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ふわふわ35 ディオゲネイルショッピング

 フィアナとミオちゃんが試験会場の修理に向かった後、私もジェシカさんとココアを一緒に、街をぶらつくことにした。

 ジェシカさんにどうするか相談したんだけど、部屋でじっとしていても退屈なので、外を歩きたいと言ったのだ。倒れたのは昨日だったし、心配だったけど、動く元気があるなら動いた方がいいもんね。

 でも、いざということが絶対に起きないように、しっかり注意しておかないと。

 まあ、そういうわけで、私たちはディオゲネイルの商店街的な場所に来ていた。


「ローズクレスタの賎民街ダウンタウンの大通りに雰囲気似てるね」

「でしょ? でも、品ぞろえは賎民街ダウンタウンよりいいよ。ローズクレスタだと、貴重なものは市民街ハイタウン貴族街ロイヤルタウンに行っちゃうから」


 私がキョロキョロしていると、ジェシカさんが隣から補足してくれる。

 なんか、ちょっといつもの調子に戻って来たかも。やっぱり外出してよかった。


「ジェシカさんはここのこと詳しいの?」

「実はあんまりなんだよね。ガルババルディアから帰って来るとき、一回立ち寄っただけだし。その時も、必要なものだけ買い込んで、すぐ出発したから。でも、次来たらゆっくり回りたいとは思ってたから、印象には残ってるよ」

「じゃあ、来てよかったね!」

「そうだね。今回はゆっくり回れそう」


 私が笑いかけると、ジェシカさんも笑い返してくれる。

 そういえば、ショッピングなんてミオちゃんと一緒に賎民街ダウンタウンを回って以来だ。

 ジェシカさんと一緒に回るのは初めて。私、転生してからの生活、本当に潤いが少ないよね。魔物に襲われたリ、人売りに騙されたり、魔物に襲われたり、宮廷魔術師にいじめられたり、魔物に襲われたり、あとダークエルフに襲われたリ魔物に襲われたり。

 思い返せば、休む間もなく戦ってる。いや、三ヶ月ぐうたらしたけど、あれ休んでた印象薄いんだもん。ライオネット君にいじめられる毎日だったし。むしろ、今までで一番きつかったかもしれない。

 よし、今日は今までの分も楽しむぞ! 私は固い決意をすると、そばにあった屋台を指さした。


「ジェシカさん、ガービーの串焼き売ってるよ」

「朝食べたばっかりじゃん、サーシャ。昼ごはん食べられなくなっちゃうよー?」


 笑われてしまった。いや、確かにさっき食べたけど。あれ、美味しいんだもん。


「こ、ココアにあげるんだよっ」

「ココアも朝ごはん食べてたじゃん。そんなに食べたいの、サーシャ?」


 食べたい。


「三人で一本分けたら、大した量にはならないよ!」

「えー? もー、しょうがないなぁ。あたし、今、あんまりお腹空いてないんだけど」


 困ったような顔をしつつも、ジェシカさんは串焼きを一本注文してくれた。

 賎民街で食べたのと同じで、肉が六つ刺さっている。私は喜んでジェシカさんから串焼きを受け取り、早速かじりついた。


「あちち……おいひい」

「あはは、ココアにあげるんじゃなかったの?」

「あ、後であげるよ。出来立ては、ココアには熱すぎるから」


 またジェシカさんに笑われて、私は赤面する。別に我慢できなくてかぶりついたわけでは……ちょっとあるけど。

 私はハフハフしながら、あっという間にガービーの肉を二つ食べた。朝ごはんを食べたばかりとか、そんなことは何も影響しないくらい美味しかった。むしろ食べたりないくらいだ。

 でも、あとはジェシカさんとココアの分。というわけで、私はジェシカさんに串焼きを差し出した。


「はい、ジェシカさんの分」

「ありがと」


 串焼きを受け取ると、ジェシカさんは控えめにそれをかじる。

 もっと、がぶって食べた方が美味しいのに。こんなところに、育ちの良さが出てるのかな。でも、普段はもっと豪快に食べてたよね? ペトラさんの家でガービーポルテを食べたときも、いっぱいおかわりしてたし。

