ふわふわ45 元素魔法
「それはすごい情報だよ、サーシャちゃん!」
私がトロールの集会で見たことを報告すると、ミオちゃんが興奮した様子で叫んだ。
「そ、そんなに?」
「そんなにだよ! 知りたかったこと、ほとんどわかったよ! サーシャちゃん、ありがとう!」
ミオちゃんが目を輝かせて、私の手を握ってくる。
その途端に、ふわぁって言いながら、ふにゃってなるのが可愛い。後でディスペルしてあげよ。
しかし、そんなことより……久しぶりに褒められた。今まで叱られ過ぎて、もはや叱られるのに慣れて来たって言うか前世の感覚を完全に思い出しつつあったけど。
なんか、すごく嬉しい。10歳児に褒められてめちゃくちゃ嬉しい。私やばいんじゃないだろうか。
「お前は俺にも言うことがあるんじゃないのか……」
「うるさいスケベ」
未だに目を押さえているマルセロくんをミオちゃんが一蹴する。マルセロくん、何も悪くないのにかわいそうすぎる。
「ミオはマルセロには厳しいねぇ」
「だって嫌いだもん」
「俺だって嫌いだよ。お前みたいに可愛げのないチビ」
「ミオちゃん! スリングはやり過ぎだから!!」
躊躇なくスリングに石をセットしたミオちゃんを、必死に抱きしめて止める。
それ、直撃したらインプの頭だって破壊するんだよ!
とりあえず、腕の中でミオちゃんがふにゃっとなるのを確認してから、スリングを取り上げる。
全く、ミオちゃんったら最近どんどん暴力的になってきたよ。
「あと、ミオちゃんは可愛いから」
「あんた、それだけは絶対に譲らないよな」
「ミオの顔真っ赤になってるから、とりあえず離してあげたら? サーシャ」
あ、いけない。ディスペルディスペル。
「あのー……それで、これからはどうするのですか? 明日も今日のように偵察ですか?」
私がミオちゃんの魅惑を解除したところで、フィアナがおずおずと口を挟んで来た。
そうだ、いつまでも遊んでる場合じゃなかった。私たちはミストウォールを救いに来たんだから。今後の指針を決めておかないといけない。
「どうするの、ミオちゃん?」
といわけで、私は安心と信頼のミオちゃんに丸投げを行う。
自分は考えないのかって? 私はミストウォールに空から侵入する提案をしたとき、みんなからフルボッコにされたのがまだトラウマなんだよ。
すると、私の魅惑から解き放たれたミオちゃんは、だらしない顔から引き締まった表情に戻って、
「まず、サーシャちゃんのおかげでわかったことを整理するね」
ミオちゃん、作戦の説明するときっていつも生き生きするよね。
ディオゲネイルでギルドマスターと舌戦を繰り広げてた辺りからもうすごかったけど、ミストウォールに来てからはますます頼もしくなってきた。
「トロールたちは各班のリーダーのハイトロールを毎晩、同じ時間に、それぞれの門の指令室に集めてる。そこで、四体いるジェネラルトロールが報告を受けて、指示を出してる」
ふむふむ。
「集会には、中央の塔で寝泊まりしてるトロールのリーダーたちも集まってる。塔にいるトロールたちは輸送部隊になってて、それぞれの門に配属されてる。そうすることで、各門との情報共有をしてる」
ほうほう。
「その間、各班のリーダーはみんないなくて、街にいるのは人間と普通のトロールだけ。街の人たちはやっぱり人質として扱われてて、ジェネラルトロールの指示がないとトロールたちは手を出せない。あと、まだ私たちがミストウォールに入ったことはバレてない」
「へぇ……そうなんだね……」
「……サーシャちゃんが調べて来てくれたことだよ?」
