ふわふわ23 冒険者試験前哨戦
「S級冒険者のジェシカ・ハイルブロント。ギルドマスターと話がしたいんだけど、取り次いでくれない?」
「S級……っ!? は、はい、少々お待ちください」
ジェシカさんが取り出したギルドカードを見て、明らかに狼狽しながら、受付の女性は奥へと駆け出して行った。
「S級ってやっぱりすごいの?」
「今は、世界で5人しかいないからね」
「そ、そうなんだ……ジェシカさん、すごいね」
「サーシャも5人のうちに入ってるからね?」
「いや、私の場合は……ちょっとズルっていうか……」
そもそも試験すら受けてないし……。なんて会話をしている間に、受付の女性が小走りで戻って来た。
「お待たせしました。奥へどうぞ」
「ありがとう。じゃあ、みんな行こうか」
そう言って、まずジェシカさんがカウンターをくぐる。アポなしでいきなり来て、こんなにあっさりトップの人と会えるなんてすごいなぁ。前世だととても考えられない。
私たち四人は、スタッフ用のスペースらしき場所を通り抜け、その奥にある部屋に通された。そこがギルドマスターの執務室らしい。
応接室も兼ねているようで、私たちは立派な革のソファーに座らせてもらった。ギルドマスターらしき初老の男性がデスクから立ち上がり、私たちの対面に座る。
ここまで私たちを案内してくれたお姉さんは、ギルドマスターの傍らに立った。
「冒険者ギルドディオゲネイル支部のギルドマスター、ルドルフ・アルフヘイムです。S級冒険者のハイルブロントさんとお会いできて光栄です」
紳士的に微笑むギルドマスターは、私と同姓だった。この世界、マジでアルフヘイム多すぎる。
「あはは、いやー、あたしまだなり立てなんで」
「では王女様とお会いできて嬉しいと言った方がいいですか?」
「えー? そっちの方が恥ずかしいよ。あたしに王女らしいところなんてないしさぁ」
ジェシカさんはいつもと同じ調子でケラケラと笑う。ギルドマスターって、ここで一番偉い人なんだよね? 年齢も、絶対ジェシカさんの倍以上なのに、よくあれだけ自然体で話せるものだ。
王女らしいところなんてない、とジェシカさんは言ったけど、こういうのって生まれたときから偉い人の感覚だよね? ジェシカさんが敬語を使ってるところ、見た覚えがないし。
でも、普通の王女様は礼儀作法とかきっちり教えられるから、やっぱりこうはならないのかな? なんていうか、総じてジェシカさんだからこうなったって感じ。
ジェシカさんらしい、というのが結局しっくりくる。
「それで、私に何か話があるということでしたが?」
「うん。けど、その前に紹介しとくね。この子、サーシャ・アルフヘイム。S級冒険者で、勇者だよ」
「よ、よろしくお願いします」
いきなり紹介されたので、私はぺこっと頭を下げておく。初対面の人と、ジェシカさんみたいに流暢に話すのは無理。こっちは社会人経験一年未満だぞ。
「ほぉ……あなたが……話には聞いていましたが、実際にこうして会うと……」
ギルドマスターが私を見て目を丸くしている。うん、こんな子どもが勇者とか言われたらびっくりするよね、普通。私もヘルメスくんに言われたときめちゃくちゃ驚いたから。
「活躍はうかがっています。王都に奇襲をかけた魔王の軍勢を一人で撃退したと」
「いや、一人じゃなくて、ジェシカさんにも手伝ってもらいましたから!」
「あたしがついたときには、もう敵一人しか残ってなかったじゃん」
私が慌てて否定すると、ジェシカさんが横から余計なことを言う。確かにそうだけど、その残ってた敵一番強いやつだったじゃん!
