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ふわふわ41 突入、ミストウォール

 あれから、たっぷり半日かけて、私たちは無事ミストウォールの南側に移動して来ていた。

 日は完全に沈んでいる。ほとんど休憩なしで歩き続けたのに、それだけ時間がかかってしまった。

 木々の隙間からミストウォールを見下ろすと、今朝見たときより深い霧が街を覆っている。ここからだと、どこに城壁があるのかわからないくらいだ。

 まあ、ようやくこれで一休み……と思っていると、先頭を歩いていたミオちゃんが真剣な顔をして、こちらを振り向いた。


「ちょうどよく霧も出てるし、このまま中に潜入しようと思う。でも、中に入ったら少しのミスも許されない。何か不調があったら、申し出て欲しい」

「足が痛くてお腹が空いてすごく眠たいです」

「あたしは問題ないよ。これくらいのこと、慣れてるし」

「私も異常ありません。ずっと森で生活してましたから、街で過ごすより調子がいいくらいです」

「俺も大丈夫だ」


 ミオちゃんの問いかけに、それぞれが答える。全員の返事を確認した後、ミオちゃんは言った。


「よし、じゃあ、行こう。私とマルセロで道案内するから、みんな着いて来て。ローブのフードはきちんと被って、森を抜けるときはできるだけ姿勢を低くね」

「足が痛くてお腹が空いてすごく眠たいです」

「それから、念のためにここからはできるだけ声を出さないようにしよう。サーシャちゃん、ココアはここに残していくから、食べ物いっぱい置いておいてあげて」

「足が痛くてお腹が空いてすごく眠たいです」

「……サーシャちゃんは疲れてるくらいがちょうどいいかなって思って」


 目を逸らしながらつぶやくミオちゃんの言葉に、私は割と本気で泣きそうになった。

 私たち、仲間だよね? 友達だよね? ねえ、答えてよ、ミオちゃん。


「ええとね、サーシャちゃん。街の中に入ったら、隠れて朝になるまで休もうと思ってるの。マルセロが、隠れられそうな場所をいくつか教えてくれたから。だから、そこに着くまで頑張ったら、休めるから」

「ホントに休める?」

「大丈夫、ちゃんと休めるよ。中の状況がわからないから、絶対とまでは言えないけど、たぶん大丈夫だよ。安全の確保をしないといけないから、入ってすぐには休めないけど、きっと休めるから」


 ミオちゃん、安心させようとして言ってるんだろうけど、私どんどん不安になっていってるからね? 話術のスキルはどうしたの? それとも話術のスキルを使った上でこうなの?


「サーシャ、そんなに辛いなら、あたしがおんぶするよ?」

「やだ、歩く」

「今、すごく休憩したそうにしてたよね?」


 おんぶしてもらうのと、休憩を要求するのは違うのだ、ジェシカさん。


「よし、サーシャちゃんもいけそうだね。偉いよ、サーシャちゃん。あとちょっとだから、頑張ろうね」


 ここぞとばかりに、ミオちゃんが満面の笑みで励ましてくる。

 けど、ミオちゃんとマルセロ君も頑張ってるもんね……私もあとちょっと頑張らないとダメか……。

 パンパンに張ったふとももを軽くさすってから、ココアに食べ物を残していく。いざとなれば、ココアは自分でご飯を取るだろうけど、万が一を考えてかなり多めに置いておいた。


「ココア、いい子で待ってるんだよ?」

「ナァーオ」


 いい返事をしてくれたが、この子ちゃんとわかってるのかな? すごく不安。

 何はともあれ、こうしてミストウォールの偵察作戦はスタートしたのだった。


 ***


 私たちは夜闇と霧に乗じて、ミストウォールの城壁に接近した。

 目の前には、城壁を取り囲む水路。南門につながる跳ね橋は破壊されており、門自体もたくさんの大岩で完全に封鎖されている。

 確かに、ここから中に入るのは一見して無理だと感じるだろう。城壁の上にはかがり火が焚かれており、見張りの魔物らしい影もチラチラ見えるが、数は決して多くない。

 おかげで、ここまで発見された様子もなく近づくことができた。


「ここからまっすぐ壁の方に行って下まで潜ると、中につながる穴がある。場所を知らないと見つけられないような、目立たない穴だ。目で見てもわかるづらいから、手で城壁に触れながら場所を確認して入ってくれ」


