ふわふわ24 冒険者試験
試験会場は、日本の陸上競技場に作りがよく似ていた。中央に円形のグラウンドがあり、それをぐるりとフェンスの役目を兼ねた客席が囲んでいる。
私は、その客席で、二人の試験が始まるのを待っていた。試験は一人ずつ順番に行われるらしい。ルビンさんによると、まずはミオちゃんからのようだ。その間、フィアナは控室で待機するらしい。
その話を聞いたとき、私はルビンさんから、見学者は絶対に試験に干渉しないようにと釘を刺された。どんなことがあっても試験監督であるルビンさんが対応するから、手出し無用ということだ。
なぜそんな話をするのかというと、試験の内容が少し危険だかららしい。冒険者になるための試験なんだから、危険なのは当たり前なのかもしれないけど、すごく心配。
けど、私はここ最近たくさんのやらかしをしてしまっている。今回は絶対に大人しくすると心に誓っている。
あと、実は試験内容にちょっと心当たりがあって、もし予想通りなら何だかんだ大丈夫かな、とも思っている。すごく心配ってさっき言ったのと矛盾するけどね。
けど、10歳の子が危険って言われてる試験を受けるんだから、心配しちゃうのは仕方ないと思うんだ。
私が、客席に座ってしばらく待っていると、ミオちゃんが向かい側にあるゲートからグラウンドに入ってきた。
「ミオちゃーん!」
私は手を振りながら声をかける。
「サーシャちゃん! 試験中っ!」
怒られてしまった。私はしゅんとして席に座る。ちょっと応援するくらいいいじゃん……。
すると、私が座っている方のゲートから、ルビンさんが出てきた。
――隣に、体高が1mくらいあるオオカミを引き連れて。
「それでは、F級冒険者認定試験を始めますね」
「よろしくお願いします!」
ルビンさんの言葉に、ミオちゃんが身構える。
恐らく、あのでっかいオオカミを倒すことが試験の合格条件だろう。
鑑定スキル!
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名前:アーサー
種族:ワーウルフ
年齢:5歳
職業:ルビンの使い魔
Lv:8
HP:140/140
MP:0/0
攻撃力:108
防御力:82
素早さ:128
かしこさ:69
【スキル】
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見た目より弱いや、あのオオカミ。けど、ミオちゃんより強い。F級の試験って、意外に難しいんだ。
っていうか、私もジェシカさんと会ってすぐ、これと戦わないといけなかったのか。無理じゃん。勝てないじゃん。ジェシカさん何考えてんの? かしこさもオオカミに負けてるんですけど。
けど、職業の項目を見て、私は一安心。えへへ、実はここに来る間にルビンさんのことも鑑定してて、私と同じビーストテイマーだって知ってたんだよね。
魔物と戦うことになるから少し危険だけど、ルビンさんの使い魔だから、万が一のときはしっかり止めてくれるということだ。
え? ココアは私の言うことなんて、全然聞かないだろって? うるさいよ。私はスキルレベルが足りないんだよ。
ちなみに、これがミオちゃんの今のステータス。
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名前:サーシャ・アルフヘイム
種族:人間
年齢:10歳
職業:商人
Lv:12
HP:125/125
MP:0/0
攻撃力:65
防御力:58
素早さ:72
かしこさ:240
【スキル】
算術(Lv2)
話術(Lv3)
射撃術(Lv1)
【備考】
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前にレベル上げをした後、ここまでの移動中に遭遇したモンスターをコツコツ倒してもらっていたら、あれからレベルが1つだけ上がった。
ステータスはかしこさ以外、あんまり伸びてない。スキルは、話術のレベルが上がった。ギルドマスターを言い負かした実績を考えると、このスキルってもしかしてすごいのかもしれない。
けど、レベルは勝ってるのに、ステータスはほとんどワーウルフに負けちゃってる。商人は戦闘に向かない職業だから、レベルが上がってもステータスが伸びないってジェシカさん言ったもんなぁ。
うーん、合格は厳しいのかなぁ? がんばって欲しいけど……あっ、ちなみにこれが今の私のステータス。
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名前:サーシャ・アルフヘイム
種族:人間
年齢:10歳
職業:勇者/ビーストテイマー/冒険者
Lv:38
HP:214/214
MP:5110/5110
攻撃力:84
防御力:68
素早さ:173
かしこさ:2944
【スキル】
ふわふわ(Lv5)
魔獣使い(Lv4)
鑑定(Lv3)
子猫吸引(Lv-)
【備考】
鑑定スキルLv2以上のため、クリックでスキル詳細表示可能
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まるで……成長していない……。
いや、レベルは上がってないけどMPとかしこさは増えたもん! ごめんね、ココア!
