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ふわふわ40 ミストウォール、見ゆ

「見えた。あれが、ミストウォールだ」


 マルセロくんが指さした先。木々の隙間から望む崖の向こう、立ち込める霧の中に大きな城塞都市が見えた。

 ディオゲネイルを経ってから八日目の朝、私たちはついに、ミストウォールに到着した。

 この旅、途中までは順調だったんだけど、魔物に見つからないように最後の方は街道を外れて歩いたから、結果的に予定より時間がかかってしまった。

 山に入った後もできるだけ迂回していこうって話になったから、丸一日以上山登りするハメになったし。

 何が言いたいかと言うと、やっとの思いでここまでたどり着いたわけだ。


「やったぁ……やっと着いたよぉ」


 杖代わりにしていた枝を投げ出すようにして、私はその場に座り込んだ。

 服に土がつくけど気にしない。山登りのせいで、とっくに泥だらけだ。


「サーシャ、まだ見えただけで着いてないからね? ここから山を下らないと、街には着かないよ?」

「わ、わかってるけどぉ」


 苦笑するジェシカさんに、私は口を尖らせる。ここまで頑張ってきたんだから、ちょっと一息つかせてくれたっていいじゃん。


「だから、あたしがおんぶしてあげよっかって何度も言ったのにさぁ」

「ミオちゃんもマルセロくんも歩いてるのに、私だけそんなの恥ずかしいもん。それに、私だって頑張ったらこれくらいできるし」

「頑張らないといけないのは、ここからだよー、サーシャ?」

「わかってるもん!」


 道中、こうやってジェシカさんは私に何度も甘い言葉を囁いて来たのだ。

 誘惑を振り切り続けた私は、正直偉かったと思う。特に、山登りが辛かった。


「サーシャちゃん、しー。見回りの魔物がいるかもしれないから」

「ご、ごめん」


 ミオちゃんに注意を受けて、私は口をつぐんだ。けど、今のはジェシカさんのせいだと思う。

 じろっとジェシカさんを見ると、私を見て笑っていた。おのれ、からかってるな。


「ジェシカが言ったけど、本番はここからだよ。みんなちょっと集まって」


 真剣な顔でみんなに声をかけながら、ミオちゃんは大きな羊皮紙を地面に広げた。

 今、あんまり動きたくないな。私は座り込んだままの体勢で、視線だけをそちらに向ける。

 羊皮紙に描かれているのは、どうやら地図のようだ。


「ミオちゃん、これ何?」

「ミストウォールの地図だよ。マルセロに書かせた」

「書いてもらったって言えねぇのかよ……」

「書かせた」

「なんて可愛くないやつだ」


 頑固なミオちゃんに、マルセロくんが悪態をつく。

 これでも、最初に比べれば随分、仲良くなったんだけどね。ただ、今のはちょっと見逃せないな。


「ミオちゃんは可愛いから」

「「いや、今そういうのいいから」」


 ミオちゃんとマルセロくんにハモられた。ほらね、仲良し。


「しかし、随分と精巧な地図ですね。店で売られていても違和感がありません」


 一方、フィアナは前かがみになって地図を覗き込みながら、しきりに感心している様子だった。

 豊満なバストが重力を味方につけて、健全な青少年には刺激的過ぎる絵面になっている。黒いローブのおかげで、肌が完全に隠れているのが救いだ。

 フィアナ、こういうところ無防備だから、マルセロくん困ってる気がするんだよね。絶対表に出さないけど、マルセロくん。


「領主の息子だからって、親によくミストウォールの地図は見せられてたんだよ。それに、生まれた時からずっと過ごした街だから、どこに何があるかはわかるよ。後はまあ、元々結構器用な方なんだ」


 ミオちゃんには当たりが強いマルセロくんも、巨乳で美人のお姉さんに褒められると嬉しいらしい。心なしか自慢げに、そんな説明をしてくれた。


「ミストウォールのことを、簡単に説明するね。まず、見てわかるように、ミストウォールには四方を山に囲まれた城塞都市。城門には東西南北に四つの門があって、それぞれの門の上には防衛用の指令室がある」


 ミオちゃんは、地図上の城門の位置と、指令室の位置を順番に指さしていった。

 ミオちゃんの説明通り、ミストウォールは周りを山に囲まれた、所謂盆地の中心にある。山から川が複数流れ込んでいるので、水には困ってなさそうだ。山に囲まれてるから、食料や建物の建材も豊富そう。あと、地図を見ると、街の中には結構畑があるようだ。

 ただ、ミストウォールに入るための道は、ハイルブロント王国側の細い街道と、南側にある、これまた細い山間の道しかない。私たちみたいに山越えをするのは本当に大変なので、交通の便だけは最悪だ。まさに陸の孤島って感じ。


「この街は、元々南側から攻めて来る他国の軍を迎え撃つために作られたらしいの。だから城壁は高くて頑丈だし、侵入するのは難しい。街に近づこうとする人は、城壁から丸見えになっちゃうからね」