とりあえず、過大評価されるのは色々と困る。いつかは魔王を倒そうと思ってるけど、私がまだまだ弱いことはフィアナとの戦いでよくわかった。
魔王は絶対倒すつもりだけど、挑むのはまだまだ先だと思ってる。もっともっと強くなってから。なのに、
私がすでにめっちゃ強いと誤解されてると「何チキってんの? 早く魔王倒して来いよ」とか思われるかもしれない。さすがに、10歳児相手に直接それを言う人はいないと信じたいけど。とりあえず、そういうのは嫌なのだ。
できるなら、私は見た目通りのか弱い幼女だと思っていてもらいたいのだ。
「さすが、予言の勇者様ですね。ああ、そうだ。実は、彼女もサーシャ・アルフヘイムというのですよ」
すると、ギルドマスターは隣に立っている受付の女性に顔を向けた。
また同姓同名の人に会っちゃったよ。サーシャ・アルフヘイム多すぎだよ。ミオちゃんもサーシャ・アルフヘイムだから、この部屋サーシャ・アルフヘイム率50%だよ。いやサーシャ・アルフヘイム率ってなんだよ。
サーシャ・アルフヘイムが私の中でゲシュタルト崩壊を起こしそうになっていると、受付のサーシャさんが、ギルドマスターの耳元に顔を近づけて何かをささやいた。
「うん? そうか……ふむ……」
一体どうしたんだろう。なんて思っていると、ギルドマスターが私の方を見て、
「勇者様、大変失礼なのですが、鑑定スキルでステータスが確認できないらしく……名前と職業だけで構いませんので、妨害を解除していただけますか?」
「え?」
あ……そっか、受付のサーシャさんが私に鑑定のスキル使ったのか。身元確認のつもりだったんだろうけど、かしこさに差がありすぎると、鑑定のスキルって発動しないんだよね。
事情はわかったけど……。
「や、やり方がわかりません……」
「あ、簡単なので大丈夫ですよ。公開したいステータスだけを、頭の中で念じるだけです」
私が困っていると、サーシャさんがそう解説してくれた。私もサーシャだから、本当にややこしい。
ええと、名前と職業、名前と職業……こ、こんな感じでいいのかな? ちらっとサーシャさんを見ると、向こうはにこっと微笑んで、
「ありがとうございます。確認できました。本物の勇者様で間違いありません」
「すみません。あくまで念のためでしたので。ご協力ありがとうございました」
「いえいえ、そんな別に」
恐縮して頭を下げる二人に、私は手をパタパタ振る。私、頭を下げることはしょっちゅうだけど、下げられるのには慣れてないんだよ。
「それで、改めてうかがいますが、勇者様と王女様が揃って私にお話とは?」
「だから、王女はやめてってば。あのね、こっちの二人も私たちの仲間なんだけどさ、ギルドカード取りたいと思ってるんだよ。けど、こっちの子はダークエルフなんだよね」
「なに? ダークエルフですと?」
「フィアナ」
ジェシカさんがジェスチャーで、ローブのフードを外すように指示する。フィアナは一瞬ためらった様子だったが、パサっとフードを下ろして素顔を見せた。
ギルドマスターとサーシャさんがわかりやすくうろたえる。ダークエルフがあまり歓迎されないという話は、やっぱり本当だったみたいだ。
「まさか、勇者様がダークエルフをおともにされているとは……」
「言いたいことはわかるよ。けど、あたしとサーシャがこの子のことは保証する。だから、試験受けさせてくれないかな? 魔王と戦うのに、この子の力は必要だし、旅をするにはギルドカードが必要なのもわかるでしょ?」
「うーん……おっしゃることはわかりますが……」
「だよね、わかってくれるよね? ありがとう!」
「ま、待ってください! いくら王女様と勇者様のお願いと言われても、身元調査もなしにダークエルフに試験を受けさせることはできません!」
「えー!? なんで!? あたしとサーシャが保証するって言ってるじゃん!」
「せめて、なぜ勇者様の旅に同行するようになったのかという、経緯だけでも聞かないことには……。それに、保証すると言っていただいても、やはりギルドカードを発行する側としての責任が、我々にはありますから」
ジェシカさんはゴリ押そうとするけど、さすがは年齢を重ねてるだけあるというか、ギルドマスターは冷静に対応を返して来る。
こうなってしまうと、かしこさ68のジェシカさんには手に負えないかもしれない。とはいっても、私に案があるのかというと、そんなことはない。だって、ジェシカさんがゴリ押しでいけるって言うから、失敗したときのことなんて考えてなかったんだもん。
どうしよう、経緯のことは話したくないんだよね。事情があったとはいえ、フィアナが魔王軍にいたってことを言わないといけないし。
ジェシカさんが言葉を詰まらせ、私がどう説得したものかと悩んでいる中、口を開いたのは意外な人物だった。
「それでも、ルドルフさんは、フィアナが試験を受けることを認めるべきだと思います」
はっきりとそう言い切ったのは、言っちゃ悪いけどここにいるのが一番場違いなミオちゃんである。
ミオちゃん、あなた10歳だよ? 相手、初老のおじちゃんだよ? お年玉もらえるくらいの年齢差あるよ? なんで、ここで口を挟んじゃうの?