 そういえば、今朝パンを食べてたときも、妙にモソモソした食べ方だったけど。


「ごめん、サーシャ。あたし、やっぱりお腹いっぱいみたい。残り食べて」

「え?」


 結局、ジェシカさんは一つだけお肉を食べて、串を私に返した。ジェシカさん、普段は結構食べる方なのに。よく考えたら、今朝だってパン一つしか食べてなかった。


「ジェシカさん、やっぱり調子悪いの?」

「んー……正直に言えば、良くはないけど……でも、横になってないとダメなくらいじゃないよ。むしろ、こうやって出歩いてる方が楽だし」


 私が心配して尋ねると、ジェシカさんはためらいがちにそう返した。

 本当に大丈夫かな。やっぱり、戻って部屋で休ませた方がいいのかな。でも、ジェシカさんはあんまり帰りたくなさそう。

 どうしたものかと悩んでいると、私の足にふわっと温かいものが振れた。


「ナァーオ」

「わ、わかってるよ、ココア。忘れてないから」


 串焼きの肉をふーふーして冷ましてから、私はそれを串から抜いて、手のひらの上に置く。

 私は手に乗せたお肉を、しゃがみこんでココアに差し出した。ココアはクンクンにおいを嗅いだあと、ペロペロと肉の表面をなめてから、口を開けてかじりついた。

 そして、ココアはポトっと足元にお肉を落とす。あーあ、砂まみれになっちゃったよ。私は苦笑したが、ココアは一生懸命ガジガジとお肉を噛んでいる。

 あっという間に食べ終えると、私の顔を見上げて次を催促してくる。

 私がさっきと同じようにお肉を上げると、ココアはまた夢中で食べ始めた。

 ふふふ、可愛い。私は微笑ましくそれを眺めつつ、最後に残ったお肉を口に運ぼうとする。

 じー……。


「……ココアも欲しいの?」

「ナァーオ」


 しばし、ココアと見つめ合う。ココアは可愛い目でじっと見て来る。

 仕方ない……私は意を決した。


「ジャンケンポン」


 私はパーを出す。ココアはグーだ。あの手はグーと見なす。

 よし、勝ったから遠慮なく、このお肉はいただこう。


 ギャリリリリッ!!


 直後、手のひらをココアに引っかかれた。いや、スキルのおかげで痛くはないんだけど……チョキか? チョキを主張しているのか、ココア?


「ナァーオ!」

「あっ!?」


 その隙をつかれて、私は手元の串焼きを奪われた。

 奪い返す前に、ココアはもぐもぐと串についたままのお肉にかぶりついてしまう。く、くそう。


「あはは、何やってんのサーシャ」

「わ、笑ってないで、ココアのこと怒ってよ!」

「今のはサーシャもずるいでしょ? っていうか、飼い主はサーシャなんだから、叱るなら自分で叱らなきゃ」

「ココア! 無理矢理取るのはずるいよっ!」


 ジェシカさんの言った前半部分は聞こえなかったことにして、私はココアを叱った。

 しかし、ココアは何食わぬ顔でペロペロと顔を洗っている。食べたくせに! 今、食べてたくせに!


「ほら、食べ終わったんなら、そろそろ行こう、サーシャ」


 むぐぐ、と私が唸っていると、ジェシカさんが先に立って歩き出した。

 私はそれを慌てて追いかける。すると、ココアも顔を洗うのをやめて、私の足元にくっついてきた。

 ココア、使い魔じゃなくなったのに、こうやって普通についてきてくれるんだよね。まあ、今さっきお肉を奪われたことは許さないけど。食べ物の恨みは恐ろしいんだからね、ココア。


