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ふわふわ34 可愛いかよ

「この際だから話しておきたいことがあるんだけど」


 翌朝、みんな一緒に食堂で食事を取っていると、突然ミオちゃんがそんなことを言い出した。


「話しておきたいこととは何ですか、ミオ様?」


 シャクシャクと山盛りのサラダを食べながら、フィアナが聞き返す。

 この人、生野菜とフルーツが大好物なのだ。というか、エルフは基本的に草食らしい。

 よく、その食生活でここまで育ったものだと、つい目を見張ってしまう。

 これは完全に余談だが、ジェシカさんに前聞いたところによると、メディオクリスの女エルフは基本平坦らしい。

 まあ、草ばかり食べてれば普通そうなるし、むしろフィアナのポテンシャルの高さに戦慄させられるばかりである。

 バカ話はこれくらいにしておいて、私はウインナーに似た肉料理を頬張りながら、ミオちゃんの方を見た。


「ジェシカも、サーシャちゃんも、それにフィアナもだけど。あるもので何とかしようっていう発想が全然ないよね」


 いきなり、何の話?

 口をもぐもぐ動かしながら、私はフィアナと顔を見合わせる。

 フィアナも何のことだかと言った顔で、サラダをシャキシャキ食べている。

 ジェシカさんはパンをもそもそ食べていた。相変わらず元気はないけど、昨日よりは少しマシに見える。

 ミオちゃんは三人とも口を動かしつつも、自分の方に注目しているのを確認して、続けた。


「できることと、できないことを区別できてないんだよ。できないことを無理にやろうとしてる。だから、ありえないことが起きるんだよ」

「あの、ミオ様。お言葉ですが、私はそういうことをした覚えがないんですが……」

「フィアナ、冒険者になる試験で、試験会場ごと吹き飛ばす魔法は使ったらダメなんだよ」

「はい……」


 一番体(の一部)が大きいフィアナが、小さなミオちゃんにそう指摘されて、しゅーんとなる。

 えっと、お説教……されてるのかな、私たち。昨日は、ミオちゃん、私たちのしたことに文句とか言ってなかったけど……ジェシカさんがあの状態だったし、遠慮してたのかな。

 なら、殊勝に効くことにしよう。他のお客もいる食堂だから、もしドラゴンの話題とか出したら、止めないといけないけど。

 ガービーの卵で作られた大きなハムエッグを、じゅるじゅるすするように食べながら、私はミオちゃんに対して聞く姿勢を取る。


「サーシャちゃんとジェシカだってそう。何でも力技でどうにかしようとし過ぎ」


 そ、そうかな? 確かに、ジェシカさんはかしこさが68なところあるから、結構無茶するけど。

 私だってやらかしちゃうことは多いけど、どっちかというと周りに流されてというか、むしろ性格的には無難な方だと思うんだけど。

 と、口に出したらお説教が長くなりそうなので、私はサラダをフィアナと同じようにシャクシャク食べる。


「特に、サーシャちゃんは向こう見ず過ぎ」


 え!? わ、私ですか!?

 思わず心の声が敬語になった。これじゃ、私が一番の危険人物みたいじゃん。

 すると、心外だと思っているのがバレたのか、ミオちゃんは私のことをジト―っと見つめて、


「サーシャちゃんが、今回、どーしても手に入れたかったあれなんだけどさ」


 どーしても手に入れたかったあれ……どう考えても、ルリオオマキツルクサの根の話だろう。

 さすがというか、その名前を出すのはマズイ、というのはミオちゃんもわかっているようだ。


「ローズクレスタの内壁の中、つまり王宮があるところの話なんだけどさ。そこにね、王家直轄の農園があるんだよ」

「王家直轄の農園? ジェシカさん、王族の人たちも畑仕事なんてするの?」

「え? あたし、全然知らないよ?」


 私が質問すると、ジェシカさんはパンをもそもそ食べながら、きょとんとする。

 ちょっと元の調子に戻って来たのは嬉しいけど、なんで王家直轄の農園のことを、お姫様であるジェシカさんが知らないんだろうか。賎民街ダウンタウンに住んでた、ミオちゃんがすら知ってるのに。


「ジェシカさん、自分の家のこともうちょっと知ろうよ……」

「サーシャだって、うちに三ヶ月も住んでたのに知らなかったじゃん……」

「それは、そう……だけど……」


 かしこさ68に論破された。屈辱過ぎる。


「別に、王族の人たちが野菜育ててるわけじゃないんだよ、サーシャちゃん。実際に管理してるのは、王様が雇ってる人たちだから」

「あ、そうなんだ……採れたて野菜の方が美味しいもんね」

「なーんだ。じゃあ、あたしが知らなくても仕方ないね」


 いや、仕方なくはないと思うんだけど。ジェシカさん、三位とはいえ、王位継承権持ってるよね? お姫様だよね?

