちに奴隷として売られそうになったりと大変だった。でもそれは、わざわざ言わなくていいだろう。
私の身を心から案じてくれている人に、余計な心配はかけたくない。
「でも、サーシャ。それって、サーシャにパパとママがいたかどうかもわからないってことだよね? 記憶がないんだから」
「う、うん? そう……かな?」
「じゃあ、サーシャのパパとママが今もサーシャを探してるかもしれないってことだね。そうなると、やっぱりサーシャのことをちゃんと調べた方がいいよね」
ジェシカさんの言葉に、私は思わず身構える。
私のことを調べるって、疑ってるってこと? いや、それともまた調べるとか言って、体中をさっきみたいにまさぐるつもり!? いやぁ、助けて兵士さん!
「大丈夫だよ、サーシャ。絶対、君の記憶は取り戻してあげるから」
「……私の心は汚れてしまった」
「な、なに? どうしたのサーシャ? ねぇ?」
両手で顔を覆う私を、ジェシカさんが心配そうに覗き込む。
キラキラとしたその純粋な目を私は直視できない。やめて、そんな目で私を見ないで!
その視線から逃れようと、私は体をよじった。すると、ちょうど私の脇を通り過ぎようとした人に肩をぶつけてしまう。
「あっ、ごめんなさい!」
「ふわぁ……」
私は慌てて謝ったが、なぜかそのぶつかられた人(若い男性だった)は、気の抜けたような声を漏らしながら私に体重を預けてきた。
お、重い! 私は支えきれずに大きくよろけて、反対側にいた人にぶつかる。
「ご、ごめんなさい!」
「ふわぁお……」
するとこっちの人(年配の女性だった)も変な声を漏らして、私に体を押し付けてくる。
な、なんなのこの人たち、このままだと潰されちゃう!
挟み込まれて、私は前に逃げようとした。しかし、勢い余って、前にいた商人らしき男の人の背中に激突してしまう。
「わぷっ!?」
「おほぉ……」
この人も変な声を漏らしつつ、後ろに倒れ込んできた。
大変、もう逃げ場がない! 潰される!
「サーシャ!」
後ろに転倒しそうになった私を、ジェシカさんが支えてくれた。
助かった、ありがとうジェシカさん! と、安心したのも束の間、
「ふわぁぁぁ~♪ ふっかふかぁ~♪」
さっきと同じように、ジェシカさんは私の体を思い切り抱きしめて頬ずりし始めた。
おぉーい! 返せ! さっきの私の罪悪感を返せぇ!!
すると、私に向かって倒れ込んできた他の人たちも、突然我に返って、
「すごい、なんてふわふわだ!」
「この上ないふわふわだわ!」
「前代未聞のふわふわじゃないか!」
訂正、まったく我に返ってない。
さながら狂戦士と化した周りの人たちが、私の体のあちこちをぺたぺたともみくちゃに触り始める。
むにむにと無遠慮に押しつぶされるほっぺ。撫で回される二の腕、肩、背中、おしり……うぅっ、そ、そこはだめぇ……っ!
「やだぁぁぁぁぁ!」
叫びながら私は、変態たちから逃げ出そうとする。
すると、今度は別の人にぶつかって、
「はふぅ……なにこの抗いがたいふわふわぁ……」
――結果として、狂戦士を増やしてしまった。
「いーやーっ!!」
全力で逃げようとする私。その度に、別の人にぶつかって、狂戦士は増えていく。
気づけば、何十人という人が私に向かって手を伸ばし、体に触れようとしていた。圧倒的な人の密度に、もう一歩も動くことができない。
押しつぶされる……圧殺される……こ、こんな死に方いやだぁ……。
「た、助け……わぷっ! 助けてぇ!」
「みんなサーシャから離れてよ! このふわふわは、あたしのなんだからぁ!」
「ジェシカさんぐるじぃー!」
レザーアーマーに顔を押し付けられて、私は必死に手足をバタつかせる。
あと、ジェシカさんのじゃないよ! 私は私のものだよ!
というか、本当にこのままじゃ死んでしまう。お願いだから、誰か助けて!
「どうしたんですか、みなさん!? 落ち着いてください! 落ち着いて!!」
すると、すぐそばでそんな女性の叫び声が聞こえた。同時に、ガシャガシャという鎧の音が近づいてくる。
「ええい、離れろ離れろ! 何の騒ぎだこれは!!」
私に向かって伸びていた手が少しずつ遠ざかっていく。だんだん視界が開けてきて、どうやら関所の受付係と衛兵が協力して、私を助けてくれたようだった。
狂戦士たちはあらかた引っペがされて、最後に残ったのは私に抱きついているジェシカさんと、私自身が抱きしめているココアだった。
「あははふへへへもふもふ……はっ! だ、大丈夫、サーシャ!? 怖かったね!? もう大丈夫だから! あたしがいるから!」
我に返るのがあまりにも遅すぎるよジェシカさん! 私にとってはあなたが一番怖いし、あなたがいるから大丈夫じゃないよ!
