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ふわふわ38 ミオVSマルセロ

「えー!? 徒歩で行くのぉ!?」


 翌朝、食堂で朝食を食べながら、私は悲鳴を上げた。


「そりゃそうだよ、サーシャちゃん。獣車は目立ち過ぎるし、何より置き場所がないよ」


 何言ってんの? みたいなテンションでミオちゃんが答える。その足元には、普段は持っていないでっかいリュックサック。

 あれは何だろうと思ってたけど、そういうことだったんだね。ぺちゃんこだから、まだ中身は入ってないみたいだけど、これから野宿用の持ち物を詰めるんだろう。  


「な、何日……かかるの?」

「だいたい、七日くらいだよ」

「うへぇ……一週間もお風呂入れないの?」


 私は心底げんなりとする。ディオゲネイルに来るまでの旅も辛かったのに、それよりも長いなんて。


「じゃあ、これ食べたらすぐ出発?」

「食べたらすぐ出かけるのは合ってるけど、行くのは買い物だよ、サーシャちゃん」

「あっ、そっか。結局昨日、水とか食料とか買えてないもんね」


 というか、服しか買ってない。


「それは買っといたよ、あたし。しばらく待ってもサーシャが戻って来なかったから、あの服屋の店員さんに伝言頼んで買い物行ったんだ」


 ベーコンと玉子のホットサンドをかじりながら、ジェシカさんが口を挟んで来た。

 昨日よりは食欲があるみたいで何よりだ。ただ、今のはちょっと聞き捨てならない。


「ジェシカさん、まさか一人で全員分の食料と水運んだの!?」

「え? あ……ひ、一人じゃないよ。ココアにもちょっと持ってもらったし」

「ココアが持てるわけないじゃん! 文字通り猫の手だよ!」

「そんなことないよねー? 食べものちょっと持ったよね、ココア?」

「ナァーオ」

「食べたんじゃなくて!?」


 っていうか、ココア、なんでここにいるのさ。食堂だよ、ここ。現代日本だったら即座につまみ出されてるよ。幸いというかなんというか、今のところ注意されてないけど。

 あと、なんか昨日からココア、ジェシカさんとすごく仲良くなってない? 今も朝ごはんわけてもらってご満悦だし。まさか、飼い主を私からジェシカさんに乗り換えるつもりじゃないよね、ココア。


「確かに、昨日のココア様、小さな包みをくわえていましたよね」

「歩いてるときに、あたしが落っことしちゃってさ。ココアが拾ってくれたんだよね。そのまま持っててくれたんだ」


 ココア、私にはそんなことしてくれたことないのに。虫とか、ネズミとか、モグラとかしか持って来ないのに。

 っていうか、フィアナ、ココアにも様つけるんだね。丁寧を通り越して卑屈なんじゃないかと思っちゃうよ。


「けど、ジェシカさんが買い物済ませてくれてるのに、他に何を買うの? テントとかなら、獣車に入ってるよね?」

「テントは邪魔だから持って行かないよ。まだ夜も温かいし、寝袋があれば大丈夫だと思う。買いたいのは、服と靴かな」

「え? 服買うの?」


 昨日、いっぱい買ったんだけど……。


「フィアナが持ってる、黒いローブみたいなのが人数分欲しいの。あと、山を越えるからしっかりした靴も欲しい。後は、役立ちそうなものがあればできるだけ買いたいな」


 あぁ、そっか。向こうに着いたとき、目立たない恰好の方がいいもんね。こっそり、街の人たちを助けないといけないんだし。


「そういえば、ジェシカ、サーシャちゃんの服買いすぎだよ。全部、結構上等なやつだし。冒険で気軽に着られないじゃん。どうせなら、もっと実用的なの買ってきてくれればよかったのに」