「あっ、ジェシカさん。あそこで売ってる果物美味しそう」

「サーシャ、食べ物は後にしようよ……」


 呆れた目で、ジェシカさんが私を見て来る。

 デザートは別腹なのに……それに、いつもはジェシカさんの方が私よりいっぱい食べるのに。


「じゃあ、何見るの?」

「明日には出発すると思うから、食料と水は買い足さないとダメかなぁ」

「食べ物じゃん!」

「今食べるものを買うんじゃないからねー?」


 私がぶーっと頬を膨らませると、ジェシカさんがからかうように笑う。

 くっ、あのフルーツ食べたかった。メロンとそっくりな見た目で美味しそうだったのに。

 必ずまた後で立ち寄ろうと決意しつつ、ジェシカさんについていく。


「水と食べ物、どれくらい買うの?」

「次の街まで、急いでも五日はかかっちゃうからね。水は樽二つ分、食べ物は干し肉とか魚の干物を中心に余裕をもって一週間分買いたいなぁ」

「樽二つ!? どうやって運ぶの!?」

「大丈夫大丈夫。それくらい、あたしが担ぐよ」


 かしこさ68がなんか言った。


「ダメ!」

「わっ!? い、いきなり大声出さないでよ」


 びくっとしながら、ジェシカさんが目を丸くする。

 しかし、今のは聞き捨てならない。


「ジェシカさん、頑張るの禁止にされたでしょ! ダメだよ!」

「ダメって言われても……じゃあ、どうするの?」

「私が運ぶ……とか……」

「いけるの?」

「たぶん無理……」


 ほらね、という感じでジェシカさんため息をつく。

 け、けど! ジェシカさんには休んでもらわなきゃ!


「じゃあ、水と食料買うのやめよ! お散歩だけ!」

「けど、今のうちに買っておかないと、また明日の朝買いに来なきゃいけなくなるよ?」

「いいの! 今日は、ジェシカさんはお休みの日なの! お仕事禁止! 遊ぶだけ!」

「それは、ミオとフィアナに悪いってば」

「悪くない! むしろ、そんなことジェシカさんにさせたら、私がミオちゃんに絶対零度の目で見られるよ!」

「ぜ、ぜったいれいど???」

「とにかく、今日は遊ぶだけ!」


 困惑するジェシカさんを何とか押し切る。っていうか、今まで私の知らない間に、ジェシカさんそんな大変な作業してたんだ。

 エミルの村で、出発の準備は全部任せてたけど……一人でそんな重労働させちゃってたんだ。なんか今、ミオちゃんが朝に色々言ってたことがようやくわかった気がするよ。

 黙って勝手に突っ走るのはダメだね、やっぱり。


「食べ物がダメなら、服とかアクセサリーとか見ようよ。ジェシカさん、綺麗なんだからオシャレしなきゃ」

「え? あたしはそういうのはいいってば。こういう恰好の方が性に合ってるし、それに服なんて城に戻ったらいくらでもあるし。冒険に持って行っても邪魔だし」

「だ、だったら、せめて可愛い防具とか!」

「防具に可愛いも何もなくない?」

「え? ないの? なんかこう、ひらひらーっとしたのとか」

「ひらひらーっとしたの着て、どうやって戦うのさ……あたし、剣士なんだけど……」


 むぐぐ……でも、食べ物もダメ、服もダメじゃ買い物してても楽しくない……。


「いいから、買うのー!」

「ふわぁ……さ、サーシャ、いきなり押したら、こ、こける!」


 ムキになった私は、ジェシカさんの背中をグイグイ押しながら、ジェシカさんを着せ替え人形にすることを固く誓ったのだった。


 ***


「とてもよくお似合いですよ!」


 あの後、嫌がるジェシカさんを無理矢理押し込んで入った服屋の店員さんが、最高のスマイルを浮かべた。

 私はじっとジェシカさんのことを見つめる。ジェシカさんは、私に微笑みかけて、


「あたしもよく似合ってると思うよ、サーシャ」


 薄紫色のフリルブラウスと空色のスカートを着せられ、髪をツインテールにされた私を褒めてくれた。

 おかしい、どうしてこうなった。


「いかがでしょう? こちら、生地も丈夫ですし、長く使っていただけますよ? セットで購入していただけましたら、シュシュの方はサービスさせていただきますので」

「そうだねぇー、なら買っちゃおうかなぁ。サーシャ、いっつも白のワンピースだし。他にはオススメないかな?」

「もちろん、ございます! こちら、先日入荷したばかりの新作なのですが――」


 満面の笑みでジェシカさんを案内していく店員さん。私はフィッティングルームの前に、ぽつーんと一人残される。ココアは店の外でお昼寝中だ。

 店に入るまでは私のペースだったのだ。店に入った後、全く乗り気じゃないジェシカさんをひとまず放置して、ジェシカさんに着せる服を物色し始めた。

 ここでまず問題が起きた。この店の服、地味というか、無難なものばかりだったのだ。庶民的で、デザインも色も攻めてるのが全くない。

 転生前の私だったら、これいいなーって思う服はたくさんあったが……今回はそれじゃダメなのだ。

 普段の言動からうっかり忘れがちだが、ジェシカさんはめちゃくちゃ素材がいい。はっきり言ってしまえば、服が負ける。

 特に、王城で見たときの、真っ赤なドレス姿が鮮烈に印象に残っている。あれくらい強烈な服でないと、ジェシカさんには映えないのだ。

 丈の短いシャツとか、ホットパンツとかを履かせて、ボーイッシュに仕上げても似合うけど……そういうかっこいい系は今求めてない。っていうか、それだといつものジェシカさんと印象変わらないし。