ミオちゃんが困惑した様子で私の顔を見る。おかしいな、私、そんな情報を集めてきた覚えがないんだけどな。
「私、他の門がどうなってるとか、毎晩同じ時間に集会が開かれてるとか、聞いてないんだけど……」
「輸送部隊に、明日は今夜の集会について内容確認して報告っていう指示が出てたんだよね? それに、明日も同じ時間に集合って指示も出たんだよね?」
うん、そういう話は確かにしていた。
「明日も同じ時間って指示が出るってことは、毎日同じ時間に集会してるってことでしょ? トロールは知能が低すぎるし、ハイトロールですら、働きが悪くなった人間をどうすればいいかなんて簡単な判断もできない。だから、毎日集めて指示を出さないと組織として成り立たないんだよ」
「そ、そうなの?」
「それに、輸送部隊を情報共有のために使ってるのは、拠点が塔だからでしょ? 私たちも、塔から食料を運び出すトロールたちは見てるし。だから、それぞれの門で毎晩集会をして、内容を輸送部隊を通して共有しながらジェネラルトロール同士が連携を取ってるんだと思うんだけど、おかしいかな?」
「おかしくないと思います……」
私はそんなこと考えながら聞いてなかったけど。
「けど、なんで集会が開かれてる時間に、班のリーダーは誰も街にいないってわかるの? ミオちゃん」
「集会にハイトロールが250体いたんだよね? 他の門にも同じ数だけ集まってたら、それで1000体でしょ?」
「攻めて来た魔物の総数が5000体のはずだから、ハイトロールは1000体のはずだよな。5体に1体の割合でハイトロールがいるんだから」
「そ、そっか、算数の問題だったんだね……」
「魔物の数はぴったり5000じゃないだろうから、ハイトロールもぴったり1000じゃないかもしれないけど、南西エリアと南東エリアにいたトロールの部隊数は二百ずつだった。少なくとも、街にハイトロールは残ってないよ。塔の中はわからないけど」
「塔にはそもそもティタンがいるからな。ハイトロールがいてもいなくても大して差はなさそうだ」
いつの間にか、ミオちゃんとマルセロくんの間でやり取りが始まってる。
中身は大人なのに、子ども二人の会話についていけてない。なんか、質問するのが恥ずかしくなってきた。
こういうときは、同じ大人だけど何もしゃべってないフィアナの顔を見て癒されよう。
「っ!」
フィアナ、なんで今、胸を隠したの?
「ミオちゃん、なんでジェネラルトロールが四体いるってわかるの!?」
居心地が悪すぎて、私は勢いよく別の質問をミオちゃんに振った。
すると、ミオちゃんはきょとんとして、
「え? ティタン四天王って、職業に出たんだよね?」
「四天王ってことは四人だよな」
「サーシャ、ひょっとして魔王四天王が何人いるかわかってなかったの?」
「サーシャ様、四天王の、し、というのは四という意味なんです」
「もうわかったからフルボッコにするのやめてよ!」
恥ずかしいのに耐えかねて質問を振ったのに、更なる辱めを受けた。
「サーシャちゃん、納得してくれた? もう質問ない?」
「私だけわかってなかったみたいな感じになってるけど、絶対ジェシカさんとかフィアナもわかってなかったからね!」
「あたしだって四天王の意味くらい知ってるよ」
「ハイトロールたちを、四体のジェネラルトロールが毎晩、門の指令室に集めているということですよね? その間、街は手薄だと」
ずっと喋ってなかったフィアナまで、キリっとした顔で話をまとめてくる。
でも、フィアナはミオちゃんが言ったこと繰り返してるだけじゃん! ジェシカさんなんて、四天王の部分しか頭に入ってないじゃん!
