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ふわふわ26 クエストデスマーチ

「ここが依頼を張り出してある掲示板。気に入った依頼が見つかったら、依頼書をはがして受付に持って行くんだよ。サーシャはちゃんと見るの初めてだよね?」


 巨大なコルクボードの前に立ち、そこに貼り付けられた無数の羊皮紙を眺めながら、ジェシカさんが説明してくれた。

 私はうなずきながら、目の前にある『D』と書かれたアルファベットを指さす。


「これなに?」

「んー? あー、依頼のランクだね。そのあたりにはD級の依頼が張ってあるよって意味。ほら、近くの依頼書にもD級って書いてあるでしょ?」


 ジェシカさんに言われて確認してみる。これもD、あれもD……言う通りだ。


「基本的に冒険者は自分のランクより低いランクの依頼を受けるんだ。そうしないと危ないし、失敗したら違約金も払わないといけないし」

「え!? 失敗したらお金を払うの!?」

「そうだよー? だから、失敗したら体はボロボロで武器もアイテムも失って、収入がないどころかお金まで取られて踏んだり蹴ったりってこともよくあるね」


 冒険者ってブラックだなぁ。私、前世でよく仕事ミスしてたけど、お給料はちゃんともらえたもんなぁ。

 仕事してお金を取られるなんて冗談じゃない。メフィスを倒したときにお金はたくさんもらったから、困ってはないんだけど、ここは慎重に簡単そうな依頼を受けよう。

 ジェシカさんはともかく、私は初心者だしね。というわけで、良さそうな依頼を物色する。


「ジェシカさん、この依頼どう? 近くの森で薬草採取だって」

「え? それF級の依頼じゃん。S級の冒険者が二人がかりでそんなの受けたら、ドン引きされるよ?」


 なんで仕事を受けるだけでドン引きされないといけないのか。


「べ、別にダメなことじゃないと思うんだけど! ほら、依頼文見てよ! 病気のおばあちゃんのために必要なんだって! すごくいい依頼だと思う!」

「そういう簡単な依頼は初心者向けに残しておいてあげるもんなんだよ、サーシャ」


 な、なるほど。冒険者のマナーみたいなものがあるのか。けど、私も絶対初心者だと思うんだけどな……。


「それじゃあ、こういう依頼の方がいいの?」


 私は背伸びをして、掲示板のかなり高い位置に貼ってある依頼を指さした。

 危険地帯を通る商人の護衛任務。ランクはB級で、ここに貼られている依頼の中では最高ランク。報酬額も、同じB級の中で一番高い。


「いや、それもダメかな」

「えー!? なんで!?」

「護衛任務って報酬がいい代わりに日数がかかるんだよ。もっとさくっと終わらせられる依頼にしなきゃ」


 むむむ……なるほど。確かに、ずっとフィアナとミオちゃんをここで待たせるわけにもいかないよね。


「それから、サーシャ、ちょっと勘違いしてない?」

「え? 勘違い?」


 唐突なジェシカさんの言葉に、私は困惑した。

 勘違いって何の話だろう?」


「いい、サーシャ? あたしたちは、ギルドに迷惑をかけたから、そのお詫びに依頼を頑張ることにしたんだよ? っていうか、提案したのサーシャだったよね?」

「そ、そんなこと、もちろん覚えてるよ!」


 バカにされたように感じて、私は口を尖らせた。私のかしこさは、ジェシカさんの40倍以上あるというのに。


「じゃあ、あたしたちがどういう依頼受けたらいいかわかる?」

「できるだけ難しい依頼? その方がギルドは助かると思うし」


 さっき薬草の最終依頼を受けようとしたことは許して欲しい。私、初心者だし。おばあちゃん助けてあげたかったし。

 しかし、ジェシカさんは私の答えに首を振る。


「違うよ、サーシャ。あたしたちが受けるべきなのは、誰も受けない依頼だよ」

「……それってつまり、難しい依頼のことだよね?」

「違う違う。難易度の高い依頼は報酬が大きいから、内容によっては結構みんな受けたがるんだよ。それでも、A級とかS級なら受けちゃっていいと思うけど、ここにあるのB級までだし」

