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ふわふわ2 ふわふわ幼女と茶色の子猫

ふわっとした甘い匂いが、私の鼻腔をくすぐった。


「ん……?」


 ゆっくりと目をあけて、体を起こす。照りつける日の光がまぶしい。けど、暑くはない。

 私が体を横たえていたのは、草のベッドの上だった。あたりには、ちらほらと色とりどりの花が咲いている。

 少し遠くを見渡すと、周りは大きな木々に囲まれていて……そばには、泉があった。

 ちょろちょろというせせらぎの音がなんだか心地いい。こんなふうに、穏やかな気持ちになるのはいつぶりだろうか。

 どうやら、ここは森の中にある、小さな花畑のようだった。誰かに管理されている様子はないので、自然にできたものなのだろう。

 ちょっと喉が渇いたので、私は泉に近づいてみた。


「……あれ?」


 泉を覗き込んで、私は思わず声を漏らす。

 何だろう、思っていたのと違う光景が目の前に写っている。

 私は22歳の日本人女性だ。髪の色は黒で、肩くらいの長さにして、ストレートパーマをあてている。顔立ちは……整っているとまでは言わないが、そう悪くないと思っている。

 気に入っていたのは目の色で、明るいブラウン。友達には、目が綺麗とよく褒めてもらっていた。

 そうだ……私はそういう容姿をしているはずなんだ。

 決して、銀髪碧眼で、ふわふわのフリルワンピースに身を包んだ、10歳くらいの幼女ではなかったはずだ……っ!


『おはよう、美優。新しい体は気に入ったかな?』

「ヘルメスくん!?」


 突然、頭の中に響いた声に、私は立ち上がる。

 辺りを見回したが、どこにもヘルメスくんの姿は見えない。


『神様に対して「くん」づけなのかい? 別にいいけどね』

「どこにいるの!?」

『僕は神様だから、当然「天界」にいるよ。そこから君に話しかけている。それより、新しい体はどうかな?』


 新しい体、という言葉を繰り返されて、私はハッとなった。


「そ、そうだ! これ、どういうこと!?」

『それが、その世界――メディオクリスでのあなたの姿だよ。そうそう、メディオクリスに合わせた名前も与えてあるから。ステータス、と頭の中で念じてみるといい』

「すてーたす?」

『いいからいいから』


 言われて私は、とりあえず言われた通りにすることにした。ステータス、と。

 その直後、目の前にPCで見るようなウィンドウが現れて、そこにざーっとすごい勢いで文字が書き込まれていく。


______________________



名前:サーシャ・アルフヘイム

種族:人間

年齢:10歳

職業:勇者

Lv:1

HP:18/18

MP:20/20

攻撃力:9

防御力:7

素早さ:12

かしこさ:102


【スキル】

 ふわふわ(Lv1)

______________________


 何だろう、このツッコミどころがたくさんのデータは。


『かしこさのステータスが随分高いね。記憶を転生前から引き継いでるせいかな? 他は年齢相応のステータスだけど』

「待って待って待って」

『どうしたんだい、サーシャ』

「サーシャis誰だよ!? あと職業の勇者って何!? 私、看護師! あとスキルのふわふわって何!?」

『わかったわかった、じゃあ順番に説明しようか』


 私をなだめるように、ヘルメスくんはそう言った。


『名前のことはもう言ったね。この世界に合わせた名前を君に与えた。君は今日から、サーシャ・アルフヘイムと名乗って欲しい』

「せっかくなら、自分でつけさせて欲しかったなぁ」

『名前の法則をいちいち説明するのもめんどくさいからね。そんなことより、次は職業についてなんだけどね』


 人の名前をそんなこととか言わないで欲しい。


『サーシャ。あなたには、勇者として、この世界を救って欲しいんだ』


 ちょっと待ってそんな話は聞いてない。


『この世界、メディオクリスには危険なモンスターがたくさんいることは説明したよね。そのモンスターを統べる魔王によって、メディオクリスの人類は滅亡の危機を迎えているんだ』