 でも、ということは、私が王宮で食べた料理の野菜もそこで採れたものだったのかな。王宮の料理だから、美味しいのは当たり前みたいに思ってたけど、そういう秘密もあったんだ。

 なんて私は納得していたのだが、ミオちゃんは首を振った。


「違うよ、サーシャちゃん。食べるための野菜を育ててるんじゃないの」

「え? でも、農園だよね? 他に何育てるの? 果物?」

「だから、食べるためじゃないんだってば」

「サーシャ様は食いしん坊ですね」

「フィアナにまでからかわれた!?」

「にまでってなんですか、サーシャ様!?」


 ものすごく心外そうな顔で、フィアナが叫ぶ。し、しまった。フィアナは基本いじられる側だと思っている私の認識がバレた。

 とりあえず、フィアナの抗議は聞かなかったことにして、私はミオちゃんに視線を戻す。


「その農園ではね、珍しい植物を保護するために育ててるんだよ。エミルルモガニアとか、グラファイトカモミールみたいに、決まった場所に少ししかない植物が、ハイルブロント王国には結構あるんだ。特殊な環境でしか育たないから、栽培するのは大変らしいんだけど、宮廷魔術師と協力してなんとか環境を再現してるらしいよ」


 ほぇー、ミオちゃんって小さいのに本当に物知りだなぁ。

 そういえば、動物園とか水族館も、珍しい生き物を保護するのも大事な役割だって聞いたことある。ハイルブロント王国でも、そういうことしてるんだね。

 なんて感心していたのだが、ミオちゃんが私に向ける目はなぜか冷たかった。


「サーシャちゃん、まだわかんない?」

「わかんないって、何が?」

「だから、サーシャちゃんが無理して手に入れたあれも、そこにはあるんだよ」


 ピシィって音が、自分の全身から聞こえた。

 今、私はふわふわのスキルを発動できていない気がする。そんなことを思ってしまうくらい固まった。

 そして、ミオちゃんがどうしてこんな話を長々としていたのか、ようやく理解した。

 ラピスの森に不法侵入してドラゴンと戦うなんて無茶苦茶やらなくても、ローズクレスタに戻れば、ルリオオマキツルクサは手に入ったんだよって。


「う……そ……でしょ……」


 ジェシカさんの口から、ポロリとパンが落ちる。私と同じく、大きなショックを受けたのだろう。

 いや、むしろ目的のものが実家にあったことを知らなかったジェシカさんの方が、ダメージは大きそうだ。

 だから、昨日じゃなくて、今、この話を持ち出したんだ。昨日のジェシカさんに追い打ちかけられないし。いや、今も危険だと思うけど。魂抜けかけてるけど。


「勘違いしないで欲しいんだけど、ジェシカとサーシャちゃんが知らなかったことを責めてるわけじゃないよ」


 いや、責められてなくてもダメージは受けてるんですけど……。

 バレたら終わりの物凄く危ない橋を渡って、ドラゴンと戦って死ぬ思いして、ようやく手に入れたのに。

 あれから何回も後悔したけど、そうしないとペトラさんの旦那さんは助けられなかったから……それだけが小さな支えだったのに。

 あれが全部、必要のない努力だったなんて。心がへし折れそうだ。

 ジェシカさんも私と同じく真っ白になっていた。昨日よりヤバイかもしれない。だって、私も今泣きそうだもん。

 そんな私たち二人を見て、ミオちゃんがため息をつく。


「二人は知らなかったけど、私は知ってた。一度帰ってきて、相談してくれたらよかったのに」


 帰ってきて相談……そんな選択肢、私たちの中には全くなかった。ペトラさんのことを見て見ぬふりするか、二人でラピスの森に突撃するか。

 無事成功しても、ミオちゃんとフィアナには絶対黙ってるつもりだったし……結局白状させられたけど。


「昨日も言ったよね? 私たちは仲間なんだから、私たちにだけは大事なことは話して欲しい。サーシャちゃんも、ジェシカも、フィアナも、いつも黙って一人で突っ走り過ぎだよ」