「じゃあ、どうすればいいの? F級を受けたらドン引きされるんでしょ?」

「そうだねぇ。回りくどく言わずに、はっきり教えとこっか」


 キリッとジェシカさんは表情を引き締めると、


「報酬が安くてめんどくさくて面白みもない。そういう、誰も受けたがらないような依頼を探そう。要するに、割に合わない依頼ね」

「やる気なくなるんだけど……」

「けど、そういう誰も受けてくれない依頼を処理してもらえると、ギルドが一番助かるんだってば」


 うぅ、そう言われたら確かにとは思うけどさ。要するに、これは受けたくないなーって思う依頼を探して受けるってことだよね? 軽い拷問なんじゃないかな。


「わかったよ、ジェシカさん。じゃあ、そういう依頼探すね」

「もう決まってるから大丈夫だよ。これとこれとこれとこれと、それからこれとこれ」


 ひょいひょいひょい、と張り紙を次々に剥がしていくジェシカさん。

 バカなのかな? かしこさが68なのかな?


「ちょっと待って、ジェシカさん! 多いよ! 何枚取ってるの!?」

「え? これくらい一日でいけるって」

「一日でやるの!?」


 10枚くらい依頼書取ってるけど!?


「大体魔物退治とアイテムの採取依頼だから。ちょちょいっと行ってちょちょいっと終わらせればすぐだよ」

「採取なら薬草でもよかったじゃん!」

「薬草の依頼は目的地がすぐそこだったでしょ? 私が選んだのは山の中とか、僻地に行かないといけないのばっかりだからさ」

「じゃあ、一日じゃ無理じゃん!」

「そーでもないんだなぁ」


 私のツッコミにニコニコ笑うジェシカさん。

 そうでもないって、どういうことだろ。獣車はそんなにスピード出ないし、ちょっとした坂でもかなり速度が落ちるから、山登りには向いてない。山に行くなら途中から徒歩だ。

 そんなの、一か所往復したら一日経っちゃうと思うけど……と考えていると、急にひょいっと抱っこされた。


「ジェシカさん、急に何――」

「グリフィーネに乗れば、楽勝だよ、サーシャ」


 私は大暴れしたけど、ジェシカさんの力が強すぎて逃げられなかった。


 ***


「サーシャ、いたよ! あれがタイラントグリズリー! 早く魔法で倒して!」

「わ、わかったから一回降ろして!」

「ロスタイムになるからダメ。時間ないって言ってるじゃん」

「ジェシカさんがバカみたいに依頼受けるからでしょー!」

「いいから早く魔法!」

「手がふさがってるから無理ー!」

「グリフィーネから手を離せばいいじゃん」

「落ちるから無理ー!」

「仕方ないなぁー。じゃあ急降下して剣で斬る!」

「今すぐ魔法で倒すからちょっと待って!!」

「待てないって! あと3秒で高度落とさないと間に合わないから! 3、2、1――」

「ロックバリスタぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私は泣きながら、魔法で巨大な岩石を作り出す。そしてそれを、森の開けた場所に一匹で陣取っていた、巨大な熊の魔物にたたきつけた。

 空中からの奇襲を受け、タイラントグリズリーはなすすべもなく潰される。


「ナイス! じゃあ、次行くよ、サーシャ! アズール山でグラファイトカモミールの採取。急旋回するからね!」

「え? やだやだやだ! ゆっくりにして!」

「サーシャがすぐに魔法撃ってくれたら間に合ったんだけどね。行っくよー」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ぎゅいーんと弧を描きつつ、体を60度くらい傾けて旋回を始めるグリフィーネ。私は必死にグリフィーネの首を抱きしめる。

 落ちる落ちる落ちるー!