 私は今、お姫様なジェシカさんを見たいのだ。

 なんて熱い想いをたぎらせつつ頑張って服を選んだのだが、ピンと来るものは見つからず……仕方なく妥協して選んだ服を着せてみたところ、なんていうか散々だった。

 魔女に魔法をかけられる前のシンデレラって感じ。選んだのは、白いシャツに、チェック柄の緑のスカートだったんだけど……白いシャツがグレーに見えるくらいくすんで見えてしまった。

 普通の人が着れば無難に似合うと思うんだけど、ジェシカさんが着ると地味過ぎてみすぼらしい。試しにカーキ色のカーディガンを羽織ってもらったら、さらにダサくなった。

 あまりのこれじゃない感に、私はジェシカさんの服を全部引っぺがしてから、もう一度服を選びなおすことにした。脱がすときに、大胆過ぎるとか、乱暴とか、なんかキャンキャン鳴いてたけど無視した。

 そして、必死に私が服を見ていたとき……背後から声をかけられたのだ。


 お客様、子ども服のコーナーはそちらではありませんよ、と。


 それからは、説明する暇すら与えられず、あとはあれよあれよという間に着せ替え人形にされた。

 最初は一応、オススメするという形で話していてくれた店員さんも、私があーだのうーだの言っているのに痺れを切らせたらしく、最後には「とりあえず、これとこれを着てみてください」とフィッティングルームに放り込まれたのだ。

 そして、その結果が現在の状況である。この店、地味な寒色系が多いなーって思ってたのに、さすが店員さん。ラベンダーにスカイブルーという寒色同士の組み合わせなのに、全く暗い印象になってない。我ながら、似合ってしまっている。

 あぁ、そういえば私って、銀髪碧眼の美少女だったんだなぁということを今更思い出すレベルだ。最初、泉で見たときは、何この幼女可愛い! って思ったけど、毎日見てるとね。自分の顔だしね。


「サーシャ、これも着てみてよー」


 あぁ、ジェシカさんが新しい服を持ってニコニコしてるよ。私がジェシカさんを着せ替えるはずだったのに。

 って、あれはさっき大失敗した、カーキ色のカーディガン! それに、白いシャツはいいとして、ジェシカさんが持ってるのズボンじゃん! しかも、ピンクの!

 なんで、大人用の服は無難なのしかなかったのに、子ども服は妙にバリエーション豊かなの!? 子ども服で攻めて来ないでよ!

 だ、大丈夫かな、このコーディネート。色合いがもう、とんでもないことになる気しかしないんだけど。


「今着てる服脱いだら、渡してね。包んでもらうから。シュシュも外してね」

「あっ、やっぱり買うんだ、これ……」

「サーシャも女の子なんだから、たまにはオシャレしないとさ」


 私が同じようなこと言ったときは、ジェシカさん気乗りしない感じだったくせに! っていうか、私の服選んでないで、自分の服選んでよ!

 私は今着ている服を脱いで、シュシュと一緒にジェシカさんに返す。ピンクのズボンと、カーキ色のカーディガン……絶対合わないと思うんだけどなぁ、これ。

 ジェシカさんに絶対爆笑されると思いつつ、なんか着ないで済ますのは無理そうだったので、諦めて着替えた。

 一度、姿見で自分の姿を確認してから、シャーっとカーテンを開ける。


「わー、サーシャ、なんか凛々しくなった!」

「とてもよくお似合いです!」


 ジェシカさんと、いつの間にか戻ってきた店員さんが歓声を上げる。

 うん、さっき鏡で見て思った。この組み合わせ、かっこいいのだ。ピンクのズボンはどう考えてもヤバイだろと思ったけど、びっくりするぐらいいけた。

 顔までつられてキリっとしてしまうくらいだ。調子に乗って、ズボンのポケットに手を突っ込んだりしてみちゃう。

 私って、もしかして何着ても似合うのでは? とか思っちゃうレベルだ。


「じゃあ、これも買うねー。他にはオススメない?」

「ありがとうございます! 実は、とっておきが!」

「待って待って待って!! 私のはもういいよ! ジェシカさんの! ジェシカさんの服ー!」


 このままでは切りがないと思って、私は慌てて二人を阻止した。

 ちょっといい気分にはなったけど、ここにはジェシカさんの服を買いに来たんだから!