 マルセロくんが小声で、私たちにそう注意しながら、静かに水の中へ足を入れていく。

 わかってたことだけど、服を着たまま水に入るのってすごく抵抗がある。中に入って裸のまま歩き回るわけにもいかないから、仕方ないんだけど。


「次、私が行くね。私とマルセロで安全確認してから陸に上がるから、穴をくぐったら城壁に沿って浮上して。城壁から離れないでね」


 ミオちゃんがそう言い残して、水に潜っていく。ミオちゃん、相変わらず度胸がすごい。10歳児って、普通は水に顔をつけるのすら嫌がったりするものじゃないの?

 私、不安でいっぱいなんだけど。溺れないかな……足が痛くてお腹が空いててすごく眠いんだけど。


「次は誰が行きましょうか?」

「あたし行くよ」


 私とフィアナが少しまごまごしているのを感じたのか、ジェシカさんがそう言って、水の中に姿を消した。

 あっという間に、私とフィアナだけが残される。いよいよ行くのかと思うと、すごく緊張してきた。


「サーシャ様、どうされます?」

「お、お先にどうぞ」


 私は嫌なことは先延ばしにするタイプだ。


「わかりました。では、お先に」


 そういって、ついにフィアナも行ってしまった。

 残されたのは私一人。立ち込めた霧によって、水路の向こう側にある城壁はぼやけている。

 夜なので、水面に映るのは闇だけ。どれだけ深いのか、全然わからない。

 息はちゃんと持つんだろうか。みんな、水面でバシャバシャ音を立てられないからすぐに潜っていたけど、水路の幅は結構ある。

 しかも、こんなゆったりしたローブと着たまま、靴まで履いて泳いだことなんてない。

 ああ、でも、やるしかないよね……みんな、向こうで待ってるし。

 私は何とか覚悟を決めて、水路の岸辺に腰を下ろし、静かに水中へと足を入れる。

 水は想像していたほど、冷たくない。一瞬、靴や足、ローブの裾が濡れて肌に張り付く不快感が私を襲ったが、それもすぐに慣れてしまう。

 音を立てないように、水路の縁に捕まりながら、体を水の中に沈めていく。上半身まで水に浸かった時には、さすがに体がゾクゾクした。暖かい季節とはいっても、やっぱり夜に水の中になんて入るものじゃない。

 体を反転させて、まっすぐに城壁の方を向く。ここから、まっすぐ行って潜った先に、穴が開いているはずだ。でも、泳いでいる間に、左右に逸れてしまったら穴を見失ってしまうだろう。

 こんな真っ暗じゃ、水中での視界なんて一切頼りにならない。絶対、曲がっちゃダメだ。私は息を整えながら、最後に思い切り息を吸い込んで、頭まで水につけた。

 あまり意味はないとわかりながらも、何とか水中で目をこじ開ける。すごく、目が痛い。しかも、何も見えない。けど、前に進まないと……。


 と思っていると、下の方に仄かな明かりが見えた。


 なんだ、あれ? でも、あのあたり、穴があるはずの場所だよね、たぶん? 怪訝に思いながらも、私は光を目指して手足を動かす。

 びっくりするほど体が沈まない。こ、これ、息やばいかも。すでにちょっと苦しいんだけど。

 このままだと死んじゃう! なにか! なにか、一気に進む方法! ……そ、そうだ!


「(エアロブラスター!!)」


 私は素早く構成を練り上げて、エアロブラスターをいつものように背中で炸裂させた。

 風によって巻き起こされた水流が、私を一気に水底へと押し進める。同時に、大量に泡が発生して、私の周りは泡で覆いつくされた。

 や、やば……霧が出ててよかった……これ、下手したら泡でバレるとこだった……。あと、なんかすごいボコボコ音がしてるけど……城壁の上までは聞こえてないよね、よね?