実際、ギルドマスターは孫を見るような優しい表情で、言い聞かせるように、
「お嬢さん。あなたにはまだ難しいと思うけれど、大人の世界には色々複雑なルールや事情が――」
「理由は三つあります」
ずびしっ! とミオちゃんが三本の指を突き出して、ギルドマスターの言葉を遮る。
ギルドマスターもミオちゃんの行動を予想してなかったのだろう。面食らったように口を閉じる。
ミオちゃんは指を一本だけ立てながら言った。
「一つ目の理由は、ここでルドルフさんがフィアナの受験を拒否しても、結果は変わらないからです。フィアナは必ず、試験を受けられることになります」
「ん……? ええとそれは……いったいどういうことかな? 私には話が見えないんだが……」
困惑するギルドマスター。私も、ミオちゃんが何を言ってるのか全然わからない。
しかし、ミオちゃんは毅然とした態度で続ける。
「もしここでフィアナの受験を拒否されたら、私たちはローズクレスタに戻ります。ローズクレスタには、冒険者ギルドの本部がありますよね? 私たちは、王様から冒険者ギルドの本部に直接働きかけてもらって、フィアナが試験を受けられるように取り計らってもらいます。だから、ここで受験を拒否されても、フィアナは試験を受けられます」
「いやいやいや……いくら王でもそれは無理というものです。冒険者ギルドは国から独立した機関ですし、王女様が頼んだからという理由だけで、彼女の受験を許可するよう指示することはできませんよ。したとしても、本部がそれに従うとは思えません」
「ジェシカの頼みだからではありません。サーシャちゃんの、勇者の頼みだから引き受けるしかないんです」
え? わ、私?
いきなり名前を出されて困惑する。私より、ジェシカさんの方が押しが強いし、頼み事聞いてもらえそうに見えるけどな……。
「私たちの目的地はガルバルディア帝国です。ギルドカードのように信用のおける身分証がないと、ダークエルフのフィアナは入国できません。フィアナがギルドカードを取得できないということは、勇者の旅がそこで終わってしまうということです。王様は、勇者の魔王討伐を全面的に支援すると約束しています。だから、サーシャが頼めば、必ず冒険者ギルドの本部に働きかけてくれます」
「……確かに、そういうふうに伝えれば、王も動くかもしれませんな。しかし、本部側が王の指示を素直に受け入れると思えないのですが」
「サーシャちゃんは冒険者ギルドの本部が魔物に襲撃されたとき、それを撃退しています。ローズクレスタが魔物の大軍に襲われたときも、たった一人で立ち向かいました。冒険者ギルドの本部にとってサーシャちゃんは恩人です。ローズクレスタの冒険者たちにも、サーシャちゃんは絶大な人気があります。勇者の冒険に必要なことだからと王様からはたらきかければ、本部は断れないはずです」
「ううむ……勇者様の活躍については、私も聞き及んでおりますし、確かに本部からは最大限のサポートをという通達が出されていますが……」
「二つ目の理由です」
ミオちゃんがびしっと二本の指を立てる。
「私たちがローズクレスタから、この街に来るまで、6日かかりました。ここからローズクレスタに引き返して、また戻って来るとなると、単純に二倍の時間がかかります。ギルドの試験を受けるための手続きにかかる時間、再出発のための準備の時間を考えると、もっと日数がかかるかもしれない」
「今からローズクレスタに戻ることが、大変な手間だということはわかります。しかし、それがなぜ、試験を許可した方がいい理由に?」
「勇者の旅は魔王を倒すための旅ですよ? サーシャちゃんは王様から正式にお願いをされています。ローズクレスタに戻るための時間は、明らかに無駄な時間です。せっかく送り出した勇者が、こんな無意味なことで追い返されてきたと知ったら、王様は怒ると思います」
「いや、ギルドカードを配布する人物の身元調査は、決して無意味なことでは――」
「サーシャちゃんは一人でローズクレスタを魔物の襲撃から守りました。私も守られた一人です。サーシャちゃんがガルバルディアに早く着けば、それだけ多くの人が救えるかもしれないんです。フィアナの身元調査より、大勢の人の命を救うことの方が大切だと思います。それに、フィアナのことはジェシカとサーシャちゃんが責任を持ってみると言ってます。S級冒険者二人がついているのに、ルドルフさんはどんな心配をしているんですか? それとも、二人のことが信用できないんですか?」
「いえ、決してそんなことはありません。ですが……うーん、そう言われてしまうと……何とも答えにくいですが……」
