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ふわふわ31 帰還

 あれから、私たちは誰にも見つからず、ラピスの森を抜け出すことができた。

 あれだけの戦闘をしたのだから、誰か様子を見るかもとも思ったが、森への立ち入り禁止命令が優先されたのだろうか。見張りの配置は、入ったときと変わっていないようだった。

 主にふわふわビームの使い過ぎで、私のMPは随分目減りしていたが、ギリギリ飛行は維持できた。来た時みたいに高度は出せなかったけど、そもそもが小さい上に黒いマントと袋で覆っているので、それでも気づかれなかったようだ。

 私とジェシカさんはラピスの村に戻ると、ペトラさんの家の前にルリオオマキツルクサの根を置いておいた。約束通り、袋に包んで。

 それからは、冒険者ギルドが開くまで二人で待った。宿なんてもちろん開いてないし、野営をするとそのまま寝過ごしてしまいそうなのと、村の中にいるのに野宿なんてしたら怪しまれそうだからやらなかった。

 ジェシカさんは、私は寝ていていいと言ってくれたけど、私は起きていた。

 もう空が白み始めていたのと、妙に頭が冴えて眠れる気がしなかったのだ。代わりに、ずっとココアを吸っていた。

 そして、今、私たちはギルドから借りたガービーの背に乗って、ディオゲネイルを目指している。


「サーシャ、疲れてるでしょ? 寝てもいいんだよ?」


 ココアを吸いながら、ぼーっとしていると、後ろからジェシカさんが声をかけてくる。


「大丈夫」


 ガービーの背で揺られながら、私は何回目かわからなくなった返事を繰り返す。

 グルグルとずっと頭を回っているのは、またやってしまったなという考え。

 私がワガママを言った。ジェシカさんがそれを聞いてくれた。

 結果、ジェシカさんは命を落としかけて、それどころかハイルブロント王国ごと滅ぼされるところだった。

 ココアが助けてくれなかったら、本当にそうなってた。

 今も大人しく腕の中にいるココアの後頭部に、顔をじっと押し付ける。


「落ちるのが不安なら、大丈夫だよ? あたし、ちゃんと支えて置いてあげるからさ。ココアだって」

「平気」


 ココアをぎゅっと抱きなおしながら、私は答えた。

 あの戦いの後、二つ変化があった。

 一つは、私のステータス。


______________________


名前:サーシャ・アルフヘイム

種族:人間

年齢:10歳

職業:勇者/冒険者

Lv:40

HP:224/224

MP:5154/5154

攻撃力:88

防御力:72

素早さ:180

かしこさ:2966


【スキル】

 ふわふわ(Lv5)

 鑑定(Lv3)

 子猫吸引(Lv-)


【備考】

 鑑定スキルLv2以上のため、クリックでスキル詳細表示可能


______________________


 レベルが上がった――のは、依頼を連続でこなした結果だ。討伐依頼のターゲットを全部私が倒したせいで、結構、経験値を稼げたらしい。

 MPとかしこさの伸びが良いのは、戦いの後からココアを吸ってるせい。だから、これも関係ない。

 戦いの後に変わったのは、私の職業。ビーストテイマーが失われている。連動して、魔獣使いのスキルも無くなってしまった。

 戦いの直後、残りのMPを確認しようと自分のステータスを見たら、こうなっていた。

 そして、もう一つは、ココアのステータス。


______________________


名前:ココア

種族:ケット・シー

年齢:???

職業:猫の王

Lv:???

HP:???/???

MP:???/???

攻撃力:???

防御力:???

素早さ:???

かしこさ:???


【スキル】

 ???