なんか、なんか悔しい。
「それで、ミオ様。結局、これからどうするのですか?」
と、ここでフィアナが最初の質問を繰り返す。
そうだね。まだ情報整理が終わっただけで、私たちが何をすればいいのかという話はしていない。
すると、ミオちゃんは悩ましげに眉をひそめて、
「実は、サーシャちゃんの情報のおかげで、一つだけ思いついたことがあるの」
おぉ……と、その場にいた全員が、感嘆の声を漏らした。
あのマルセロくんさえ、素直に感心していた。だって、五千の魔物に支配された街をたった五人で解放する方法なんて、私には何も思いつかないし。
「思いついたことはあるんだけど……不確実過ぎる作戦で、そもそも実現可能なのかわからない。だから、みんなの知識も借りて、色々確かめたいの」
「確かめるとは、具体的に何をですか? ミオ様」
「この街のつくり、特に偵察できてない、中央の塔のつくりについてマルセロに。フィアナには魔法のこと。ジェシカには、魔物のこと。あと、サーシャちゃんは作戦の要になるから、できることの確認」
作戦の要……な、なんだかそう言われると、嬉しい反面緊張しちゃうな。でも、ジェシカさんは戦えないって考えたら、戦力になるのは私とフィアナだけだもんね。
私にはふわふわのスキルと魔法大全があるから、多少無茶なこともできるし。
「わかったよ、ミオちゃん。何でも聞いて」
「ありがとう、サーシャちゃん。じゃあ、早速確認したいんだけど、ジェネラルトロールのHPは3000あったんだよね? ハイトロールはHP1600で、それが門の指令室に250体集められてる」
「うん、鑑定のスキルで確かめてるから間違いないよ。ハイトロールのHPはちょっとバラツキもあるみたいだけど」
「じゃあ、サーシャちゃんと、それからフィアナにも確認したいんだけど」
ミオちゃんは、真剣な目で私とフィアナを交互に見て、
「ジェネラルトロールと250体ハイトロールを、一撃で一気に倒すことはできる?」
いやぁ……それは無理ぃ……。
「私とサーシャ様に確認するということは、魔法による攻撃を想定しているのですよね」
「いや……フィアナ。魔法使うって言っても、メギドでも使わないと、ジェネラルトロールは倒せないよ? しかも、その時点で私のMP0だよ?」
そもそも、HPが四桁もある魔物が異常なのだ。私たちの中でも、HPがそんなに多いのはジェシカさんしかいない。それを一撃で倒すなんて無理に決まってるじゃん。
しかし、フィアナは私の言葉に首を振る。
「メギドの最も優れているところは、絶対に無効化できないという点です。構成が複雑すぎて、打ち消すことができません。逆に言ってしまえば、それ以外の部分は問題が多いです。詠唱の長さ、使うMPの多さ、射程距離の短さ、そして威力も実はそれほど高くありません」
「え? 私の必殺技なんですけど……」
使いにくいけど最強の魔法だと思ってたのに。
「例えば、私がメギドを使っても最大MPが850なので、それだけのダメージしか与えられません。相手の防御も耐性も何もかも無視して、それだけのダメージを与えられるのは十分な魅力なのですが、今回の相手は魔法に耐性を全く持たないトロールです」
「わ、私だったら、5000くらい出るよ!」
「サーシャちゃん、今はフィアナの話を聞こう? あとそれはサーシャちゃんがおかしいだけだからね?」
フィアナに反論する私を、ミオちゃんがなだめてくる。
けど、私がおかしいっていうのはちょっと違うんじゃないかな。子猫吸引のスキルを覚えて、三ヶ月ずっと子猫を吸い続ければ、誰でも同じ威力が出るようになるんだから。
うん、やっぱり私がおかしかったわ。
「私が使える最強の魔法、エクスプロード・ノヴァは、トロールなら一撃で倒すことができる威力を持っています。HPで言えば、1000は削れると思います」
「そんな魔法を試験で使ったんだね、フィアナ……」
「そのことについては、面目ないとしか……」
私のつぶやきに、しょぼん、と肩を落とすフィアナ。
そういえば、あのときフィアナが戦った相手もトロールだったね。HPはこの街にいるトロールより随分低かったけど、確かに一撃で倒してた。
あれ? トロール?