「だって可愛かったからさぁ。ミオも着られるから、いいかなって。二人ともあんまり服持ってないでしょ?」

「絶対やだ! サーシャちゃん可愛いし、同じ服着たら差が目立つもん!」


 ちょっと待て、今のは聞き捨てならない。


「ミオちゃんは可愛いよ! むしろ、ミオちゃんの方が可愛いよ!」

「え? さ、サーシャちゃん……?」


 私が力強く主張すると、ミオちゃんは戸惑いながら赤面する。

 ほら可愛い。


「サーシャ、やっぱりミオのことそういう目で見てたんだね……」

「昨日も寝る前にお風呂に入ったとき、ミオ様の体を洗いたがっていましたね」

「そこ! そっちの方向に持って行くな! あと、昨日は私、フィアナとジェシカさんの体も洗ったよね!」

「昨日のサーシャ、すごかった……」

「顔を赤らめるな!」

「わ、私は断ったのに、サーシャ様が無理矢理……」

「語弊のある言い方をするな!! フィアナが洗浄石をうまく泡立てられなかったからやってあげただけでしょ!!」

「っていうか、サーシャってミオとフィアナは自分から洗ってあげるのに、あたしは頼まないとやってくれないよね」

「ジェシカさんは自分で洗えるからでしょ! もうこの話題やめよう! 男の子もいるんだからね!」


 びしっと、そばにいたマルセロくんを指さして叫ぶ。ほらご覧! ものすごく、居心地が悪そうだよ!


「そういえば、マルセロ様、先ほどから何も召し上がっていませんね」


 すると、フィアナが突然、そんな言葉を口にした。

 そんなことを思いつつ、私もつられて、マルセロくんの前に並んでいる食事を見る。

 確かに、全く手をつけていない。お腹空いてないのかな? んー、そんなはずないか。昨日、走り回ってクタクタだっただろうし。現に、私は腹ペコだ。夕食は食べ損ねたしね。お風呂は最後の気力を振り絞って入ったけど。

 それにしても、そんなことに気がつくなんて、フィアナって思ってたより気遣いできる人なんだ。何だか、ちょっと見直したよ。

 見直したということは、普段はダメだということだ。魔法の先生としては最高なんだけどね。


「もし召し上がらないのでしたら、そのマキシマムハイルブロントベリー、いただいていいですか?」


 ああ、違った。気遣いじゃない。ただ食いしん坊なだけだ。

 マルセロくんは黙って、フィアナの前に皿ごとフルーツの盛り合わせを移動させる。フィアナは大喜びで「全部いただいていいんですか!? ありがとうございます!」と、フルーツの盛り合わせを平らげていく。

 くそ、可愛いかよ。


「マルセロ、食欲がなくても、少しくらいは食べた方がいいよ? 食べて元気になることもあるし」


 一方、ジェシカさんは心配そうにマルセロくんに声をかける。

 ジェシカさんも昨日は食欲なさそうだったけど、少しは食べてたもんね。マルセロくんの事情も聞いてるし、放っておけないんだろう。


「……俺には、払える金もないから」


 すると、マルセロくんはそんな言葉を口にした。

 そういえば、マルセロくん、料理を注文したときも何も言わなかったな。あの時は確か……そうだ、ミオちゃんが代わりに注文したんだっけ。


「いいから食べてよ」


 そして、今、冷たく言い放ったのもまた、ミオちゃんだった。


「道案内してもらわないといけないんだから。街の詳しいことは、住んでたマルセロにしかわからないの。着いたとき、ちゃんと動いてもらわないと困るんだよ」

「……それくらいはわかってる」

「だったら早く食べてよ。この後、忙しいんだから。やらないといけないこと、たくさんあるんだからね」

「別に、少し食べないくらい平気だ」


 ピクっと、ミオちゃんのこめかみが痙攣する。

 あれ……ミオちゃん、怒ってる? ひょっとしたら、昨日、マルセロの舌引っ張ってたときよりも?

