ふわふわ25 大反省会
ルビンさんは仏並みにいい人だった。
土下座するフィアナを「魔法の効果範囲にいた自分も悪いから」と言って助け起こしてくれたのだ。
私は絶対に、ひとかけらとしてルビンさんは悪くないと思うけど、本来は魔法が発動する前にルビンさんが止めるべきだったらしい。
この魔法で決着がつくと思ったら、詠唱を始めた時点でミオちゃんの時みたいに合格宣言するそうだ。
ただ、この試験を受けに来る人で、最強クラスの魔法を詠唱破棄できる人は今までいなかったらしい。そもそも、そんなことができるのは、ごく一握りの宮廷魔術師だけ。
そもそも詠唱破棄のスキル自体が希少で、エルフやハーフエルフでもない限り持っていないそうだ。しかも、後天的に獲得した例はなく、詠唱破棄を持ってる人は生まれたときから持ってるらしい。
火属性魔法のスキルレベルを最大まで上げているような熟練者が、超レアな詠唱破棄のスキルまで覚えていて、オマケに魔法の効果範囲に試験官がいても構わず魔法をぶっ放す非常識だから起きた奇跡。
公園で散歩していたメジャーリーガーが、足元に転がってきたボールを拾って、持ち主に100マイルで投げ返したら大ケガをさせてしまったというような事故である。何言ってんだろう私。
まあ、とりあえず、ルビンさんは許してくれた。学科試験も、その後無事に終わった。ミオちゃんとフィアナは、見事ギルドカードをゲットした。
「フィアナ、もっかい説明して?」
だがジェシカさんは許さなかった。
「あがっ! ひ、ひた! ひたはなじでっ!」
「説明してって言ってんじゃん? 抜くよ? しないなら抜くよ、これ?」
「うぐっ! がぁっ! ひまうぅ! せつめっ! ひまうぅ!!」
ここはギルドマスターの部屋。ギルドカードを発行してもらったときに、事の次第を説明したところで、それがジェシカさんの逆鱗に触れた。
いや、できれば黙っておきたかったんだけど……ルビンさんが辞表を持ってきちゃったから。学科試験の間に書いたらしい。本当にごめんなさい、ルビンさん。
いきなり辞表を渡されたギルドマスターがびっくりして、ギルドカードを受け渡すときに何か知らないかと聞いて来たから、私から説明したのだ。
グラウンドがボロボロになってるから、どうせバレるしね……。
「ギルドマスター、大丈夫だから。ちゃんと身元は保証するからね。今から責任果たすから見てて?」
「ぬ、ぬけぢゃう! ひた! ぬげぢゃう!!」
「これぐらいじゃ抜けないってぇ。……これぐらいでないとさ」
「うぐぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ジェシカさん本当にやめてあげてぇー!!」
本当にヤバイ悲鳴をフィアナが上げ始めたので、私はジェシカさんにしがみついた。
私の名状しがたき冒涜的なふわふわの力で、ジェシカさんは脱力し、フィアナの舌から手を離す。
フィアナは必死に部屋の隅まで逃げて、口を両手で覆ってしゃがみこんだ。
とりあえず、ジェシカさんを落ち着かせるため、私はジェシカさんに抱き着き続ける。いや、フィアナが悪いんだけど、さすがに見るに耐えない。
一方、ギルドマスターはずっと頭を抱えている。うん、あれはフィアナに試験受けさすんじゃなかったって考えてる顔だねー。顔見えないけどねー。
「フィアナ、これじゃあ、私の立場がないよ」
ミオちゃんもフィアナに対して、口をへの字に曲げている。
ミオちゃんだって、ルビンさんの足に石ぶつけてるんだけどね……。
「あはぁ~、なんだか久しぶりだよぉ、サーシャのふわふわぁ」
「うぷ……頬ずりしてる場合じゃないよ、ジェシカさん」
「サーシャから抱き着いて来てるじゃーん。はー、ふわふわぁー♪」
そうしないとフィアナの舌が抜かれるからね!
カオスだ。収集がつかない。もういっそ、このまま帰ったらダメかな? いやダメだよね、人として。
でも、唯一頼れるミオちゃんはフィアナがやらかしたせいで落ち込んでいる。ジェシカさんはふわふわで封じてるし、フィアナは論外。ギルドマスターはさっきから微動だにしない。
ここは、私が活躍するしかない!