「えー? あたしはいいってば」

「店員さん! ジェシカさんに似合う服選んでください!」


 びしっとジェシカさんを指さして、口答えをシャットアウトする。

 私ばっかりは不公平だもんね! 私だって、いつもと違うジェシカさんが見たい!


「お客様にオススメの服……ですか……」


 しかし、店員さんはすごく困ったような顔をした。

 おい、なんだ、そのテンションの差は。さっきまで、ぽんぽんアイデア出してたじゃん。

 じとーっと私がにらんでいると、店員さんは悩まし気な表情をしながら歩き出す。

 そして、しばらく商品を眺めて考えた後、意を決したように服を手に取った。

 店員さんは、選んだものをジェシカさんに差し出して、


「こちらなどいかがでしょう」

「ああ、それはいいや」


 試着してもらう前に、ジェシカさんから拒否された。

 カーキ色のカーディガンに、白いシャツ、チェック柄の緑のスカート。

 店員さんが選んだのは、私が選んだ残念コーデと全く同じだった。


 ***


「ごめん、サーシャ、これだけ持って」

「もー! 買いすぎだよ、ジェシカさん!」


 ひったくるように、服が入った包みを私は受け取った。

 ジェシカさんは同じ包みを、両手いっぱいに抱えている。私がこの包みを持ってあげなかったら、視界が遮られて前が見えないレベルだ。


「結局、私の服しか買ってないし! ミオちゃんが怒るよ! ずるいーって!」

「まあまあ、ミオとサイズ一緒なんだから、仲良く着ればいいじゃん」

「そんな、お下がりみたいな!」

「ミオにもまた買うからさぁ。あー、そういえば、フィアナも下着欲しがってたな。今の店で買ってあげればよかった」


 なんだと? フィアナ、まさか大きくなったのか? 草しか食べてないのに。


「ナァーオ」

「あ、ココア。お待たせ」


 私は、足元にすりついてきたココアに視線を落とす。

 ジェシカさんと店員さんがフィーバーしてたから、かなり待たせちゃったよ。来たのは朝だったのに、もうお昼過ぎてるし。

 よくいい子で待ってくれてたものだ。今朝見つけた果物屋さんの果物をごちそうしてやろう。ココアが果物食べてるのみたことないけど。

 と、私がしゃがんでココアをなでなでしていたときだった。

 ぐいっ!


「うわっ!?」


 急に引っ張られて、私はポテンとこける。

 いたた、急に何が?


「サーシャ!!」


 私が体を起こすと、ジェシカさんが血相を変えた様子で叫んだ。


「ひったくりだよ! あっちに逃げてる!」


 ひったくり……?

 何が取られたんだろう。服の包みは、ちゃんと持ってる。ジェシカさんが抱えてる包みも減ってない。ココアは目の前にいる。

 魔法大全は……カバンごとない。うん。


「やばぁぁぁぁぁぁい!!」


 世界にたった一冊の魔法大全! あれ無くしたらライオネット君になんて言われるか! むしろ、何をされるか!!

 ひったくりは、目の前の路地に姿を消そうとしている。早く追いかけないと、見失っちゃう!