 どうやって止めようかと戸惑っていると、不意にミオちゃんはマルセロくんから視線を背けた。


「あなたがそんなんじゃ、助けられる人も助けられないよ」


 ガタっと、マルセロくんが椅子から立ち上がった。

 びくっと、私は体を震わせる。マルセロくんの目に、激しい怒りが燃えているのが見てとれた。

 そして、それに応じるように、ミオちゃんも立ち上がる。同じくらいの怒気をまとって、マルセロくんを睨み返している。

 他の客も、私たちの方へ注目していた。と、止めないと。お店に迷惑も掛かっちゃうし……一応、これから一緒にミストウォールに向かう仲間同士なのに。


「ミオちゃん、マルセロくん、あの、み、みんな見てるから……」


 私の口からは、そんな言葉しか出なかった。もちろん、そんな一言で二人が落ち着くはずもなく、一触即発の雰囲気に変化はない。

 しかし、突然、マルセロくんがミオちゃんに背を向けた。


「部屋に戻ってる」

「私は食べろって言ったんだけど!」


 ミオちゃんの怒鳴り声を無視して、マルセロくんは黙って食堂を出て行った。

 ミオちゃんは、立ち上がったまま、食堂の出入り口をにらみつけている。そんなミオちゃんに、他の客も視線を集めていた。

 私はささやきかけるようにして、ミオちゃんに声をかける。


「ミオちゃん……あの、座ったら? 料理は、何かに入れて持って行けばいいし」

「いいよ、あんなやつ知らない! 私が食べるからいい!」


 ミオちゃんは、マルセロくんが座っていた席の料理を自分の席に運ぶと、むさぼるように食べ始めた。

 だ、大丈夫かな。食べ過ぎで気持ち悪くなったりしないかな。困り切った私は、ジェシカさんと顔を見合わせた。

 すると、ジェシカさんは少し困ったように眉をひそめてから、ミオちゃんの方を向いた。


「ミオの気持ちもわかるんだけどさ。今のはちょっと、言い過ぎだったところもあったんじゃないかな?」

「でも、私は間違ったこと言ってない」


 ガツガツと料理を頬張りながら、ミオちゃんはジェシカさんの方を見もせずに返事をする。

 ミオちゃんがジェシカさんに、こんな態度を取るなんて。ジェシカさんも、お手上げと言った様子で、私の目を見て苦笑した。

 これから、敵の本拠地に乗り込んでいくのに、大丈夫かな……。

 そんなふうに、険悪な雰囲気が支配する中で、


「あの、ミオ様。サラダは私がいただいてもいいですか?」


 フィアナだけは相変わらず食いしん坊だった。


 ***


 あれから準備を整え、ディオゲネイルを出発から、今日で三日目の夜。目的地のミストウォールまで、私たちは残り半分というところまでやってきていた。

 徒歩で一週間という話だったので、行程はかなり順調といっていいだろう。

 しかし、問題はだ。


「マルセロ、たまにはご飯の準備手伝ってよ」

「俺は俺で勝手にやる」

「マルセロの分も作ってるんだよ、こっちは!」

「作るなってずっと言ってる。俺は向こうにいるから」

「ちょっと! 勝手な行動しないでよ! ……もう!!」


 この二人の関係が、日を追うごとに悪化しているということだ。


「ミオとマルセロ、またケンカしてるよ」


 私のそばで、ジェシカさんが大きな岩に腰かけながら苦笑した。

 サボっているわけではない。ジェシカさんにはお仕事禁止令が出されているのだ。

 この人もミオちゃんと同じで、細かいことによく気がつくというか、油断していると人一倍働いている。

 ちょっとした作業くらいならと手伝ってもらったら、あれもこれもといつの間にかこなしてしまうのだ。

 この人、ついこの前頑張り過ぎで倒れたっていう自覚が全然ない。というわけで、私とミオちゃんの判断により、あらゆる作業への参加を禁止した。

 ジェシカさんは、それはやりすぎだと抗議したが、ミオちゃんが「ジェシカが動けないときでも、私たちだけで何とかできるように練習した方がいい」と言ったら納得した。