「聞いてないけど!? 私はかわいい動物とか妖精がいるって聞いて!!」

『で、僕はサーシャがメディオクリスを救う方に賭けてるから、がんばって欲しいんだよね』

「私を賭けのダシにしすぎじゃない!? いい加減に怒るよ!?」

『いいじゃないか、僕は賭けができて、サーシャは新しい人生を手に入れて、メディオクリスの人たちも救われる。ウィンウィンだよね』

「モンスターと戦わないといけないなんて聞いてないもん!」

『大丈夫だよ、サーシャ。僕もこうやってアドバイスしながらサポートするし、それにモンスターに対抗するための力も、君には与えてあるんだ』

「嘘だ! 攻撃力9しかないもん!」

「ステータスに、スキルというものがあるだろう?」


 憤慨する私をなだめるような優しい口調で、ヘルメスはそう言った。

 スキル……このふわふわっていうやつかな?


「ふわふわって書いてあるけど?」

『心の中で、ふわふわを使いたいって念じてみてよ』


 ふわふわを使いたい……とりあえずやってみようかな。

 目をぎゅっと瞑って、言われた通りに念じた瞬間、私の全身が淡い光に包まれた。


「わぁっ!」

『おっ、うまくできたみたいだね』


 私が驚いていると、ヘルメスが嬉しそうにそう言った。うまくできた……こ、これから何が起きるんだろう。

 ドキドキしながら待っていたが――いくら待っても、何も変化はない。私がちょっと光ってるだけだ。


「あの……ヘルメスくん、これって、その……」

『ああ、スキルの効果かい? ちょっと、自分の体を触ってごらん』

「体を?」


 私は、言われたとおり、自分の体を撫で回してみる。

 ……うわ、やばい、何これ。えげつないくらいふわふわなんですけど。


『理解したかな? 全身の手触りがふわふわになるスキルだよ』

「それが何の役に立つの!?」


 手触りがふわふわした十歳の女の子がどうやってモンスターに立ち向かうと言うんだろうか。

 むしろ、餌になる可能性があがるだけなんじゃ? い、いや、でも神様の言うことだ。きっと意外な使い道があるはず。


『さあ?』

「さあ? じゃないよ!? 私、モンスターと戦わないといけないんでしょ!? 対抗するための力を与えてあるって言ったじゃん!」

『転生そうそう元気にツッコんでくれているけど、僕の声は君にしか聞こえてないからね。結構シュールだよ、周りから見ると』

「周りには誰もいないからどうでもいいの!!」


 声が枯れそうになるくらいの勢いで、空に向けて怒鳴る。

 なんで私はさっきから、こんな理不尽な目に遭っているんだろう。私が何をしたっていうんだ。


『まあまあ、焦らない焦らない。そのスキル「ふわふわ」は愛川美優の最後の願いを具現化したものなんだ』

「……どういうこと?」

『あなたは最後にこう願ったはずだよ。ふわふわに包まれた人生を送りたいって』

「あ……うん……」


 言われてみれば、そんなことを考えた気がする。


「……って、こういう意味じゃないから!! 私がふわふわになっても意味ないじゃん!!」

『嘘は言ってないからね。とにかくだ。そのスキルには、あなたの願いが詰まっている。今は役に立ちそうになくても、サーシャが成長すれば、きっとすごいスキルに変化するはずだよ』

「本当かなぁ……」


 この神様、さっきからまるで信用できない。


『そのためにも、まずは戦いの経験を積んで、レベルをあげて欲しいな』

「そ、そうだ! モンスター! このあたりにもモンスターっているの!?」

『それは大丈夫。その花園は聖域だから、植物と君以外の生き物は入ってこられないよ。泉の水も綺麗だし、側の木には果物がなっているはずだ。ひとまず、そこを拠点にするといい』