「フィアナ、もしかして、あのときあんなに強い魔法使ったの、相手がトロールだったから?」
ふと思い至って、私がそんな言葉を口にすると、フィアナの表情がこわばった。
少しの間沈黙。その後、フィアナはバツが悪そうに口を開く。
「違うと言えば、ウソになってしまいます。あの憎い顔を見て、頭に血が上ったのは事実です。試験会場を吹き飛ばした言い訳にはならないので、言いませんでした。Cランクの試験を望んで受けたのは私ですし」
「トロールって、エルフの天敵なんだよね? もしかして、フィアナの里を襲ったのって、ティタンだったりするの?」
「あぁ……いえ、ティタンではないです。指揮官は別の魔物で……率いていたのは、ティタンの兵だったのかもしれませんが……そこまで確認する余裕はありませんでしたし」
「そ、そっか。じゃあ、よかった……のかな? ええと、でも、やっぱり辛かったりとかするんじゃ……」
「サーシャちゃん、ごめん。今はその話より、私の質問を優先させて欲しい」
私が続けようとすると、ミオちゃんにそれを遮られた。
そうだよね。今は、作戦を考えることが大事だ。
だけど、本当に大丈夫なのかな、フィアナ。
「ミオ様の質問についてですが、私はトロールの群れをまとめて吹き飛ばすのが精一杯です。20体までなら、一度に巻き込んで、一撃で倒せるでしょう。ですが、ハイトロールとなると、相手が一体でも一撃で倒すのは無理です。250体相手なら、例え不意打ちに成功しても、私一人で勝つのは不可能です。ジェネラルトロールとなると、一対一ですら勝てません」
どこか悔しさをにじませた様子で、フィアナはそう答えた。トロール20体を一撃で倒せるっていうのは、十分すごいと思うけどね。
フィアナは最上級の魔法でも詠唱破棄ができるけど、ノータイムで連発できるわけじゃない。構成を練るのに時間がかかる。
一発目をハイトロールに耐えられて、その時間で向こうが近づいてくると、近接戦をしながら下級の魔法で応戦せざるを得なくなる。
攻撃力が桁外れのハイトロール相手に囲まれてしまったら、フィアナのHPと防御力ではひとたまりもない。
私だって、あんな中に飛び込んで行ったらさすがにやばいもんね。ふわふわのスキルがあっても、踏みつぶされたり、押しつぶされたりしたらマズイのは、ブルードラゴンとの戦いで経験済みだし。
「サーシャちゃんだったらどうなの?」
すると、ミオちゃんはフィアナにそんな質問をした。
いや、私はフィアナと違って詠唱破棄もできないんだよ、ミオちゃん?
さっき集会を覗いた時みたいに、ふわふわで空中に浮いて天窓から魔法を撃ちまくれば、割とダメージ与えられるかもしれないけどさ。
でも、それだと詠唱が必要な魔法は使ったらバレちゃうし、もしバレずに使えたとしても一発食らったら外に逃げるよね?
だから、私だって一撃で全滅させるなんて絶対無理だよ。
「サーシャ様なら、可能性はあります」
「え!? ないよ!?」
フィアナの言葉に、私は思わずツッコんだ。
しかし、なぜかフィアナは私に白い目を向けて、
「サーシャ様は、いつも私を裏切ってきました。私はもう、サーシャ様の言うことは信じません」
あれ、いきなりひどくない?
「サーシャ様は、魔法に関して言えば怪物です。魔物から見れば、サーシャ様の方が魔物だと言いたくなるレベルです。隣にいるだけで、エルフとしてのプライドがズタズタに引き裂かれるくらいです」
フィアナがすごく恨めしい目で私を見て来る。私、そこまで言われるようなこと、やった覚えないんだけどな……。
ひょっとして、私、フィアナに嫌われてる?