「そんなにしがみつかなくても落ちないってば。グリフィーネの腹が外側に向くように曲がれば絶対に落ちないんだって。背中側を外にしたら吹っ飛ばされるけど、その場合でもちゃんと拾いに来てくれるから。よかったら試しに――」

「試しにやったら私一生ジェシカさんのこと許さないから!!」


 顔面を鼻水まみれにして私は叫んだ。そういう問題じゃないんだ。風よけどころかシートベルトすらついてない乗り物で空を飛ぶのが間違ってるんだ。

 日本じゃ、地上を走る車でもシートベルトが義務化されているのに。しかもグリフィーネ、絶対100km/h以上出てる。誰かスピード違反で取り締まって欲しい。


「なんでそんなに怖がるかなぁ。サーシャ、空飛べるんでしょ?」

「そういう問題じゃないの!!」

「そろそろ慣れて欲しいんだけどなぁ。あと、討伐依頼が2つと採取依頼が4つ残ってるし、日が落ちるくらいまで飛びっぱなしだよ?」

「休憩しないの!? 出発してから一回も下に降りてないんだよ!? ちょっとくらい休ませてよ!」


 私はジェシカさんの言葉に、全力で抗議した。

 そうなのだ。私とジェシカさんは10個の依頼を受け、すでに討伐依頼を4つ成功させている。しかし、それらは全てさっきのように、私の魔法による空爆で成功させていた。

 空からターゲットを探して、頭上から魔法で一撃。こんな雑な方法でいいのかと聞いたのだが、討伐の確認はギルドがやってくれるので、倒せればなんでもいいらしい。

 だったら、みんなこんな方法で依頼をクリアしてるのかとも聞いたら、そんなわけないでしょと笑われた。ぶっちゃけキレそうだった。

 それでも我慢してよく聞くと、まずグリフィーネって買うとめちゃくちゃ高くてエサもよく食べるから飼育も大変で、そもそも普通の冒険者は持ってないらしい。

 持っているのはよっぽど金持ちの冒険者か、野生のグリフィーネと契約できる、私と同じビーストテイマーくらい。

 グリフィーネのレンタルをしている店もあるのだが(私たちが今乗っているグリフィーネもレンタルしたものだ)、その値段がすごく高い。どれくらい高いかと言うと、私たちが今受けている依頼全部の報酬額を合わせたものの、半分くらい。

 要するに、今、私たちは半分タダ働きしているわけだ。あと、レンタル料は一日分でその金額なので、依頼達成に二日かかるとほぼ完全にタダ働きになる。

 そして、グリフィーネを持っていても、騎乗のスキルがないと乗るのは無理らしい。そこまでレアなスキルでもないらしいけど、要するに誰でもできる作戦ではないのだ。

 さらに、一撃でターゲットを撃破できるだけの火力がないと、逃げられたり隠れられたり仲間を呼ばれたリと、余計に厄介な状態になりかねない。

 それだけの実力差があるなら、空爆なんてしなくても真正面から戦って倒せばいいし、そもそもそんなに格下の魔物を倒す討伐依頼なんて受ける冒険者はいない。

 あと、ターゲットの魔物がどこにいるかあらかじめ知ってないとこの作戦は成り立たないのだが、ジェシカさんは情報収取のおかげでかなり正確に魔物の生息地を把握しているようだ。貴重なかしこさ68をそんなところに裂かないで欲しい。

 要するに何が言いたいかと言うと、私たちはひどく逸般的いっぱんてきなことをしているわけである。


「サーシャ、もう少ししたらアズール山に着くから、グラファイトカモミールについて説明しておくね」

「着いたときに、降りてからゆっくり説明してくれたらいいと思うんだけど!」

「グラファイトカモミールは、光沢のある黒い花なんだけど、強い風の吹く断崖絶壁にしか咲かない花なんだ」


 ジェシカさんは私の文句を華麗にスルーして続ける。空中じゃなかったら、顔面にパンチしてやりたいところだ。私にパンチされてもふわってするだけだけど。


「それでね、グラファイトカモミールが生えるような場所だと、グリフィーネの飛行が安定しないんだよね。だから、グリフィーネでその崖に近づくのは無理」

「じゃ、じゃあ、山に下りて、崖の上からロープかなにかで降りるってことだね!?」


 やった! ようやく地面を踏める! 地面大好き!