 も、もうこの魔法に頼るのはやめよう。ただ、幸いというか、エアロブラスターのおかげで、私の体は随分進められていた。体はもう水底についていたし、少し前に進めばきっと城壁に着く。

 そう確信できたのは、目の前に光で照らし出された城壁と穴が見えたから。光の正体は、手のひらくらいのサイズがあるガラス玉。ライトクリスタルというアイテムで、昼に日光をため込み、暗くなると光を放出する性質がある。

 なんでそんなこと知ってるのかというと、前にミオちゃんに教えてもらったから。たぶん、私たちのために、ミオちゃんがこれを置いて行ってくれたんだろう。

 本当によく気がつく子だ。これはとってもありがたい。ありがたいんだけど……ちょっと、別のところに問題があった。

 穴のところに誰かいる。見張りとか、そういうのじゃない。穴に体を突っ込んだまま、足をバタバタと動かしている。

 要するに……なんか、フィアナが穴に引っかかっていた。

 私は頑張って泳いで、フィアナに近づく。ライトクリスタルの光を頼りに、状況を観察してみると……うん、見た瞬間に、まさかとは思ったんだけどさ。

 穴に胸がつっかえていた。初めて見たよ、この現象。

 状況的にはギャグなんだけど、このままじゃフィアナが溺れてしまう。ついでに、私の息もやばい。

 とりあえず、私は背後から、穴からこぼれ出ているフィアナの胸をわしづかみにした。


「――――っ!?!?!?!?」


 フィアナが物凄く暴れ始める。たぶん、私が助けに来たのを察して、穴を抜け出すために必死なんだろう。

 私は頑張って、フィアナの胸の肉を、何とか穴の中に押し込もうとする。

 しかし、ここは水中。踏ん張りがきかない上に水の抵抗も大きくて、なかなかうまく押し込めない。息も辛くなってきた。

 おまけに、フィアナの胸はふわふわで柔らかいのに弾力がある。どんなに押し込んでも、元の形に戻ろうとしてくる。

 それでも、何とか少しずつ穴の中に私は胸を押し込んだ。はみ出て引っかかっていた部分は、一応城壁の穴に収められたが、ぎっちぎちに詰まっていてここからもう一押ししないと向こう側へは抜けられそうにない。

 フィアナに踏ん張って欲しいところだったが、最初はあんなに頑張って暴れていたのに、今は随分大人しくなってしまっていた。体をちょっとビクビク震わせるように動かすだけで、自力で脱出する力が残されているようには感じられない。

 もう息がもたなくなっているんだろう。ここは、私が助けてあげないと。

 仕方ない。さっき使わないって決めたばっかりだけど……。


「(痛かったらごめんね、フィアナ――エアロブラスターっ!!)」 


 エアロブラスターを零距離でフィアナのお尻にぶつける。

 ミオちゃんやマルセロくんには使えないけど、フィアナはレベル45の魔法剣士。エアロブラスターの威力は下級魔法以下という残念な性能なので、余裕で耐えられる。

 そして、私の狙い通り、エアロブラスターによってフィアナの体は壁の向こう側に吹き飛ばされた。

 二回使えば三回目ももう一緒だよね! ということで、私は自分にもエアロブラスターを使って穴を突破する。いや、もう、ぶっちゃけ息がやばい。

 私はエアロブラスターの勢いのまま、フィアナをキャッチ。抱きかかえて、水面へと浮上する。


「ぷはっ!」


 水面に顔を出して、空気をいっぱいに吸い込む。これ、魔法使わなかったら絶対溺れてた。酸欠で頭がちょっとズキズキする。


「はぁ……はぁ……フィアナ、大丈夫?」


 呼吸を整えながら、抱きかかえたままのフィアナに声をかける。

 もし、水とか飲んでたら大変だ。


「……放して……ください」

「え? あ……う、うん?」


 か細い声でつぶやいたフィアナに戸惑いつつ、私はその体から手を放した。

 フィアナはそのまま、静かに水面を泳いでいく。っていうか、泳ぎ上手だな、フィアナ。胸が穴に挟まらなければ何の問題もなかったらしい。

 私は疲れ切っていたので、ちょっとズルして、ふわふわで水面すれすれを浮かびながら岸へ向かった。城壁の内側の水路は幅が狭かったし、ミオちゃんたちが岸で待っているのが見えたので、まあちょっとくらい平気だろう。