そして、残念なお知らせがあります。私、攻撃力と防御力、あのオオカミに負けてます。
レベル38なんですけど。っていうか、私たぶん、ミオちゃんにMPとかしこさ以外のステータス追い抜かれちゃうよね?
え? 勇者って職業、商人より戦闘に向かないんですか? 魔王と戦う仕事ですよね?
いや、どうせ攻撃したところで、ふわっとするだけなんだけどさ。あっちからダメージも受けないし、こっちからもダメージ与えられないんだけどさ。けどさ……。
って、悲しい気持ちになってる場合じゃない。ミオちゃんをちゃんと応援しなきゃ。さっき声かけたら怒られたから、見守るしかできないけど。
「アーサー、ゴー!」
ピッ! とルビンさんが笛を吹くと、ワーウルフが走り出す。
ミオちゃんはスリングを構えて、振り回し始めた。
パァン!! と空気を打つ音が響き、高速で石が撃ち出される。
その攻撃は、見事に命中する。
「ぐわっ!?」
ルビンさんのふとももに。い、いたそぉ……。
いや、ワーウルフがよけたからルビンさんに当たっただけで、別にミオちゃんが狙ったわけじゃないんだよ? 射線上にルビンさんがいるのに、躊躇なくスリングを放ったのはミオちゃんだけども。
しかし、これはピンチだ。オオカミはすぐそこに迫っている。ミオちゃんに、スリングをもう一度放つ余裕はなさそうだ。
ミオちゃんもそれを察したようで、スリングを手放し、カバンの中に手を突っ込む。そこに、ワーウルフがとびかかる。
ミオちゃんを押さえつけようと前足を伸ばしながら、鋭い牙が並ぶ口を大きく開く。ミオちゃんは自分から後ろに倒れ込むようにしながら、カバンから取り出した何かを投げた。
「臭気玉っ!!」
ワーウルフの下あごにぶつけられたそれは、グチャっと音を立ててつぶれると、泥のような中身をまき散らした。
それに視界をさえぎられたせいか、ワーウルフは狙いを定められず、倒れ込んだミオちゃんの上を通過してしまう。
ミオちゃんはゴロゴロと横に転がって、素早くワーウルフから距離を取る。
ワーウルフはすぐ追撃するかと思ったけど、着地すら失敗して、地面を転がった。
しかも、ワーウルフは苦しそうに暴れており、ミオちゃんのことも見失っているらしい。
さっき投げつけたアイテムの効果なんだろうか? ミオちゃんはその隙に立ち上がり、今度はカバンから小瓶を取り出した。
「ヒアザラシの発火汗!」
ミオちゃんは小瓶をワーウルフの足元にたたきつけ、中に入っていた液体が地面と、ワーウルフの体に飛び散る。
ワーウルフはびくっと反応したものの、まだそこから動けないようだ。ミオちゃんはまたカバンに手を突っ込み、今度はビール瓶くらいの大きな瓶を引き抜いた。
「これで――」
「待った! 合格! 合格です!!」
瓶を振りかぶったミオちゃんを、ルビンさんが慌てて止めた。
その言葉に、ミオちゃんは目を丸くして振り返る。
「え? まだ倒してないけど、合格なの?」
「臭気玉なんかぶつけられたら、ワーウルフは鋭すぎる嗅覚のせいで他の感覚は全部失っちまいますからね。しばらくまともに動けないでしょう」
その言葉通り、ワーウルフはまだうずくまって苦しそうにしていた。
ルビンさんはワーウルフに近づいて、タオルで臭気玉から出た泥みたいなものとか、ミオちゃんが小瓶を割って飛散らせた液体とかを拭きとってあげる。
その様子を見つめながら、ミオちゃんが瓶を握りしめたまま、不思議そうな顔で尋ねた。
「でも、それなら、どうして臭気玉が当たった時点で止めなかったの?」
「本来なら、そうやって自由を奪った後、どう追い詰めていくのかを見ないといけなかったんで。この状態からでも、ワーウルフはそれなりに抵抗できますからね。詰めの甘いやつなら、十分仕損じますよ」
「じゃあ、なんで私は止めたの?」
「ワーウルフの毛は油を含んでて、ただでさえ燃えやすいのに、一度火がついたら水をかけても消せないヒアザラシの発火汗までぶっかけて……手に握ってるそれ、バーニングカクテルでしょう? 自作したんですか?」
「うん! ラム酒にヒフキトカゲの火炎石を入れてるの! 火炎石は空気に触れるとすぐに燃えるから、強いお酒の瓶に入れるだけで簡単にバーニングカクテルが作れるって、パパに習ったんだ! 火に弱い魔物は多いから!」
「さすがに、自分の使い魔が焼き殺されるのを黙ってみてはいられませんよ……」
目を輝かせて説明するミオちゃんに、ルビンさんはどこかすごく疲れた様子でそう言った。
ミオちゃん……お、恐ろしい子。あれ、つまり火炎瓶だよね? あんなもの、普段から持ち歩いてたの? っていうかいつの間に作ったの? 私がココアを吸いながら昼寝してる間?