「いやー、ロープで降りると風に煽られて危ないんだよ。そのまま飛ばされて壁に体ぶつけちゃったり、最悪ロープが切れたり。それで、この依頼は誰も受けないんだけど」

「私だったら、体ぶつけてもロープが千切れても大丈夫だよ! 空飛べるもん!」


 渋い顔をするジェシカさんに、私は必死に訴えた。いや、本当は体をぶつけるのもロープが千切れるのも嫌なんだけど、とにかく今は地上が恋しい。

 と思っていると、振り返ったジェシカさんがいたずらっぽく笑った。


「だよね? サーシャならそう言ってくれると思ってたよ」

「そんな笑顔で言われると複雑だけど……別にそれくらいだったらやるよ」

「いやいや、ロープで下ろしてたら時間かかりすぎるし、それはやらないよ?」

「え? でも今――」

「だから、サーシャだったら空飛べるでしょ? 上から落とすから、グラファイトカモミールを摘んできて? 崖からある程度離れてくれたら、あたしがグリフィーネで回収しにいくから」


 今、何を言ったんだ、この人は。


「落とすって何!? 無理無理無理! 絶対嫌だから! っていうか、冗談だよね!? そんなの人間がやることじゃないよね!?」

「あ、もう崖が見えてきたよ、サーシャ。準備しよっか」

「やめてやめてやめて! 本当に嫌だってば! 抱っこしないで持ち上げないで許してよねぇお願いだってば!」

「これが一番早いから。サーシャなら絶対大丈夫。それじゃあ、落とすよー?」

「無理だって言ってるじゃんかぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 落とされた。本当に落とされた。

 ジェシカさんに抱え上げられて、ぽいっと空に放り投げられた私は、重力に従って落下する。

 悲鳴を上げながらしばらく落ちていると、私は強風に煽られ、壁にたたきつけられた。

 スキルが発動して、全身をふわっとした感触が包む。私はさらに、飛行モードになると、半べそをかきながらふわふわと崖の隣に浮かんで移動を始めた。

 すぐそばにあるでっぱりに、漆黒に輝く花が生えている。私はちょっと乱暴にそれをむしった。

 いくら大丈夫だからって、空から落とされるとは。私のことを守ってくれるって言ってた優しいジェシカさんはもういないんだ。

 ぴゅうんと背後で風切り音がした。


「さすがサーシャ。絶対できるって思ってた」


 にこにこと微笑みながら、グリフィーネで近づいてきたジェシカさんが私を抱きかかえる。

 風に煽られて、グリフィーネは体勢を崩しかけたが、ジェシカさんが上手く手綱を取ってそれを回避。そのまま、風が弱い上空へと退避する。

 私は飛行が安定するまで待ってから、グラファイトカモミールを持ってない方の手でジェシカさんの頬をビンタした。


「ふわぁ……ん、何、サーシャ? 温めてくれるの?」


 嬉しそうに、ジェシカさんが私の手に、その手を重ねた。くそう、ふわふわのスキルめ……。

 私がささやかな抵抗として頬を手でムニムニしても、ジェシカさんは微笑ましそうに笑うだけ。

 この怒りをどう伝えたものか、と歯噛みしていると、ジェシカさんが私をグリフィーネに座りなおさせながら言った。


「残ってる採取依頼は、アズールトビトカゲの卵と、アズールキャットピークの尾羽、グラファイトカラントの実だね。全部、この近くにあるんだけど、今のと同じ要領でゲットするから」