 流れ弾を食らったフィアナがびくっと反応する。

 私とジェシカさんはショックが大きすぎて、仲良く肩を落としてる。10歳児に、中身22歳の私と、18歳のジェシカさんと、26歳のフィアナが説教されている。

 なんて情けない光景なんだろうか。昨日からミオちゃんに叱られ過ぎて、もう慣れ始めてるのがより情けない。


「私は三人の、頭で考えるより先に動いちゃうところは好きだよ。三人とも私から見たら、ううん、普通の人に比べたら信じられないくらい強いし、それで上手く行っちゃうことが多いのもわかるよ。でも、これからはやる前に一言相談して欲しい」

「ごめんなさい……」


 か細い声で、私はつぶやいた。ジェシカさんは辛そうに視線を落としている。フィアナは、少しの間、視線を泳がせてから、


「私も、申し訳ありませんでした」

「謝って欲しいんじゃないよ。でも、これからは私たちでジェシカを守って旅するんだから。ちゃんと力を合わせないとダメだなって思ったの」

「わ、私が守る!」

「サーシャちゃんは意地張らないで、ちょっとくらい反省してよ!」


 反射的に言い返すと、ミオちゃんがもう! と言って怒った。

 反省は……してるんですよ、これでも。


「全くもう……今度、相談なしに突っ走ったら、私は本当に怒るから!」


 腕組みをしながら、ミオちゃんがふん、と鼻を鳴らす。

 今までずっと、ジェシカさんに引っ張られる感じだったけど、今はすっかりミオちゃんがリーダーだ。

 私と同じくらいちっちゃい体が、気のせいか大きく見える。


「じゃあ、私とフィアナは今日も試験会場直してくるからね。今日で作業は終わると思うから、二人はのんびりしてて。別にお出かけしてもいいけど、街の外には出ないようにしてね」