「まあ、個人的な恨み言はこのくらいにしておきます」
恨まれてた。ショックだ。
「サーシャ様は、かしこさのステータスが桁外れです。かしこさは一般的に知性の高さを表しますが、魔法を使う者にとっては、魔力の高さを表します。サーシャ様のかしこさ、いまどれくらいですか?」
「えっと、もう3000は越えたかな」
「私の大体六倍ですね。つまり、私の六倍は威力が出るということです」
「六倍かぁ……それだと、トロール120体分だよね? それなら、サーシャちゃんでもハイトロール250体は無理じゃない?」
フィアナの言葉に、ミオちゃんが口を挟む。
いや、待ってよ。私、エクスプロード・ノヴァって魔法使ったことないんだけど、フィアナが使ったときは競技場の半分くらい吹き飛ばしてたよね?
あれの六倍も威力出ちゃうの、私の魔法? 気軽に使えないじゃん。
「いえ、エクスプロード・ノヴァはかしこさに威力と爆発の規模が比例するんです。ですから、範囲攻撃としての威力は36倍になります」
「トロール720体分……ハイトロールのHPはトロールの倍くらいだから、360体分、か」
いや、あのミオちゃん、360体分か、じゃないよ? そんな単純なの? っていうか、本当にそんな威力出るの? 私全然信じられないんだけど。
戸惑いまくっている私をよそに、フィアナは小さく頷いて、
「火属性の魔法に弱いハイトロールなら、指令室ごとまとめて吹き飛ばすと思います。ただ、ジェネラルトロールはHPが多すぎるので、威力が分散してしまうと仕留めきれないかもしれません」
「逆に、ジェネラルトロールを中心に打ち込めば仕留めきれるかもしれないってこと?」
「それも一つの方法だと思います。ですが、サーシャ様には他にも打てる手があります」
「あの、ちょっと待って? 二人とも、私の魔法ってたぶんそこまであてにできないと思うんだけど……」
「サーシャ様はいつも私を裏切ります」
私がおずおずと口を挟むと、フィアナが濁った目でぼそっとつぶやいた。
ど、どうしたの、今日のフィアナは? 私、フィアナを裏切ったことなんてないよ?
「フィアナ、サーシャちゃんが打てる他の手って?」
ミオちゃんも私に取り合ってくれない。ねぇ、私たちって仲間じゃなかったっけ?
「サーシャ様、魔法大全を見せていただけませんか?」
「え? は、はい」
私はカバンから魔法大全を取り出して、フィアナに差し出す。
すると、フィアナはお礼を言って魔法大全を受け取り、真剣な目でページをめくり始めた。
「トロール……正確には、その下位種にあたるゴブリンにも、共通の弱点があります」
魔法大全のページをめくり続けながら、フィアナが口を開く。
「それは、火属性に弱い、ということです。エクスプロード・ノヴァは最強の火属性魔法ですから、トロールに対してこれ以上に有効な魔法はありません。倒す、という目的においては、ですが」
「うん。倒すんじゃないなら、サーシャちゃんがたまに使う、変な手の魔法とかで動きを止めたりもできるもんね」
「シャドウ・ハンズっていうんだよ、ミオちゃん」
決して、変な手の魔法ではない。ライオネット君が私への拷問に使いまくったおかげで、その有効さが身に染みてわかっている、非常に便利な魔法だ。
魔王を倒した後は、いつかライオネット君にあの魔法の改良版をぶち込んでやるのが密かな夢なのである。
「でも、それならエクスプロード・ノヴァを使うしかないってことなんじゃないの? フィアナ」
「いえ、サーシャ様。あなたなら……やはり、ありました。このページから、ですね」
フィアナはあるところでページを止めると、私に向けて魔法大全を差し出した。
「これ、元素魔法のページ……」
「元素魔法は無属性、もしくは複数の属性を内包する魔法です。火属性を持つ元素魔法もあります。世界中の生物で、この魔法を行使できるのはごくわずかですから、私も詳細は知らないのですが……」