「そうなんだ……よかったぁ」


 私はヘルメスくんの言葉に胸をなでおろす。ここにいれば安心ってことだね。

 と考えていると、ふと足元にふさふさした感触があった。


「ナァーオ」


 ふと下をみると茶色っぽい毛色の猫が、私の足に体をこすりつけている。


「ヘルメスくん?」

『おや、珍しいね。野良の猫はメディオクリスでも警戒心が強いはずなんだけど……ひょっとして、サーシャの体がスキルでふわふわになっているから、なついたのかな』

「動物入って来ないんじゃなかったっけ?」

『そのはずなんだけどね』


 もうこの神様絶対信用しない。


「こんなところにいられるか! 私は森を出るよ!」


 私は足早に泉の側を離れ、森に向かった。とりあえず、人のいるところに行きたい。近くに街とかないのかな。


『サーシャ、むやみに歩き回るのは危ないんじゃないかな?』

「危ない世界に飛ばしたのはヘルメスくんでしょ!」


 無視して、森の中にずんずんと入り込む。あっ、道っぽいものがすぐそばに見えてる。あれを辿っていけば、街につくのかな。


「ナァーオ」


 後ろで猫の鳴き声がした。振り返ると、さっきの猫が着いてきている。


『よっぽど、君の肌触りが気に入ったようだね』


 私が足を止めると、猫は嬉しそうに私の足に体をこすりつけてきた。

 心がふわっとあったかくなるのを感じる。そうだ……私、癒されたかったんだ。ずっと、仕事に追われて、人のあったかさとかから離されて……ちょっとでいいから、こういうあたたかさに触れたかったんだ。

 私は、屈んで猫を両手で抱き上げた。猫は逃げようともせず、嬉しそうに私の体に、自分の体をこすりつけてくる。

 あったかい。私は実家でココアにそうしていたように、ぎゅうっと猫を抱きしめた。

 ふわふわ……ふわふわだ。私がずっと求めてた、ふわふわ……。


「ココア……」

『おや、もう名前をつけたのかい?』

「え? ……そうだ、この子の名前、ココアにしよう」


 ヘルメスくんに言われて、私はひとりごちる。そして、ココアを両手で顔の高さまで持ち上げて、


「あなたの名前はココアだよ。よろしくね、ココア」

「ナァーオ」


 ココアは理解したのか、偶然なのか、長い声で鳴いた。

 ふわふわというスキル……私の願いの具現化……うん、いいスキルをもらったのかもしれない。

 ほっこりした気持ちのまま、私はココアをぎゅっと抱きしめて、また歩き出す。


「行こう、ココア。まずは街を探さなきゃ」

『元気が出てきたね、サーシャ』

「今のところは、可愛い動物としか出会ってないもん」

『よかったよ。それから、その道が聖域と外の境界だから、気をつけてね』

「了解」


 よく意味もわからないまま、何の気もなしに私は森の中の小道に足を踏み出した。

 その直後、急にあたりが暗くなった。


「ん?」


 怪訝に思って、顔をあげる。ぴちゃん、とほっぺに冷たいネバネバしたものがあたった。

 少し茶色がかった黒い大きな影が、真っ赤な口を開いてじーっと私を見下ろしている。口からこぼれおちる唾液がまたひとしずく、今度は私の額に落ちた。

 熊だった。しかも、とてつもなくでかい。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私は絶叫と同時に、ココアを抱き抱えたまま全力疾走する。

 でかい、でかすぎる! 四メートルはあった! 牙もでかかった! 食われる! 捕まったら間違いなく!


『だから気をつけてって言ったのに』

「言うのが遅いよ!?」

『そんなに驚くようなことかな? あなたが住んでいた国の動揺にもあったじゃないか。花咲く森の道、熊さんに出会ったって』

「ここから、お礼に歌う展開にはならないでしょ! どどど、どうすればいいの、ヘルメスくん!」

『そうだね。そういえば、熊に出会ったときやってはいけないことが三つあるんだよね』

「それは何!?」

『まず、背を向けて逃げること』


 突如、頭上を影が覆った。影は私の頭を飛び越えて、ズザザザ! と土煙をあげながら着地する。

 巨大な熊は私の正面で、その巨大な両腕を広げた。


「もっと早く言ってよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

『ちなみに二つ目は木に登ることだよ』

「両手ふさがってるって――っ!?」


 熊が、丸太のような腕を私に向けて振るった。唸りをあげて迫る腕に、私は反応できない。これ、死――。


 ふわっ……。


「え?」


 熊の腕は私の即頭部を完全に捉えた。あのパワーなら、触れた瞬間に私の頭蓋は砕け散るはず、だった。

 なのに、私のこめかみの辺りを、まるでシルクのような柔らかい肌触りが包み込む。なにこの感触。こんなに気持ちいいの、始めて……。

 