「ギルドマスターさん! あの、本当にすみませんでした! 責任を取らせてください!」
「彼女の舌を抜いていただいたところで、何にもならないのですが……」
フィアナの舌を抜くことに何の抵抗もなさそうなのは、きっとギルドマスターが疲れてるせいだろう。
だからね、フィアナ。そんなに必死に首を振らなくても大丈夫だよ。
「フィアナの舌は勘弁してあげてください! 代わりに、迷惑をかけた分、ギルドの役に立つことをします!」
「これ以上問題を起こされると、さすがに対応しきれないのですが……っ!」
「ちゃんと役に立ちますから!! 勇者の名にかけて!! 何か困っていることはないですか!?」
「試験官をためらいなく殺そうとしたダークエルフにギルドカードを発行してしまったことです……」
「本当にすいません! でも、それ以外でお願いします!」
「優秀な実技試験担当の職員が辞表を出したことと……試験会場が破壊されたことですね……」
「フィアナ! ルビンさんを励まして、あと会場も元通りにして!」
「やります! やらせていただきます! ぜひやりたいです!」
「勇者様……人選がおかしくありませんか……っ」
「大丈夫です。フィアナは信用できる子です。勇者として保証します」
「その勇者様が保証した方がやったことなのですが……っ」
痛いところをついてくるね、ギルドマスター。
けど、今のお願いはフィアナが出した被害の原状復帰でしかないし……これだけ迷惑かけたんだから、何とかギルドの役に立つことをしたい。
というか、それくらいはしないと、街を出るときに石を投げられそうな雰囲気だもん。実際にそんなことはないだろうけど、居心地も後味も悪すぎる。
だから、私の手は空けたいんだよね。迷惑かけた分、迷惑かけた以上の仕事をしたい。そして、ジェシカさんにも手伝って欲しいから、ここはフィアナにやって欲しいのだ。
なお、私とミオちゃんで復旧作業をやって、ジェシカさんとフィアナに他の仕事をしてもらう案はなし。フィアナがかわいそう。
「私もフィアナを手伝います。私も、言ったことの責任があるから」
すると、ずっと落ち込んだ様子だったミオちゃんが手を上げた。ミオちゃん……本当に、かゆいところに手が届く子。
「私とフィアナでルビンさんと試験会場のケアをします。だから、サーシャちゃんとジェシカに、他の仕事を」
「ミオちゃん、ありがとう。ギルドマスターさん、どんなことでもやります。困りごとはないですか? あと今すごく真面目な話してるから、頬ずりは勘弁してよジェシカさん!!」
「サーシャから抱き着いてきてるのにぃ」
「困りごとと言われても……」
あってもこいつらに頼みたくないなーって雰囲気で、ギルドマスターはつぶやく。
私たちに出会ってから本当にろくなことないもんね。会話してもらえてるだけありがたいレベルだ。
悪気は全くないんだけどね……悪気がないで許される規模じゃないもんね……。
けど、何とかして信用を回復したい。なんて私が思っていると、この状況で私に頬ずりを続け、現在進行形で信用を失墜させているジェシカさんが口を開いた。
「あの話ならどう? ラピスの森が通れなくなって、北との物流が止まっちゃったってやつ」
「ラピスの森?」
「ここからしばらく北に行ったところに広がってる、二つの山に挟まれた大きな森なんだよ。ここが通れないと、ぐるーっと大きく迂回しないといけない上に山を越えないといけないから大変なんだよね。そこが今通行禁止なんだって」
私が試験を見てる間に集めてくれた情報かな? さすがジェシカさん、頼りになる。かしこさ68とは思えない。
けど、残念ながら、大事な情報が一つ抜けている。
「なんで通行止めなの?」
「いや、それが誰も知らないんだよね。色々と噂は立ってるけど、みんな好き勝手言ってるだけって感じ」
お手上げって感じで、ジェシカさんは肩をすくめた。
ふむふむ、そういう話なら……ここはかしこさ2944の力が必要かもしれない。要するに私の出番である。
「誰も知らないってことは、情報が規制されてるってことだよ」
「まあ、そうだね。だから、規制する側の人は知ってると思うんだけどさ。ギルドマスターとか」
あっ! 私が言おうとしたことを! おのれかしこさ68!