______________________


 ココアも職業が変化していた。私の使い魔ではなくなっている。

 理由はわからない。ううん、わかりたくない。

 ただ、このことが、もう私とは一緒にいてくれないということを物語っているようで辛い。

 昨日眠れなかったのは、半分が自分の不甲斐なさへの後悔。もう半分が、こうして抱きしめてないと、ココアがどこかへ行っちゃうんじゃないかという不安。

 昨日はジェシカさんを失いそうになった。瞬きの間に、大切なものが消えてしまいそうになる恐怖を知った。

 でも、ココアにとっては、もう私なんて大切じゃないんだろうか。元々、どうしてここまでついてきてくれたのかも、よくわからなかった。

 昨日、ココアに迷惑をかけたから、私は嫌われてしまったんだろうか。


「サーシャ、危ないよ」


 突然、左肩を支えられる。ハッとすると、体がかなり傾いていた。

 いつの間にか、意識を手放しかけていたらしい。私が慌てて姿勢を戻してこめかみを抑えると、ジェシカさんが私の頭を撫でた。


「昨日から寝ずに頑張ったんだから、疲れるのは当たり前だよ、サーシャ。お願いだから、少しでも寝て。ガービーの背中じゃ、あんまり休めないだろうけど」


 ジェシカさんの手の感触が、とても心地よくて。私はココアを抱いたまま、ジェシカさんにもたれかかる。

 そうしたら、急に瞼が重くなって、体からも力が抜けていった。

 とっくに限界だったんだな、とどこか他人事のように思った。


 ***


「サーシャ、着いたよ?」

「んぅ……」


 ジェシカさんに声をかけられて、目を覚ます。

 体が重い。目がちゃんと開かない。喉もカラカラ。頭もちょっと痛い。返事ができた自分にちょっとびっくりするくらいだ。

 けど、起きなきゃ。目をしばたいて、霞む視界をどうにかしようとしていると、ジェシカさんが私を抱きかかえたまま、ガービーから飛び降りた。

 その衝撃で、するりと、寝ている間も抱きっぱなしだったココアが私の腕から滑り落ちる。

 華麗に体を捻って着地したココアに、私は手を伸ばしたかったが、体が全く言うことを聞かない。

 ジェシカさんに抱かれたまま、私はうめくようにつぶやいた。


「ココア……行かないで……」

「サーシャ、大丈夫だよ。ココア、ちゃんと着いて来てるから」


 ナァーオ、とココアの鳴く声が下から聞こえた。視界が霞んでいるのと、体を動かす元気がないのとで、私にはココアの姿が確認できなかった。

 ココアを抱いてないのは不安だったけど、疲労に勝てず、私はジェシカさんの腕の中でまた目を閉じる。


「ジェシカ! サーシャちゃん!!」


 弾んだ声が、私たちの名前を呼んだ。


「ミオ、今帰ったよ。フィアナはどうだった?」

「いい子にしてたよ」

「全力で頑張ったのですが……試験会場の復旧はもう少しかかりそうです。すみません」


 ミオちゃんが、私たちを見つけて声をかけてきたみたいだ。フィアナの声も聞こえる。

 一日離れてただけなのに、何だか懐かしい。


「今日も、これから作業に行くんだよ」

「あとどれくらいかかりそうなの? ミオ」

「んー、今のペースだと後三日はかかるかなぁ」

「三日かぁ。じゃあ、その間は、この街に滞在だね」

「本当に申し訳ありません! 私のせいで! 何とか、もう少し早く終わらせますから!」

「でも、ギルドの人びっくりしてたよ。すごい速さだって。フィアナが魔法も使いながら、一生懸命やってるおかげだよ」

「会場を吹き飛ばしたのもその魔法なので……」


 落ち込むフィアナの声に、私は目をつむったままクスリと笑ってしまいそうになったけど、笑えなかった。

 私だって、大変なことをしでかしてきた帰りなのだ。今の私に、フィアナのことを笑う資格なんてない。

 だって、フィアナは今、必死に償ってる。私は黙って帰ってきてしまった。私の方がよっぽど悪い。


「そういえば、ジェシカ。今朝、すごいニュースがギルドの掲示板に張り出されてたよ」

「ん、なに?」

「ラピスの森にいたドラゴン、いなくなっちゃったんだって。今はみんな落ち着いてるけど、ジェシカたちが帰って来るまでは結構騒ぎになってたみたい」


 ビクッと体が震えた。まさか、私たちのせいだって、バレた?


「どんな内容だったの? ミオ」

「昨日の夜、すごい音がラピスの森でしてたんだって。その後、急にブルードラゴンっぽい影が西の空に飛んで行って、それを見たギルドの職員と国の兵士がすぐ魔法でローズクレスタに連絡したみたい。ほら、西ってローズクレスタの方角だから。ブルードラゴンがローズクレスタを襲うかもしれないって、昨日の夜は城中が大騒ぎだったみたいだよ。兵士も冒険者も宮廷魔術師も総動員で、四天王のメフィスが襲撃してきたときみたいに防備を固めたんだって」