「サーシャ、荷物持って! あたしが追うよ!」


 ジェンガのごとく積みあがった包みを抱きかかえながら、ジェシカさんが叫んだ。

 確かに、ジェシカさんのスピードなら、追いつけそうではあるけど――

 私は、ふわふわのスキルで浮かび上がり、ジェシカさんの持っている荷物の上に、私の荷物をさらに積んだ。


「サーシャ!?」

「私が捕まえて来る! ジェシカさんはココア見てて!」

「あたしが追いかけた方が速いって!」

「わかってるけど! ジェシカさんは頑張るの禁止だからー!」


 それだけ言い残して、私は走った。これなら、ワンピースに着替えないで、ズボンのままにしておいたらよかった。その方が走りやすかったのに。

 でも、泣き言を言ってても仕方ない。私は、ひったくり犯が入っていった路地に飛び込む。

 そこは、商店街の店と店の間にある狭い隙間で、大人一人がやっと通れるくらいのスペースしかない。おまけに、色々ものが置いてあるから、走り抜け辛くてしょうがない。

 けど、私は今10歳の子どもだ。この体なら、この狭い路地も十分走って抜けられる。

 しかし、それは相手も同じようだった。そう、犯人は私とそこまで歳の変わらない子どもだ。背は私より少し高い。けど、スピードはたぶん負けてない。

 ただ、最初に出遅れた分が響いて、また犯人は私が追いつく前に路地を抜けようとしていた。

 くっ! 人混みに紛れられたら、探すのが厄介になる! だったら、視界から消える前に――鑑定スキル!!


______________________


名前:マルセロ・ハイドラン

種族:人間

年齢:13歳

職業:領主の息子/盗賊/魔王のしもべ

Lv:10

HP:130/130

MP:0/0

攻撃力:80

防御力:60

素早さ:178

かしこさ:154


【スキル】

 

______________________


 ……何、この人の職業。領主の息子で、盗賊で、魔王のしもべ? え? 魔王のしもべなの?

 でも……よ、弱くないかな? 今まで襲ってきた魔王の刺客って、カーミラとかフィアナとか……レベルだけでいったら、ミオちゃんより低いんだけど。

 な、なんか色々驚かされたけど! とにかく、このステータス相手なら大丈夫だ! 私一人でいける!

 ちなみに、これが今の私のステータス!


______________________


名前:サーシャ・アルフヘイム

種族:人間

年齢:10歳

職業:勇者/冒険者

Lv:40

HP:224/224

MP:5166/5172

攻撃力:88

防御力:72

素早さ:180

かしこさ:2975


【スキル】

 ふわふわ(Lv5)

 鑑定(Lv3)

 子猫吸引(Lv-)


【備考】

 鑑定スキルLv2以上のため、クリックでスキル詳細表示可能


______________________

 

 おわかりいただけただろうか? MPとかしこさがまた地味ーに増えました。毎日コツコツだね。

 MP減ってるのは、こかされてダメージ受けたときと、ココアに引っかかれたときと、ジェシカさんに荷物渡すのにちょっと浮いたときの分。

 けど今重要なのは素早さ! 勝ってる! 私が勝ってる! 2だけ勝ってる!!

 あの、私って勇者なんですよね? なんで4倍のレベル差があるのに、素早さの差が2しかないんですか? 盗賊の補正ですか?

 とか考えている間に、路地を抜けたひったくり、マルセロという名前らしい男の子が私の視界から姿を消す。

 しかし、甘い。フィアナの大好物、マキシマムハイルブロントベリーより甘い! あれ若干酸っぱいけど。

 とにかく、私には奥の手があるのだよ! かしこさに応じた範囲制限はあるものの、一度見た生物の位置を俯瞰視点で把握できる魔法! サーチアイ!!

 この魔法があれば、引ったくりを見失うことはない! 地の果てまで追いかけて、絶対に魔法大全を取り戻す!

 というわけで、私は早速呪文を確認するために、魔法大全が入ってるカバンに手を伸ばそうとして――


 ……その魔法大全が今盗まれてるんじゃん。


「逃がすかぁー!! エアロブラスタぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 急激に危機感が膨張した私は、なりふり構わず魔法の構成を練り、魔力を注ぎ込む。私のすぐ背後で魔法が炸裂し、風が私の体を一気に前方へと吹き飛ばす。

 強風で敵を攻撃するつもりが、全く威力がない上に射程も短いという仕上がりになったこのオリジナル魔法は、移動用の魔法として重宝している。

 とくに、ふわふわの飛行スキルと組み合わせると結構よく飛ぶのだ。おかげで、私はあっという間に路地を抜け出した。

 視界の端に、人混みへ向かって走っていく引ったくりの姿を発見。あのまま巻くつもりだろうが、そうはいかない。

 私はふわふわのスキルで浮き上がり、エアロブラスターをまた背中で炸裂させる。


「あれはなんだ!?」

「鳥か!? 魔物か!?」

「いや、ふわふわ幼女だ!」

「はぁ!?」


 なんか、下の人たちがこっちを見上げて騒いでいるが、好都合。だって、引ったくりが見つけやすくなるから。

 みんなが私を見上げている中、一人だけわき目もふれずに走っている人が一人。この位置からなら見え見えだ。

 問題は、ここからどうやって捕まえるか。上からとびかかって取り押さえようとすると、他の人たちも巻き込みかねない。

 とりあえず、エアロブラスターとスキルを駆使して、着かず離れずの位置をキープ。

 すると、引ったくりは人混みを抜け出して、また路地に入ろうとしていく。

 よし、今だ! ここから、路地の少し奥にロックバリスタを撃ち込んで道を塞げば、追い詰められる!