「……知っていますが、ラピスの森の封鎖については、勇者様たちでもどうにもできない問題かと思います。そして、その問題について教えることもできません」
「っていう話を、実はみんなが試験受けてる間にしたんだよね、あたし」
「えぇー!? じゃあ、なんでその話出したの!?」
「いや、理由は教えてもらえなかったけどさ。それなら、あたしたちで勝手に調べて解決してあげればいいかなって」
「それは絶対になりません!!」
ジェシカさんの言葉に、ギルドマスターが突然血相を変えて叫んだ。
「そ、そんなにヤバイの?」
さすがのジェシカさんも面食らったようで、探るように聞き返す。
ギルドマスターは深刻そうに顔を伏せた後、やがて意を決したように顔を上げた。
「S級冒険者のお二人なら、封鎖を突破して森の中に入ることも可能でしょう。しかし、そんなことは絶対にしてはいけません。ですので……やむを得ずですが、封鎖の理由についてお話します」
「ま、待ってください! 私たち、これ以上迷惑かけるつもりはないです! 言えないことを無理矢理聞いたりしませんから」
「いえ、伝えなければ私が安心できません」
私は慌てて止めようとしたが、ギルドマスターの決意は固いようだった。
うん、それって規則違反をしてでも、きっちり釘を刺さないと信用できないってことだよね? 本当にすいません。絶対信じてもらえないと思うけど、心から申し訳ないと思ってるんです。
「絶対に他言しないようにお願いします。恐らく、明日にはギルドがその話で持ち切りになっていると思いますが」
「絶対に言いませんから! 信用が全然ないのは今すごく伝わったけど!」
「では、信じて説明させていただきます。……ラピスの森には、今ブルードラゴンが巣を作っているのです」
後半、すごく声を潜めて、ギルドマスターが言った。
ブルードラゴン? ドラゴンって、なんか強そうなイメージ。
でも、ギルドマスターの雰囲気を見ていると、たぶん大問題なんだろうな。この世界の人なら常識って感じの。
「ブルードラゴン? そんな魔物いたっけ? フィアナ知ってる?」
「いえ、知りませんが、似た名前の魔物は魔王軍にいましたね。翼の生えた二足歩行のトカゲですが」
知らなかったよ、この人たち。
「それはドラゴナイトやワイバーンです! リザード種やワイバーン種とドラゴンは似て非なる者です! というか知らないのですか!?」
なんか驚いているギルドマスター。やっぱり常識なんだね……けどすいません、私、この世界の常識知らないんです。そこの二人のことは知りません。
「ブルードラゴン……ほ、本当に? この近くに?」
不意に口を開いたのはミオちゃんだった。
知っているのか、ミオちゃん!?
「神獣ケット・シーと同列……魔物でありながら、神の領域にいる生物……魔王ですら手出しできない別次元の存在……」
ミオちゃんの顔が青ざめている。けど、そのケット・シーは今宿の部屋でお留守番してるんですが……。
「その気になれば、一匹で人間の国なんて軽く滅ぼせる。それが、ドラゴンだよ。こんなこと、子どもだって知ってる」
子どもが言うと説得力があるなぁ……っ! あとここに知らなかった大人がいます!
「ブルードラゴンは産卵のため、1000年に一度、ラピスの森で巣作りをすると古い伝承にあります。ちょうど、今がその時期なのでしょう。それを邪魔すれば、当然怒りを買います。ですから、決して近づいてはいけません」
今までになく真剣な顔で、私たちに言い聞かせるように、ギルドマスターは告げた。
だから刺激しないよう、立ち入り禁止なんだね。理由を言わないのも、興味本位で近づく人間が出ないようにするため。
さすがに、こんな話を聞いちゃったら、私だってその森に近づく気はない。そもそも、ギルドの手助けをしたいだけなのだ。これ以上迷惑をかけるつもりなんてない。
「なるほどね。そういうことなら、今出てる依頼を片っ端からあたしたちで片づけるとかで頑張ろっか」
ジェシカさんも納得したようで、大きく伸びをした。
「じゃあ、あたしとサーシャで依頼見てくるから、ミオはフィアナをお願いね」
「うん、任せて。フィアナ、私から離れないようにしてね? それから、何か思いついたりやろうとしたときは相談してね」
「は、はい。よろしくお願いします、ミオ様」
10歳に26歳がお願いされちゃってるんだけど。逆だよね、普通。
ミオちゃんが頼もしすぎるだけか……が、頑張れ、フィアナ。応援してるから。
心の中でエールを送りつつ、私はジェシカさんと一緒に、冒険者ギルドの掲示板を見に行くのだった。