 それにしても、フィアナの態度がちょっと気になる。お礼くらい言ってくれてもいいのにな。むしろ、なんかちょっと怒ってたような。


「ミオちゃん、どっちに行けばい――もが」


 着地して、話しかけようとしたら、ミオちゃんに問答無用で口を塞がれた。

 こう、手でガッ! とね。ミオちゃんは空いてる方の手で向かう方向を指さし、私の口から手を離すと、身をかがめて歩き出す。

 小声で話しかけたつもりなんだけどなぁ……ミオちゃん的にはアウトだったみたい。ミオちゃんがいいって言うまで、声を出すのはやめておこう。

 ミオちゃんとマルセロくんが先導して私たちを連れて来たのは、小さな物置だ。鍵もかかってないようで、マルセロくんが扉を開けると、マルセロくんとミオちゃんは素早く中に入った。

 ジェシカさんとフィアナもそれに続く。私も最後に入って、扉を閉めた。

 中を軽く確認すると、どうやらここには農具が置かれているようだ。鉄製のクワとかシャベルとか、あとは鎌や、私が見たことのない道具も置いてある。

 肥料や石灰なんかも一緒に置いてあるみたいで、ちょっと臭いし、狭かった。


「フィアナ、魔法で明かりつけられる?」

「はい、ミオ様。ライト」


 ミオちゃんの指示で、フィアナが小さな光球を作り出して、宙に浮かべた。それぞれの顔がはっきり見える程度には、辺りが明るくなる。

 ミオちゃんとマルセロくんがフードを取ったので、私たちもマネしてローブのフードを外した。


「ここは街の一番外れにある、空き家の物置らしいんだ。この辺りは空き家が多くて、見張りもあんまり来ないはず。あくまで、マルセロの話によるとだけど」

「俺がここを出てから、結構経ってるから、今どうなってるかはわかんねぇ。だから、確実なんて言えねぇ」

「そういうわけで、ここも安全とは限らないから、油断だけはしないでね」


 ミオちゃんの念押しに、私はこくりと頷いた。ミオちゃんとマルセロくん、ここに来るまでずっと一緒に計画立ててたから、なんか息が合って来た気がするなぁ。

 そんなこと言っちゃったら、またケンカしそうだし、黙ってるけど。


「っていっても、今は休んで体力を回復させないといけないし、濡れた荷物も乾かさないと。火を使うのは危険すぎるから、裸で寝ることになるけど、毛布の代わりの干し草はあるらしいから」

「じゃあ、早速服から干していく?」

「ちょっ、ジェシカさん! マルセロくんいるからっ!」


 躊躇なくビショビショのローブを脱ぎ捨て、さらにレザーメイルを外し始めたジェシカさんに、私は慌てて声をかける。

 すると、ジェシカさんはきょとんとして、


「あたしは全然気にしないけど?」

「マルセロくんが気にするよ、そんなの!」

「マルセロ、がっつり見てたみたいだけど?」

「あ、呆気に取られてただけだよ!」


 ミオちゃんに冷たい目を向けられ、マルセロくんが顔を真っ赤にする。

 今のはマルセロくんが被害者だと思うんだけどな。ミオちゃんは相変わらず、マルセロくんに意地悪だ。


「じゃあ、俺は予定通り、別の空き家で寝るからな」

「あっ、待って。一つだけ確認したいことがあるから」


 さっさと退散しようとする紳士なマルセロくんを、ミオちゃんが引き留める。

 その間も、ジェシカさんはせっせと防具を外している。まあ、レザーメイルを脱ぐだけならいいけど……下の服まで脱ぎだしたら全力で止めなければ。


「みんなも一回座って。サーシャちゃんは正座ね」


 ……ん?