 実際、ジェシカさんに頼ってる部分ってかなり大きかったしね。

 まあ、そういうわけで退屈なジェシカさんは、いつも私たちが作業する様子を眺めているわけだけど……。


「サーシャ、あれ何とかした方がいいんじゃない?」

「わ、わかってるよ」


 晩御飯に使う食材を運びつつ、私はジェシカさんに返事をする。

 手が空いて暇だから、よくこうやって私に指示というか、まあ、アドバイスをしてくるのだ。

 ミオちゃんやフィアナには言わない。それは別に、私がジェシカさんに信用されているとか、そういうのではなくて、


「あたしが間に入ろうか? この状態でミストウォールには行きたくないでしょ?」


 こうやって、私にお仕事禁止令を解除させようとしてくるのだ。

 フィアナに声をかけないのは、お仕事禁止令に関係ないから。ミオちゃんに声をかけないのは、たぶん説得できないから。

 要するに、一番ちょろい私に声をかけているわけだ、この人は。貴重なかしこさ68をこういうところにばっかり割り振ってるんだから、まったく。


「私がちゃんとするってば。ジェシカさんはしばらくお仕事禁止なの」

「けど、マルセロもう三日ご飯食べてないんだよ? もういい加減、意地張るのやめさせないと倒れちゃうよ? そんなこと言ってる場合じゃないんじゃない?」


 むぐ……と私は言葉を詰まらせる。

 食堂でミオちゃんと喧嘩して以来、私たちはマルセロが食事を取る姿を見たことがない。私と追いかけっこしていたときも、ものを口にする暇なんてなかったから、今日で四日も食べてないのだ。

 水は、自分で確保したらしいものを飲んでるみたいだけど……ここまで何も食べずに歩き通し。ジェシカさんの言う通り、もう限界だろうし、危険だ。


「それにさ、ミオも、マルセロが食べなかった分まで無理して食べてるじゃん? あれだって体壊すよ? フィアナと分け合ってはいるけどさ」


 そうなのだ。ミオちゃんも、マルセロが絶対食べないのがわかっていても、マルセロの分も作るのだ。そして、残りは自分で食べてる。

 一食くらいならともかく、朝昼晩三食全部そうだから、食後は結構苦しそうにしてる。対策として、自分の元々の量をかなり減らしてるみたいだけど、マルセロの分はしっかり一人前作ってるから食べすぎなのに変わりはない。

 私だってよくないなと思っていたけど、どう声をかけていいかもわからなくて、今日まで保留してきてしまった。

 前世で染みついた事なかれ主義が顔を出してしまったらしい。なんかツッコミが飛んできそうだから先に断っておくけど、事なかれ主義とトラブルメイカーは両立するからね。


「私、マルセロくんと話して来るよ」

「無理しなくても、あたしが行ってあげるよ?」

「私が行くのー」

「はぁーあ……なんで、あたし、サーシャの前で弱音なんて吐いちゃったかなぁ」


 がくーっと肩を落として、ジェシカさんが深くため息をつく。

 む、今のはちょっと黙ってられない。


「私はジェシカさんのかっこいいところも好きだけど、好きなところはそれだけじゃないよ」

「サーシャ?」

「私はジェシカさんが一緒に来てくれるだけで嬉しいの。ジェシカさんのことは私が守る。だから、弱音はいっぱい吐いて欲しい」

「…………」


 ジェシカさんは、きょとんとした顔で、少しだけ顔を赤くしていた。

 照れてるみたいだ。なんか、初めてジェシカさんに勝った気がする。


「えっと、だから、ジェシカさんは本当に元気になるまで、私に頼ってて。じゃあ、行ってくるから」


 こうして、私は抱えていた食材を調理場に持って行ってから、私はマルセロを探すことにしたのだった。

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