「ただ、ワーウルフへの対処の仕方としてはほぼ文句なしでした。魔物に随分詳しいんですね。最初の投石は牽制ですよね?」
「ううん、てっきりルビンさんのことをかばうと思ってた。ちゃんとどっちにも当たるタイミングで撃ったのになぁ。本当は、あれで足を止めて、臭気玉を当てたかったの」
「あ、そう……なの……?」
ミオちゃん、発想が恐ろしいよ!? 10歳のそれじゃないよ!? 人として大事なものを失ってない!? 大丈夫!?
「そういえば、足、大丈夫ですか? 薬草いる?」
「あ、ああ、もらっておきますね……とりあえず、実技試験は終わったので、事前の説明通り、学科の会場に移動してください」
「はーい」
ルビンさんに返事をした後、初めて、ミオちゃんは私の方へと視線を向けた。
ミオちゃんはにっこりと笑って、
「サーシャちゃん! 合格したよ! 学科試験も頑張るね!!」
「う、うん……」
おめでとう、とはどうしても言ってあげられなかった。
***
ミオちゃんの試験が無事? に終わり、今度はフィアナの試験が始まろうとしている。
フィアナは金属の胴当てに布の服という、いつものスタイルだったが、手に持っているのは木刀のようだ。
試験で戦う魔物はルビンさんの使い魔だし、あんまり大ケガさせちゃうとかわいそうだもんね。まあ、フィアナは魔法も使えるから、多少武器が弱くなっても平気だろう。レベルも高いし。
ただ、ルビンさんがフィアナの相手として連れて来たのは、さっきと同じワーウルフではなかった。
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名前:ボルボラ
種族:トロール
年齢:40歳
職業:ルビンの使い魔
Lv:30
HP:520/520
MP:0/0
攻撃力:412
防御力:420
素早さ:88
かしこさ:80
【スキル】
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フィアナと向かい合っているのは、全身緑色で、筋骨隆々の巨人。身長は3mを越えている。そして、その手に握られているのは、丸太とほぼ太さが変わらないこん棒。
ふわふわのスキルがあっても、正面からくらったら質量で押しつぶされるんじゃないだろうか。とりあえず、何が言いたいかと言うとだ。
フィアナの相手強すぎない? なにこれ、差別?
さすがにこれは抗議するべきじゃないだろうか。いや、フィアナなら勝てると思うけどさ。
と、腰を浮かせかけたとき、ルビンさんが声を張って叫んだ。
「これより、C級冒険者認定試験を始めます!」
C級!? なんでF級じゃないの!?
そういえば……確か飛び級の制度があるって話をここに来る間に聞いた。まあ、どうせ二人が受けるのはFだもんねーと思って全然気にしてなかった。
確か、飛び級の上限がC級だったはずだ。B級以上は冒険者としての経験と実績を積まないと、実力があってももらえないらしい。上に立つ者は、ただ強いだけじゃダメ、というわけだ。
はい、すいません。実績も経験もないけど、S級らしいです、私。
いや、私は別にミオちゃんと同じF級でも何の文句もないからね!? ジェシカさんが勝手にしたんだからね!? か、勘違いしないでよね!?