 なんて思った直後に、私の体は凄まじい速度で吹っ飛ばされていた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 なぜか、殴られた衝撃は全く感じなかった。痛みもまったくない。ただ、まるで掴んで投げられたみたいに、私の体は太い一本の木に向かって吹き飛ばされている。

 やばい、この速度で木にぶつかったら、今度こそ無事ではすまない!」

 私は思い切り、腕の中のココアを抱きしめ、背中を丸めた。


「かはっ! ……ん?」


 背中がすごくふわふわする。と思った直後、私は地面に落下した。どすん、と地面に叩きつけられる――と思ったら、地面もなんだかふわっとした。

 な、何これ? さっきから感覚がおかしい。私、もしかしてもう死んでるの?


『大丈夫かい、サーシャ?』

「大丈夫みたいだけど……な、なんで?」

『言い忘れていたけど、あなたのスキルふわふわは、自分だけじゃなくて、自分が触れたものもふわふわにできるんだ。ダメージを受けなかったのはそのせいかな』

「た、確かに、熊に殴られたときも、木にぶつかったときもすごくふわっとして……え? じゃあ、もしかして、私って今、無敵!?」

『そこでだ、サーシャ。もう一度ステータスを確認してくれ』


 すました様子でそう告げるヘルメスくん。ステータス? さっき見たやつかな。とりあえず、やってみよう。


______________________


名前:サーシャ・アルフヘイム

種族:人間

年齢:10歳

職業:勇者

Lv:1

HP:18/18

MP:14/20

攻撃力:9

防御力:7

素早さ:12

かしこさ:102


【スキル】

 ふわふわ(Lv1)

______________________


 あれ、MPがさっきより減ってる?


『ダメージをふわふわで無効化するのには、MPを一回につき2ポイントほど消費するようだね。今減っている6ポイントは、熊に殴られた分、木に叩きつけられた分、地面に叩きつけられた分だ』

「……ってことは、あと七回食らったら?」

『八回目はないということかな』


 ないということかな? じゃないよ!? このままじゃ死んじゃう!?


『焦らないで、サーシャ。忘れたのかい? 聖域に入ればモンスターには襲われない。まずは一度、退避すればいいんじゃないかな』


 落ち着き払った口調でヘルメスくんはそう言った。


「簡単に言わないでよ! あの熊のスピード見たでしょ! こんな小さい体じゃ、逃げ切れな――」

『サーシャ、来ているよ?』

「え? ひでぶぅ!?」


 いつの間にか目の前に迫っていた熊さんの猫パンチで、私はまた吹っ飛ばされる。

 続けて、木にぶつかり、地面を転がされて追加の2ヒット。ステータスを確認すると、MPはあと8しかない。


「やばいやばいやばい!」

 

 私は泣きながら起き上がって、ココアを抱き抱えたまま、最初にいた花園に向かって走った。

 そうだ、一発食らったら、木の衝撃と地面に叩きつけられる衝撃が残っているのだ。スキルは勝手に発動するみたいで、自分ではコントロールできない。

 つまり、実質的にはあとノーダメージで耐えられるのは後一回だけなのだ。もう考える時間なんてない。とにかく逃げなきゃ。

 そんな浅はかな私の考えを嘲笑うように、熊は私の目の前に回り込んできた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私はココアを体の中に隠すのが精一杯だった。再び木に叩きつけられて、地面に落下する。

 残りのMPは2。死が目の前に迫っている。それに――吹き飛ばされた方向が最悪だった。花畑がある方とは、道を挟んで逆方向の森の中。熊は当然、私と聖域の間に立っている。

 あの熊の横をすり抜けるなんて絶対に無理だ。


 だったら、せめて!