「最後、三つ目です」
返答に苦心しているギルドマスターに対して、ミオちゃんは三本の指を突きつけた。
「ダークエルフの冒険者は、ごく少ないですがいますよね? その人たちと、その仲間を中心に、冒険者ギルドのダークエルフに対する扱いがあまりにも厳しすぎるという訴えが出ていると聞いてます」
「……確かに本部を中心に抗議文が届いているようですね。しかし、ギルド側も対応はしています。我々もダークエルフが冒険者ギルドに加入する際の扱いについて、本部から新しい手引書を受け取っていますし」
「でも、今だってフィアナはダークエルフだというだけで、試験すら受けさせてもらえないじゃないですか。私も試験を受けたいと思ってますけど、受けられますよね? この話、活動している人たちが知ったら、大騒ぎになりますよ」
「いえ、受けさせないとは言ってませんよ? ただ、その前に詳しい話はうかがいたいということで――」
「サーシャちゃん、ギルドカードもらったときにそんなことあった?」
いきなり話を振られて、私はふるふると首を振る。そもそも試験受けてないし……カードもジェシカさんに渡されたし……。
私の反応を確認して、ミオちゃんはギルドマスターに向き直る。
「冒険者ギルドの対応は、公平じゃないと思います」
「すみません、勇者様の件については、私も経緯を存じませんので……」
「サーシャちゃんのことは、勇者だから詳しい経緯を知らなくても信用する。けど、フィアナはダークエルフだから詳しく話を聞かないと試験を受けさせられない、ってことですね? わかりました。この街のギルドマスターにそう言われたと、ローズクレスタに戻って、ダークエルフ解放団体に伝えます」
「ま、待ってください! 決してそういう意味ではありませんから!」
ミオちゃんの言葉を聞いて、ギルドマスターは慌てて否定する。
すると、ミオちゃんは突き出していた手をようやく下げて、膝の上に置き、
「私が言いたいことはこれだけです。私はフィアナに試験を受けさせた方がいいと思いますが、決められるのはルドルフさんだけです。最後まで聞いてくれて、ありがとうございました」
ぺこり、とミオちゃんは頭を下げた。
なに、この子? 誰、この子? フィアナが腹話術でも使ってしゃべってたの? いや、フィアナでもこんなふうには絶対しゃべれないと思う。
っていうか、色んなことに詳しすぎじゃない? 冒険者ギルドでの私の評判とか、ダークエルフの冒険者のこととか。物知りだなぁとは思ってたけど、10歳の知識じゃないよね?
けど……ミオちゃん、さすがに言い過ぎな気がする。ギルドマスター、怒ってないかな? 私はちらぁっと、ギルドマスターの表情をうかがった。
苦しそうに、顔中から汗を垂らしている。顔色は……よくない。真っ青と言っても、過言ではない。なんか……すごく、すごく困ってそうな顔。
私が緊張しつつ、じっと様子を観察していると、ギルドマスターはゆっくりと口を開いた。
「わ、わかりました……そちらの、ダークエルフの……フィアナさんの受験を認めたいと思います」
目をぎゅっと閉じ、まさしく苦渋の決断と言った感じで、ギルドマスターは絞り出すようにそう言った。
す、すごい……ジェシカさんのゴリ押しを耐えたギルドマスターが……。ミオちゃん、口だけで自分の何倍も生きてる人を言い負かしちゃったよ。
思わずミオちゃんの方を私は振り向く。すると、ミオちゃんはギルドマスターに向かって、にっこりと微笑みかけ、
「私もその方がいいと思います。賢明な決断でしたね、ルドルフさん。私、ルドルフさんがギルドマスターをしているギルドで試験を受けられるなら、安心です」
つ、強い! この子、強すぎる! ギルドマスター、呆然としちゃってるよ!? 隣にいるサーシャさんの口もあんぐりだよ!
「……サーシャくん。お二人に、試験の説明をお願いします」
「は、はい! ええと、皆さん、一度受付までお願いします。ギルドマスター、失礼します」
サーシャさんが、ギルドマスターに一礼して入口に向かう。
ギルドマスター、この短い時間でなんか老けたような……とても紳士的な人だったのに……ご、ごめんなさい。
心の中で謝りながら、私たち四人はサーシャちゃんに続いて部屋を出た。
「こちらが、試験を受けるための書類になります。名前、種族、年齢、職業について偽りなく記入をお願いします」
受付に戻ると、サーシャさんはフィアナとミオちゃんに、それぞれ同じ書類を手渡した。
って、職業!? まずい! 魔王のしもべとか書けないよ!? フィアナに鑑定スキル!!