なんでツンデレっぽくしたのか自分でもわからないけど、とりあえず、フィアナの試験相手については納得。
最初に会ったジェシカさんがD級だったらしいから、あのときのジェシカさんより強い敵が相手じゃないとおかしいもんね。
今でもかしこさは負けてるけどね、ジェシカさん。ジェシカさんよりかしこさが低い生物に、私まだ一度しか会ったことないんだけど。
冗談(事実)は置いておいて、それでもトロールよりフィアナの方が遥かに強い。この試験は安心して見ていられるよ。
ルビンさんが、さっきと同じように笛を吹く。
「ボルボラ、ゴー!」
ズシズシ、とトロールがフィアナに向かって突進していく。
フィアナは、手を突き出して魔法の構成を練り始める。
近接タイプに対しては魔法で応戦。フィアナのセオリーだ。やっぱり、フィアナは安心して見ていられ――
「やばいっ!!」
私は客席から飛び降りた。
空中にいる間に、全力で魔法の構成を練り上げる。
使うのは魔法大全にも載っていない、私が新しく作ったオリジナル魔法。しかも、発動するのは初めての、ぶっつけ本番。
けど絶対成功させないといけない。でないと、最悪のことが起きてしまう。
「エアロブラスター!!」
練り上げた構成を、私は自分の背後に向けて放つ。
構成に魔力が流れ込み、魔法が発動する。直後、背後から、私の背中に向けて、空気の塊が勢いよく撃ち込まれた。
背中全体を、ふわっとした感触が包む。しかし、私を前に押し出す力までは打ち消されない。
結果的に、私は空中で、ロケットのような勢いで前方へ吹っ飛ばされた。
私が向かう先にいるのは、ルビンさん。ルビンさんは私が試験会場に飛び込んだことに気づいていて、驚愕に目を見開いている。
でも、今はそんな場合じゃないんだ!
視界の隅で、フィアナが練った魔法の構成に魔力が流し込まれた。
「エクスプロード・ノヴァ!!」
競技場のほぼ中心部に、火球が形成される。
膨大なエネルギーを込めたそれは、瞬く間に大きくなっていく。
私はふわふわのスキルを発動。ルビンさんの頭上を飛び越えたところで、ふわふわの飛行能力により急停止。そのまま、ふわっと着地する。
やばい! 時間が本当にない!!
「ルビンさん伏せてぇぇぇぇぇぇ!!」
私の絶叫とほぼ同時に、フィアナが放った、火属性最強の魔法が完全に発動した。
一瞬にして膨れ上がった火球が弾け、視界を覆いつくす大爆発を起こす。
膨大な熱が巻き起こす暴風と衝撃で、競技場の地面がえぐりとられ、クレーターが出来上がっていく。
私は必死に両手を広げて、少しでもたくさん、この小さな体にその爆発が、土砂が、風が触れるようにと歯を食いしばった。
永遠に感じられるような一瞬。鮮烈な赤が過ぎ去り、後には破壊の爪痕だけが残される。
「勇者様!!」
フィアナが、すり鉢状に削られたグラウンドを走って、こっちに向かってくる。
「何をなさってるんです!? ダメじゃないですか! 試験への介入は厳禁だとあれほど言われていたのに!」
「フィアナ……」
「相談なくC級の試験を受けたことについては謝罪します。私のことを心配していただいたことは感謝します。しかし、一応あなたの監督を言いつけられている身としても、ここははっきりと言わせてもらいます!」
「フィアナ、違うの」
「違いません! それに、心外ですよ。確かに、あの魔物は強敵に見えました。ですが、様子を見ることもなくいきなり飛び込んでくるなんて。そんなに私の実力は信用できませんか?」
「フィアナ、私はね。鑑定のスキル持ってるんだ」
「それはもちろん知っています。ですが、ステータスの差なんてスキルや戦術でいくらでもひっくり返るものです。実際、あの魔物は一撃で始末しました」
「うん。ちゃんと見てたよ。それでね。お願いだから、一つだけ聞いて欲しいんだ」
「はい? ……まあ、そこまでおっしゃるなら、一つだけですよ?」
フィアナはようやくお説教モードを中断して、仕方ないな、といった様子で呆れたように私を見下ろした。
私はフィアナにちゃんと伝わるように、少し言葉を考えてから、言った。
「フィアナが一撃で倒したトロールより、ルビンさんのHPは少ないの」
「なぜ今、試験官さんの話を?」
「いや、だからさ……ルビンさん、魔法の範囲にいたよね?」
私は、背後を振り向きながらつぶやく。
私の背後の一部だけ、地面が無事だった。私がふわふわで魔法を拡散させたからだ。
そして、私のすぐ後ろに、頭を抱えてしゃがみこんでいるルビンさんがいる。
「フィアナ……どんなことがあっても対応するっていう中に……試験官の命が狙われた場合は入ってないんだよ?」
フィアナは地面に頭をこすりつけた。
綺麗な土下座だった。きっと、私がジェシカさんに魔法をぶつけたとき、やったのを見て覚えたんだろうな。
こうして、私はメディオクリスに土下座という日本文化を伝えることができたのだった。
もちろん、全然嬉しくないです。