 わかってはいたけど、私たちは物凄い迷惑をかけてしまったらしい。

 そりゃ、あんな桁違いの強さを持った魔物が襲って来るなら、城の戦力は総動員されるのが当たり前だ。

 城の人たちがどれくらいブルードラゴンの強さを正確に知っているのかわからないが、間違いなく、みんな怖かったに違いない。


「けど、ブルードラゴンはそのままローズクレスタを通り過ぎて、ケット・シーがいる聖域の森の方角に行っちゃったんだって。びっくりだよね。神獣の縄張りにドラゴンが飛び込んで行くなんて。もし戦いになったら、メディオクリスの最強決定戦だよ」

「あはは、そうね。けど、対戦相手のケット・シーはここで毛づくろいしてるわよ」

「うん、お城の人たちもそれはわかってるから、とりあえず今は様子を見てるみたい。夜通し、朝になるまで見張ってたらしいんだけど、今のところ何も起きてないみたいだよ」


 心の中で、ほっと息をつく。ブルードラゴンとココアのやり取り(しゃべってたのはブルードラゴンだけだけど)を見てたから、大丈夫だっていうのは知ってたけど……それでも何かあったんじゃないかとヒヤヒヤした。

 次はないって釘刺されてるしね。どうか、このまま何事もなく終わって欲しい。

 いや、何事もなくはないんだ。たくさんの人を不安にさせて、迷惑をかけてしまったのは間違いない。やったのは私だ。


「情報はそれで全部?」

「ルドルフさんにも話を聞いたけど、それで全部だったよ。あ、でも、ジェシカとサーシャのこと疑ってたから、さすがに怒ったよ。あんなにいっぱいクエスト受けて、一日でこなしてるのに、そんな余裕あるわけないって。そもそも、あそこまで事情聞かされて、何もするわけないじゃん。いくら何でも失礼だよね?」


 胸が痛い。実は私たちなんだっていう言葉が、喉に引っかかって出ない。

 声を出す元気もなく、本当のことを言う勇気もない。でも、言いたい。……なんで、言いたい?

 言ったら、私たちに頼み事をしたペトラさんにも迷惑がかかるかもしれない。やる前に、このことは何があっても全部隠し通すってジェシカさんと約束した。

 結局、ブルードラゴンとは戦闘になって、当初の予定とは何もかも違ってしまったけど……。

 ああ、苦しい。本当のことを言えないのが苦しい。自分を信じてくれてる仲間を裏切っているのが苦しい。

 言うのは怖いけど、今の私は……ああ、そうか。

 罰を与えて欲しい。その代わりに、許して欲しい。胸の中で渦巻いてる、やってしまったというこの気持ちを誰も責めてくれないのが苦しい。


「あの、ところでサーシャ様、先ほどから随分ぐったりしていませんか?」


 心配そうな、フィアナの声が聞こえた。

 私は苦しくて辛くて、目を開けてその顔を見ることもできない。

 あぁ、頭が割れそうだ。もう一度眠りたい。今度は深く。目が覚めないくらい、深く深く。

 グルグル頭を巡るこの考えと、胸を締め付けるような苦しみから解放されたい。


「さすがに疲れちゃったみたい。あたし、サーシャをベッドで寝かせてくるよ。それから、試験会場直すの手伝いに行くからさ」

「え!? そ、そんなこと大丈夫です! 私がしたことですから!」

「失敗カバーし合うのが仲間でしょ。それに、あたしが手伝った方が早く終わるし、旅立ちも早められるじゃん。ミオが言ってくれた通り、この旅は急いだ方がいいんだからさ」

「それなら、私たちも宿まで着いて行くよ。ジェシカも一緒に行こ。ジェシカは試験会場まで行ったことないんだし」

「別に、それくらいの道迷わないって」

「あと、サーシャちゃんに、おやすみと行ってきますしたい」

「そう言われると、いいとは言えないかぁー」


 ジェシカさんが楽しそうに笑うのが聞こえる。

 ミオちゃんは、きっと私が依頼のせいで疲れ切ってるんだとだけ思ってるんだろう。

 本当のことなんて何も知らないし、騙されてるなんてこれっぽっちも思ってないはずだ。

 ミオちゃんはいい子だ。ジェシカさんも優しい。フィアナだって、私の様子を気遣ってくれた。

 みんないい人だ。私は最低だ。

 やっぱり、私はココアに見放されたのかな。ジェシカさんの腕の中でぐったりとしながら、私はつらいもの全てから目を背けるように、硬く目を閉じていた。

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