 私は、すぐに魔法の構成を練ろうとして――


『何でも力技でどうにかしようとし過ぎ。特にサーシャちゃん』


 脳裏に響いたミオちゃんの声がそれを押しとどめた。

 引ったくりを捕まえるために、ロックバリスタを街中でぶっ放しました。そんなことを言ったら、ミオちゃんにゴミクズを見る目で見られてしまう。

 そして、これから事あるごとに「特にサーシャちゃん」と釘を刺され続けてしまう。そんな情けないのは嫌だ。


「くっ!!」


 私はエアブラスターで急降下。引ったくりが逃げ込んだ路地に、少し遅れて飛び込んだ。

 え? エアロブラスターを使うのはいいのかって? これは攻撃用の魔法じゃないし、人に向かって撃ってないからいいの! ロックバリスタは建物だってぶっ壊せるような魔法なんだから!

 しかし、魔法が使えないのは辛い。闇魔法のシャドウ・ハンズなら傷つけず捕まえられるけど、あの魔法もまだ詠唱破棄できないんだよね。呪文も暗記してないから、魔法大全がないと使えない。

 こんなことなら、ライオネット君の言う通り、早く魔法大全の呪文全部丸暗記しとくんだったー! 絶対無理だけどー!

 とりあえず、他に手段もないので、私は必死に引ったくりを追いかける。しかし、そこで思わぬ幸運が訪れた。


「やった! 行き止まり!!」


 目の前に現れたのは、ディオゲネイルを囲む城壁。そして、その手前には城門に沿って流れる水路。路地なので、左右には当然建物があり、逃げ込めるような裏口もない。

 思いがけず、引ったくりを追い詰めることができた。あそこで思いとどまったから、きっと神様がご褒美をくれたんだ。ありがとう神様。

 あ、でも神様ってヘルメス君か。感謝するのやめよ。クソが。


「もう逃げられないよ! 観念して、私のカバン返し――」


 私が足を止めて、降伏勧告をしようとした瞬間だった。

 引ったくりはなんと、躊躇なく水路に飛び込んだ。


「え!? ウソ!? はぁ!? うっそぉ!?」


 私は慌てて水路に駆け寄り、水面を覗き込む。

 引ったくりらしき影が、城壁の下へもぐりこんでいく。

 まさか……この水路から城壁の外に抜けられるの? あの引ったくり、ディオゲネイルの外に逃げちゃったってこと?


『別にお出かけしてもいいけど、街の外には出ないようにしてね』


 また、頭の中でミオちゃんの言葉がリフレインする。

 それに、水の中に入っちゃったんだ。魔法大全、きっともうぐちゃぐちゃだ。インクとか滲んで、もう読めなくなってるかも。

 詰んだ。こんなことなら、なりふり構わず、ロックバリスタを路地にぶち込んでおけばよかった。神様ってやっぱりクソだわ。


「……けるか」


 膝を折って座り込んだまま、私はぎゅうっと拳を握り込む。

 魔法大全は、これからの冒険に絶対に必要なものだ。あれがあるから、魔法のスキルがない私でも、自由に魔法が使える。あの本なしでは使えない魔法は、まだまだたくさんある。

 何より、あれがないと私はメギドが使えない。あのライオネット君ですら認めてくれた、私の切り札。

 ただ……実は、それ以上にあれを取り返したい理由があるのだ。例え、あの本がぐちゃぐちゃになって、もう全ての呪文が読めないようになっていたとしても、絶対に取り返さないとダメな理由。

 それは、メギドのページに挟んでおいた、エミルルモガニアの押し花しおり。ミオちゃんがくれた大切なプレゼント。


「負けるかぁぁぁぁぁぁ!!」


 もはや地の果てまで追ってでも奪い返す。私は躊躇なく、ふわふわのスキルを使い、城壁を越えたのだった。

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