「ミオちゃん、今、なんて?」

「サーシャちゃんは正座ね」

「……はい」


 何だか知らないが正座させられた。


「サーシャちゃん、私たちが岸に上がった後のことなんだけどね」

「はい」


 なんで、私は何も悪いことをしていないのに、正座をさせられてるんだろう。

 そして、なぜ日本人ではないミオちゃんから即座に、正座という言葉が出て来たんだろう。

 いや、確かに、ミオちゃんに土下座と正座のことを教えたことはあったんだけど。


「どっぱん、どっぱん、って結構大きな水の跳ねる音が聞こえて来たんだけど、何か心当たりない?」

「あります」


 エアロブラスターだね。あれの余波だね。

 私、悪いことしてました。


「……何やったのかと、どうしてそんなことしたのかを教えてもらっていい?」

「息がもたなくて……後、フィアナが穴に引っかかってて、助けるのに……」

「え? フィアナ、そうだったの?」


 ミオちゃんが驚いた様子で、フィアナを見る。

 すると、フィアナはなぜか、拳を握りしめながらプルプルと震えていた。

 寒い……にしては、なんか、顔が耳まで真っ赤なような。

 私が困惑していると、フィアナは少しうつむいたまま、急に姿勢よく手を挙げて、


「私……さ、サーシャ様に、胸を無茶苦茶に――乱暴に触られました!」


 なんて誤解を招く言い方をするんだ、この人。


「サーシャちゃん……?」


 待って、ミオちゃん。ゴミを見るような目で私を見ないで。


「サーシャ、やっぱり大きい方がいいんだ……」


 ジェシカさん、ややこしくなることを言わないで。


「ち、違うよ! 言ったじゃん、フィアナの胸が穴に引っかかってたの! だから、こうやって押し込んで、エアロブラスターで穴の向こう側に押したの!」


 誤解を解くために、私は必死にあの時の状況を実演して見せた。

 そう、この柔らかいけど弾力のある胸がなかなか穴の中に入らなくて――


「きゃあっ! や、やめてくださ――ひゃん! サーシャ様! んぅぅっ!」

「サーシャちゃん正座」

「はい」


 ミオちゃんの目に、有罪って書いてあった。


「ぐす……わ、私、サーシャ様と寝るの怖いです……」

「わかった。じゃあ、私と一緒に別の廃屋で寝よ? サーシャちゃんはジェシカと一緒にいてね」


 涙ぐみながら胸を隠しているフィアナの背中を、ミオちゃんが撫でて慰める。

 ミオちゃんが私を見る目は絶対零度だ。マルセロくんと喧嘩してたときよりも、視線が冷たい。

 私たちって、友達じゃなかったっけ……。

 っていうか、フィアナ、今まで私のこと喜んで枕にしてたよね? 私のふわふわを堪能してたよね?

 じゃあ、私がフィアナのふわふわを多少触ったところで許されるべきだよね?