______________________
名前:フィアナ・ノーラン
種族:ダークエルフ
年齢:26歳
職業:魔法剣士
Lv:45
HP:920/920
MP:850/850
攻撃力:586
防御力:425
素早さ:442
かしこさ:521
【スキル】
剣術(Lv6)
火属性魔法(Lv9 Max)
光属性魔法(Lv6)
闇属性魔法(Lv6)
魔法適正(Lv-)
______________________
あ……れ? 魔王のしもべじゃなくなってる?
確かに、今のフィアナは魔王のしもべじゃないけど……へぇ、職業って勝手に無くなったりするんだ?
まあ、いきなり増えることもあるから、いきなり無くなることもあるよね。
とりあえずは一安心。フィアナもミオちゃんも、迷いなく書類の空欄を埋めていく。
と言っても、書く項目が少ないので、それもあっという間に終わった。
「確かに受け取りました。では、試験について説明します。試験は冒険者に必要な知識を問う学科試験と、冒険者の技能を見る実技試験に分かれています」
二人から預かった書類を棚にしまってから、サーシャさんは二人に新しい書類を二枚ずつ手渡した。
気になって、横からちらっとミオちゃんがもらった書類を見る。どうやら、試験要綱みたいなもののようだ。試験に関する注意事項が、それぞれの紙に書いてある。
「先に実技試験から行います。ギルドの裏に、試験で使う施設があります。担当の者を呼んできますから、少しお待ちください」
と言って、サーシャさんはまた奥へと一人で引っ込んでいった。
受付の前に、私たち四人だけが残される。何となく今まで言葉を交わさずにいた私たちは、自然に顔を見合わせる。
そして、たまっていたものが弾けたように、私たちは口々に話し始めた。
「ミオちゃんすごかったよ!? びっくりしたよ!? どうしちゃったのって思った!」
「ミオ! 君がいてくれて本当よかった! あたしじゃ無理だったよー!」
「え、えへへ、な、なんかうまくいった」
「ミオ様! 本当に! 本当にありがとうございました! 私のせいでみなさんの足を引っ張ってしまうところで!!」
興奮して叫ぶ私に、ミオちゃんを抱え上げて振り回すジェシカさん。はにかみながら、照れくさそうにするミオちゃんに、何度も何度も頭を下げるフィアナ。
なんだなんだと、周りの冒険者に見られたが、私たちの興奮はしばらく収まらなかった。
そして、それが少し落ち着いてきたときに、ちょうどサーシャさんがレザーメイルを身に着けた剣士風の男性を連れて戻って来た。
「担当の者を連れてきました。実技の試験監督、ルビンです」
「どうも、ルビンです。じゃあ、早速案内しますんで、ついてきてください」
ルビンさんは髭をたっぷり蓄えた、豪快な印象のあるおじさんだった。何となくだけど、ジェシカさんと気が合いそうな気がする。
ルビンさんが歩き出したので、フィアナとミオちゃんはその後ろをついていく。一方、ジェシカさんに動く様子はない。
私はちょっと迷った。迷った上で、受付のサーシャさんに声をかけることにした。
「あ、あの、すいません」
「はい、なんでしょう?」
「試験の見学ってできますか?」
「可能ですよ。ルビンさん! 彼女、見学希望だそうです!」
「わかりましたー! じゃあ、お嬢さんもついてきてくださーい!」
サーシャさんが声を張って言うと、ルビンさんも大声でこっちに呼びかけてくれた。
私は、急ぎ足で三人を追いかけようとして、ふとジェシカさんを見る。
「ジェシカさんも来ない?」
「あたしは情報収集があるからいいよ。あたしの分も、二人のこと応援してあげてね」
笑顔で、ぽんっと私の背中を押してくれるジェシカさん。
うん、私の背中に触れた途端、脱力してだらしない声を出さなかったらかっこよかったんだけどね。
もはや慣れてしまったディスペルの魔法をジェシカさんにかけて、私は改めて三人を追いかける。
私は結局試験を受けることはなかったけど、冒険者になる試験ってどんなものなんだろう? フィアナは心配ないと思うけど、ミオちゃんは大丈夫かなぁ?
不安半分、期待半分。ドキドキしながら、私は三人と一緒に、試験会場へと向かうのだった。