「…………」


 怒りを通り越すと絶望になるらしい。私が声も出せずにいると、ジェシカさんはまたひょいっと私を抱き上げた。


「アズールトビトカゲは親が巣を守ってるから、近づくと襲って来るんだよ。あたしが囮になるから、その間にさっと卵を取ってきてね。割らないように気をつけて」


 返事もせずに、私はぷらーん、とぶら下げられている。

 パッとジェシカさんが私から手を離す。ぴゅーんと落下している間に、角のないプテラノドンのような魔物がこちらへ向かって飛び立った。

 約束通り、ジェシカさんが囮になってくれているらしく、魔物の注意はこちらへは向けられていない。

 私は、手の中で魔法の構成を練り始めた。

 何のために? そんなものは決まっている。


「スパイラル・フレア!!」

「ギィエエエエエエ!!」


 ――八つ当たりだ。

 螺旋を描く炎の渦に包まれて、一瞬で丸焦げになったアズールヘビトカゲをにらみながら、ふんすと私は鼻を鳴らす。

 そのまま落下して、持ち主のいなくなった巣の前でふわっと停止。サッカーボールくらいに大きい卵を両手で抱え上げる。

 少し待っていると、ジェシカさんが急降下してきて、卵を抱えた私をキャッチした。


「サーシャ、必要なのは卵だけだから、別に魔物を倒す必要はなかったんだよ? アズールヘビトカゲは巣に近づいたりしない限り襲って来たりしないし、次からはああいう酷いことするのはやめようね。って、あいたたたたた!?」


 私は卵を受け取ろうとしたジェシカさんの手に思いっきり噛みついた。

 酷いことを! さっきから私にしてるのは! ジェシカさんでしょ!!


「痛い! 痛いってばサーシャ! 急にどうしたの!? ちょっと、本当にやめてってぇ!」


 それから、私はジェシカさんの手を歯型まみれにした。

 パンチもキックもダメージを与えられないけど、噛みつき攻撃ならできるんだな、と私は学んだのだった。


 ***


「サーシャ、依頼の報告終わったよー。……って何してんの?」

「地面大好き」


 ジェシカさんが、柱に熱烈なハグをしている私に白い目を向けた。

 あれから全ての依頼を終わらせた私たちは、ディオゲネイルの北部にある村、ラピスの村の冒険者ギルドを訪れていた。

 依頼報告のためと、借りていたグリフィーネを返却するためだ。最後の依頼をこなしたタイミングで日が傾いてしまったので、ディオゲネイルに帰るのは断念した。

 幸い、冒険者ギルドで借りたグリフィーネは、どこの冒険者ギルドで返却してもOKらしい。便利だねーとジェシカさんに言ったら、そもそも移動手段として借りるものだから、そうしないと借り手がつかないと教えてもらった。

 というわけで、私たちはここ、ラピスの村で一泊することになった。明日はガービーを借りて、それに乗って帰るそうだ。ここからディオゲネイルはそんなに離れてないから、ガービーでも1時間くらいで着くらしい。

 ぶっちゃけめちゃくちゃ嬉しい。私は二度と、グリフィーネには乗らない。今まで乗る度にそう誓ってきたが、今度こそ固く決意した。


「そろそろ、グリフィーネにも慣れて欲しいんだけどねぇ」


 何かほざくかしこさ68。誰のせいでトラウマが刻まれ続けてると思ってるんだ。また噛みついてやろうか。

 なんて思っていると、ジェシカさんがぽふっと私の頭の上に手を置いた。


「けど、よく頑張ったね、サーシャ。全部こなせたのはサーシャのおかげだよ」


 腰を屈めて、視線を合わせながら、ジェシカさんは優しく私の頭を撫でる。

 ……くそう。あんな目に遭わされたのに、普通に嬉しい。前世でどんなに仕事を頑張っても褒められることなんてなかったから、私、褒められることに対して耐性がなさすぎるんだ。

 我ながらチョロ過ぎると思いつつも、沸き上がる気持ちはどうしようもなくて。結局、私はジェシカさんに、文句の一つも言えなかった。


「ほら、見てよ。割りに合わない依頼ばっかり選んで受けたから大した金額じゃないけど、それでも結構稼げちゃった。これで美味しいものでも食べよ? ミオとフィアナには悪いけどね」


 大きく膨らんだ革袋を見せて、ジェシカさんがいたずらっぽく笑う。

 そう言われると、くぅーっと、お腹が鳴った。それを聞いたジェシカさんが楽し気に笑って、私は頬を膨らませる。


「怒んないでよ。ラピスの村は肉料理が美味しいんだよ。サーシャ、お肉好きだよね?」

「お肉好き」

「あはは、じゃあ、とりあえず宿取ってからお店探そうか。こういうとこだと酒場の方が料理美味しいんだけど、サーシャ連れて入るのがちょっとなぁ。悩ましいね」

「ジェシカさんもまだお酒は飲んじゃダメでしょ? 子どもなんだから」

「ハイルブロントでは16歳から大人なんだよー、サーシャ?」

「そ、そうだったんだ……」

「あたしは飲まないけどね。成人したときに一回飲まされて……不味いし頭はぼーっとするし気分は悪くなるしで最悪だったんだよー」

「あ、わかる。カクテルも私は無理」

「サーシャお酒飲んだことあるの!?」

「え!? あっ、な、ないよ!?」

 

 しまった! つい前世のノリで喋ってしまった!