「ココア、いって!」


 私は残されたわずかな時間で、抱きしめていたココアを遠くに放り投げた。

 熊の狙いはどう見ても私だ。せめて、せめてあの子だけは巻き込みたくない。

 そして、巨大な熊はそれ以上、私に何もさせてはくれなかった。


「――がはっ!!」


 腹にふわふわとした感触を覚えた直後、背中に凄まじい衝撃を受ける。吹き飛ばされて、木に背中を思い切り打ち付けたんだと気づくのにはしばらく時間が必要だった。

 痛い……トラックに撥ねられて意識を失う瞬間のことが思い出された。ふと私は、最後に自分のステータスを確認する。 


______________________


名前:サーシャ・アルフヘイム

種族:人間

年齢:10歳

職業:勇者/ビーストテイマー

Lv:1

HP:2/18

MP:0/20

攻撃力:9

防御力:7

素早さ:12

かしこさ:102


【スキル】

 ふわふわ(Lv1)

 魔獣使い(Lv1)

______________________


 MPが完全に尽きている。HPの表示も2だ。この数字が0になったら、きっと私は死ぬのだろう。

 ゆっくりと、目の前に熊が、その巨体を揺らしながら近づいてきた。でも、私はもう、指一本動かすこともできなかった。

 もう、どうしようもなかった。せめて、痛くなかったらいいな。私はぎゅっと恐怖に目を閉じる。 


 しばらくの間、そうしていた。しかし、いつまで経っても痛みは訪れない。いつの間にか、私は死んでしまったのだろうか。

 怪訝に思って、目を開き、顔をあげた。


 ぴちゃぴちゃ……と真っ赤な液体が、頭上から滴り落ちてくる。目の前では、あの巨大な熊がぶらん、と空中にぶら下げられていた。


「え……え?」


 さらに、上の方へ視線を移す。熊の首を……熊よりもずっと巨大な、虎のような怪物が丸呑みにしていた。突き刺さった巨大な牙から吹き出す血が、熊の体と、地面と、私を赤く汚している。

 ボキボキ……と骨を砕く音がゆっくりと響く。怪物が熊を咀嚼しているのだ。まるで引きずり込まれるように、熊の体は怪物の口の中へと消えていった。

 残されたのは、私と……その怪物だけ。怪物は血だらけの口元を舌でペロリと拭うと、私をじっと見下ろして、


「ナァーオ」


 見た目には似合わない、可愛らしい声で鳴いた。


「ココア……?」


 自分でも驚く程、すんなりとその名前が口から滑り出た。

 目の前にいる怪物の大きさは、小さめに見繕っても10mはあった。体長がではない。体高が、だ。体長はもっともっと大きいだろう。なにせ、この位置からでは尻尾の先すら確認できない。

 全身の毛は鋭く逆立っていて、その一本一本がまるで槍のようになっている。前足の先についている爪は、私が両手を広げたよりもずっと分厚く、鉄板でさえ容易く引き裂いてしまうように思えた。

 私を見つめる目は猛禽のように鋭いが……でも、どこか優しく、神々しくさえ感じる。

 なんで……なんで私は、この怪物を見て……ココアだと感じたんだろう。


『テレレテッテッテーン』


 困惑する私の頭の中で、恐ろしく場違いな、間の抜けたヘルメスくんの声が響いた。


『初めての勝利、そして初めてのレベルアップおめでとう、サーシャ。ステータスを確認してごらん』


 いや、あの……どう見てもそれどころじゃないんじゃないかな? ピンチが去ったけど大ピンチになってるよね、今。

 とはいえ、怪物に動く気配はない。他にすることもないので、私は言われた通りにステータスを確認してみる。


______________________


名前:サーシャ・アルフヘイム

種族:人間

年齢:10歳

職業:勇者/ビーストテイマー

Lv:2

HP:21/21

MP:28/28

攻撃力:10

防御力:8

素早さ:14

かしこさ:105


【スキル】

 ふわふわ(Lv1)