不覚にも涙が出てきた。めちゃくちゃ怖かった。
「いったい、何があったんですか、みなさん」
受付係のお姉さんが、みんなを呆れた様子で見渡した。
すると、私から引き剥がされて我に返った狂戦士たちが口々に、
「いや、それがふわふわで……」
「ふわふわが……」
「ふわふわを……」
「は、はぁ……?」
みんながふわふわふわふわ言い出して、受付のお姉さんは完全に困惑している。
もう全員、牢屋にぶちこんで欲しい。私がどれくらいふわふわなのかはわからないけど、乙女心が深く傷ついた。対人恐怖症になってしまう。というか、なった。
「この人たちが、この子を、サーシャの体を撫で回したんだよ! よってたかって!」
ジェシカさんがびしぃっと周りのみんなを指差して叫ぶ。うん、でもそれはあなたも一緒だ。むしろ第一人者だ。
「違う、誤解だ! ふわふわだったんだ!」
「そうよ、あまりにもふわふわだったから!」
「抗いがたいふわふわだったんだ!」
みんな口々に言い訳したが、とりあえず、何も誤解ではない。ふわふわだからといって撫で回していい理由にはならないはずだ。
涙目でみんなをにらむ私を守るように抱きしめながら、ジェシカさんが叫ぶ。
「そんなの、あんなことをしていい理由にはならないわ!」
「「「あんたが一番触ってただろ!」」」」
「バレてた!? だ、だってふわふわだったんだもん!」
「「「あんた今自分でなんて言った!?」」」
総反撃を受けて、ジェシカさんはむぐぅと口をつぐむ。さっきから何なんだ、この茶番は。
そこで、ずっと私たちの様子を見ていた受付のお姉さんが、深い深いため息をついた。
「はぁ~……事情は何一つわかりませんが、その子の手続きを優先して終わらせます。残りの方については順番通りにしますから、もう一度並んでください」
お姉さんはそれだけ告げると、さっさと受付のカウンターに戻っていく。
周りのみんなは少しざわついていたが、やがて言われた通り、元のように並び直し始めた。
「あなたはこちらへ」
「は、はい」
受付のお姉さんに手招きされて、私はココアを抱えたまま、カウンターへと駆け寄った。
「あ、あたしもその子の連れだから!」
ジェシカさんが後ろを慌てて追いかけてくる。そんな彼女を、列に並んでいる人たちが冷たい目で見ていた。
保護すべき立場の人が率先してまさぐってたもんね。仕方ないね。
「未成年が街に入る場合は通行料に加えて、身元保証人が必要です。身元保証人になると、この子が街にいる間の全責任を背負うことになりますが、問題ありませんか?」
「うん、大丈夫よ」
「なら、この書類に記入をおねがいします。身元保証人の本名と年齢、住所と職業、連絡先、それに本人の名前と街にいる間の住所。残りはこちらで記入しますから」
「この子の名前も私が書いていいんだよね?」
「はい、大丈夫です。それから、通行料と手数料の合計なんですが――」
あんな騒ぎがあった後だというのに、受付のお姉さんもジェシカさんも、淡々と手続きをこなしていく。こういうところを見ていると、ジェシカさんが頼もしく感じた。
ココアを抱き抱えたまま待っていると、やがてジェシカさんは書類を書き終わったらようだ。受付のお姉さんは書類を確認した後、ジェシカさんからお金と思われるもの(金色のコインだった)を受け取った。
「では、最後の手続きです。書類の記入事項に偽りがないかの確認として、お二人に鑑定スキルを使わせていただきます。構いませんか?」
「オッケー。サーシャも大丈夫だよね?」
「うん」
声をかけられて、私は頷いた。鑑定スキル、やっぱり私以外の人も使えるんだ。
そうだ、ついでに私もステータスを確認しておこう。さっきもみくちゃにされたから、MPがなくなっているかもしれない。
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名前:サーシャ・アルフヘイム
種族:人間
年齢:10歳
職業:勇者/ビーストテイマー
Lv:2
HP:21/21
MP:28/28
攻撃力:10
防御力:8
素早さ:14
かしこさ:105
【スキル】
ふわふわ(Lv1)
魔獣使い(Lv1)
鑑定(Lv1)
______________________
おかしい、万全の状態だ。あれは攻撃だと判断されてないの? 私、死ぬ思いしたんだけど?
心の中で抗議しつつ、ふと受付のお姉さんの様子を伺うと、なぜか私のことを信じられないような目で見ていた。
「勇者……?」
「あっ……」
言われて、私は思い出す。そういえば、私って勇者だった。
「勇者様が! ついに予言されていた勇者様がこの国にいらっしゃいました!」
受付のお姉さんが、目を輝かせながら大声でそう叫んだ。
同時に、周囲の目が一斉に私の方へ向けられる。
「勇者だって!?」
「本当か!? ついに、メディオクリスに救世主が!?」
「誰だ!? どこにいるんだ、勇者は!」
うわ~、おおごとになりそうな気配だ! やめて! 私はただふわふわしてるだけの女の子なんだから!
突然の展開に、私がおろおろしていると、受付のお姉さんがうやうやしく頭を下げた。
「サーシャさん……いえ、勇者様」
「い、いや、私は……」
「勇者様、知らなかったこととはいえ、大変失礼をいたしました」
「だ、だから私は違――っ!」
「サーシャって勇者だったんだ! すごい、こんなに小さいのに!」
「ジェシカさん! しー、大きな声で言っちゃダメ!」
私は必死に人差し指を唇にあてて、ジェシカさんを静止しようとしたが、時既に遅し。
気づけば、建物の中にいた全員の視線が私に集められている。
期待とか不安とか、色んな感情がごちゃまぜになった視線を小さな体に浴びる私に、受付のお姉さんが静かに告げた。
「勇者様、今から国王の元へ案内します。どうか、ご同行ください」
断るわけにもいかず、私は黙って頷いた。腕の中で、ココアがいつものように「ナァーオ」と長い声で鳴いた。