 絶対口に出しては言わないけどね。なぜって? 言ったらミオちゃんに100倍怒られるのがわかってるからだ。


「サーシャ、やっぱり大きい方が好きなんだね……ごめんね」

「ジェシカさんが謝る必要はないし誤解です」

「おい、俺は今すぐにでもここから出て行きたいんだが」


 耐えきれないと言った様子で、マルセロくんが口を挟んで来た。

 そりゃ居心地悪いよね。私のせいじゃないって言いたいけど、私のせいなんだよね、これ。

 これは、マルセロくんだけでも救うべきか。


「ミオちゃん、全員の前で私を公開処刑したいってことなら、マルセロくんはそろそろ行かせてあげても……」

「違うよ。サーシャちゃんのやったことは正直どうかと思うっていうか失望を禁じ得ないけど、私が言いたかったのは別の話」


 どうやら、私はミオちゃんに失望されてしまったらしい。心当たりはありすぎるんだけど、悪気だけはないんです、信じてください。

 ミオちゃんはまだグズっているフィアナを慰めながら――あんなふうに泣かれると心がすごく痛いんだけど――表情を不意に引き締めて、


「水路であれだけ不自然な音を立てたのに、見張りが来なかった。ここにいる魔物の知性は、かなり低いんだと思う」


 そ、そんなに大きな音を立てちゃってたのか。水中にいた時は、そんなにだと思ってたんだけど……。

 と思いつつも、ミオちゃんの言うことに少し違和感を覚えた私は、口を開いた。


「城壁が高いから、音が聞こえなかったんじゃないの? それか、見張りがそもそもいなかったとか?」

「見張りの姿は、私とマルセロで確認したよ。霧のせいではっきりとは見えなかったけど、城壁に焚かれたかがり火のそばに魔物の影が見えた」

「音は、注意してれば聞こえるってレベルだと思うぜ」

「じゃあ、やっぱり聞き逃したんだよ」

「そうかもしれないし、聞こえてても大したことじゃないと思って無視したのかもしれない。ただ、言えることは、見張りとしてはかなり注意力に欠けるってこと」


 うーん、ミオちゃんの言ってることはわかるけど、何が言いたいのかがイマイチわからない。

 見張りがザルってことだよね……ああ、そっか、わかった。


「今回バレなかったのはただのラッキーだから、次からきちんと気をつけろってこと……だね……」

「それは物凄くあるけど、私が言いたいのはそうじゃないんだよ、サーシャちゃん」


 そっか、否定はしないんだね、ミオちゃん。


「想定してたより、魔物の能力が低いかもってこと。油断はできないけど、これなら何とかなるかもしれない。明日の朝からどう行動するか、もう一回作戦を練りなおしてみる」

「ミオちゃん、ちゃんと休まなくて大丈夫?」

「大丈夫、寝る時間を削ったりはしないから。体力が一番ないのは私だから、みんなの足は引っ張れないし」


 いや、体力が一番ないのは私だと思います……ミオちゃんはかなりたくましいよ。ここまで歩き通しなのに、弱音一つ吐かないし。


「サーシャちゃんも、さっきのことはしっかり反省して欲しいけど、引きずらないでね。今日はよく寝て、明日頑張ろう。ほら、フィアナも泣き止んで」


 ぐずるフィアナを支えながら、ミオちゃんは物置を出て行った。

 ミオちゃん、本当に頼もしくなったなぁ。それに比べて私は……子どもに励まされるって……いや、今の私も見た目は子どもだけどさ。

 

「結局、なんで俺は残されたんだよ」


 続けて、ブツブツ悪態をつきながら、荷物を持ったマルセロくんが立ち上がる。

 そういえば、ミオちゃんが言ったことってほとんど私へのお説教だよね。自分で言ってて悲しくなるけど……マルセロくんにどうしても聞いて欲しいって話じゃない気がする。

 全員にあてた内容は、見張りが思ってたよりザルそうだってことくらいだ。だから、何とかなりそうだし、作戦を考え直してみるって……。


「あ、そっか」

「なんだ?」


 私が思わず声に出した一言に、マルセロくんが反応する。

 ちょっと恥ずかしかったが、むしろちょうどいい。


「ミオちゃん、思っていたより希望はあるよって、マルセロくんのこと励ましたかったんじゃないかな」

「はぁ? 意味わかんねぇ」

「だって、そうじゃなかったら、わざわざ見張りがザルだってこと、みんなに伝えなくてもいいと思うんだ。それに安心して、油断して、何かやらかしちゃう人が出るかもしれないし」


 主に私とか。


「考えすぎだろ。自分の気づいたことを言っただけだと思うぞ。あいつ、そういうとこあるし」

「そうなの?」

「ああ、ここに来るまでの間も、考えたことを何回も俺に確認して……っていうか、あんたの方が詳しいはずだろ」

「わ、私、ミオちゃんにあんまり相談とかされたことないし……」


 信用がないのか。へこむな。


「マルセロ、ここ何日かで随分ミオのことに詳しくなったじゃん」


 すると、ジェシカさんがからかうように笑いながら、口を挟んで来た。

 上半身半裸で。下着一枚の姿で。しまった、油断した。


「ま、また明日な!」

「うん、また明日!」


 マルセロくんが大急ぎで物置から出て行く。彼は紳士だ。


「あはは、照れちゃって。可愛いねー」

「ジェシカさんは自分の恰好見て言いなよ……」


 ジェシカさんは楽し気だったが、今のはそういうのじゃないと思う。いや、照れたのは照れたとは思うけどさ。


「サーシャも早く脱いじゃった方がいいよ。風邪引くし、乾かないし」

「どうせ、朝までには乾かないよ……霧出るくらい湿度高いんだし。それに、外に干し草取りに行かなきゃ」

「脱いでからでよくない?」

「全裸で外に出たくないよ……」


 ジェシカさんは、結構ポーンと服を脱いで、川で水浴びしたりする人だけど……私には現代日本人の価値観が根強く残っている。

 文明人としてできる限り、恥ずかしくない行動をしたいのだ。

 とか考えつつ外に出ようとすると、いきなりジェシカさんに後ろから抱き着かれた。


「えへへ、今日のサーシャ枕はあたしのだねー? あー、ふわふわー♪ きもちいー♪」

「ジェシカさん! 干し草取りに行くから、今は放してっ! あと、私枕じゃないからっ!」

「あとちょっとだけー」


 ジェシカさんに抱きしめられ、しばらくの間、めちゃくちゃに頬ずりされる私。

 フィアナほどじゃないにしても、ジェシカさんも十分柔らかいじゃん……とか、そんなことを考えながら、私はしばらく好き放題されていた。

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