ぶつぶつとつぶやきながら、フィアナはページをめくっていく。
「幸い、この魔法大全には呪文だけではなく、魔法の効果についても詳細が書かれています。本当にすごい書物ですね。魔法を使うものにとっては、これ一冊のために国一つ滅ぼす価値があります」
「こ、怖いこと言わないでよ、フィアナ!?」
あとそれ、割とポンともらったんだけど、ライオネットくんから。
「もう盗まれないでくださいね、サーシャ様。……ああ、この魔法がよさそうですね」
フィアナは魔法大全のページをめくる手を止める。
むぅ、フィアナに注意されるとは。私だって、魔法大全が大事だってことくらいわかってるよ。実際、地の果てまで追いかけてでも取り戻そうとしたじゃん。
まあ、その話は一旦置いておいてだ。フィアナは大きな勘違いをしている。
「フィアナ、元素魔法は全部の属性魔法を極めないと使えないんだよ? 私じゃ使えないよ」
ライオネットくんが自慢げに説明してくれたので、よく覚えている。ライオネットくんが元素魔法を使えるのは、全属性の魔法スキルが最大レベルだからだ。
ココアを吸いまくってかしこさがかなり高まって来た時に、鑑定のスキルでステータスを見たけど、元素魔法のスキルも最大レベルで持ってた。
元素魔法のスキルどころか、普通の属性魔法のスキルを一つも持ってない私に使えるわけがない。
「サーシャ様、元素魔法の呪文を実際に唱えたことはありますか?」
「ないよ。使えないってわかってるのに」
そもそも、私が魔法を使うとファイアボールでも庭が吹き飛ぶのだ。魔法の試し打ちなんて怖いことできないし、実戦で使えない魔法唱える余裕とかないし。
すると、フィアナはふぅ、と息を吐いて。
「色々、言いたいところはありますが、サーシャ様に納得してもらうにはこう言った方がいいでしょう」
フィアナは魔法大全のページをさらにめくって、あるページを開く。
そこには、エミルルモガニアの押し花でつくられた栞がはさまっていた。
「この魔法、メギドは元素魔法です。なので、サーシャ様は元素魔法を使えます」
「え? い、いや、違うよ? これは、ライオネットくんのオリジナル魔法で――」
「メギドは無属性の魔法です。無属性の魔法は元素魔法だけです。オリジナル魔法であったとしても無属性なら元素魔法です」
私の言葉を遮って、フィアナが淡々とそう告げた。
「フィアナ、なんかちょっと怒ってない?」
「私はサーシャ様のことは信じません」
一応……仲間だったんじゃなかったっけ……私たち……。
「つまり、サーシャちゃんはサーシャちゃんだから、使えないって言ってるくせに、実際にやればあっさり元素魔法を使えるってことだね、フィアナ」
「サーシャ、あんまり嘘つくのよくないよ?」
「一人くらいは私の味方してくれてもいいと思わないからな! ねぇ、マルセロ君!!」
「いや、むしろあんたは今まで何やったんだよ」
何も知らないマルセロ君を味方にしようと思ったけど、白い目で見られた。何やったんだよって、何もやってないよ。
「話を戻します。サーシャ様が、この元素魔法を使えば、可能性はかなり高いのではないかと思います。魔法大全によると、破壊力はエクスプロード・ノヴァ以上。ティタンですら、直撃させれば倒せるかもしれません」
「待って、フィアナ。まだ、本当に私がその魔法を使えると決まったわけじゃ――」
「サーシャちゃん、今大事なところだからちょっと静かにしてて」
あ、はい。すいませんミオちゃん。話しすらもう聞いてもらえないんですね。
それから、ミオちゃんはフィアナに細かく確認を取りながら、マルセロ君を交えて今後の作戦について話し合いを始めた。
私は発言権を失ったので、部屋の隅っこで三角座りしていた。
隣に来たジェシカさんがドライフルーツをくれた。おいしかった。
フィアナに見せびらかせるようにして食べてたら、ミオちゃんに怒られた。
そんな感じで、その日の夜は更けていったのだった。