「なるほど。山と城壁の間に、少し平地の部分がありますからね。ここには身を隠すものもないですし」

「え? じゃあ、街に入れないってこと? ミオちゃん」

「普通にやったらね。でも、この街は名前の通り、よく霧が出るの。気温が下がり始める夜中から朝方にかけて、ほぼ毎日。昼には消えちゃうことが多いらしけど」

「夜の闇と霧に隠れて侵入するってわけだね」

「ジェシカの言う通り。それで、どこから入るかなんだけど――」


 ミオちゃんはそこで言葉を切って、マルセロくんの顔を見た。

 すると、マルセロくんは地図の南門を指さして、


「魔物達は南の山間道を通って攻めて来たんだ。そのとき、南門が破壊された」

「そっか。じゃあ、南門は開いてるんだ?」

 

 私がポンと手を打つと、マルセロくんは首を横に振って、


「いや、街を占領した後、魔物たちが南門は完全に封鎖しちまった。今、この門からは出入りできない」


 むぅ、魔物たち結構抜け目ない。今のは、南門以外からしか入れないよって話だったんだね。

 まあ、私たちがいるのはミストウォールの北東あたり(街道を外れて迂回したから)だし、一番遠い門をわざわざ使うこともないよね。


「だから、街には南門から入ろうと思うの」


 ……あれ? ミオちゃん?


「あの……南門、通れないんだよね?」

「うん、完全に封鎖されているから、警備の魔物が少ないらしいんだ。だから、侵入するならここが一番いい」


 おかしいなー、会話が噛み合わないなー。


「通れないんだよね? 南門?」

「サーシャちゃん、堂々と門をくぐるつもりだったの?」


 なんか、ミオちゃんにバカを見る目で見られた。私のかしこさ、四桁あるんですけど。


「でも、サーシャの言うこともわかるよ、あたしは? 門通らずに、どうやって中に入るの?」


 と、フォローを入れてくれる、かしこさ68さん。そうですか、同レベルですか。

 い、いや! ここは何とか、先に答えを出して、汚名返上のチャンスに!


「あ、わかった! 私のふわふわで飛ぶ!」

「いや、丸見えじゃん。城壁の上に見張りいるでしょ?」

「サーシャ様、一人で私たち全員運ぶつもりなのですか?」

「もし入るときにバレなくても、着地のときに見つかるだろうな」

「それするくらいなら、もう堂々と城門を魔法で壊して入ればいいんじゃないかな、サーシャちゃん」

「別にそこまでフルボッコにしなくていいじゃん!!」


 汚名ではなく、名誉を返上してしまった。だって、エミルの村のときも、ラピスの森のときも、ふわふわで上手くいったんだもん!

 いや、両方とも、最終的にはバレたというか上手く行ってないんですが……。


「上からじゃなくて、下からだよ、サーシャちゃん」

「下から? え、地面に穴掘るの? モグラ?」

「違う違う。見て、城壁に沿って水路が流れてるでしょ? これも、敵が中に侵入してくるのを防ぐためのものなんだけど」


 そう言って、ミオちゃんが指さした地図を確認すると、確かに城壁の外側と内側に水路が走っている。ディオゲネイルもこんな感じだったね、そういえば。


「この水路、外と内が繋がってるんだって。緊急脱出用にそうしてあるみたいで、領主の家族しかこのことは知らないみたい」

「へぇ、マルセロくんに教えてもらったんだ?」

「教えさせてあげた」

「こだわるね、ミオちゃん」

「可愛くねー」

「ミオちゃんは可愛いから」

「「そういうのいいから」」


 やっぱり仲いいんじゃないですか君たち?


「つまり、霧の出ている深夜、水路を潜って中に侵入する、ということですか?」


 ハモっている二人の代わりに、フィアナがそう言って、話をまとめた。

 潜る……のか。私、泳げるかな? ちゃんと泳いだの、小学校のプールが最後なんだけど……。


「うん、それが一番見つかりにくいかなって」

「まあ、霧が濃い夜なら、水の音にさえ気をつけてれば大丈夫そうかなぁ。けど、侵入した後はどうするの、ミオ?」

「それなんだけど……」


 ジェシカさんの質問に、ミオちゃんが難しい顔をする。どうしたんだろう、今まで元気よく説明してくれてたのに。


「今ある情報だと、ここまでしか考えられなかったの。マルセロも、魔物の数と街の人の数は覚えててくれたんだけど、配置まではわからないみたいで」

「俺が街を出たのは、魔王軍に占領されて割とすぐだったからな。街が今どういう状況なのかは、全然わからない。もしかしたら、この地図も一部変わってることがあるかもしれない」