 魔獣使い(Lv1)

 鑑定(Lv1)

______________________


 何だか色々増えてる! ん? でも……職業とスキルのところ、さっき見たときにもう変わってた部分があったような。死にかけてたから、はっきり覚えてないけど。


『早速だけど、鑑定のスキルを試してみようか。ふわふわのときと同じで、念じるだけでいい。鑑定にはMPが必要ないから安心して』


 鑑定? んー、名前のままだと、何か調べるのに使えるんだよね、たぶん。めちゃくちゃ調べたいものが目の前にあるから、とりあえず、この怪物を鑑定するつもりで……。

 私が念じると、私の視界にまたPCのウィンドウのようなものが写りこんだ。


______________________


名前:ココア

種族:ケット・シー

年齢:???

職業:猫の王/サーシャの使い魔

Lv:???

HP:???/???

MP:???/???

攻撃力:???

防御力:???

素早さ:???

かしこさ:???


【スキル】

 ???

______________________


 ハテナがいっぱい! 全然わからないじゃん! いや、でも、それよりも!


「ココアなの!?」

「ナァーオ」


 怪物はもう一度鳴くと、突然体を丸めた。すると、小さく発光して――しゅるしゅるとその体を小さく縮めていく。

 あっという間に怪物は、さっきまで私が抱きしめていた、茶色の猫になった。


『聖域に動物がいるなんておかしいと思ったけど、どうやら聖域の主その人みたいだったようだね。あなたはものすごく運がいいよ、サーシャ』

「全然、何が起きているのかわからないんだけど」

『その猫の正体はケット・シーという。メディオクリスにおける、伝説のモンスターの一体だ。神獣とさえ呼ばれていて、その気になれば、一匹で大きな国を滅ぼすほどの力がある』

「こんなに可愛いのに!?」

『聖域に他の動物が寄り付かないのは、聖域がケット・シーの縄張りだからだよ。本来なら絶対に人前に姿を現したりはしないはずなんだけど……』


 私がヘルメスと会話をしている間、ココアは私の顔のそばまで歩いてきて、体を私のほっぺにこすりつけていた。

 もふもふであったかい……けど、喋りにくいよココア。毛が口に……。


『どうやら、サーシャのふわふわがよっぽど気に入ったようだね。すごいことだよ、サーシャ。ケット・シーに出会っただけじゃなくて、使い魔にまでしてしまうなんて』

「そ、そうそう……何なの? この「ビーストテイマー」だとか「魔獣使い」だとか……」

『とりあえず、一回起き上がったらどうかな? HPもMPもレベルアップして全回復しているだろう?』


 ヘルメスくんにそう言われて、私はふと気づく。確かに、さっきから体が全然痛くない。

 よいしょ、と立ち上がっても、不思議なことにさっきまでのダメージは消え失せていた。ココアは私の足首に体をこすりつけ始める。


『説明しなければならないことが一気に増えてしまったね。ビーストテイマーと魔獣使いの説明からしようか。簡単に言うと、サーシャはケット・シーにご主人様だと認められたんだよ。今日から、伝説の魔獣があなたのペットになるんだ』

「私が!? なんで!?」

『それはわからないかな。魔獣使いのスキルLvが上がれば、魔獣と会話できるようになるらしいから、そのときになったら本人に聞くといいよ』

「は? 何、そのスキル? 絶対いらない」


 ペットは喋らないからいいんでしょ。わかんないのかな、そういうの。


『……僕、久しぶりに恐怖という感情を覚えたよ。けど、魔獣使いのスキルは重要だよ。そのスキルがあれば、魔獣が倒した敵の経験値を自分のものにすることができるんだ。サーシャのレベルが上がったのもそのおかげだよ』