 私は慌てて否定したが、ジェシカさんは誤魔化されなかった。


「王宮で飲んだの? いや、サーシャにお酒なんて出すわけないか……あっ、わかった! 荷台に置いてたラム酒でしょ! ダメだよ、あれ料理用なんだから!」

「違うよ! それに、そのラム酒はミオちゃんが火炎瓶作るのに使ってたよ!」

「火炎瓶って何!? ミオが何したって!?」

「あっ! えっと、な、何でもないっ!」

「何でもあるでしょ! サーシャ、誤魔化さずにきちんと――」

「お願いします! なんとか、なんとかなりませんかっ!!」


 墓穴を掘りまくり、私がタジタジになっていると、逼迫した叫び声がジェシカさんの言葉を遮った。

 なんだ、と思ってジェシカさんと同時に振り向くと、受付で女の人が必死に頭を下げている。

 何の装備も身に着けていないところを見ると、どうやら冒険者ではなさそうだ。嫌、私だってワンピースオンリーだけど、私はたぶんすごく特殊な例だから。

 いや、ミオちゃんも見た目はどこにでもいる街の子どもか。例外多いな。不安になってきた。ステータス見よ。

 鑑定スキル!


______________________


名前:ペトラ・シュルツ

種族:人間

年齢:26歳

職業:主婦

Lv:1

HP:21/21

MP:0/0

攻撃力:10

防御力:8

素早さ:6

かしこさ:100


【スキル】

 

______________________


 うん、完全に冒険者ではないね。主婦って書いてあるもん。

 けど、ただの主婦が冒険者ギルドに何の用事かな。もしかして、試験を受けたい、とか?

 でもそれなら、あんなに頼み込まなくても受けられると思うんだけどなぁ。ミオちゃんでも受けられたんだし。フィアナみたいにダークエルフでもないし。

 どうしても気になって、私は受付のお姉さんとペトラさんの様子を見守ることにした。


「申し訳ありませんが、この依頼を受理することはできません」

「無理をお願いしているのはわかっているんです! でも、せめて、せめて掲示板の隅に張り出すだけでも!」

「それができないと申し上げているんです。お引き取りください」

「お金なら用意しますから! 借金をしても構いません! ですからどうか!」

「お金の問題ではないんです。この依頼を受け付けることは絶対にできません。お引き取りください」

「そんな……どうしてもですか……?」

「はい。お気の毒だとは思いますが、絶対に不可能なんです。申し訳ありません」

「そんな……そんな……」


 とうとう、ペトラさんは受付のカウンターに突っ伏するように崩れ落ちてしまった。

 受付のお姉さんはそんなペトラさんから目を背けつつも、態度を変える様子もなく、声をかけることもしない。

 ペトラさんはしばらくすすり泣いて、やがて何も言わずによろよろと起き上がり、ふらふらと出口に向かって歩き出した。

 ギルド中がシーンとした雰囲気に包まれて、そんなペトラさんを見送る。ペトラさんが出口を出たとき、受付のお姉さんが安心してように、ホッと息をついた気がした。


「ジェシカさん」

「気になるの?」


 ペトラさんが出て行った方を、私と同じように見つめながら、ジェシカさんが言った。


「追いかける?」

「うん」


 私はこくりと頷いて、小走りに出口に向かう。

 無茶苦茶なところもあるけど、こういうとき何も言わずに付き合ってくれるところが、やっぱり好きだなって。

 ついさっきまで、散々心の中で文句を言い続けて来たジェシカさんに対して、そう思ってしまうのだった。

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