「え? でも、ミオちゃん。中に入るのに成功したんなら、後は水路でみんなを逃がせばいいんじゃないの?」

「マルセロ、ミストウォールの人口何人いるか、サーシャちゃんに教えてあげて」

「約二万人」

「に、二万……?」


 想像と桁が違う。あの街、そんなに人住んでるの……? た、確かに、城壁は立派で結構広いけど、こんなに不便な土地なのに。


「私たちは、五千体の魔物の目をかいくぐって、二万人の人質を助けないといけないんだよ」

「魔物そんなにいるの!?」

「メフィスの連れて来た軍勢が、千体くらいだったって、お父さん言ってたなぁ」


 ジェシカさんが、しれっと横からそんな情報を出してくれる。

 あの魔物たち、千体もいたんだ……っていや、その五倍あの中にいるんでしょ? 倒すのは……魔物の強さによってはいけるかもしれないけど、見つからずにやり過ごすなんて無理だ。しかも、助けないといけない人、二万人もいるなんて。

 私が唖然としてるのが伝わったのだろう。マルセロくんが、こいつ大丈夫か、みたいな目で私を見て来る。

 ぶっちゃけるとだいじょばないのだが、一応、仮にも、成り行き上だとしても私は勇者なので、頑張って大丈夫そうな顔をすることにした。

 たぶんできてないけど。


「今の情報じゃ、安全な方法が思いつかない。だから、かなり危険だけど、街の中を偵察したいんだ」


 私が頑張って大丈夫そうな顔をしようと苦心していたところに、ミオちゃんが突然、そんなことを言い出した。


「しかし、ミオ様。私たちが見つかった時点で、相手は人質を使って脅して来るという話ではなかったですか?」

「そうだね。そうなっちゃったら、街の人を全員助けるのは無理になっちゃう。だから、絶対に見つかっちゃダメ。でも、敵の配置や人質の状況がわからないままで、救出作戦は立てられないよ」

「だから、リスクを取るしかないって話になった」


 マルセロくんのその言葉から、この作戦について、二人で随分話し合ったんだな、というのがうかがえた。

 モグラを探して食べてたときとは随分な変わりようだ。あのとき、ちょっと頑張ってよかったな。


「わかった。私はミオちゃんの作戦に賛成する」

「サーシャ様、本当に大丈夫ですか? 目立ってはいけないんですよ? 見つかってはいけないんですよ?」

「サーシャ、いつもの感覚で行動したら絶対にバレるよ? わかってる?」

「フィアナ、ジェシカさん。心配してくれてありがとう。でも、ちょっとだけ泣いてもいいかな?」

「お前は普段何やってるんだよ」


 私は真面目にやってるつもりなんだけどね。なんか、トラブルが発生するんだよね。

 マルセロくんの視線から顔を背けながら、心の中だけで返事をしておく。


「サーシャちゃん、本当にいいの?」

「ミオちゃん、もう許してよ! 死体を蹴らないでよ!」

「そうじゃなくて……水路を通るわけだからさ」


 と言ってから、ミオちゃんは私の足元を見て、


「とりあえず、ココアは置いて行かないとダメだよ?」

「え? 置いて行くって、どこに!?」

「山の中だけど……」

「そんな! や、やだよ!」


 慌ててココアを抱きしめる。ココアはメディオクリスに来て、最初にできた友達なのだ。そんなココアをこんな山に放り出すなんて。


「サーシャちゃん、猫は水嫌いだから潜れないでしょ? それに、街の中でココア連れていったら、見つかっちゃうしさ。それに、いざというときは、魔獣使いのスキルで呼び出せばいいし」

「え? 私、魔獣使いのスキルなくなったよ?」

「え?」


 ミオちゃんの目が点になる。


「……言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ! 初耳だよ!」

「あたしも今初めて知ったわ……」

「わ、私もです……スキルって消えることあるんですね……」


 三人がみんな目を丸くしている。なんか、鑑定スキル使えるから、つい周知のことだと思っちゃうんだよね。私はみんなのステータス見放題だし。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。


「と、とにかく! 今、私はココアと離れたら呼び戻せないの!」

「だ、大丈夫だよ、サーシャちゃん! 自分とココアの絆を信じて!」


 絆が繋がったままだったら、スキルも消えてない気がするんだけどな。

 まあ、でも、ココア……今もずっとついてきてはくれるんだよね。どっか行っちゃうんじゃないかってずっと思ってたけど。


「サーシャ、そっちの問題は置いといて、もっと嘆くべき問題があると思うよ?」


 すると、横からジェシカさんが口を挟んで来た。


「嘆くべき問題って?」

「南門から、侵入する予定なんでしょ?」


 ジェシカさんは、ミストウォールの向こう側、霧の奥に霞んで、ほとんど見えない対面の山を指さして、


「今から山を迂回して、南側に移動しないといけないと思うんだけど?」

「なん……だと……」


 この山を、ぐるっと……一周?


「おんぶしてあげよっか?」

「自分で……歩きます……」


 おんぶしてくださいってめちゃくちゃ言いたかった。

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