「そういうことだったんだ? ん、待って。あんなに強い熊をやっつけても、レベルは一つしか上がらないの?」

『それはまだ魔獣使いのスキルLvが低いからだよ。もしサーシャが単独であの熊をやっつけていたら、一気に10レベルくらいになっただろうね』

「いや、それは絶対無理……っていうか! なんで、あんなに危険な熊がうろうろしている場所からスタートなの!? 命がいくつあっても足りないよ!」

『うーん、街以外の場所としては、メディオクリスで一番安全な場所に出したんだけどなぁ。あの熊は、ここ一帯のボスなんだよ。他のモンスターは比べ物にならないくらい弱いから安心して』

「じゃあ、街に出してよ!」

『いきなり街に出自不明の幼女がどこからともなく現れたらパニックになるじゃないか。あの熊にいきなり遭遇したっていうのも、天文学的な運の悪さなんだよ、サーシャ? それにね』

「それになに?」

『聖域から出ない方がいいという忠告を無視して、飛び出したのはサーシャだったじゃないか』


 だ、だって! それはヘルメスくんがいい加減なことばかり言うから、信用できなくて!

 なんてことは、面と向かっていうこともできず、私はぐぬぬと黙り込んだ。


『まあまあ、そんなに怒らないで。サーシャは勇者だから、何度死んでも復活できるし』

「……ん?」

『サーシャが熊に殺されそうだったから、そのときに説明しようと思ってたんだけどね。寿命以外でサーシャが死んだ場合は、僕の加護の力で、最初にいた泉のそばで生き返るんだよ』

「最初に言ってよ、そういうこと!? え? じゃあ、さっき死んでも大丈夫だったの!?」

『うん、だから安心して魔王の手から人類を救って欲しい。何回死んでもいいから』


 もうちょっと言い方ってものはないんだろうか。


『あ、でも痛覚はそのままだから、死ぬときは死ぬほど痛いけどね。文字通り』

「うまいこと言ったみたいな雰囲気出さないでくれる!? じゃあ、嫌だよ! 死にたくないよ!」

『大丈夫だよ、サーシャ。あなたには伝説の魔獣、ケット・シーがついているんだから。さっき、サーシャが世界を救えない方に賭けていた神たちが、地団駄を踏んで悔しがっていたからさ』

「だから! 私を! 賭けのダシに! しないでよ!!」


 なんだ、この不謹慎な神様! 人の命っていうか、世界を何だと思ってるんだ!


『ただ、最後に残念なお知らせがあるんだ、サーシャ』

「もうすでにかなり残念なお知らせばかり聴いてるけど、まだあるの?」

『ケット・シーを仲間につけているのに、僕がサポートするのはずるいと他の神からクレームがあってね。必要最低限のチュートリアルは済ませたし、僕はこれから緊急事態を除いて、黙って見守ることにしようと思う』

「え? それってつまり……もう助けてくれないってこと?」

『大丈夫だよ、サーシャ。僕は確信しているんだ。死の淵に迫ったとき、二度も自分の命を投げ打って猫を守ろうとしたあなたなら、メディオクリスを救えるって』

「そ、それは買いかぶりで……」

『それに、僕がサポートを打ち切ったら、賭けのレートをあげてくれるって他の神たちが』

「二度と喋りたくないから早く消えてくれないかな!?」


 こんな神様のサポートなんてこっちからお断りだ! 私にはココアがいるからそれでいいもん!


『あはは、そうすることにするよ。じゃあね、サーシャ。あなたの第二の人生に祝福を』


 ルシウスくんの声は、それを最後にパタリと止んでしまった。

 ……ああは言ったものの、いざとなると心細い。


「ナァーオ」

「ココア? そ、そうだ、私にはココアがいる!」


 足元のココアを抱き抱えて、私はキリっと道の先を見つめた。

 まずは街を目指さないと。世界を救うとか、そういうのはひとまず置いておいて、人がいるところに行きたい。

 大丈夫、前の人生でもう地獄は経験した。終電に駆け込み乗車する日々に比べれば、どんな苦難も大したことはないはず。


「行くよ、ココア!」

「ナァーオ」


 こうして、私とココアの大冒険が始まったのだった。

 

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