 エミルの村で、冒険者ギルドに行くジェシカさんが私とミオちゃんに言ったことと似たような言葉を、ミオちゃんが口にした。

 あの時は、村の外へ抜け出すのを提案する側だったのに。子どもの成長って早いなぁ……。


「フィアナ、行こ」

「あ、あの……デザートにフルーツを食べてはダメですか……?」


 出発する気満々のミオちゃんに、フィアナがおずおずと申し出る。

 結構な量のサラダ食べてたと思うけど、サラダだもんね。お腹減るよね、普通は。

 でも、一番大人で体(の一部)も一番大きいはずなのに、今のフィアナは小さな子どもみたいに見えた。


「あっ! ごめん、いいよ! お腹空いてたら動けないもんね!」

「ありがとうございます」


 慌てて座りなおすミオちゃんに、ぱぁっと明るい笑顔を見せるフィアナ。

 この人、可愛いかもしれん。っていうか、フィアナも最初に出会った時とは印象随分変わったなぁ……。

 私は嬉しそうにフルーツの盛り合わせをお店の人に注文するフィアナを眺めながら、ふと気になっていたことを思いだした。


「あ、そういえば。ずっと聞き損ねてたんだけど、フィアナって最初会ったときと話し方変わったよね?」

「え? い、今聞くんですか?」


 届いたフルーツにかじりつこうとしていたフィアナが、戸惑った様子を見せる。

 なんで、そんなに驚いてるんだろう? あっ、そっか。


「ごめん、フィアナ。そんなにフルーツ食べたかったんだね」

「え!? ち、違います! 今ってそういう意味じゃなくて! どうして今になってそんなことをという意味です!」


 顔を真っ赤にするフィアナだが、フルーツを刺したフォークは手放していない。

 きっと図星だったんだな。これは悪いことをした。


「遠慮しなくていいよフィアナ。食べて食べて」

「本当に違いますよ! た、食べますけど」


 赤面しながら、シャクシャクとリンゴをかじるフィアナ。やっぱり可愛いなこの人。


「……話し方は、もともとこっちが素なんです。長の娘でしたから、言葉遣いには厳しくて」


 フルーツを食べる合間に、私の質問に答えてくれるフィアナ。ってことは、最初に会ったときはキャラ作ってたのか。

 生くっころも素じゃなかったんだね。


「ですが、魔王軍に入ったとき、そのままでは他の者に舐められると思って……言葉遣いを変えたんです」

「ちょっ、フィアナ! それ、ここで言うのマズイ!」

「え? あ……だ、だって、サーシャ様が聞くから!」


 二人して焦っていると、隣でジェシカさんがクスっと笑った。ミオちゃんは呆れたようにため息をついている。

 ずっと気になっていた疑問はこれで解消したけど……今の会話、他のお客に聞かれなかったかな? どうか、ギルドマスターの耳には入りませんように。


「あ、そういえば、もう一つ聞きたいことあった」

「サーシャちゃん、その話題安全?」

「こ、今度は大丈夫」


 ジト目で見て来るミオちゃんに、私は慌ててパタパタと手を振る。

 私だって、そう何度もやらかさないよ。全く、信用ないんだから。心当たりしかないけどさ。


「フィアナ、私のこと勇者様って呼んでたのに、サーシャ様に呼び方変わったよね?」

「え? あ……すいません。失礼、でしたか?」

「いや、全然だけど。ただ、どうしたのかなーって」


 たぶん、ラピスの森から帰って来てから、呼び方が変わった気がする。

 別にどっちでもいいんだけど、急に呼び方が変わった理由は気になっていたのだ。

 すると、フィアナはでっかいブドウのようなフルーツの皮を剥きながら、少し赤面しながら答えた。


「……勇者様という呼び方は、何だかよそよそしい気がして。少し、調子に乗ってみました。咎められたらやめようと思って……」


 可愛いかよ。


「ぜ、全然いいよ! でも、それなら別に、様とかつけなくてもいいんじゃないかな!」

「そっちは口癖みたいなもので、言わないとむずがゆいんです」


 皮を剥いたブドウのようなフルーツを、ちゅぱちゅぱ美味しそうにしゃぶりながら、フィアナはそう言った。

 年齢も一番上で、体つきも一番大人なのに、フィアナは仕草とか言動がなんか子どもっぽい。

 庇護欲を掻き立てられるというか……可愛いかよ!!


「ジェシカ、サーシャは渡さないーって言わないの?」

「えー? そりゃ、言いたいけど、今のあたしじゃさぁ……」


 横で勝手なことを言い出すミオちゃんとジェシカさん。別に、今そういう話してなかったじゃん!

 くそ、こうなったら私もからかってやる。


「私はジェシカさん一筋だからね!」

「ふぇ……?」


 ジェシカさんが変な声で鳴いた。


「サーシャちゃん、大胆だね……」

「なっ! ちょっ、冗談じゃん! 冗談!」

「え? あ、そ、そうだよね? あはは……」

「うわー、サーシャちゃん、それはないよ……」

「サーシャ様、今のは酷いですよ……」


 からかわれたから、からかい返しただけなのに! くっそう、今のジェシカさんいつも以上にやりにくいな!


「ウソだよ! ジェシカさんのこと大好きだよ!!」


 シーン……。

 あれ? なにこの沈黙? なんでジェシカさんたちだけじゃなくて、食堂中黙るの?

 気まずすぎる時間が場を支配し、ようやく、ジェシカさんが赤面しながらつぶやいた。


「あ、あたし、こういうとき、どうしたらいいかわかんないんだけど」

「笑えばいいんじゃないかな!!」


 いつもみたいに爆笑してくれれば、こっちも救われるからね!!


「フィアナ、行くよ」

「え? 待ってください、ミオ様、まだ大好物のマキシマムハイルブロントベリーが――」

「持ってきていいから!!」


 ミオちゃんが、慌ててフルーツを紙に包んで追いかけるフィアナを連れて、食堂を出て行く。

 ま、まあ……ジェシカさん、ちょっと元気になった気がするし……いいか、な。

 食堂中の視線を一身に浴びながら、私は深くため息をつくのだった。

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